ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第八話 上へ

 

 キリトが飛び立ってから約二十分。

 その間、キリトとリーファが戻ってきて四人で挑むのを前提として、ラテンとコトネは作戦を練っていた。とはいっても、正直四人でできることなどたかが知れている。先ほどのラテンのような生贄作戦は、リーファやコトネには重すぎるため、それ以外となるとシンプルな案しか浮かばなかった。

 

「やっぱりお前とリーファがヒーラー役でサポートに回ったほうがいいな」

「うーん、それだと回復が間に合わないかもしれないよ」

「キリトを回復させることを優先させたほうがいいかもな。最悪、俺はダメージを受けなければいい話だ」

「何その強引な考え……」

 

 コトネは呆れてものも言えないような表情をする。確かに、彼女の言う通り、避け続ければいい、なんて強引で浅はかな考えだろう。しかし、どう考えても一人が一人に対して回復しているようじゃ、あの大軍を相手に間に合うわけがない。であれば、キリトよりも攻撃を防ぐ手段を持っているラテンが最小限のダメージで抑え続け、キリトをメインで回復させた方が希望はある。突破力はラテンよりもキリトの方があるのだから。

 

「まあ、やってみないことにはわからんでしょ」

「……わかった。でも、あの二人が納得するかはわからないよ?」

「いや、そこは土下座でもなんなりして――」

「そこまでする!?」

 

 土下座の練習とばかりに正座して頭を下げたラテンに強烈なツッコミが来る。さすがはラテンの妹だ。内心で笑いながら頭を上げてみれば、後方から声をかけられる。

 

「おーい!」

 

 見れば、リーファが手を振ってこちらに向かってきている。そのすぐ後ろには、キリトともう一人見慣れないシルフの少年の姿があった。何がともあれ、兄妹喧嘩は無事に解決したようだ。

 三人がラテンたちの前に降り立つと、隣にいたコトネが驚いた声を上げる。

 

「あれ、何でレコンがここにいるの?」

「あ、コトネちゃん。実は色々あって、リーファちゃんを追ってきたんだけど……隣にいるその人は?」

「ああ、この人は私の兄のラテン」

「えーっと、レコン……くん、ラテンだ。よろしく」

「あ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ぎこちなくラテンとレコンは握手をした。それよりもコトネが、ラテンのことを兄として紹介したのが意外だった。ここはネットゲームの世界であり、知り合いに紹介するとき普通は、細かい情報を相手に伝えるようなことはしない。それはコトネも分かっているはずだ。それにもかかわらず兄として紹介したということは、現実世界でも友達なのだろうか。ともあれ、コトネが安心して伝えているのならラテンもやぶさかではない。

 

「あのー、ところで一体何するの?」

 

 遠慮がちにレコンが言うと、リーファがにっこりと笑いながら答えた。

 

「世界樹を攻略するのよ。アンタも含めたこの五人で」

「そ、そう……って……ええ!?」

 

 至極当然の反応にリーファ以外は苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、とりあえず作戦会議と行きましょうか」

「そうだな……あっ」

 

 何かを思い出したかのようにキリトは口を開いた。

 

「ユイ、いるか?」

 

 その言葉が終わらないうちに、中空に光の粒が凝集し、お馴染みの小さなピクシーが姿を現した。

 

「もー、遅いです! パパが呼んでくれないと出てこられないんですからね!」

「悪い悪い。ちょっと立てこんでて」

「へぇー、だからさっきは出てこなかったのか。てっきり空気を読んでたからだと思ってたけど」

 

 とは言っても、ユイは頭がいい。きっと出てこれる状況でもあの場には出現してはいないだろう。 

 唇を尖らせながらキリトの左手に小妖精は座る。すると、それを見たレコンがいきなり食いつかんばかりに首を伸ばした。

 

「うわ。こ、これプライベートピクシーって奴!? 始めて見たよ!! うおお、スゲェ、可愛いなあ!!」

「な、何なんですかこの人は!?」

「こら、恐がってるでしょ」

 

 リーファは思い切りレコンの耳を引っ張ってユイから遠ざける。

 

「コイツのことは気にしないでいいから」

「……あ、ああ」

 

 呆気に取られた様子のキリトは、二、三度瞬きをしてユイの方へ顔を向ける。

 

