あたたかな日差しが二人を包み込む。
太陽はすでに傾いていて、西の空をオレンジ色に染めていた。
仕事を終えたラテンとサインは、洞窟の近くにある村へと歩を進めている。ラテンからは、一目見ただけで分かるくらいの疲労感が放出されていた。
「その《サイリス村》ってのはどんな村なんだ?」
「小さな村ですよ。でも、優しい人たちばかりなので楽しいですよ」
「にぎやかな村なんだな。……おっ、門がでかいな」
二人が何気ない話をしている間に、どうやら村の門の前に着いたようだ。門の前には、金色の鎧を身にまとい、片方の手には長さ二メートルほどの槍を装備している衛士が二人いる。その容姿はいかにも西洋の衛士っぽい格好だった。
ラテンとサインはその二人の衛士の前に立つ。
体格差があるせいなのかもしれないが、その190㎝ほどの二人の衛士からは、何とも言えない威圧感が感じられる。
つい身を構えてしまうと、サインはラテンを制し、二人の衛士と何かを話し始めた。
二分くらい経っただろうか、サインはラテンの方へ顔を向け口を開いた。
「ラテンさん、行きましょう」
どうやら、ことは穏便に済んだらしい。
門をくぐる瞬間に、二人の衛士から感じ取った哀れむような視線は気のせいではないだろう。
足を踏み入れた瞬間にわかるくらい、サイリス村は小さかった。視界の範囲では、村の全容は見渡せないものの、客観的に感じ取ることができる。
小さな家々の煙突からは少々煙が出ている。この時間帯からおそらく夕食の準備でもしているのだろう。
歩き出すサインの後ろをついていくと、周りの家より一回り大きく横に長い家にたどり着いた。大きさから何人もの人が住んでいる、それか泊まっているのがわかる。
家の中に入ると、にぎやかの声が聞こえてきた。サインが連れてきたのはこの家の食堂のようなものなのだろう。
「皆さん聞いてください。今日から入るラテンさんです。……自己紹介お願いします」
サインから小声でそう言われると、とりあえず簡単な自己紹介をするために一歩前に出る。
「今日からここに泊まることになったラテンです。これからよろしくお願いします」
食堂から好奇心などが混じった視線を幾つも感じる。だが、そのほとんどが少年や少女の小さい子供だった。見渡す限り、大人の人は一人しかいない。
口の周りに少々ひげを生やした四十代ぐらいの男性が、椅子から立ち上がりラテンに向かって笑顔を向けた。
「ようこそ、この家へ。私はソコロフだ。わかんないことがあったら、私か妻のアイシャに言ってくれ。無論簡単なことは、子供たちからでもいいぞ。ほら、そろそろ夕食だからラテン君も席に着きなさい」
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
ラテンはサインに促されるように、隣に座った。それから少しの間は小さな子供たちから視線を浴び続けたが、それも四十代ぐらいの女性が食事を持ってきたと同時に消えてしまった。おそらくこの女性が、ソコロフさんの奥さんなのだろう。
一目見て解る優しげな雰囲気が、子供たちになつかれている理由なのかもしれない。ソコロフさんとアイシャさん。見るからにいい夫婦だ。
にぎやかな夕食が終わった後サインに連れられて、一つの部屋にたどり着いた。大きさは六畳ほどだろうか、部屋の隅には簡素なベットが置いてある。
「ラテンさんの部屋はここですよ。枕は後でマリンが届けてくれます。僕はアイシャさんの手伝いをしてくるので何かあったら言ってくださいね」
サインはそう言い残すと部屋から出ていった。ラテンはベットに腰を下ろす。
とりあえず村には来られた。次にやることはこの世界にいる管理者に会うことだ。この世界はVRMMOの中、簡単に言えばゲームの中のはずだ。だったらずっとインすることはできないはずだ。すなわち、時々いなくなったりする行商人が管理者である可能性が高い。そうなると、まずは行商人探しから始めるべきである。
