ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第十六話 独房

 人の運命は偶然のようで必然なのかもしれない。 

 

 ふとそんなことを考えてしまった。

 人っていうのは人生においていくつもの選択肢が与えられる。人はその中の一つを選び取って今日まで生きているのだ。当然、その選択肢を誤ってしまった者は数えきれないほどいる。そのうちの一人にラテン……いや、<大空天理>が含まれているのかもしれない。

 もし天理がSAOというBRMMOゲームを購入していなかったら、もっと言うと茅場晶彦が生まれてこなかったら、こんな世界はありえなかっただろう。

 だが、この世界は実現され天理SAOを経験し、数々の仲間と出会ってきた。それは、もしかしたら茅場晶彦が生まれてきた時点で決まっていたシナリオなのかもしれない。そう考えると、この世界には本当に偶然があるのかと思ってきてしまう。

 

 茅場晶彦には数々の仲間と出会えたこと、紺野木綿季と出会えたことに感謝している。だが今はそれ以上に早く現実世界に戻らなくてはならないという思いが強い。キリトの予想通りだと、現実世界にいる天理はまだ一日も経っていない。だが、おそらく失踪中だろう。きっと、みんなが心配している。だから、この世界を早く脱出しなければならない。一刻も早くリリアを取り戻して…。

 

  

 そこまで考えていると、一つはさんで隣の独房から耳障りな金属音が聞こえてきた。この独房にはラテンのほかに、キリトとユージオしかいない。それに加え、キリトとユージオは相独房だ。この音を引き起こしているのはその二人しか考えられない。

 その音はのテンポはどんどん速くなり、ピキン!という音が聞こえたかと思うと、

ゴン!という何かに衝突するような音が続けられた。

 

 今の大きさの音でも獄吏は気が付いていないようで、詰め所からは何の反応もなかった。思わずほっと息をついたラテンは、二人に聞こえるぐらいの声で口を開いた。

 

「お前ら何やってるんだ?」

 

「……だっ…しゅ……るん…よ…って…」

 

 音が小さくてよく聞き取れないが、おそらく『脱出するんだよ、待ってろ』と言っているんだろう。

 しばらく待っていると今度は、ばがあぁぁーん! というとてつもなく大きな音が聞こえてきた。それと共に何かが倒れる音が聞こえる。

 きっとキリトたちは直ぐにこっちに来るのかもしれないが、さすがに今の音なら獄吏も異変に気が付いたはずだ。ラテンは今最優先にすべきことを口にする。

 

「俺のことは気にするな、それより早く行け!俺は自力で何とかする!」

 

「わかった!」

 

 その声がしたあと、階段を上い始める音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideキリト寄りの三人称

 

 

「せ……整合騎士……!」

 

「そんな所に立っていないで、入ってきたまえ、囚人君たち」

 

 長い螺旋階段を上り終えてから五分ほど走っただろうか、東西に延びる長方形の広場に辿りつくと北側のベンチに白銀の鎧を身にまとった騎士が座っていた。

 ゆるく波打つ長髪にやや細めの体躯、左腰にはやや反りのある長剣が携えられている。そして、両の肩当てからは、濃い色のマントが垂れていた。

 

 ひょいっと持ち上げられた右手に光っているのは、ワイングラス。見ればベンチにはボトルも一本置かれている。

 

「へぇ、俺達にもそのワインを振る舞ってくれるのかな」

 

「残念ながら、これは君たちのような子供……しかも罪人が口にできるものではないよ。西帝国産、百五十年物だ。香りくらいなら分けてやらないこともないがね」

 

 キリトの物言いに、整合騎士はあくまで穏やかに対応した。ワインを一息に飲み干した騎士は立ち上がると、続けて思わぬ台詞を口にした。

 

「さすがに、我が師アリス様とリリア様は慧眼であることよ。囚人の脱走という、万に一つの事態を見事に予期なさるのだから」

 

「あ……アリス様?り、リリア様?我が、師……?」

 

 キリトは唖然として繰り返した。

 整合騎士は鷹揚と頷き、気障な台詞を続ける。

 

