では、本編へどうぞ!
修正しました!
だいぶ内容が変わっています!
太陽の光が水面に反射して、まるで踊り子が踊っているかのように美しい情景を見せてくれる湖をラテンはぼんやりと見つめていた。
もうこの状態が一時間近く経過している。
大きなため息をつきながら、隣に座る今回の依頼主を恨めしそうに睨みつける。
「重大な問題が発生した、って言われて来てみれば…………お前、俺に喧嘩売ってるだろ」
「まあまあ……あ、ほら、引いてるぜ」
視線を手元に向ければ、以前購入してから使う機会がほとんどなかった釣り竿の糸が小さく引っ張られていた。
竿を掴み、マグロの一本釣りをイメージしながら腕を振り上げると、手元に引っ張っていた主が着陸する。
キリトが興味津々な表情を向けてラテンの手元を見やるが、そこにいたものの大きさを確認した瞬間、がっくりと項垂れた。釣った本人であるラテンとしては、竿を引っ張り上げたその重さから薄々感じていたため、驚きも項垂れもしない。むしろ、こんな無意味なことを一時間近くも続けている自分に呆れていた。
「やってられるか……」
小声で毒づきながらキリトはごろりと寝転ぶ。
手元にいた小魚が、自動でアイテムウインドウに格納され、消滅するのを見届けるとキリトと同じように寝転んだ。
黒鉄宮の一件から既に三日が経過していた。
ラテンたちのために犠牲になったユイは、小さなクリスタルとなってキリトとアスナのもとにいるらしい。ゲームがクリアされてもキリトのナーヴギアに保存されるため、消滅することはないんだそうだ。
それを最初に聞いた時は、思わず崩れ落ちそうになったものだ。
ただ、消滅を回避しオブジェクトになったとはいえ、ユイを助けられなかったことは事実だ。
だからラテンは、あの日夜から、七十五層で発見されたばかりの迷宮区に潜り続けた。
クラインたち風林火山から協力してマッピングをしようと誘われたが、その時のラテンの目的は、ボス部屋を見つけることではなくレベリングをすることであったため、何度も断った。マッピングは、レベリングのついででしかなかったからだ。
寝る間も惜しんでがむしゃらにレベリングをした結果、ようやく一レべ上がった三日目の朝。
この隣の黒づくめやろうにこうして呼ばれたのだ。
目的はシンプル。
『魚釣りを手伝ってくれ』だった。
最初に見た時は、こっちの苦労も知らないで、と思っていたのだが、三日間の疲れが一気に襲い掛かってきたからか、あるいはキリトがラテン以上に苦労していたのを知っているからかはわからないが、不思議と怒りはわかなかった。むしろありがたかったとさえ思っていた。
一時間も無駄な時間を過ごすとは思ってもいなかったが。
「釣れますか」
突然かけられた言葉に、ラテンもキリトも仰天して飛び起きた。顔を向ければそこには、一人の男が立っていた。
重装備の厚着に耳覆い付きの帽子、ラテンたちと同じように大きな釣竿を携えている。いかにも釣り好きそうな男だが驚いたのは、その男の年齢だ。見た目からして五十後半。比較的重度のゲーマー揃いのSAOで五十歳を超えているようなプレイヤーは非常に珍しい。下手したら、女性プレイヤーよりも少ないかもしれない。
そんなプレイヤーと会うなど、そう滅多にないだろう。
だから。
「NPCじゃありませんよ」
ラテンが口を開くよりも早く、ラテンの思考を読んだかのようにその男は苦笑した。
さすがに失礼だっただろう。
「「す、すいませn―――え?」」
一字一句、隣のキリトと声がかぶる。
顔を見合わせたラテンたちに、わ、は、は、と笑いながら土手を降りてくる。
「ここ失礼します」
「ど、どうぞ」
キリトの返事を聞いた男は不器用な手つきでアイテムウインドウを出し、持っていた釣り竿に餌を付けた。
「私はニシダといいます。ここでは釣り師。日本では東都高速線という会社の保安部長をしとりました。名刺が無くてすいませんな」
再びわははと笑う。
東都高速線。
確か、ネットワーク運営企業だった気がする。おそらくSAOを生み出した《アーガス》と提携でもしていたのだろう。その業務の確認の過程でこの世界にダイブ。そのまま閉じ込められたのかもしれない。
