ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第九話 悔恨

 

 

 翌日。

 ラテンたちは再び迷宮区の森へ足を運んでいた。

 どうやら昨日の時点でこの第五十三層のボス部屋を発見することができたらしく、今日の午後にボス攻略会議が開かれる。おそらく明日にはボス攻略が始まるだろう。それまでにできるだけレベルを上げるため、こうして迷宮区に潜っているのだ。

 

「スイッチ!」

「はい!」

 

 ラテンと交代するようにシーナが狼型モンスターをポリゴン片へと変える。ラテンたちは昨日と同じ要領で順調にモンスターを狩っていき、午前十一時の時点で全員が一レベル上げることに成功した。

 

「そろそろ街へ戻りましょうか」

「おう、そうだな」

 

 シーナの言葉に全員が頷く。

 全員安全マージン――すなわち階層+10以上のレベルは確保しているため、安全に戦えばボス戦でも死者を出すことはないだろう。後は予定通り、このまま午後の雄攻略会議に参加して明日に備えるだけだ。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

 

 ラテンたちが街へ向かって歩を進めること数分。不意にラテンが、横一面に生い茂っている林へ顔を向けた。

 

「……いや、何か人の気配がしたような気がしてな」

「索敵スキルには?」

「反応してないから、気のせいかもしれないな」

 

 そう言って、再び歩き出そうとしたラテンに珍しい人物が声をかける。

 

「……ラテンさんがそう感じたならもしかしたら何かあるかもしれませんね」

「いや、単に気のせいかもしれないぞ。現に索敵スキルに引っかかってないし」

「でも、不安要素は潰しておくべきです」

 

 カイザーが食い下がると、ラテンたちは顔を見合わせる。普段の彼は物静かで、必要以上の会話をすることはない。だが、そんな彼がこうも気にするということは、彼自身がラテンの感じたものに嫌な予感がしているのだろうか。

 カイザーの言う通り不安要素を消しておくことは大事であるため、最初に感じたラテンが確認しに行くべきかもしれない。

 

「じゃあ、俺が確認してくるよ。皆は先に行っててくれ」

「それなら私も――」

「たぶん気のせいだし、わざわざ一緒に来なくてもいいよ」

「……わかったわ」

 

 何故か不満げな視線を投げかけてくるシーナにラテンは首をかしげるが、ただ心配しているのかと思い、気配を感じた方向へ足を踏み出す。

 他のギルドメンバーたちは、林にラテンが入っていくのを見送ってから再び歩を進め始めた。

 

「んー、やっぱ気のせいかな」

 

 地面に生えた草を踏みしめる音以外に、周りからは音が聞こえない。もしモンスター化プレイヤーがいるならば、同じように他の場所から聞こえてくるはずだ。

 止まっている、という可能性もなくはないが向こうにはラテンの足音が聞こえているはずだ。その場合、何かしらのアクションが起きても不思議ではないのだが。

 

「……何か嫌な予感がするな。戻るか……」

 

 ここで感じたのとは別に頭の中で何か引っかかる。

 素早くシーナたちと合流するために、踵を返すと黒い二つの影がラテンに立ちふさがった。

 

「――なっ、お前らは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「今日の昼飯は何にすっかなー」

「意外とガッツリとしたものが食べたいですね」

「おお、それは賛成だ!」

 

 オルフェの提案にガリルが相槌を打つ。

 

「まあ、最近は迷宮区内でお昼を食べることが多かったからそれもいいかもしれないわね」

 

 シーナは賛同しながらも、そわそわと後方へ顔を向けていた。

 その姿はデートの待ち合わせ場所に早く着いてしまった乙女の仕草そのもので、ガリルは目を丸くした後にニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「なんだ、シーナはラテンとできてたのか」

「うぇ!? そ、そんなんじゃないわよ!」

「そんな隠さなくてもいいだろ。お前たちが二人きりになる時って結構多いしな」

「だから、まだそんなんじゃないって……!」

「へェ……『まだ』、ね……」

「ガリル!」

 

 顔を真っ赤にしながらシーナはガリルに詰め寄るが、当の彼は笑みを崩さない。そんな二人のやり取りを見て、カイザーは小さく歯を噛んだ。

 

「……よそ者のくせに」

「ん? カイザー、何か言いましたか?」

「いえ、言ってません」

 