「――それで、あの戦闘で何か解ったか?」

「はい」

 

 ユイは、可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべて頷く。

 

「あのガーディアン・モンスターは、ステータス的にはさほど強さではありませんが、湧出パターンが異常です。ゲートへの距離に比例してポップ量が増え、最接近時には秒間十二体に達していました。あれでは……攻略不可能な難易度に設定されているとしか……」

「秒間十二!?」

 

 ラテンやキリトですら、ガーディアンを一体倒すのに一、二秒必要なのだ。ユイの分析が確かなら、一体倒すごとに十一体増える計算になってしまう。こんな設定なら、ラテンが先ほど生贄として多くを釣ってもさほどの意味がなかったことが理解できる。

 

「個々のガーディアンは一、二撃で落とせるからなかなか気付けないけど、総体では絶対無敵の巨大ボスと一緒だってことだな。ユーザーの挑戦心を煽るだけ煽って、興味をつなげるギリギリのところまでフラグ解除を引っ張るつもりだろう。しかしそうなると厄介だな……」

「でも、異常なのはパパやラテンさんのスキル熟練度も同じです。瞬間的な突破力だけならあるいは可能性があるかもしれません」

「……そこで、さっき俺とコトネが思いついた作戦なんだが」

 

 ユイの言葉を最後に黙ったキリト、リーファ、レコンにラテンは先ほどコトネと練った作戦を提案することにした。

 

「いたってシンプルなんだけどな」

「まあ、確かにそれぐらいしか俺も浮かばないな。とはいえ、お前が結構大変になるんだぞ」

「いや、ヒーラーが一人ついてくれるならさっきよりも可能性はある」

 

 先ほどはリーファとコトネの二人でキリトの回復に専念し、ラテンはできるだけダメージを受けず突破する案だったのだが、レコンが回復魔法を使えるということで、ラテンをコトネが、キリトをリーファとレコンが回復する作戦で決定した。

 

「……すまない。本当だったらここで無理するより、別ルートを探すとか、応援を呼んで人数を集めたほうがいいのはわかってる。でも……何だか嫌な感じがするんだ。もう、あまり猶予時間がないような……」

「まあ、しょうがないだろ。眠れるお姫様は王子様のキスで目覚めるもんだ。お前をさっさと連れて行かないと、他の王子様にとられちまうかもしれないからな」

 

 ラテンの言葉にキリトはぽりぽりと後頭部を掻いた。

 

「んじゃあ、行きますか」

 

 ラテンたちは大門へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二度目の石像からの囁きを受け、重々しく巨大な扉がその身を動かした。同時にラテンたちは一斉に剣を抜く。

 

「……行くぞ!!」

 

 キリトの叫び声を合図に、ドームの内部に入るや否やラテンとキリトはほぼ同時に急上昇を開始した。コトネとリーファとレコンは、手筈通り底面付近に留まり、ヒールスペルの詠唱に入る。

 

「よう。さっきぶりだな」

 

 にやりと笑いながらラテンは守護騎士の一振りを躱し、その首を跳ね飛ばす。最初の内は、何体か倒しておかなければ、下にいるコトネたちにターゲットがいってしまう可能性がある。そうなれば彼女たちはヒールどころではないだろう。

 先ほどと同じように、交互にガーディアンを倒していきようやく半分ほどまで到達した。ユイの分析通り、上にいくにつれて守護騎士の数が増えていっているような気がする。

 

「このまま一気に行くぞ!」

「ああ!」

 

 キリトの言葉にラテンはさらにスピードを上げる。

 もうすぐで生贄作戦を実行した場所だ。しかし、今回はそんな作戦は取らない。突破力が必要ならラテンとキリトの二人で進んだ方がいいだろう。

 必要最低限の戦闘を行い、ようやくあと少しのところまで上り詰めたラテンたちを待っていたのは、天蓋の如く上を覆った守護騎士の大軍だった。

 

「確かに、キリトが簡単にやられるわけだ。こりゃ」

 

 お手並み拝見といわんばかりに突進し、何体か斬り伏せて突破を試みようとするも、通過できる穴ではなく、小さなへこみを創るだけだ。そしてそれは、こちらが息をするたびにすぐに塞がってしまう。