ラテンがしばらく何かを考えていると、部屋にノック音が響き渡る。ドアを開けるとそこにいたのは十二、三歳くらいの女の子だ。手には枕と毛布を持っている。
「えーっと、君がマリン?」
「そうよ。……はい、これが枕と毛布。寒かったら私に言って。もっと持ってくるから」
何とも気の強そうな女の子だ。だが、不思議とその容姿は誰かに似ているような気がした。そう。何か遠い記憶の中に眠る誰かに。だが、そんな考えもすぐに打ち消される。
「ねえ。聞いてる?」
「えっ、何を?」
「……朝食は七時だけど、その前にお祈りがあるから六時半には食堂に来て。明日は私が一応見に来るけど、次からは自分で起きてね」
「あ、ああ。ありがとう」
「えーと、ほかにわからないことはある?」
「いや、大丈夫。これからよろしく頼む」
「ええ。じゃあ、お休み。……ランプの消し方はわかるよね?」
「一応な。お休み、マリン」
マリンはこくんと頷くと部屋から出ていった。その瞬間疲労がどっと出て、ラテンは思わずベットの上に横になる。
今日一日で、現実世界の一週間分くらい疲れたような気がした。サインの仕事は、あんなに集中するものだと思ってはいなかったため、精神的にも疲労がたまっていた。
とはいえ、この村の村人やこの家の子供たちと接しているうちに確実に近いものが得られた。それは、少なくとも普通のNPCとは違うということだ。感情表現も細かいし、会話も機械的ではない。しかし、この村人全員がプレイヤーであるとは限らない。
となると、この村人たちはAI機能を持っているNPCということになる。
「まあ、しばらくは様子を見るか」
急にラテンに眠気が襲い、瞼が重くなる。それに抵抗することなくそっと瞼を閉じた。
からーん。
どこかで、鐘が鳴る音が聞こえたような気がした。
だがそれに気にすることなくラテンは顔を毛布にうめると、肩に柔らかい感触が伝わってきた。
「……あと五分。いや、三分……」
「だーめ。早く起きて。もう六時よ。子供たちはみんな顔を洗ったわ。早くしないと朝の祈りに間に合わないわよ」
「……了解です」
ラテンは名残惜しそうに毛布から出ると、寝巻として貸し与えられたシャツを脱ごうとした。するとマリンが慌てた様子で口を開く。
「は、早くしてよね。間に合わなかったら承知しないんだから」
マリンはそう言うとそそくさに部屋から出ていった。残されたラテンは首を傾げるが、何かを思いついたように少々笑みを浮かべる。
「ったく。別に初めて見るものでもないのに」
言い方が卑猥になってしまったが、気にしないでおく。
家の裏口を出ると朝の陽ざしがラテンを向かい入れた。マリンが教えてくれた井戸に行くと、近くにあった紐に繋がれている木製のバケツを井戸の中に入れる。
ぽーんといい音がしたのと同時にバケツを引っ張り上げると、なみなみと汲まれた透明な水を近くの盥に移した。
冬を感じさせるような冷たい水で顔を洗うと、さっきまで漂っていた眠気が嘘みたいに吹き飛んだ。それに、ゲーム内だというのに頭が妙にすっきりしている。
ラジオ体操でも始めるかなと思い体を動かし始めると、家の裏口のドアが勢いよく開くのが聞こえた。
「ラテン、いつまで顔を洗ってるの!朝のお祈りが始まるわよ!」
「ごめんごめん。すぐ行くよ」
「何回も同じ事言わないのっ。ほら」
ラテンはマリンについていくように食堂へ足を運んだ。
中ではすでに、ラテンとマリン以外席についている。ラテンがサインの隣に座り込むと、ソコロフさんが何かを言い始め、それが終わると同時ににぎやかな朝食が始まった。
食事を終えると、行商人の在処を知るためにサインに尋ねた。
「なあ、サイン。行商人っていつ来るんだ?」