 オルフェはそれ以上深くは聞かず、前を歩くガリルとシーナに追随する。

 その三人を恨めしげに見ながら、カイザーはアイテムウインドウを操作した。

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「何でお前がこんなところにいるんだ、PoH……!」

 

 PoHと呼ばれた黒いマントを身にまとった男性プレイヤーがにやりと笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ、お前に会いたかったからだよ」

「……目的は何だ」

 

 ラテンは睨みながら刀に手を添える。

 この男は殺人ギルド《ラフィンコフィン》のリーダーだ。ギルドとはいえ、彼らの生業はモンスターを狩ることではなくプレイヤーを殺すこと。必然的に彼らのレベルは攻略組よりもずいぶんと低く、そのためこのような攻略組の巣と言っても過言ではないほどの最前線に出没するのは非常に珍しい。余程おいしい話がなければあり得ないのだ。

 

「まあ、そんなに警戒するなよ。今回のターゲットはお前じゃない」

「何……?」

「実は、現状に不満を持っている奴がいてな。そいつにちょっと協力してやったんだ」

 

 肩をすくめたPoHは不意に、明後日の方向へ顔を向ける。その仕草は演技というには本物じみていて、思わずつられてラテンもその方向へ視線を向ける。しかし、その行動が仇となってしまった。

 

「っ!?」

 

 後方から出現した気配にラテンは体を捻って対処するが、PoHの仕草に釣られたおかげで一瞬だけ対処が遅れてしまい、投擲物のようなものが体を掠め、体制を整えたのと同時にラテンはその場で膝をついた。

 

「これは……!」

 

 視界の隅にあるHPバーの下に黄色いアイコンが出現していた。それは状態異常を示すもので、麻痺による硬直がラテンに襲い掛かっていた。おそらく投擲物に麻痺毒が塗られていたのだろう。

 ――しまった……!

 PoHのいる前で麻痺になるということは、殺してくれと言っているようなものだ。現に、同じような手口でこのギルドは何人ものプレイヤーを殺している。生き残るためには、ラテンのHPが麻痺が解けるまで奴らの攻撃に耐え切らなければならない。

 歯を食いしばったラテンに近づいたPoHはその肩に手を置いてにっこりと笑った。

 

「だから、安心しろって。さっきも言ったがお前をここで殺すつもりはない」

「いいんすかヘッドォ。こいつは攻略組でもトップレベルですぜ?」

 

 抑揚のある声で近づいてきたのは、ラフィンコフィンの幹部である《ジョニー・ブラック》だ。

 

「こいつにはもっと面白い舞台で戦ってもらわねぇとな。ここで殺すのは、かわいそうだろ?」

「『かわいそう』、ねぇ……」

 

 ゲラゲラと笑いだすジョニーにラテンは睨みつける。この男たちは、人の命を奪うことに何の躊躇いも感じられない。正義の味方を気取っているわけではないが、こいつらには嫌悪せざる負えなかった。

 

「……じゃあ何なんだ、お前たちの目的h――」

 

 そこまで言って、ラテンはハッとする。それと同時に、先ほど感じた違和感の正体を理解した。

 

「その様子じゃ、わかったみたいだな」

「ふざけんな!!」

 

 ラテンは噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。だがPoHはただ静かに笑っただけだった。

 

「言っただろう、不満がある奴に協力した、って」

「ッ……!」

 

 あのメンバーの中にラフコフへ協力を依頼した人物がいるならば、それ相応の挙動をするはずだ。そして、シーナたちと別れる前に様子がおかしかったのは――。

 

「なんで……!」

「それはお前自身で聞くんだな」

 

 そう言うとPoHは周りを囲んでいたラフコフのメンバーたちに合図をする。そろそろラテンを縛っていた麻痺が解ける頃だ。その手慣れた行動にますます嫌悪感が沸いてくるが、それ以上にシーナたちが気がかりであった。

 予めわかっているのなら彼女たちほどの実力があれば対処をすることができる。しかし、今回の相手は信頼を置いている身内だ。どう考えても不意打ちされるほかない。

 

「じゃあな、ラテン」

「くっ……PoH!!」

 

 不敵に笑いながら林へ消えてッたPoHにラテンは叫ぶことしかできなかった。

 そしてラフコフのメンバーたちが視界から消えたのとほぼ同時に、男性の叫び声らしきものが、この場に木霊する。

 

「嘘だろ……やめてくれ……!」

 

 一向に解除されない麻痺にラテンはいらだちを募らせる。

 ――早く……早く……!

