ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

24 / 103
第八話 弱さ

 

 

 ラテンがギルド《自由に気ままに》へ助っ人として入ってから一か月近く経過した。

 現在の最前線は第五十三層で、すでに迷宮区を発見しその七割が探索し終わりそうなところだ。このまま行けば、五十二、五十三層と同じように十日ほど、つまりあと二日ぐらいでボス部屋が発見され攻略戦が始まるだろう。もちろん、ラテンはこのギルドの一員として参加するつもりだ。

 あらゆるギルドからの勧誘を断り続けたラテンがギルドに所属していることを表に出せば、シーナたちに迷惑がかかる可能性があるため広めてはいない。知っているのは、このギルドのメンバーとキリトぐらいだろう。もしかしたら、情報屋として名高い《アルゴ》の耳にも入っているかもしれないが、ラテンがギルドに入ったかどうかの情報を買うプレイヤーなど、今になってはいないはずだ。それぐらい長く、ソロを続けている。

 そこでラテンは、思考を目の前の狼型モンスターへ戻した。

 

「カイザー、防御頼む……シーナ!」

 

 カイザーが盾を構えてラテンと狼との間に割って入ると、鋭い牙による攻撃で火花が散る。その横をするりと通り抜け、無防備な狼に横っ腹に三連撃ソードスキル《緋扇》を繰り出すと、モンスターに大きなノックバックが発生する。

 狼の攻撃対象がカイザーからラテンに変わったのとほぼ同時に、ラテンの後ろからシーナが出現し、高速の三連刺突からの八連撃ソードスキル《スター・スプラッシュ》で狼のHPを消し飛ばした。

 

「ナイスプレイ! 次、来るぞ……ガリル!」

「おう!」

 

 この層の迷宮区にいる狼型モンスターは、基本的に集団PoPする。そのため、一体を倒してもすぐに二体目の処理をしなければならず、ソロとして活動しているプレイヤーたちにとってはそれ相応の準備や対応を要求される。だが、ギルドに参加した現在のラテンにとっては彼らよりも負担はかなり小さい。

 跳躍しながら噛みつこうとしてくる狼を単発ソードスキル《絶空》で弾くと、間髪入れずにガリルがその着地地点目がけてソードスキルを振るい、可愛らしい鳴き声と共にモンスターがポリゴン片へと姿を変えた。

 同じ要領で三、四体目を倒すと、ようやくブレイクポイントができ一息つく。

 

「結構倒したな。今ので何体目だ?」

「今ので六十一体目だな」

 

 ラテンの返答にガリルは口笛を吹くとその場にドカッと座り込んだ。

 この迷宮区に入り込んで二時間半ほど経過している。集中力を回復させるためここら辺でいったん休憩を取るのも手だろう。

 

「じゃあ、休憩にしましょうか。昼食の時間でもあるからね」

 

 シーナの言葉にカイザーとオルフィがその場で腰を下ろす。

 先ほど戦闘した狼型モンスターたちはここから少し離れた位置でPopし、この位置ではギリギリ認知されないため、ある種の安全地帯であると言える。

 ラテンも同じように腰を下ろし、後ろにあった木へ背中を預けると、そのすぐ隣でシーナが腰を下ろした。

 

「だいぶ息が合ってんきたんじゃないかしら」

「そうだな。あれだけ綺麗に仕留めてくれるとこっちも気持ちいいよ」

「あなたには感謝しているわ。前までは私が主にやってたからアタッカーがガリル一人で、集団戦は今よりも時間がかかっていたわ」

 

 このギルドでのラテンの役割はいわば《中継地点》的なものだ。モンスターの攻撃を弾くもしくはノックバックさせることで、他のアタッカーにとどめを刺させるという行動をしているが、はっきり言って地味な役割だ。

 モンスターを気持ちよくポリゴン片へ変えることはできないし、バランスよくフィニッシャーを選択しなければならない。何より前者が問題だ。

 MMORPGは簡単に言えば、戦闘時の緊張感によるストレスをモンスターを倒すことで発散している。だが、ラテンの役回りはそれをすることができず、ただただフラストレーションが溜まっていく一方だ。だから、普通のギルドではこの役割を交代している。

 だが、ラテンにとっては何の苦でもなかった。経験値やアイテムは自動分配されるし、今までは陽動から止めまですべて自分一人でやっていたため、むしろ楽になったほうだ。

 それに多くのプレイヤーはこの役回りを軽視しているが、プレイヤーの腕次第で戦闘時間が短縮され効率が段違いに変わる。やりがいがないわけではないのだ。

 