「行商人ですか?……実は二か月ほど前から来てないんですよ」
「え?それまた何故?」
「ザッカリアという街までの街道のずっと南にゴブリンの集団がいるからですよ。ゴブリンたちは闇の国から来た奴らでして、略奪を繰り返し行っています。幸いこの村にはまだ来ていませんが、いつ来るか……」
「闇の国?そんなものがこの世界にはあるのか?」
「はい。普通は闇の国から来た魔物たちを整合騎士が討伐します。いや。しなければならないんです。ですが、彼らはあまりいい人たちではなさそうでした。少なくともこの村の人たちにとっては……」
そう言うサインの顔は今まで見たことのないくらい暗かった。
闇の国、整合騎士、そしてこの村におこった整合騎士とのいざこざ。どれも詳しく聞いた方がよさそうだった。
「なあ。この村に何が起こったんだ?整合騎士と何があったんだ?」
「……六年前くらいでしょうか。この村には村始まって以来の天才と言われる少女、リリアさんがいたんですよ。リリアさんは誰にでも優しく接していて、村のみんなから愛されていました」
「へぇ~。いい子だったんだな。そのリリアって子は」
「はい。でも、ある日整合騎士が何の前触れもなくこの村に現れたんですよ。それで、リリアさんを見つけるな否や、この子は禁忌を犯したと言って連れていかれました。……もちろん、リリアさんは禁忌を犯すような人ではなかったし、村のみんなもそう思っていました。だけど、整合騎士は無理やりリリアさんを連れて行ってしまったんですよ」
「そうか……。そのリリアって子には家族はいなかったのか?」
「妹がいます。ですがご両親はそれが原因で病気になり、なくなりました。」
「……冷酷な奴らなんだな、整合騎士たちは」
整合騎士とはてっきりこの世界を守る正義のヒーロー的なポジションだと思っていた。だが、まさか村人に手を出すとは思ってもいなかった。
「まあ、ひどい人たちばかりではないですけどね。いい人もたくさんいると思います」
「そうか。じゃあ、そのリリアの妹って誰なんだ?」
「……マリンです」
「マリン!?……じゃあ、あいつは今―――」
「はい。家族はいません」
マリンはこの六年間ずっと一人ぼっちだったのだ。もちろん、この家のみんなが家族なのかもしれない。だが、心の中ではずっと一人ぼっちなのだ。本当はものすごく悲しいのかもしれない。
だが、それを周りに悟られないためにあえて気が強いように振る舞っているのだろう。
「……なあ、サイン。整合騎士ってどこにいるんだ?」
「央都《セントリア》にある《公理教会》です。……まさか、行く気ですか?」
「……なわけないだろ。ただ聞いただけだよ」
もしかしたら整合騎士、いや《公理教会》にリリアがいるのかもしれない。と思ったのだが、今はそんなことよりもこの世界から脱出することが一番重要なことだ。
「ありがとうな。いろいろ教えてくれて」
「いえ、お役に立てたならうれしいです。では、僕は天職に行きますね。ラテンさんは……」
「俺はもうちょっと知りたいことがあるからぶらぶらしてるよ。本がいっぱいあるところってこの村にあるか?」
「はい、ありますよ。この先を二百メルほど進んだら見えてきます」
「了解。じゃあ、がんばれよ。用が済んだら俺も手伝いに行くよ」
「ありがとうございます。では」
サインは昨日二人が通った道を歩いていく。それとは真反対の方向にラテンは歩いていった。
整合騎士について、闇の国について、そしてこの世界を脱出する手段について。もしかしたら図書館のようなところにあるのかもしれない。
一部の期待を胸に、ラテンは歩いていった。
中途半端な終わり方ですいませんm(_ _)m
春休み期間中は投稿時間が一定ではなくなると思います。
ですができる限り日を開けないで投稿したいと思いますので、これからもこの作品をよろしくお願いします!