 

「くそっ、これじゃあジリ貧だぞ。どうする!?」

「どうもこうも、やるしかないだろ……!」

 

 再び突進体勢に入ったキリトに合わせるようにラテンも構えようとした次の瞬間、下方部から守護騎士とは違う雄叫びが飛び込んできた。見れば、新緑色の鎧を包んだプレイヤーたちおよそ五十と、十体ばかりだろうか、そのプレイヤーたちの数倍はあるであろう竜のようなモンスターがこちらに向かってきていた。その竜の背中にはプレイヤーが乗っているため、敵ではないのだろう。

 女性と思しき声がしたかと思えば、彼らに気付いてそちらに向かっていった守護騎士の群れに対して、紅蓮の劫火が一斉に浴びせられた。その威力は絶大で、数十体の騎士たちを瞬く間に消し炭へと変えていった。

 

「すごい助っ人が来てくれたみたいだな」

「そうみたいだな」

 

 全方向から斬りかかって来る守護騎士たちを片っ端から斬り伏せながら、時節下の方へ視線を向ける。

 再び先ほどとは違う女性の声がしたかと思えば、五十ほどの緑の点から緑入りの雷光がこちらに向かって飛んできたかと思えば、いつの間にか広大な範囲でラテンとキリトを飲み込もうとしていた白の大軍を深く貫いた。竜の劫火ほどの派手さは無いものの、縦横無尽に太い稲妻が走り、守護騎士たちを次々に吹き飛ばしていく。

 

「穴が……!」

 

 見れば、先ほどまで鳥一匹通さないほど密集していた白い騎士たちの壁の中央部分が大きく落ち窪んでいた。

 

「二度と来ないな、このチャンスは!」

「ああ、行くぞラテン!」

 

 突進を始めるラテンたちに呼応したかのように下の集団も雄叫びを上げながら、ラテンたちに追随し始めた。

 

「「おおおおおおお!!」」

 

 ラテンとキリトは絶叫しながら、先頭を飛び、次々に守護騎士たちを斬り伏せていく。そのすぐ後ろに、さっきまで最下部にいたリーファとコトネが到着した。レコンの姿はないが、おそらくシルフ部隊と共に頑張っているのだろう。

 

「お兄ちゃん、あともう少しのはずだよ! ここまで来たんだから、絶対行ってね!」

「ああ、任せろ!」

 

 おそらくあと数体斬り伏せれば、天蓋に届くはずだ。最後に妹の顔を見るべく、視線を移すと、鍔迫り合いをしているコトネの横から別の守護騎士が今にも襲い掛か郎としているところだった。

 

「コトネ!」

 

 思わず助けに行こうとしたラテンよりも早く、緑色の影がコトネの周りにいた守護騎士たちを切り裂いた。そのプレイヤーを見たコトネが驚きの声を上げる。

 

「フライ!? 何でここに!?」

 

 フライと呼ばれたコトネと同じくらいの年齢であろう金髪の少年がこちらを見上げる。

 

「妹さんは僕に任せて先に行ってください!」

 

 ラテンは小さく頷くとすぐに先頭へ加わる。

 初対面であるはずのラテンをコトネの兄だと知っていたということは、おそらく彼はコトネの友達なのだろう。それだけでも任せられるが、先ほどの剣捌きと空中移動。偶然でなければ、かなりのやり手だろう。いつか手合わせする日が来るかもしれない。

 にやりと笑うと後方からリーファが叫ぶ。

 

「キリト君!!」

 

 同時に投げられたリーファの剣がキリトの左手に収まる。

 

「お……おおおおおお――――!!」

 

 次の瞬間、キリトが雄叫びを上げながら二振りの剣を振るい始めた。それは久しぶりに見た、本当の彼の実力で――。

 ラテンはそれに合わせるようにキリトの後ろをピタリと追随しながら、周りを援護する。正面の突破は二刀を持ったキリトに任せておけばいいだろう。ラテンの役割は、その勢いを殺そうとしてくる横からの守護騎士たちを斬り伏せることだ。