「やっぱり最前線の迷宮区は他よりも多く経験値がもらえるわね。攻略組が上位ギルドがどんどん強くなっていく理由も納得だわ」

「……シーナは俺を入れる前に、他の人を勧誘しようとか思わなかったのか?」

「何人かには声をかけたわ。でも全員、大型ギルドに誘われているだとか、ソロでしかやらないとかで断られたの。 ……一応、あなたにも断られていたら、あの黒の剣士にも声をかけようとしていたわ」

「ああ、キリトのことか。まあ、あいつにも事情があるし俺が受けといて正解だったかも」

「事情……?」

 

 シーナが不思議そうな表情を浮かべながらこちらに顔を向けるが、それ以上は深く聞かずすぐに顔を正面へ戻した。

 

「誰しも事情(・・)は抱えてるものよね……よいしょ、っと」

 

 肩をすくめながら答えたシーナは、アイテムウインドウを出現させ何度かタップすると、彼女の手の上に突然アイテムが出現した。否、ただのアイテムではなく、俗にいう《サンドイッチ》だった。包装からして、NPC店で売っているではないことは確かだ。

 緑色の葉のものと卵らしき黄色いものがソースのようなもので照り輝いている肉を挟んでおり、それを見ただけで無意識につばを飲み込んでしまう。

 シーナはそのまま大きく口を開いてサンドイッチにかぶりつくと、頬をパンパンに膨らませながら口を動かした。

 ――ハムスターみたいだな……。

 思わずその頬をつつこうとした右手を抑えると、ごっくんと隣にいるラテンに聞こえるほどの音でシーナは飲み込んだ。途端、口元にソースを付けながらその顔にうっとりとした幸せそうな表情が浮かんだ。

 

「ふっ」

「ん……?」

 

 思わず笑みをこぼすと、シーナが再び不思議そうな表情で顔を向けてくる。

 

「いや、うまそうに食べるなぁって思ってさ」

「っ!」

 

 シーナは慌てて取り出したハンカチで口元を拭うが、ラテンの脳には彼女の表情がすでにインプットされていた。

 む、と恨めしそうな視線が飛んでくるが笑いながら両肩をすくめて見せる。

 

「それ、自分で作ったのか?」

「ええ、そうよ」

「へぇ……すごいな」

 

 この世界にも料理は存在する。

 だが現実世界のように、猫の手をしながら包丁を持って食材を切る、なんて動作はなく包丁をかざすだけで、システムが自動で食材を切ってくれるのだ。ただ、全員が全員同じように切れるわけではなく《料理スキル》というものを習得しなければそのようなことはできない。それに加え、そのスキルの熟練度に応じて完成した品の味も変化するのだ。

 ただし、《料理スキル》は戦闘には全く関係ないスキルであることに加え、ちゃんとした味の品になるまで熟練度を上げるのが相当大変らしいのだ。

 だが、隣の彼女のサンドイッチがまずそうには見えない。それどころかあんな表情を浮かべるのだ。相当美味しいのだろう。

 

「現実でも料理はできるのか? ……って、悪い。現実のことを聞くのはマナー違反だよな」

「別にそれぐらいなら気にしないわよ。そうねぇ……凄く凝ったものはできないけどそれなりには作れたわ。あなたは?」

「俺は基本的に妹に頼りっぱなしだったからなぁ。本当に簡単なものしか作れないぞ。それこそ、サンドイッチとか。パンに具を挟むだけだけど」

「ふふっ、そうね」

 

 シーナは小さく笑って見せると、今度は小さくサンドイッチにかぶりつく。

 そんな彼女を横目に見ながら、ラテンは静かに呟いた。

 

「シーナは本当にすごいな。頭もいいし、運動神経抜群。誰にでも優しいし、心も強い。おまけに料理もできるし……まさに完璧な人間だな」

「その言葉はありがたく受け取っておくわ、ありがとう………………でも、あなたが思っているほど私はすごくなんかないわ…………」

「え?」

「……なんでもない」

 

 後半が小声で聞き取ることができず聞き返してみれば、返ってきたのは可愛らしい笑みだった。

 

「あなたも良かったら食べる? 味はあまり保証できないけど」

「え、いいのか?」

「私そんなに食べる方じゃないからね……はい」

 

 先ほどと同じようにアイテムウインドウを操作したシーナは、彼女が手に持つ包装と同じものを差し出してきた。

 感謝を述べながらそれを受け取ると、前方から足音が近づいてくる。

 

「姉ちゃん、そろそろ行こう」

「もうこんなに時間が経ってたのね」

 