「君たちの脱走に備えて一晩ここで過ごせと命じられたものの、正直私もまさかと思っていたからね。一瓶のワインを供に夜明かしするつもりでいたのにこうして本当に現れるとは。でも、一人だけ足りないね。恐れて出てこなかったのかな?」

 

 微笑みながら、騎士はワイングラスをベンチに置いた。空いた右手で長髪を掻き上げ、ほんの少し語気を強める。

 

「もちろんすぐに地下牢に戻ってもらうが、その前に、少々厳しいお仕置きが必要だな。もちろん君たちも覚悟の上だろうね?」

 

 薄い笑みは消えていないのに、長身痩躯のシルエットから圧倒的な闘気が吹き付けてきて、キリトとユージオは一歩下がりそうになるのを懸命にこらえた。

 

「なら、もちろんあんたも、俺達が無抵抗にお仕置きを受けるとは思ってないよな」

 

「ははは、威勢がいいね。まだ学院も卒業してないヒヨコだと聞いたけど、大したものだ。その空元気に敬意を表して君たちの天命が残り一滴まで減らす前に名乗っておこう。――――私は整合騎士、エルドリエ・シンセシス・サーティツー。ほんのひと月前に《召喚》されたばかりで、いまだ統括地もない若輩だが、そこはお許し願おうかな」

 

 騎士の長広舌を聞いた途端、キリトの後ろでユージオが軽く息をもらしたが、キリトはその反応に注意を向けられなかった。なぜなら、小憎らしいほど美声で述べられた台詞には、いくつか重症情報が含まれていたからだ。

 

 まず、整合騎士の名前には法則性があることが、これで明らかになった。整合騎士のアリスのやリリアそして《エルドリエ》が個人名。続く《シンセシス》が共通名。そしてラストネームは、名前でなくは番号だ。英語なのでユージオには判らないだろうが、恐らくアリスが三十番目、リリアが三十一番目の整合騎士。そしてこのエルドリエが三十二番目―――。

 

 しかも、彼は『ほんのひと月前に召喚された』と言った。召喚という言葉は意味不明だが、エルドリエが最も新しく騎士に任ぜられた人間ならば、整合騎士の総数はわずか三十二人ということになる。しかも少なからぬ数の騎士が、人界各地を警護するためにカセドラルから離れているはずなので、塔内にいる騎士は多くても十数人というところではあるまいか。

 だがそんな計算も、眼の前の新米騎士を撃破しなければ、捕らぬ狸の何とやらだ。

 キリトは左斜め後方に立つユージオに向けて低く囁いた。

 

「戦うぞ。俺が先に相手するから、ユージオは合図を待っててくれ」

 

「う、うん。でも……キリト、僕……」

 

「言ったろ、もう迷ってる場合じゃないんだ。あいつに勝てなきゃ、とてもカセドラルは上れないぞ」

 

「いや、迷ってるわけじゃなくて、僕、あいつの名前……―――ううん、後にしよう。了解、だけど無理はするなよ、キリト」

 

 作戦が伝わっているのかやや不安なユージオの反応だが、のんびり打ち合わせをしている暇はない。

 二歩前に出て、広場のゲートをくぐると、キリトは右手に巻き付けていた鉄鎖を解いて緩く握った。それを見た騎士は、ほうっというように眉を軽く動かした。

 

「なるほど、剣もなしにどうするのかと思っていたが、その鎖を武器にするつもりかこれなら、少しは戦いがましい戦いを期待できそうかな」

 

 その声も、表情も余裕たっぷりだ。そして、続けざまにこう言い放つ。

 

「ならば、私も剣ではなく、こちらを使うとしよう」

 

 さっと背中からひかれた右手が握りしめるのは、剣帯の後ろ側に留められていたらしい二つ目の武器――純銀の輝きを帯びる、細身の鞭だった。

 愕然とするキリトの視線の先で、鞭はエルドリエの右手からぱらぱらと解かれ、蛇のように石畳の上にわだかまった。

 見た感じ四メートルほどあるような気がする。それに加え、薔薇の茎のように鋭い棘が螺旋状に生えていた。

 