 数十撃にものぼる連撃の最後の一振りで守護騎士を両断すると、ラテンとキリトは天蓋へと到達することに成功した。

 すぐ後方では、たった今ラテンたちが開けたばかりの穴がもう埋まっていた。ぐずぐずしていたら下から襲い掛かって来るだろう。キリトにもそれはわかっていたようですぐさま、石でできたゲートに手をかざした。しかし。

 

「――開かないっ!?」

「はぁ!?」

 

 下に視線を映していたラテンは直ぐにゲートの方へ振りかえる。そしてキリトと同じように手をかざした。しかし、何の反応もない。横からは新たな守護騎士が産み落とされ、こちらに襲い掛かりそうな勢いだ。

 

「ユイ――どういうことだ!?」

 

 キリトの胸ポケットからユイが出現する。

 小妖精は小さな両手でゲートを撫でると、すぐに振り返り早口で言った。

 

「パパ。この扉は、クエストフラグによってロックされているのではありません! 単なる、システム管理者権限によるものです」

「ど――どういうことだ!?」

「つまり……この扉はプレイヤーには絶対開けられないということです!」

「な……」

 

 キリトもラテンも絶句した。

 プレイヤーに開けられないということは、このクエストに挑戦しここまでたどり着いても、何の意味もないということだ。クリアがないクエストなど、クエストではない。

 

「ここまで来て、何だよ、それ……!」

 

 ラテンは思わず左手でゲートを思いきり殴った。鈍い痛みが左手から流れてくるが、そんな物知ったことではない。ラテンと同じように状況を察したキリトは、呆然と力なくゲートを見つめていた。しかし、すぐさま何かを思いついたかのようにハッとしたかと思うと、腰のポケットから何かを取り出した。

 

「ユイ――これを使え!」

 

 それは、アスナが落としたと思しき小さなカードだった。

 小さな手がカードを撫でると、光の筋がユイへと流れ込む。

 

「コードを転写します!」

 

 ユイは叫ぶと、両の掌でゲートの表面を叩いた。

 次の瞬間、ユイが手を振れたか所から、放射状に青い閃光のラインが走り、ゲートそのものが発光し始めた。

 

「――転送されます!! パパ、ラテンさん、掴まって!!」

「うええ!?」

 

 キリトは差し出されたユイの右手を、ラテンはどこを掴めばわからず、衝動的に小さな足を掴んだ。

 そして、ラテンたちは光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が飛んだのは一瞬だった。

 まるでSAOで転移結晶を使った後の感覚だ。辺りは静寂で物音一つしない。頭を左右に振り、しっかりと意識を覚醒させようとすると、やや前方から遠慮がちに声がかけられた。

 

「ラ、ラテンさん……!」

「へ……?」

 

 見れば小さな妖精姿ではなく、実際ほどの少女のような本来の姿のユイが頬を小さく赤らめながらこちらを見ていた。いやラテンを見ているにしてはやや下気味だ。

 その視線を追うように見てみれば、彼女の太もも、とはいかないがあまりよろしくない位置にラテンの右手が置かれていた。

 

「お、お前、うちのユイに何してんだ!?」

 

 キリトはそれに気づいた瞬間、鬼の形相で詰め寄ってきた。ラテンは直ぐにユイの足から右手を離し、両手を顎の位置まで上げ弁解を試みる。

 

「ご、誤解です! お義父さん(・・・・・)!!」

「だれが『お義父さん』だ!? ユイは渡さんぞ!!」

 

 胸元を掴まれ、グワングワンと揺らしてくるキリトをラテンは止めることができなかった。きっと、ラテンにも娘ができたら今のキリトのような心境になるのだろう。

 そんなラテンたちを止めたのは、渦中にいたユイだった。

 

「パパ! ラテンさん! そんなことしてる場合ではないですよ!!」

 

 ラテンたちの間に入ったかと思えば、グイッと無理やりラテンとキリトを引きはがした。そこでようやく冷静になったラテンたちは辺りを見渡す。

 

「冗談はこの辺にしておこう。ここはどこなんだ?」

「冗談? 冗談で許されると思って――」

「もういいって!!」

 

 普段よりもワントーン高い声で叫んで見せれば、キリトもようやく状況把握を優先し始めた。

 通路の途中といったところだろうか。周りには装飾一つなくただひたすら白い板が伸びていた。

 

「ナビゲート用マップ情報が、この場所には無いようです……」

 

