ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第二話 謎の世界

 

 

心地よい風が額に触れる。

それはまるで母親に額をなでられているみたいだった。邪魔が入らなければいつまでもこの感触を味わいたいと思ってしまうだろう。

だがそんな願望も意識の覚醒と共に、どこかへ消えてしまった。

 

「……ここは、どこだ?」

 

天理が目を開けるとそこには辺り一面草原だった。太陽はすでに真上に昇っていて、日光が天理を優しく包み込む。

視界の中で唯一特色があるものは、十メートルほどの一本の木だけだ。

 

しばらくボーっとしていると天理はハッとして再び辺りを見渡す。

辺り一面草原ということは、少なくとも自宅やその周辺ではないということになる。

天理は記憶を呼び起こすため、脳をフル回転させた。

 

六月最後の月曜日。その日は休校で、午後三時半くらいに木綿季の学校まで迎えに行って、その後は、御徒町にあるエギルの店《ダイシーカフェ》に行き、そこで友人たちと話をした。そして、午後六時に帰路についたはずだ。

 

つまり、もしここがVRMMOの世界だった場合、そしてその中のALOの世界だったら、すでに家に着いてアミスフィアを被ったということになる。

 

「いつのまにALOやってたんだ?てか、そもそもなんで一人なんだ?俺はさすがにボッチじゃないぞ」

 

天理は右手を振り、システムウインドウを開こうとした。だが、いくら待っても出現する様子はない。一応左手でもやってみたが無反応だった。

 

天理は首を傾げると、やっと自分の服装に気が付いた。

中世のヨーロッパ風の、もっと簡単に言うとファンタジー風の、チュニック、コットパンツ、そしてレザーシューズ。

この服装から、現実でもALOの中でもない、仮想世界にいることが確定した。

 

「いったい何なんだよ……」

 

天理は取りあえず立ち上がり、近くにあった木まで歩き始めた。そして、ようやく気付く。

自分の真後ろに、大きな洞窟があったということを。

 

「なんじゃこりゃ」

 

天理は歩を止め、今度は洞窟の入り口まで歩き始める。

中は真っ暗で、辛うじて日光によって見える部分は約十メートル。その先にも道が続いているのがわかるが、奥までは見えない。つまり、この洞窟は電気が通っていないということだ。

 

「まあ、人がいるわけないか」

 

天理は再び木へ歩を進めるために洞窟に背を向けた時、中から誰かが歩いてくるのを感じた。

天理がとっさに身を構える。

 

「………あれ?どうしたんですか、こんなところで」

 

「……人?」

 

洞窟の中から出てきたのは、十七歳くらいの少年だった。金色の短髪に、アジュールブルーの瞳。服装は天理と同じく生成りの短衣とズボン。

右手にはツルハシのようなものを持ち、右手には小さな籠を持っていた。

その少年からは警戒心が感じられなかったため、天理も警戒心を解いた。

 

とりあえず、敵意はないことを伝えるために口を開こうとした。だが、どの言葉が通じるのだろうか。この少年は、一見西洋人のように見えるが、何故かそんな気がしなかった。

天理が何を言えばいいか困っていると、その少年が口を開いた。

 

「あなたは誰ですか?もしかして迷子なりましたか?」

 

その言葉は正真正銘日本語だった。しかも丁寧なことに敬語を使っている。

天理はとりあえず安堵し、じぶんの名前を口にしようとするが――――どちらの方がいいのだろうか。リアルネームを告げるべきか、それともプレイヤーネームを告げるべきか。

散々迷った挙句、もの前の少年が西洋人っぽかったので、西洋人っぽい名前の方を告げることにした。

 

「ええと。俺の名前はラテンだ。向こうの方から来たと思う」

 

「向こうって、森の南からですか?ザッカリアの街から来たとか……」

 

さっそくピンチ到来である。ザッカリアの街。そんな単語は人生で一度も耳にしたことはない。黙っていると怪しまれるため口を開く。

 

「い、いや。正直、ここまでどうやって来たのか覚えてないんだ」

 

―――よし。嘘は言っていない。

 