思わず同情しそうになるのをこらえる。
目の前の男はとても、この世界へ来たことを後悔してるようには見えなかったからだ。むしろ生き生きとしており、楽しんでいるように見える。
「俺はキリトといいます。こっちの彼は」
「ラテンです。わけあってこの場所に来ています」
ちらりとキリトを見やれば、あははと笑いながら苦笑していた。
「ほう、それでは上のほうから来たと……。どうです、上にはいいポイントはありますかな?」
「そうですね……。六十一層なんかは全面海で、相当な大物が釣れるらしいですよ。ラテンも昔は狙ってたんですけど、思った以上に釣れなくてあきらめました」
手元の釣り竿は、その時に購入したものだ。
結局、熟練度が足りずに断念してしまっていたのだ。
ニシダは苦笑した後、大きく頷いた。
「ほうほう! それは一度行ってみませんとな」
「よかったらお供しますよ。モンスターは任せてください」
それは安心ですな、と言いながらニシダは腕を振り上げた。彼の手には、先ほどラテンが釣った魚の何倍もの大きさの魚が握られていた。
「うおっ、で、でかい!」
「すごいですね……!」
「いやぁ、ここでの釣りはスキルの数値次第ですから」
ニシダは頭を掻きながら、
「ただ、釣れるのはいいんだが料理のほうがどうもねぇ……。煮付けや刺身で食べたいもんですが醤油無しじゃどうにもならない」
「あー……っと……」
キリトが口篭もる。
数秒後、何かを決めたかのように口を開いた。
「……醤油にごく似ている物に心当たりがありますが……」
「なんですと!」
「醤油!?」
ラテンとニシダはキリトの肩をがっしり掴んだ。
「お帰りなさい。お客様?」
「ああ、こちら、釣り師のニシダさん。とおまけのラテンだ」
「おまけ、ってなんだよ」
キリトの横腹を小突くと、「冗談だって」と笑いながら返してくる。
「ラテン君のことはキリト君から聞いてるよ。……こんにちは、キリトの妻のアスナです。ようこそいらっしゃいませ」
アスナはにこりと微笑みながら元気よく頭を下げた。
ニシダはアスナの美しさに見とれていたのか、少し間をおいてようやく我に返る。
「い、いや、これは失礼、すっかり見とれてしまった。ニシダと申します、厚かましくお招きにあずかりまして……」
頭を掻きながら、わははと笑った。
ニシダから受け取った魚を、アスナは料理スキルを如何なく発揮して刺身と煮物に調理し、食卓に並べた。
ラテンたちが会話もそこそこにしばらく夢中で箸を動かし始めてから数分後。
「……いや、堪能しました。まさかこの世界に醤油があったとは……」
「俺もびっくりだ。まんま醤油だとは思わなかったぜ」
たちまち空になった食器を眺めながら、料理の感想を述べた。
この世界では現実世界と同じような食料は調味料は存在しない。あるとしてもパンぐらいだろう。だから調味料である醤油はこの二年間、味わったことがなかった。
久しぶりの懐かしい味に、涙がでてきそうだ。
「自家製なんですよ。よかったらお持ちください」
アスナは台所から小さな瓶を持ってきて、ニシダとラテンに渡す。ニシダは恐縮しながら受け取ったが、ラテンは別に料理ができるわけでもないし、魚を釣ることができるわけでもないため、そっと小瓶をアスナに返す。懐かしい味には残念だが、この世界でのしょうゆを使った料理は先ほど食べたアスナのものだけでキープしておきたいからだ。
「それにしても大きな魚でしたね。キリト君なんてろくに釣ってきたためしがないんですよ」
「このへんの湖は難易度が高すぎるんだよ」
キリトが憮然として茶を啜る。
そんな二人を見ながらニシダは笑った。
「いや、そうでもありませんよ。難度が高いのはキリトさんが釣っておられたあの大きな湖だけです」
「な……」
ニシダの言葉にキリトが絶句する。
だからそこそこ釣りスキルが高いラテンでも釣れなかったわけだ、とラテンはむしろ納得した。だが、それならば何故そんなことが起きているのだろうか。
「何でそんな設定になっているんですかね?」
「実は、あの湖にはですね……」
ニシダは声をひそめるように言うと、ラテンとキリトとアスナは身を乗り出す。
「どうやら、主がおるんですわ」