 ラテンも同じように時刻を確認すれば、休憩に入ってから四十分近く経過していた。

 別に休憩を取ること自体問題があるわけではないのだが、あまりに取りすぎるとかえって集中力が切れてしまう。何が起こるかわからない最前線の迷宮区をそのような状態でうろつくのはよろしくはないだろう。

 

「ごめんね、ラテン。できるだけ早く食べちゃってくれるかしら」

「そうだな。じゃあ、ありがたく食べさせていただきます」

 

 ラテンはしっかり味わいながらも素早くサンドイッチを食べ終え、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《自由に気ままに》のメンバーたちと別れてから一時間、ラテンは宿屋から出て迷宮区へ向かっていた。

 時刻は午後十一時。連れ立っている者はいない。

 ラテンがこの時間からベットを抜け出した目的は、単純にレベリングだ。別に今のギルドメンバーで狩りをすることに不満があるわけではない。だが、どうしても暇な時間ができてしまうと昔のように一日の大半をレベル上げに捧げてきた血が騒いでしまうのだ。だからこうして時々一人で迷宮区に潜り込んでいる。しかし、この日だけは違った。

 

「よォ、ラテンじゃねぇか!」

 

 振り向けば立っていたのは趣味の悪いバンダナを額に巻いた野武士ヅラの男だった。

 

「クラインか。久しぶりだな」

「ああ。確か一週間ぶりぐらいじゃねぇか?」

 

 顎を小さく擦ったクラインは、ラテンの顔をじっと見ると急ににやにやと笑いだしながら近づいてくる。

 

「な、なんだよ……」

「いやぁ実はな、おもしれェことを聞いてよ……お前、ギルドに入ったんだって?」

「うぇ!?」

 

 いきなりの言葉にラテンは奇妙な声を上げる。

 ラテンがギルドに入ったことを知っているのはほんの僅かな人間しかいない。この世界ではだいぶ信頼を置いているクラインにすら教えていないのだ。

 

「な、何で知ってるんだよ。もしかして……キリトか?」

 

 ギルドのメンバーは考えられないし、残る選択肢はキリトがうっかり漏らしてしまったぐらいしかない。しかし、真実はラテンの予想を裏切るものだった。

 

「いや、かまかけだ」

「は?」

「だってお前さん、最近やけにあのメンバーとつるんでるだろ? ボス攻略戦だって三回連続であいつらと組んでるし、攻略組では噂になってんぞ」

「まじかよ……」

 

 失態だった。

 確かに、第五十層から五十二層までのボス戦では、偶然とはいえ連続でパーティを組んでいた。だが、それだけだったらいくらか誤魔化すことができたのだが、決定的だったのは先ほどのラテン自信の反応だ。あれでは、ギルドに入っていることを宣言したようなものだ。

 

「あー、お前意外とやるな。これからは詐欺師と呼ばせてもらおう」

「なんか不名誉なあだ名だな!? ……まあ、なんつーか良かったよ」

「え?」

 

 クラインが頬をポリポリと掻きながら続ける。

 

「お前ェ、ずっとソロでやってきただろ? キリトは、まあ……あんなことが起こったから何も言えねェけど、一人じゃなんか起こった時本当に危険だからな。お前がギルドに入ってくれてよかった、ってことをだな……」

 

 ラテンはポカンと口を開ける。そして次いで、小さく笑った。

 この男は多少くせはあるが本当に仲間思いの人間だ。ゲームの中でたまたま出会った浅い関係なんて関係なしに接してくれる。きっと現実世界でもたくさんの人に慕われていただろう。

 

「お前は本当に良い奴だな」

「う、うるせェ! ……ったく、そう言えばこんな時間にフィールドへ出るつもりか?」

 

 クラインに声をかけられたのはこの街の門を出る時だった。そう考えても不思議なことではない。

 

「ああ、レベリングをしようと思ってな」

「……一人でか?」

「不満はないけど、昔の血が疼くんでね」

「……はぁ」

 

 クラインが呆れたようにため息をこぼす。確かに、あんな話の後に一人で迷宮区に行くなんて知ったらため息の一つや二つぐらいついてしまうだろう。

 

「……んじゃあ、久しぶりに俺と組もうぜ」

「はい?」

「俺もそういう気分になったんだよ。ほら、ちゃっちゃとパーティ申請を受諾しろ」

「……過保護か」

「うっせェ!」

 

 そうしてクラインと何か月かぶりのパーティを組むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三時間後。