 

「うわあああああ!!」

 

 そして再び男性の叫び声。

 ラテンは歯が割れんばかりの強さで食いしばった。

 実際の時間は三十秒。だが、今のラテンにとっては永遠の時間とも感じられた麻痺の残り時間に心の中でありったけの罵声を浴びせながら、地を蹴った。

 自身の敏捷値を最大限に発揮したそのダッシュは今までで一番速いものだった。

 僅か十秒で百数メートルを走り抜けると、目に飛び込んでいたのは長剣に刺されて地面に伏せていたシーナの姿だった。

 

「シーナっ!!」

「ら、てん……」

 

 顔を上げた彼女の瞳からは大量の涙が溢れていた。

 そして次の瞬間。

 

 

 

 パリィィィン。

 

 

 

 無情なポリゴンサウンドが辺りを包み込んだ。

 

「ぁ……ぁぁ…………」

 

 声にならない声を発しながら、ラテンは自分の眼がしらが熱くなるのを感じた。それと同時に、彼女との一か月間の思い出が走馬灯のように脳裏によぎる。

 

「遅かったね、ラテン」

 

 カイザーの言葉が引き金になったのか、獰猛な野獣のようにラテンは地を蹴り刀を振るう。それに応戦するようにカイザーも剣を構えるが、この瞬間のラテンの速さは彼の数倍上回っており、いとも簡単に剣を持つ右腕が斬り飛ばされた。

 

「何でこんなことをした!!」

 

 左手で胸ぐらを掴み、ラテンは目一杯叫ぶ。

 そしてようやくそこで表情が見えなかったカイザーの顔を見ることができた。

 彼の瞳からは涙が流れており、口元には笑みが浮かんでいる。その表情が示すカイザーの心境が理解できず、ラテンはおもむろに突き飛ばした。

 

「シーナは……お前の従姉だったんだろ……! なんで……なんで……」

「お前のせいだ、ラテン」

「な……」

「お前が、僕から姉さんを奪ったんだ!」

「奪った、って……!」

 

 確かにラテンはシーナと関わることは多かったが、決してそれはシーナとカイザーの絆を壊すものではなかったはずだ。現に、彼がいない所でシーナはよくカイザーの良い所をラテンに話してくれていた。 

 引っ込み思案だが友達思いのところとか、周囲に気配りができることだとか。決まって彼のことを話す彼女は嬉しそうだった。本当に姉弟のように接していたことがひしひしと伝わってきていた。

 ――それなのに……そうだというのに……!

 憎しみが胸の奥から湧き上がってくるのを感じる。

 激情に流されるままラテンは突き飛ばしたカイザーへ歩を進めた。

 

「お前がいなければ姉さんは僕のものだった。お前のせいで姉さんは変わってしまった。お前に染まった姉さんなんて僕はいらない……!」

「っ、お前は!!」

 

 腕を振り上げ、細い首目がけて振り切ろうとしたラテンは寸のところで刀を止める。

 

「……シーナは、お前のことを大切に思っていた。本当に大切に……」

「そんなの関係ない!」

「ッ!!」

 

 命を奪うことは簡単だった。己を包んだ憎しみに流されるまま刀を振るえればどれだけ良かったか。

 だが、それをさせなかったのは思い出の中の人になってしまったシーナの姿だった。彼女の姿を思い浮かべるたび、ラテンの衝動は止められる。

 

「……シーナに感謝するんだな」

 

 おそろしく低い声音で呟いたラテンは、もしもの時ように黒鉄宮へ繋いでいる回廊結晶を取り出し、その中にカイザーを放り込んだ。

 円形の空間に消える寸前までカイザーは何かを喚いていたが、ラテンの耳に入ることはなかった。やがて、空間が消滅するとラテンはその場に崩れるように座り込む。

 

「シーナ……俺は…………」

 

 頬を伝う滴が地面にこぼれる。それが合図だったかのように、次々と涙が零れははじめた。視界はぼやけ、思考は停止していた。

 

「――ああああああああああ!!」

 

 咆哮。

 胸の奥底から湧き上がってくる感情のままラテンは叫んだ。頭を地面に何度も打ち付け、自分の無力さを何度も呪う。

 

「そばにいるって……約束したのに……!」

 

 ギリッと歯を食いしばり何度も何度も拳と頭を打ち付ける。

 ラテンはそれから他の攻略組が見つけるまでの数時間、叫び続けた。

 

 




ああああああああああああああああああああああ

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