ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第十話 上級修剣士主席殿

「はあ。俺も自分専用の剣がほしいなあ~」

 

 ゴルゴロッソ先輩の部屋に行くというユージオと別れ、キリトと二人きりになったラテンはふとそんなことを呟いた。

 

「……でもお前、刀の方が明らかに数倍強いじゃんか。片手剣なんて作ってどうすんだよ」

 

「おいおい、この世界じゃ刀は全然流行ってないんだぜ?高くてもせいぜいクラス20ぐらいだろ」

 

 そう。この世界では刀は流行っていない。まあ、これはラテン独自の解釈なのだがこの結論に至ったのはこの央都《セントリア》で、刀らしきものを持っている人がいなかったからだ。この央都セントリアには、四大帝国からたくさんの優秀な剣の使い手が集まってくる。その中に、刀を持った者がいないということは、たとえ地方にそれがあったとしてもそれを使った流派は上へあがれていないことが想像できる。それを決定づけるような出来事も先日にあった。

 

 いつものようにアル先輩との稽古の時間。その休憩時間に、アル先輩、リーナ先輩、ゴルゴロッソ先輩という上級修剣士三人が集まったところで聞いてみたのだ。『何故、刀はあまり使われていないのですか』と。答えは案外簡単なようで受け入れがたいものだった。

 

 まず、『刀は刀身が細すぎて第一印象が弱そう』。これはゴルゴロッソ先輩の意見だ。次に、『体重移動や力の伝え方が難しい』。これはリーナ先輩の意見だ。最後にアル先輩の意見。『全体的に強度が低いため、奥義技で叩き折られる可能性がある』というものだ。

 まあ百歩譲ってリーナ先輩とアル先輩の意見は許そう。だが、ゴルゴロッソ先輩の意見には思わず反論しそうになる。まあ、初等練士であるラテンがどうこう言おうと、この世界が見る刀の印象が変わるわけではないのだが。

 

 

 

 しばらく歩いていると初等練士寮の事務室にたどり着いた。キリトはここで私物の剣の許可をとるために来たのだ。ラテンの場合は暇だったからついてきたというものだが。

 

 安息日ゆえにさすがにカウンターに出てはいないものの、ドアを開けっ放しにしたまま書類仕事をしていたアズリカ女史は、キリトの高速ノックに顔をあげるとブルーグレーの瞳を一度瞬かせた。

 

「どうしましたか、キリト初等練士、ラテン初等練士」

 

「失礼します。……私物の剣の持ち込みの許可を頂に来ました」

 

「俺はその付き添いです」

 

 軽く頭を下げ、戸口を潜ると、ちらりと部屋を見渡す。壁には革装のファイルがぎっしりと詰め込んだ棚がいくつも並んでいるのに、机と椅子は一つだけ。つまり、生徒一学年百二十名が起居する初等練士寮の管理運営を、この女性が一人でこなしているわけだ。

 

 女史はキリトとラテンの言葉に小首をかしげたが、すぐに立ち上がると、棚一面のファイル群から迷わず一つ抜き出した。中に入っていた常用紙を一枚取り出し、キリトの目の前に滑らせる。

 

「それに必要事項を記入しなさい」

 

「は、ハイ」

 

 キリトは渡された紙を見下ろす。ラテンも一目見ておこうとキリトの隣から覗き込んだ。記入欄はいたってシンプルで、名前と生徒番号、剣の優先度を書く欄しかない。 

 

 慣れた手つきでそれを書いていくとキリトは途中でいきなりペンを停止させる。いきなりどうしたと思いながらラテンはそれをのぞき込むと、剣の優先度だけが空欄になっていた。おそらくまだ見ていなかったのだろう、と思いながらキリトを見守る。

 

 いそいそと背中から麻布包みを下ろして机に横たえ、結んでいた革紐を一つ解いた。たちまち黒い柄が出現し、キリトはそれに触れようとした瞬間、

 

「………!」

 

 鋭く息をのむような音がしたので、二人は顔を上げる。すると、冷静沈着なアズリカ女史が、珍しく両目を大きく見開いている。

 

「あ、あの……どうかしましたか?」

 

 キリトが声をかけると、女史は数回瞬きをしてから「いいえ」とかぶり振る。それ以上何も言う様子がないので、キリトは右手の指二本でモーション・コマンドを入力。剣の柄頭をタップすると、鈴の音のようなサウンドと共にプロパティ・ウインドウが浮かび上がった。

 表示されている優先度は―――〖Class 46〗。

 ラテンは一瞬息をのむ。なんとキリトの剣は、神器である青薔薇の剣よりもさらに一ランク上の武器だったのだ。

 

(まあだいたい予想はしていたけどな)

 

 キリトは数字を書き写し、剣を元通り包んで、完成した書類を差し出す。アズリカ女史は、ゆっくり視線を卓上の剣から書類へと移し、受け取ったその内容に見入る。きっと見つめているのは46の数字だろう。

 

「キリト練士」

 

「は、はい」

 

「あなたには……その剣の記憶が………」

 