「それでは……公理教会と禁忌目録に背いたあげく、牢破りまでしたその覚悟に敬意を表して最初から全力で相手させてもらうよ」

 

 キリトとユージオが反応する間もなく、エルドリエは右手の鞭に左手をかざすと、凛とした声で高らかに叫んだ。

 

「システム・コール!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideラテン寄りの三人称

 

 

 

「あんなことは言ったけど、これからどうするか……」

 

 キリトたちがこの独房から脱出してすでに二時間近く経過していた。キリトたちが出ていった後、二時間ずっと考えていたわけだが、いいアイデアがさっぱり出てこない。おそらく、キリトとユージオは協力して鎖を切ったのだろう。もしそうなら、ラテンが一人で脱出することは不可能に等しい。

 

「この鎖、地味に優先度が高いのな」

 

 先ほど右手に繋がれている鎖の優先度を確認したところなんとクラス38だった。まさか、そこらの銘剣よりも高い優先度を持つ鎖でつながれているとは光栄のようで光栄ではない。

 

「はぁ。こんなんだったら、助けてもらうんだったな……」

 

 今更後悔しても遅い。もしあの時ラテンを助けていたら、この牢獄を脱出するまでに獄吏が援軍を呼んでいたかもしれない。

 だが、その獄吏のいる詰め所からは何の反応も見られなかった。てっきり、騒ぎ立てるのかと思ったのだが。

 

 ラテンはもう一度ため息をつくと、ベットに腰かけようとした。だがその瞬間、牢獄の鉄格子の前に大きな影が出現する。

 げっ、と思って身を構えると今ではもう聞きなれた声が聞こえてきた。

 

『ラテン、おれっちだよ。ジャビだ』

 

「ジャビィ!?」

 

 すぐさま両手で口を閉ざす。詰め所の反応を伺うが何の反応もない。改めて、声のした物体に視線を向けると、だんだんその輪郭が見えてきた。

 

「じゃ、ジャビ?……それ、なんだ?」

 

『服だよ。お前の服はもうボロボロになってると思ったからな』

 

 ラテンは自分の服を見る。それは連れてきた時と同様、上級修剣士の服装だが、この牢から脱出するためにいろいろ試行錯誤していたからなのか、リリアが引きずってここまで連れてきたからなのか、よくは判らないのだがボロくなっていることは確かだ。

 

「それはありがたいな。だけどお前はどうやってここまで来たんだ?」

 

 ジャビはいったん体に覆いかぶさっている服を地面に置くと、ようやく黄色いボディを現し、牢の中に入りながら声を発した。

 

『おれっちをなんだと思ってる。ドアなんておれっちにかかれば一つや二つ簡単に突破できる』

 

「そうか。なんか俺って、ほんとにピンチなときだけ運がいいな……」

 

 ラテンの左手にジャビが乗っかる。そして、まぶしい光を発しながら刀の姿へと変形した。

 鞘から刀を抜き放つと、右手に繋がれている鎖を叩き斬る。少々大きな音が出たが相変わらず詰め所から反応はない。

 

「よし、脱出だ」

 

 続いて鉄格子を斬り破ると、ジャビが持ってきてくれた服にすぐさま着替える。着てみてわかったのだが、何とも肌触りのいい服だった。その服の色も純白で、上級修剣士の服にも似ている。

 

「サイズはぴったりだな。ありがとうな、ジャビ」

 

 刀から再び変形したジャビが、ラテンの頭に乗っかる。

 

『あたりまだ。それより、早く行くんだ。さっき赤い甲冑の騎士みたいなやつが上へあがって行ってた。キリトとユージオが危ないかもしれない』

 

「わかった。とりあえず、あいつらが無事なら作戦は成功だな。ジャビがいたところに案内してくれ。きっとキリトたちが武器を回収しに行ってるはずだ」

 

『おれっちについて来い』

 

 ジャビが螺旋階段のようなところへ飛んでいく。ラテンはできるだけジャビから離れないように、キリトとユージオがいるかもしれない所へ走っていった。

 

 

 

 




ラテンの服はキリトの服の白黒が反転したものです。

ちなみに、エルドリエはサーティツーにしました。リリアがサーティワンという設定なので(笑)

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