 迷宮区のモンスターを狩り尽くさんばりの勢いでクラインと暴れまわった後、再び迷宮区に近い街へと帰ってきた。

 クラインとは門で別れたラテンは、夜遅くまで開いているNPCの店へ足を運んだ。深夜に迷宮区へ潜り込んでは、こうして街へ帰ってきた時に何かと小腹がすいてしまうのだ。

 店の中へ入ると、予想通り人は少なく店内はガラッとしていた。適当に座るところの目星を付けるため、ぐるっと見回すとクラインに次いで思わぬ人物が窓側の席に座っていた。

 

「あれ、シーナ?」

「え……?」

 

 ラテンに声をかけられた女性はビクッと肩を震わせて目を丸くする。

 

「ラテン? 何でこんな時間に……」

「それはこっちの台詞だよ。解散した後すぐに部屋を戻ったんじゃなかったのか?」

「えーと、うん。そんなんだけど……」

 

 目をそらしたシーナにラテンは首をかしげる。

 

「……ここ、相席いいか?」

「あ、いいわよ。どうぞ」

 

 向かい側の席に座ったラテンは、やってきたNPCのウェイトレスへ適当に品を頼むと、改めてシーナへ向き直る。

 

「いやぁ、この世界だとカロリーなんて気にしなくていいから、こんな時間でも抵抗ないよな」

「そんなこと言って、現実世界に戻ったら痛い目に合うわよ……まあ、否定はしないけどね」

 

 そう言ってシーナはコーヒーらしきものに口を付ける。カップを持つ姿も、それを仰ぐ姿も非常に上品で、どこかの御令嬢なのかと疑ってしまいそうになる。

 シーナはゆっくりとカップを机の上に置くと、小さく口を開いた。

 

「それで? 何でこんな時間にこんな所に?」

「ああ、まあ、その……ちょっと迷宮区にな」

「え?」

 

 一瞬誤魔化すか迷ったのだが、不思議と彼女に対しては嘘をつきたくはなかった。それは何故かと頭の中で論争し始めるのを無理やり打ち消すと、ラテンは慌てて弁解する。

 

「あ、別に現状に対して不満があるわけじゃないぜ? みんなのおかげで楽に戦えるし。さっきのはなんつーかほら、昔に読んだことのある漫画を今になってもう一度読みたくなる現象、みたいな感じといいますか、何と言いますか……」

 

 うまい表現が見つからずあたふたしていると、シーナはクスッと小さく笑った。

 

「別にそんなに慌てなくても怒らないわよ……あ、でもギルドのリーダーとしてはちょっと心配するわね。一人なんでしょ?」

「あー、一応な」

「本当に気を付けなさいよね。あなたがいなくなったら私は――」

 

 言葉を不自然にぶった切ったシーナは、次いで顔を真っ赤に染める。ラテンは彼女の挙動に首を傾げながら聞き返す。

 

「私は……?」

「な、何でもないわ……!」

 

 首をぶんぶんと振り回すシーナにますます疑問が湧き上がるが、彼女が何でもないと言っている以上、別にその言葉の先を聞く必要はなさそうだ。

 

「まあいいや。で、今度は俺の番だな。シーナは何でこんな時間に出歩いていたんだ?」

「うーん……」

 

 ラテンの言葉にシーナは唸りを上げながら店内を見渡す。人が少ないとはいえ、見覚えのあるプレイヤーがちらほらいる。この場では言いづらいことなのかもしれない。

 

「あ、別に無理に聞こうとかは思ってないぞ?」

「…………いや、ラテンになら別にいいわ。ただ、この場所だとちょっと……」

「……じゃあ、ちょっと歩くか?」

「え? でも料理が……」

「現実世界に戻った時に、痛い目には合いたくないからな」

 

 ラテンは小さく笑うと、おもむろに席を立ちあがる。シーナも同じように笑った後、ラテンの後ろをついていった。

 

 

 

 

 この世界では《食い逃げ》をすることはできない。手持ちの金が足りなければ料理を注文することはできないし、食事を終えた後黙って店を出ても、出た時点で自動的に手持ちの金が消費される。だから、食事に手を付けずに店を出ても何の問題もないのだ。現実世界でやったら、大迷惑どころの話ではないが。

 夜風に舞った艶やかな黒い長髪が月明かりに照らされて、美術の作品の如く美しさを漂わせている。シーナは、手で髪を抑えながらゆっくりを歩を進めると、その隣にラテンは移動した。

 

「……あなた、私のことどう思う?」

「……はい?」

 

 不意に掛けられた質問にラテンの心臓は大きく脈動する。

 今まで意識したことはなかったが、改めて考えてみても彼女のことは好きだ。シーナという女性とは一ヵ月しか接したことはないが、彼女の良さを知るのは一ヵ月もあれば十分すぎるほどだ。