 だが、そこで言葉が途切れる。アズリカ女史はしばし瞼を閉じ、ぱちっと開いたときにはもう、いつもの顔に戻っている。

 

「……なんでもありません。保有申請は受け付けました。言うまでもないことですが、実剣の使用は個人的な鍛錬に限り認めます。検定試合、集団稽古等では絶対に用いないこと、いいですね?」

 

「はい!」

 

 キリトは勢いよく返事をし、黒い剣の包みを背負い直してから、出ていこうとする。ラテンもそれに続こうとするがアズリカ女史が「ラテン練士。少し話があります」と言ったので、キリトを先に行かせて事務室に残った。

 

「どうしたんですか?」

 

「前々から気になってたのですが、あなたのその腰にある小さいバックの中には何が入っているのですか?……そこから不思議な力を感じます」

 

「えーっと、このことですかね?」

 

 ラテンはウエストバックから歪な形をした石、《始まりの原石》を取り出して、アズリカ女史に手渡す。相変わらず真っ黒い石であり、特に変化はない。

 アズリカ女史はそれをじっと見渡すと、「これは?」と尋ねてくる。

 

「これは、サイリス村の近くにあった洞窟で取ったものです。《始まりの原石》って言われているらしいですけど……知っていますか?」

 

「……いえ、聞いたことはありません」

 

「そうですか」

 

 ラテンはアズリカ女史から始まりの原石を受け取ると、再びウエストバックにしまい込んだ。女史はしばらく何かを考えている様子だ。てっきり、この帝立修剣学院の先生であるお方なので《始まりの原石》という名前くらいは知っていると思ったのだが、ギガスシダ同様地方の特色のあるものは、ここでは知名度が低いらしい。アズリカ女史が再び口を開く。

 

「……ラテン練士。その石からは何かとても大きな力を感じます。そう。この世界中枢のような特別な力が」

 

 アズリカ女史はそこで口を閉ざした。その続きを言うべきかどうか迷っているようにも見える。やがて、何かを決めたかのように口を開いた。

 

「その石は、あなたの思いにリンクしているのかもしれません。あなたの思いが大きければ大きいほどその石はあなたに答えてくれるでしょう。どうか、肌に離さず持っていなさい」

 

「りょ、了解です」

 

 ラテンはそう言うと、ウエストバックに視線を向ける。そういえば、感情が高ぶる度にウエストバックの中がほのかに光っていたような気もする。

 アズリカ女史に大きく一礼すると、事務室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺自身の思い、か)

 

 ラテンは先ほどアズリカ女史が言っていたことを思い返す。サイリス村の村長から持っていけと言われてなんとなく持ってきた石なのだが、まさかそんな不思議な力を持っているなんて思いもよらなかった。

 

 なんとなく自分の部屋に戻る気にはなれず気が向くままに歩いていると、ふと剣を振るう音が聞こえたような気がした。気のせいかと思いながら歩を進めると、その音は一層確かなものへとなっていく。

 

「こんなところで誰が自主練してんだ?」

 

 音がする方向に歩いていく。ここは学園敷地の端っこだ。安息日にもかかわらずこんなところで自主練しているなんて熱血だな、と思いながら音がする空き地に視線を向ける。そこにいたのは……

 

「……なんだよ、キリトかよ」

 

「え?……ラテンか。もうお説教は終わったのか?」

 

「お説教なんてされてねえよ。てか問題児は俺よりお前の方だろ?」

 

 お互いに冗談を言い合う。ラテンがキリトに近づいていくと、呼吸が少々荒いことに気付く。音からしてわかっていたが、どうやらここで試し振りのようなことをしていたみたいだ。

 

「……四連撃まではできたか?」

 

「ああ、できた。次は五連撃に挑戦するつもりだ。……振ってみるか?」

 

「……んじゃあ、一振りだけ」

 

 ラテンがキリトから剣を受け取る。だが、その瞬間ラテンに異変が訪れた。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「か、体が勝手に……!」

 

 そう。体が勝手に動き出した、いや、腰にある何かが暴れだしたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 ラテンは自分の腰に引っ張られる形で振り回される。それは、「手に持っているモノを離せ」と言わんばかりに暴れ続ける。

 

「くそ…なんだこれ、……え、ちょ――――ぐはっ!」

 

 ラテンは派手にすっころぶ。その衝撃で手に持っていた剣が地面をえぐりながら放された。その剣が離れると同時に、腰の何かが急に大人しくなる。

 

「いててて」

 

「……お前、一度病院に見てもらったほうが」

 

「お前に冗談抜きで心配されるとは……少々寒気がするわ」

 

「ひでっ!?」

 

 キリトが地面に投げ出された剣を拾い上げ「ごめんな」と一言謝っている。だが、それと同時にキリトの身体が固まった。ラテンは急に停止したキリトを怪訝に思いながら、キリトが向けている視線をたどる。そして、ラテンも固まる。

 