 困った顔をしたユイにキリトが口を開く。

 

「アスナのいる場所はわかるか?」

「はい、かなり――かなり近いです。上のほう……こっちです」

 

 一瞬目を閉じたユイはすぐさまアスナの位置を発見すると、素足で床を蹴り、音もなく走りだす。ラテンたちもその後を追った。

 キリトは大剣をしまっていたが、ここは未知の場所だ。何が起こるかわからない。一応の保険で、ラテンは抜刀したままユイとキリトの後ろをついていく。

 ユイを追って数十歩走った先で待っていたのは非常に見慣れたものだった。しかし見慣れたと言ってもこの世界ではない。

 

「エレ、ベーター?」

「ここから上部へ移動できるようです」

 

 扉の脇には三角形と逆三角形のボタンが無機質な壁でその存在を主張していた。キリトは迷うことなく、三角形のボタンを押す。

 すぐにポーンという効果音と共にドアが開かれる。中にはこれまた見慣れた小部屋があった。

 ラテンたち三人はゆっくりとその部屋へ移動すると、再びキリトがボタンを押す。光っているのがこの階なのだとしたら、どうやらこの上にはさらに二つのフロアがあるようだ。キリトは一番上のボタンを押している。ユイが訂正しないということはアスナはその階にいるということだろう。

 上昇感覚がラテンたちを襲う。

 きっとラテンたちがやってきたら驚くはずだ。キリトはどうか知らないが、彼女とはSAO第七十五層のボス戦以来であるため随分と久しぶりだ。会ったら、早々と言ってやらなければならない。『王子様をお連れしました』と。

 再び効果音が鳴りドアが開くや否やユイは駆けだした。先ほどと同じように、ラテンとキリトはその後を付いていく。

 数秒走った後、何もない場所でユイがピタリと立ち止まった。

 

「……どうしたんだ?」

「この向こうに……通路が……」

 

 ユイは通路の壁に手を当てる。誰がどう見てもただの壁だ。しかしユイが触れた瞬間、ゲートの時と同じように青い光のラインが壁を走ったかと思うと、巨大な正方形を作った後、その内側が音もなく消滅した。その先にも、ここまで走ってきた通路と同じものがまっすぐ伸びていた。

 ユイは無言で足を踏み入れると一層スピードを増してかけはじめた。きっともうすぐそこなのだろう。

 一心不乱に進んでみれば少し広めの部屋にたどり着いた。前後左右十メートルくらいだろうか。無機質感は通路と変わらずで、視線の先には再び四角いドアが行く手を阻んでいた。

 ユイは立ち止まることなく、左手を伸ばすと、勢いよくそのドアを押し開いた。

 

「……おお」

 

 正面には、今まさに沈みつつある巨大な太陽がこちらを見ていた。その風景はまるで、最後にヒースクリフと話したあの場所のようだった。

 

「……行こう」

 

 キリトが呟きながらユイの手を取って踏み出そうとした瞬間、後方から声がかけられた。

 

「よくここまで来られたな」

 

 勢いよく振り返ってみれば、そこには二メートルほどの筋肉質の男が不気味に笑っていた。しかし、よく見れば耳がこの世界のプレイヤーのように少々尖っている。それに加え、科学者が良く着ていそうな白衣を身にまとっていることから、おそらく運営側に人間だろう。

 ただ運営側の人間がすべて味方とは限らない。現に、この男の右手には銀色に照り輝く片手剣が握られている。

 

「歓迎している、わけじゃないみたいだな」

 

 ラテンの言葉に男はニヤリと笑った。

 

「……先に行け。ここは俺がやる」

 

 後ろにいるキリトとユイが目を見開く。

 

「だが……!」

「大丈夫だ。すぐに追いつく」

 

 ラテンがウインクして見せれば、キリトとユイは小さく頷き樹木の道を進んでいった。それを数秒見てから再び視線を男に移す。

 

「あーあ……ここは絶対通すなって言われてるんだけどなぁ。まあいいか。あの人にとっては、逆に『こっち』の方がいいだろうし」

「……何の話だ?」

「ああ、君には関係ない話だよ」

 

 再び笑みを浮かべる。

 この男は先ほどから笑みしか浮かべていない。第三者から見れば、気持ち悪いの一言に尽きる。

 