 きっと、ラテン自信彼女に憧れていたのかもしれない。勉学、運動、人間関係。どれも不自由はなかった。だからこそ退屈であって、刺激を求めていたラテンにとって茅場晶彦が作り出したこの世界は天国に似たような場所であった。

 ラテンが攻略組の上位集団に位置しているのは、はっきり言って退屈しのぎの結果だ。刺激を求めた以外に攻略することに対して動機何て存在せず、他人のために行動しているシーナがとてもまぶしかった。ラテンも彼女にようになりたいと心の底で感じていた。

 だから、ラテンは正直な気持ちを口にする。

 

「あー、その……すごく魅力的だと思う」

「へ?」

「たぶん彼女にできたらそいつは幸せ者だと思うし、それが俺だったら絶対に一生大切にs――ふご!?」

「わー!! そうじゃなくて!」

 

 シーナは両手でラテンの口をふさぐ。顔は俯いててよく見えないが、耳の色を見るかがり真っ赤に染まっていそうだ。

 ぐいっと押し込んでくる両手を掴んで引き離すと、案の定顔を真っ赤にしたシーナが口を開いた。

 

「いや、あなたの気持ちはとても嬉しいし私もそうなれたらいいな、なんて思っt――って、何言ってるのよ、私……あー、もう!!」

「わ、悪かった! だから一旦落ち着こう、な?」

 

 可愛らしい声で憤慨する彼女を慌ててなだめる。これでは場所を変えて外に出た意味がない。

 ラテンの言っている意味を察したのか、シーナは荒い息を弾ませながら胸に手を当てて深呼吸をする。何度目かの後、ようやくいつものような凛とした彼女に戻った。だが、妙に気まずい雰囲気が二人の周りを漂い始めた。

 ただ、このまま放置するわけにもいかず、ラテンはおずおずと口を開く。

 

「え、えっと……シーナはどういう意味で言ったんだ?」

「うっ……」

 

 ラテンの言葉に、先ほどの出来事を思い出したのか一瞬顔を赤くしたシーナであったが、すぐに平静を取り戻す。

 

「……今日の昼ぐらいに、あなた言ってくれたでしょ? 『完璧な人間だな』って」

「え? ……ああ、言ったな」

 

 彼女にサンドイッチを分けてもらった時を思い出す。だが、それと今の話がどう繋がるのかは想像できない。

 彼女は、先ほどの慌てようとはうって変わって今度は神妙な顔つきになった。

 

「……私、あなたが思っているほど完璧な人間じゃないのよ」

 

 シーナは静かに続けた。

 

「現実世界での私の家はそこそこの家柄でね、幼いころから周囲に期待されながら育ったの。その期待に応えられるように、勉強も運動も人間関係も一生懸命頑張った。でも本当の理由は違った」

「…………」

「失望されたくなかったのよ。親から、親戚から、友達から、見放されたくなかった。この世界での行動だって、全部それがゆえのものよ。本当は勉強なんて頑張りたくないし、お行儀よく振る舞いたくない。ギルドのリーダーなんてやりたくないし、怖くて逃げだしたい。こうして夜に出歩くのも、明日強くあろうとするため。本当の私は自分の弱さを必死で隠すような弱い人間なのよ……」

 

 ラテンは黙って聞いていた。

 『彼女は完璧な人間ではない』、そんなことはどうでもいい。不謹慎かもしれないが、シーナが彼女自身の胸の内を吐露してくれたことが嬉しかった。だからラテンも、応えなければならない。

 

「……俺が最前線にいる理由は、退屈しないためだ。現実世界では苦も無く生活できてたから、心の底では刺激を求めている。だから俺は、このゲームをクリアしたいのと同時に、クリアしたくないって思ってるんだ。理由は単純。退屈な時間に戻りたくはないから。この世界に囚われたプレイヤーたちを現実に戻したい、なんてのは建前で本当の俺は、自分が満足し続けらればそれでいい自分勝手で最低で、小さくて弱い奴だ」

「そんなこと――」

 

 ラテンは彼女の言葉を遮る。

 

「俺は、本音と現状の行動が伴っていなくても別にいいと思う。人間って弱さがあるから生きて行けるって思うんだ。だからそんなに卑下する必要はないよ」

「…………」

「……ごめん。たぶん俺じゃ、君が求めてるものを渡すことはできない。でも、その代り側にはいられる。ありがとうな。本当の君を教えてくれて」

「……ううん。私こそごめんなさい、急にこんなことを言ってしまって。 ……これからも一緒にいてくれる……?」

「ああ、もちろん」

 

 月明かりに照らされた彼女の嬉しそうな笑みは、今まで見た中で一番美しいものだった。

 





追加しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。