 その先にいたのは薄い色の金髪を短く刈り込み、パールホワイトにコバルトブルーのラインが入った服を着ているこの学院の生徒だ。そして、その生徒を知らない者はこの学院にいないだろう。上級修剣士主席、《ウォロ・リーバンテイン》の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「申し訳ありません、リーバンテイン修剣士殿!我が非礼、伏して謝罪いたします!」」

 

 ラテンとキリトはリーバンテインの姿を見た瞬間、最大級の恭順を表す行為―――DOGEZAで叫んだ。

 

「お前らは確か、バーステル修剣士とセルルト修剣士の傍付きだったな」

 

 リーバンテインは落ち着いた声でそう告げる。ラテンとキリトはおそるおそる顔を上げると最初に視線が移ったのは、胸に付いた泥の塊だ。もちろん、これは先ほどラテンが行った行為で起こったものだ。

 

「はい。ラテン初等練士です」

 

「同じくキリト初等練士です」

 

「そうか」

 

 修剣士は草の上に横たえられた黒い剣をちらりと一瞥すると、深みのあるテノールで滑らかに続けた。

 

「学院則に照らせば、上級生の制服に泥を投げつけるなど、十分に懲罰権行使の対象となる逸礼行為だが……」

 

 げっ、と思わず声に出しそうになる。  

 《懲罰権》とは、全校生徒を導く立場にあるとされる上級剣士のみが持つ、教官代行権のようなものだ。軽微な学院則違反を意図せずやらかしてしまった生徒に自分の判断で適切なオシオキを科すことができる。ラテン自身も最初のころ、アル先輩の部屋へ行くのが遅れてしまってせいで、腕立て伏せ150回もやらされてしまった経験がある。

 

「―――しかし、安息日にまでひと目に隠れて剣の稽古をするという、その姿勢は嫌いではない。《安息日の稽古》それ自体が学院則違反であるという事実はさて措いても、な」

 

 うぐっ。

 リーバンテイン修剣士の言葉は着実とラテンの心に突き刺さる。確かに、そうだ。それを認めてしまうと懲罰権発動の可能性が高まる。

 キリトがおそらく最小限の悪あがきをしようと口を開こうとしたが、ラテンが目でそれを制し口を開く。

 

「主席殿。罪はすべて自分にあります。キリト初等練士の剣を自分が振りたいと頼みまして、振ってしまったのです。キリト初等練士には何の罪もございません」

 

「そうか。先ほども言った通りその姿勢は嫌いではない。剣の腕がなくてもな。よかろう。安息日に剣を握っていたことは不問にいたす」

 

「寛大なご処置、ありがとうございま……」

 

 そこまで言いかけてラテンは疑問に思った。

(安息日に剣を握っていたこと?それじゃあ……)

 残念ながらラテンの予想していたことが的中してしまった。

 

「礼を言うには早いぞ、ラテン練士」

 

「は、はい」

 

「私は確かに、安息日に剣を握っていたことは不問に付すと言った。しかし、こちらまでは許すとは言っていない」

 

「で、ですがさきほど主席は『その姿勢は嫌いではない』と仰って……」

 

「ああ、嫌いではないよ。だから、修剣士寮の掃除などの懲罰は科さない」

 

 ラテンは少々安堵する。しかし、指先で泥のかけらを弾き落としながら、この金髪ボウズ野郎はとんでもないことを言った。

 

「ラテン練士。お前への懲罰は、私と立ち会い一本だ。どんな剣でも使うことを許そう。先ほどは派手にすっ転んでいたが、バーステル修剣士が傍付きにするほどの者だ、実力は確かだろう」

 

「……ほ、本気でおっしゃってるのですか?」

 

「ああ、本気だ。だが、ここでは少々狭いな。安息日なら大修練場が空いているだろう。そこに場所を移そう」

 

「………はい」

 

 筆頭修剣士がくるりと身を翻すと、ラテンは思い切り項垂れる。そこへキリトが声をかけた。

 

「お前、なんで俺をかばったんだ?」

 

「かばったんじゃねえよ。もともと俺の所為だからな。お前に迷惑かけるわけにはいかないんだよ」

 

「ラテン……」

 

 キリトは立ち上がると黒い剣を差し出してきた。ラテンは黒い剣とキリトの顔を交互に見ながら首を傾げる。

 

「これを使ってくれ。あいつが持っていたのは優先度が高そうだった。生半可な剣じゃ叩き折られるのが落ちだ」

 

「……いいや、いいよ。今おれができる最大限のことをやるさ」

 

 キリトにふっと笑うとリーバンテイン修剣士の後を歩いていく。キリトはしばらく呆然としていたが、はっと我に返るとラテンの後を慌てて追いかけた。

 

(……こいつにああは言ったけど、どうすっかな)

 

 かっこいいこと言っときながら、何も考えていないラテンであった。

 

 

 

 




はい。
ラテンがキリトの罪?を全部かぶりました。はたしてラテンはウォロさん相手にどう戦うのか、楽しみにしていてください。

まあ、大半の読者様はどう戦うかは気づいたかもしれませんが(笑)

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