「さて……じゃあ《神速の剣帝》の実力、見せてもらおうかな……!」

「っ!? 何でそれを――」

 

 知っている、とラテンが続けるよりも早く目の前の男は剣を振るってきた。間一髪、刀で防ぐと、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。

 

「穏やかじゃねぇ、な!」

 

 勢いよく押し出して鍔迫り合いを解除すると、すぐさま懐に潜りこむ。そのまま刀を振り上げた、難なく躱されとバックステップで距離を取られた。それを追うようにラテンは地を蹴って、上段から振り下ろす。

 再びの鍔迫り合い。

 だが今回のを破ったのは奴の方からだった。

 こちらは両手で刀を持っていたというのに、片手で簡単に押し出されると男の剣が赤い光を帯びた。

 ――ソードスキル!?

 目を見開くと、すぐにラテンは自分の両ひざを折る。かくん、と力なく体勢が下がったと思えば、それに合わせるように全力で上体を反らした。すると、すぐ目の前を赤い光を帯びた剣が通過していき、風圧で一瞬だけ目を瞑る。しかし、これだけでは終わらないことをラテンは知っている。

 SAOではエクストラスキルであるカタナを出現させるまでは、片手剣を使っていた。それに加え、近くに最強の片手剣使いがいたのだ。片手剣のソードスキルぐらい熟知している。

 赤い光の片手剣ソードスキルは二つしかない。

 一つは単発技である《ヴォーパル・ストライク》。

 そしてもう一つは六連撃技である、

 ――《スター・Q・プロミネンス》……!

 

「ちっ!」

 

 左ひじを支えにして地面に倒れるとそのまま左方向へ回転する。さっきまでラテンがいた場所に二撃目が接触し、火花を散らした。

 回転の勢いのまますぐに立ち上がると、刀を構えて三撃目を防ぐ。頭に六連撃の軌道を描きながら、四、五撃目をいなすと最後の突きである六撃目に備えた。

 ソードスキルのスピードは非常に速く、それ故にモンスター相手だけでなくプレイヤー相手にも有効な技であるのだが、使用した後僅かに硬直するというデメリットがある。それは、ソードスキルのランクが上がれば上がるほど長くなるのだ。

 今、男が使用しているのは、《上位》ソードスキルであり、《最上位》の次にランクが高い。隙が多い技なのだ。

 当然その隙をラテンが見逃すはずがない。

 六撃目を右に躱し、そのまま無防備になった胴体に対して、横なぎに振るう。頭の中でビジョンが完成していた。しかし、不敵に笑った男を見て背筋が凍りつく。この男、まるで最初からラテンにすべてを見切られることが解ったいたかのような表情だ。

 嫌な予感がして、横なぎに振るいかけてた刀をすぐさま垂直にし、峰の部分に左腕を添えた。

 直後。

 

「――っ!?」

 

 何かに突進されたかのような重い衝撃が左から飛んできた。体重を片足にしか乗せていなかったため、いとも簡単に吹き飛ばされると、次いで、ドンッ、という音と共に背中から鋭い痛みが電流のように走った。

 歯を食いしばりながら何が起こったのかと顔を上げれば、ついさっきまで片手剣を持っていたはずの男の両手には、先ほどよりも幅も長さも倍近くはあるだろう《両手剣》が握られていた。

 僅かな緑色の残滓が両手剣から零れ落ちる。つまり先ほど奴が放った技は、単発範囲攻撃《テンペスト》だ。本来はカウンター技なのだが、横なぎに振るおうとしたラテンの動きが攻撃の判定なっていたのかもしれない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 問題は、何故目の前の男の武器が一瞬で切り替わったのか、だ。

 

「何をした……!」

「別に何もしてない、さ!」

 

 数歩下がってこちらに駆けだしたかと思えば、ノーモーションで男の持つ武器が切り替わる。今度は、《細剣》だ。

 その刀身に黄色い光が帯びる。

 ――やばい!