「そうですか。ということは迷子になったんですね。行先とかは―――」

 

「ああ、ああ!そ、そんなことより、ここを一度出たいんだけど……」

 

「そうですよね。もしよかったら僕が―――」

 

「いや、ちょっ!……ログアウトしたいんだけど」

 

「ろぐあうと?なんですかそれ?」

 

これで確定したことがある。それは目の前の少年はNPCにせよプレイヤーにせよ、《仮想世界の住人》ということだ。

 

「いや、気にしないでくれ。土地で言い回しが違うみたいだから。……ええと、どこかに泊まりたいって意味なんだ」

 

「そうですか。……よかったら僕の村に泊まりませんか?部屋なら一応ありますし」

 

「ほ、ほんとに?それは助かるよ」

 

とりあえず村に行けば、何らかの脱出手段があるはずである。一部の望みを願って、その村に行ってみることにした。

 

「その村って、どこにあるの?」

 

「ああ、すぐそこですよ。でも一人で行くと村の衛士に説明するのが大変ですから、僕も一緒に行きますよ。……えーっと、仕事が終わってからでいいですか?」

 

「仕事?」

 

「はい。今は昼休みなんです。この後も仕事がありまして、……四時間くらいで終わるんですが待っててもらえますか?」

 

「わかった。ということは食事の邪魔だった?」

 

「いえ。大丈夫ですよ。よかったら、そこの木の木陰に座っててもらえませんか?……あ、まだ名前を言ってませんでしたね」

 

少年は笑顔を天理に向けた。

 

「僕はサインです。よろしくお願いします、ラテンさん」

 

天理とサインと名乗った少年は握手をする。

華奢な見た目とは裏腹にその握る力はずいぶん強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

さすがに四時間もずっと座ったままで待っているわけにもいかず、ラテンもサインの仕事とやらを見るために、サインと共に洞窟の中へと入っていった。

 

「ほんと真っ暗だな。このランタンがなかったら何も見えなんじゃん」

 

「そうですね。この洞窟は神聖なものなので、不要なものを置いてはいけないんです」

 

ラテンは「へ~」と言って周りを見渡す。そこらじゅうに、黒い石が転がっていた。こころなしか、どれも光っているように見える。

 

「この石って、宝石なのか?」

 

「僕の村ではそういう概念を持っています。ですが、この石は洞窟から持ち出せないので、流通はしてないんですよ」

 

「でも、一つや二つ持っていく奴だっているだろ?」

 

「実はこの石は、日光を浴びると天命が無くなってしまうんです」

 

「天命?」

 

「あれ、知らないんですか?天命というのは万物にある命そのものですよ」

 

「あ、ああ!あれね。わかってるわかってる。あれだろ?わかってるって。ただ、忘れてただけだ」

 

「そうですよね」

 

サインは笑う。

ラテンはこの少年が天然だということに感謝した。

しかし、サインが言ってた《天命》がこの世界で言う命ということは、この世界の住人にとってはそれがヒットポイントであり、道具や食材にとっては耐久値、ということになる。

 

「この洞窟ってどのくらいの長さなんだ」

 

「約四百メルです……ほら、四百メル地点にが見えてきましたよ」

 

ラテンは洞窟の奥にランタン光をかざす。そこには、この洞窟の現最深部があった。所々に凹みがあるということは、サインが掘っていたということだ。

 

「サインの仕事はここを掘ることか?」

 

「はい、これが僕が生命を司る創世の神ステイシアから命じられた《天職》です。でも正確に言うと僕の仕事ではなかったんですけどね。実は、僕の前にもう一人いたんですけど、突然いなくなってしまって、六年前から僕がこの仕事を引き継いでいるんです。長さは千メルと少しって言われています」

 

「そうか。でもなんで掘るんだ?」

 

「ここの洞窟の最深部には《始まりの原石》っていうものがあるんです。それを日光に当てると輝きだして、この世界に平和をもたらすって言われてるんですよ」

 

「すごい石なんだな。まあ、六年で半分近く掘れるなら引退する前までには全部掘れるな」

 