「「「ヌシ?」」」
声をそろえて聞くラテンたちにニシダは続ける。
「はい。ヒットはしたんですが、私の力では取り込むことができませんでした。最後にちらりと影だけ見たんですが、大きいなんてもんじゃありませんでしたよ。ありゃ、怪物、そこらにいるのとは違う意味でモンスターですな」
両腕をいっぱいに広げてみせる。
第二十二層にはフィールドモンスターは存在しないはずだが、フィールドボスなら見つかっていないだけでいるのかもしれない。
「わあ、見てみたいなぁ!」
目を輝かせながらアスナが言った。
「そこで相談なんですが……キリトさん、ラテンさんは筋力パラメータのほうに自信は…?」
「俺はないですけどキリトなら……」
「う、まあ、そこそこには……」
レベルアップ時に、筋力と敏捷力のどちらを上げるかは各プレイヤーが任意に選択することができる。エギルのような斧使いは筋力を優先させるし、アスナのような細剣使いは敏捷力を上げていくのがセオリーだ。
カタナ使いであるラテンは主に敏捷力を上げている。それに対して同じカタナ使いであるクラインは筋力を少し多めに上げているのを聞いた。エクストラスキルゆえあまり使われている武器とは言えないため、どちらのほうが《カタナ》の力を発揮できるかはわからない。もしかしたら筋力が高い方がいいかもしれないし、そうではないかもしれない。ただ一つ言えることは、ラテンは敏捷力を主にで上げて後悔はしていないということだ。
ニシダはキリトの言葉を聞くと、目を輝かせながら身を乗り出した。
「なら一緒にやりませんか! 合わせるところまでは私がやります。そこから先をお願いしたい」
「ははぁ、釣り竿の《スイッチ》ですか。……できるのかなぁそんなこと……」
キリトは首をひねる。
「やろうよキリト君、ラテン君! おもしろそう!」
そんなキリトに、アスナが目を輝かせながら言う。地味にラテンも巻き込まれているが、ヌシがどんなモンスターなのか多少は気になるため同行しようと思う。
「……やりますか」
少し間を置いた後、キリトは承諾した。
三日後の朝。ニシダからメッセージが届くと、転移結晶を使って七十五層迷宮区から二十二層へ転移し、装備を外して急いでヌシがでるという湖に駆け付ける。
ラテンが到着した頃には、すでに三人が集まっていた。それに加え、休暇中であるキリトとアスナにはありがたくないギャラリーも大勢集まっている。
まあその『休暇』も、もうすぐ終わることになりそうだが。
「え~、それではいよいよ本日のメイン・イベントを決行します!」
長大な竿を片手に進み出たニシダが大声で宣言すると、ギャラリーは大いに沸いた。
ラテンはメインで竿を引き上げるキリトのバックアップをすることになった。簡単に言えば、『おおきなかぶ』でおばあさんたちがやっていたように、キリトを引っ張る役割だ。
「やあっ!!」
ニシダが大上段に構えた竿を気合と共に見事なフォームで振ると、やや離れた水面に盛大な水飛沫を上げて餌が着水した。その餌が、巨大なトカゲだったことは気にしないでおこう。
SAOにおける釣りには、待ち時間と言うものが殆どない。仕掛けを水中の放り込めば、数十秒で獲物が釣れるか、餌が消滅して失敗するかのどちらかしかないのだ。
ラテンたちは固唾をのんで、水中に没した糸に注目する。
やがて、釣り竿が二、三度ぴくぴくと震えた。
「き、来ましたよニシダさん!!」
「なんの、まだまだ!!」
ニシダは目を爛々と輝かせながら微動だにしない。細かく振動している穂先をじっと見据えている。
と、一際大きく竿の穂先が引き込まれた。
「いまだッ、あとはお任せしますよ!!」
ニシダが体を大きく反らせ、全身を使って竿をあおるとキリトに竿を手渡した。最初は様子を見るため、ラテンは傍にいるだけで手を出さない。
「うおっ!?」
途端、キリトの体が勢いよく水中に引きずられた。
慌ててキリトの体を掴み、何とか持ち直させる。だが思った以上に《ヌシ》の力は強く、一瞬でも気を抜けばキリトもろとも湖の中に引きずり込まれるだろう。
「ぐぎぎぎぎぎ……!」
「ぐぐぐぐぐぐ……!」
歯を食いしばって引っ張り続けると、じりじりと後退していく。遅々だが確実な速度で謎の獲物を水面に近づけていった。