 そして次の瞬間、周りのものを吹き飛ばすかの如く強烈な突きが、先ほどまでラテンがいた壁にお見舞いされていた。あまりの威力に、細剣の刀身は砕け散っていた。

 それもそのはず。さっき奴が放った技名は《フラッシング・ペネトレイター》。細剣の《最上位》ソードスキルだ。

 

「《上位》どころか《最上位》ソードスキルまで使えるのか」

「さすが《神速の剣帝》の異名を持つラテン君。避けるの速いね」

 

 こちらを煽る口ぶりに腹が立ってくるが、憤慨したところで相手の思うつぼだ。

 ――まず状況を整理しよう

 現状で分かっていることは、三つだ。

 一つ目は、武器をノーモーションで切り替えられるということ。

 二つ目は、ソードスキル使用時の硬直がないこと。

 三つ目は、あり得ないくらいの筋力補正が付いていること。これに関して言えば、他にも補正が付いている可能性がある。

 

「……なるほどな」

「何を納得したのかは知らないけど、どんどん行くよ」

 

 男は《片手剣》に切り替えるとその刀身に赤い光が帯びる。片手剣重単発攻撃《ヴォ―パル・ストライク》。

 ジェットエンジンのような効果音と共に、赤い光芒がラテンに襲い掛かる。間一髪避けたラテンに、今度は《槍》の《上位》ソードスキルで五連撃突き技である《ダンシング・スピア》が降ってくる。

 それを防ぎ切ったかと思えば、間髪入れず《細剣》の《上位》ソードスキル《スター・スプラッシュ》の突き八連撃がお見舞いされる。

 初撃だけどうしても反応が間に合わず、ラテンのHPバーが僅かに減少する。

 

「くそったれ……!」

 

 その後も休む間もなく襲い掛かって来るソードスキルの応酬に、ラテンは防戦一方にならざる負えなかった。そして、徐々にラテンのHPバーが削れていく。

 当然と言えば当然だ。ラテンは全部のソードスキルの軌道を知っているわけではない。うまくすべて防げたソードスキルがあったのは、その武器カテゴリの中でもよく使用されている技で、あの世界で頻繁に目にしていたからであって、使ったことのない武器で見た記憶がない技を出されれば対処が遅れ、この身に掠めるのを許してしまうのだ。

 時節カウンターを仕掛けても、それに対してさらにカウンターソードスキルで対応されてしまうため、いよいよ後がなくなって来る。

 

「そろそろ終わりにしようか」

 

 もう興味がなくなったと言わんばかりの口調を、ラテンはただ受け入れるしかなかった。

 ――一か八か。やるしかないか……。

 自分のHPバーの残りをちらりと確認し、少し移動する。

 

「逃げるのは飽きたな。来いよ」

 

 笑みを浮かべて挑発してみれば、男も笑みを浮かべて突進してくる。武器は――《片手剣》だ。ただ、奴はノーモーションで武器を変えることができる。直前で武器を変える可能性だってある。しかし、ラテンにはわかっていた。男がどんな武器で何の技を使うのか。

 次の瞬間、ラテンの体に重い衝撃が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 男は思わずつぶやいた。

 今、目の前の青年の体を貫いたのは、《細剣》の《最上位》ソードスキル《フラッシング・ペネトレイター》だ。

 威力は言わずもがな。

 だが目の前の青年はその身をエンドフレイムに変化させることはなかった。それどころか口元には笑みを浮かべ――

 

「――かかったな」

 

 男の右腕が、宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界左上のHPバーを見れば、長さにしておよそ五ミリほどしか残っていない。次の攻撃が掠りでもしたら、即エンドフレイムに変化するだろう。しかし、次で決着をつけるつもりだから問題はない。

 

「何故、お前は生きて……」

「そりゃくる技わかっていたら後は受ける位置を調整するだけだからな」

「何!?」

 

 そこで男が初めて驚いた表情をする。

 そう、ラテンはあの状況で《フラッシング・ペネトレイター》が来ることはわかっていた。何故ならラテンがそのように誘導したからだ。

 笑みを浮かべながらゆっくりと納刀する。

 ラテンが先ほどまで立っていたのは、この部屋の角の前。奴はそれを正面から突進してきたのだ。この時点で、一つの武器を除いてほぼすべての連撃系ソードスキルが使用される可能性がなくなる。ラテンに当たるよりも先に壁に当たってしまうからだ。