「いえ、まさか。この洞窟は四百年間にわたって掘り続けられて、今の長さに至るんです。そして、僕がその堀人の十代目です」

 

「四百年!?……てことは一年で約一メートル?」

 

「めーとる?……まあ、一年で一メルですね」

 

一メートルとこの世界における一メルをほぼ同じ長さと考えると、とんでもない仕事だ。生涯で約五、六十メートルしか掘れないということは、千メルいに到達するまでにあと六百年近くかかるということになる。

 

「た、大変だな。……となると、ひたすらツルハシをこの岩石に当てるってことか」

 

「いえ、そうでもないんですよ」

 

「え?」

 

「ここに周りより掘られている穴があるでしょう?これに当てていい音が出ないと進まないんですよ」

 

「まじで?めんどくさい設定がされてるな」

 

先端がとがっているツルハシでその小さなポイントに当てるのは、苦労するだろう。相当な忍耐力と体力が必要になってくるはずだ。

 

「そしてですね。一日経ってしまうと、その半分が元に戻ってしまうんです」

 

「はあ!?半分が元に戻る!?」

 

思った以上の重労働だ。普通の人間なら逃げ出してしまうだろう。だが、サインが逃げないのは、神から与えられた職業《天職》だからだろう。

ラテンはふと何かを思いついたように笑った。

 

「じゃあさ、サイン。俺にも手伝わせてくれよ。村に泊めてくれる恩返しにさ」

 

「ええ!?……まあ、誰かに手伝ってもらってはだめとは言われてないからいいと思いますけど、大変ですよ?」

 

「大変かどうかは個々が決めるもんだ。第三者が決めるものじゃない」

 

ラテンはニッと笑うと、サインからツルハシを渡してもらい、両手を頭の上まで振りかぶった。

 

ツルハシを使ったことはないので、頭の中で鉱山で働く人をイメージしながら、その動作をとる。両手を頭の上まで持ってきてそれらしいポーズをとった。

 

「よいしょっ……おらぁ!!」

 

ツルハシを大きく振る下ろした。だが、その先端はサインが指摘したポイントから5㎝ほど離れていたため、ツルハシが岩石に当たったと同時に、猛烈なキックバックがラテンを襲う。あまりの衝撃にツルハシを手放してしまった。

 

「いってててててて」

 

その光景を見て笑いをこらえきれなかったのか、サインがあははははと愉快そうに笑い出した。ラテンは「こいつ」と思いながらサインに視線を向けると、サインは一言「すいません」と言って謝ったが、まだ笑い続けている。

 

「そこまで笑っちゃいますか……」

 

「あははは……いやぁ、すいませんすいません。ラテンさんは力を入れすぎなんですよ。もっと全身の力を抜いて……すいません、何と言ったらいいか」

 

つまり、力に頼っていてはこれを掘ることはできないということなのだろう。力よりも正確性を重視する。それなら、ラテンも心当たりがあった。

 

「見てろよ。今度は命中させてやる……」

 

ラテンが再び両手を頭に位置にあげた。だが、そのポーズは先ほどよりも綺麗にきまっている。そう。それは剣道においてもっとも基本のポーズ。持ってるものは違えど、感覚としては酷似しているはずだ。

ラテンは大きく深呼吸し、サインが指摘したポイント一点を見つめる。

 

「……やあぁ!」

 

カァァァァン!

と甲高い音と共に岩石が少しだけ削れる。それと同時にその周りの岩石も、薄く剥がれ落ちた。

 

ラテンはどうだ言わんばかりにドヤ顔でサインに顔を向ける。しかし、サインは少しびっくりした様子で固まっていた。

 

「……サイン?どうかしたのか?」

 

「……あっ、いえ。こんな簡単にできるなんてすごいなぁと思いまして」

 

「そうか。ほいじゃまあ、どんどんやるか」

 

「はい!」

 

ラテンとサインは交互にツルハシを振っていく。

その日の岩石を掘った距離は、0.06メル。サインにとって一番長かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すごい中途半端になってしまいました。

今後どんな展開にするか書くのが楽しみです。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!

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