「あっ!見えたよ!!」
アスナが身を乗り出し、水中を指す。
ラテンとキリトは残念ながら、岸から離れているため確認することができない。見物人たちは我先にと水際に駆け寄り湖水を覗き込む。
「な、なあ、キリト。俺も向こうに行っていいか?」
「だめだ! 俺を殺す気か!」
「だよねー」
予想していた返答に思わず苦笑する。
だがその気持ちはキリトも同じだったのだろう。一際竿に力を込めると強くしゃくり上げた。
それと同時に、眼前で湖に群がっていたギャラリーたちの体がビクッと震える。
「どうしたん……」
キリトの言葉が言い終わる前に、連中は一斉に振り向くと猛烈な勢いで走り始めた。左をアスナ、右をニシダが顔面蒼白で駆け抜けていく。そんな彼女らを不思議に思い、怪訝な視線を向けていると、不意に両手から重さが消え、キリト共々尻餅をついた。
糸が切れてしまったのだ。
「「ああああああああ!!」」
ラテンとキリトが情けない声を出しながら、湖に向かって走る。
このままではラテンたちの努力が水の泡になってしまう。そう思いながら湖に顔をのぞかせると、目の前で銀色に輝く湖水が丸く盛り上がった。
「な――」
「え――」
目を見開くラテンたちに後方から声が届いてくる。
「ふたりともー、あぶないよ――」
振り向けば、アスナやニシダたちは岸辺の土手に駆け上がり、かなりの距離まで離れていた。
すると、背後で盛大な水音が響く。
嫌な予感を感じながら、ラテンとキリトは、ゴゴゴゴとロボットのように再び振り向く。
目の前で、
――魚が立っていた。
「「ああああああああ!!」」
一思いに叫びながらラテンたちは、踵を返して全力でダッシュする。
だが途中でラテンは躓いてしまい、目の前を走っていたキリトの右足をとっさに掴んだ。
すぐに「うげっ」と地面に顔面をぶつけたキリトは、涙目でこちらに顔を向ける。
「お前、何すんだよ!」
「ははは、やだなぁキリトクン。……やられるときは一緒だろ?」
「ふざけんな!」
キリトが右足をあらん限り振り回してラテンの手から逃れようとするが、ラテンは必死にしがみつく。
その間にも、全長二メートル半ばほどの巨大な魚はラテンたちの元へと歩いてきていた。
「てめぇ、キリト! さっきは助けてやっただろ! ここはおとなしく俺と心中しろ!!」
「それとこれとは話が別だろ! お前と心中するくらいなら、あの魚と心中したほうがましだ!」
「じゃあ心中しとけぇ!」
ラテンはキリトを引っ張ると、その反動で立ち上がる。そのまま走り去ろうとしていたラテンの足をキリトが掴んだ。今度は逆の立場になる。
だが言い争いをしている時間はもうなかったようで、巨大な影がラテンとキリトを覆った。
「「――ぎゃぁあああああああ!!!」」
お互いの体に抱き着きながら、絶叫する。
刹那。
一筋の閃光が今にもラテンたちを食べようとしていた魚の口の中を通過した。迫っていた口が減速していく。やがてそれが止まると、無数のポリゴン片へと姿を変え爆散した。
顔を上げるとラテンとキリトの視線の先には、細剣を鞘に収め、すたすたとこちらに向かって歩を進めているアスナが見えた。
アスナがラテンたちの前で止まっても、ラテンたちは口をあんぐり上げたまま抱き合っている。
「もう。二人とも情けないんだから。今度何か奢ってもらうからね」
そこでようやく思考が追いついたラテンたちは、ゆっくりと肩を落とす。
「もう財布も共通データじゃないか」
「う、そうか……でもラテン君は何か奢ってね」
「んじゃあついでにラテンにも奢ってくれ。結婚祝い的な」
「まじかよ……俺、何もしてなくね……?」
呟いたラテンの言葉はを返してくれる者はいなかった。
その夜、ラテンの元に一通のメッセージが届いた。
それは、七十五層のボスモンスター攻略戦への参加を要請するヒースクリフからのものであった。
実は、もっと短くなると思ってました。魚釣りだけで最初の二話より多くなるなんて・・・。
そして!次回がSAO編最終話になると思います。ついに、あのモンスターとの戦闘が…。
精一杯書きますので、次回もよろしくお願いします!!