 そして次に、奴の体勢から両手武器である《両手剣》、《両手斧》、《槍》、《カタナ》を使ってくる可能性はないと判断した。ソードスキルはすべてが、準備動作を行うことによって発動される。そして、走りながら発動できるソードスキルはこの四つの武器にはない。

 基本的にソードスキルは武器によって数が決まっている。すべてのソードスキルを知っているわけではないが、どの武器にいくつソードスキルがあるのかは知っていた。だから、あらかじめ知っているものと、先ほど知ったものを整合して、ないと判断したのだ。

 そして残るは《短剣》《曲剣》《片手棍》《片手剣》《細剣》だが、奴は様々な武器のソードスキルを使える割に、短剣、曲剣、片手棍この三つのソードスキルは使用してこなかった。

 この理由はおそらく単純に武器が好きではないからであろう。戦略的に使ってなかったとしても、超接近戦だったら短剣や曲剣はリーチが短い分有利になり得る。そしてその場面は何度かあったはずだ。にも関わらず、使用してこなかったのはラテンが予想したことだからであろう。あんな局面で使うわけがない。

 そして最後に、《片手剣》と《細剣》だが、突進体勢で片手剣はないと判断した。突進系の単発片手剣ソードスキルはいくつかあるが、どれも一旦停止し準備動作をしなければ使用することができない。

 よって《細剣》に絞られる。後は単純に、一番威力の高い技は何かと聞かれたら《フラッシング・ペネトレイター》しかない。この男はあそこで決めるつもりでいた。そんな場面で、威力の低い技など使うわけがない。

 一か八かと思ったのは、あの場面で狭い場所でも使える短剣を選ばれていたら逆にラテンが不利になっていたからだ。

 後はダメージ調整だ。掠っただけだと相手にも分かるため、何としてでも『仕留めた』と思わせながらも生き残るギリギリを狙わなくてはいけなかった。ただHPの残量的によっぽどもらいどころが悪くなければ残っただろう。

 そして、油断を誘い片手を切り落としたことが狙いだ。これで奴は、欠損部位が回復するまで、リーチの長い両手武器を使うことができなくなった。

 

「さあ、終わらそうか」

 

 ラテンは腰を低く落とし、左腕を後方へ移動させ、右手は柄から少し離れた位置に置く。

 ここからはラテンの間合いだ。

 大きく深呼吸して、息を吐き切ったのと同時にラテンは地を蹴った。

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 男の怒号と共に、左手に握られた片手剣が紫色の光に包まれる。片手剣《最上位》ソードスキル《ファントム・レイブ》。

 しかし、ラテンは足を止めなかった。

 男の目の前にたどり着くと、左足で踏み込む。それと同時に抜刀した。

 奴の剣がラテンに届く。だがラテンはそれよりも、速い。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

 絶叫しながら刀を振り切った。

 《湖上ノ月》は奴の腹部をえぐり、迫っていた左手をも斬り飛ばした。だが、これで終わりではない。

 染みついた動作で今度は右足を踏み込む。

 

「ぐぇはっ!?」

 

 次の瞬間、ラテンの刀が男の喉を貫いた。

 

「残念だったな。俺の方が速い」

 

 そのまま刀を振り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトとユイが通ったであろう幹の上を歩きながら巨大な鳥かごの元へ歩を進める。

 数分後。ようやく到達したかと思えば、そこにはアスナの姿はなかった。代わりにキリトがユイを抱きしめている。

 

「失敗した……わけではないよな?」

「ああ。アスナを無事ログアウトさせたよ」

 

 非常に優しい声音だ。その表情はどこか儚く、すべてをやり切ったかのようなものだった。どうやらこちらでも一悶着あったらしい。

 ラテンは肩をすくめて笑う。

 

「じゃあ、早く眠り姫のもとに言ってやれよ」

「……ありがとうな、ラテン。この恩は必ず返すよ」

「よせよ。俺たちの仲だろ」

 

 ラテンが親指を立ててやれば、キリトは笑いながら頷いた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「おう、行って来い」

 

 キリトは左手でウインドウを開くと、ユイと共に光に包まれて消えていった。

 

「……俺も帰りますか!」

 

 自宅ではきっとコトネが結果を待っているだろう。ラテンは最後に夕焼けを一瞥して、ログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




話数が足りなかったので新しく追加しました。

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