ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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ggo10話

 

 

 闇を穿つ二発の弾丸が立て続けに放たれる。

 月明かりにも似た白銀の刃でそれらを両断すると、足場が悪い砂地にも拘らずそれを感じさせないような跳躍の後、ラテンは光剣を振り下ろした。

 カイザーの持っていた武器は、通常よりもほんの少し大きいリボルバー。その他には見られなかったため、ラテンの剣を受け止めることはできないはずだった。

 しかし。

 

「……!」

 

 ビシッ、と光剣のエネルギーの奔流が薄水色の光に受け止められたと思いきや、そのまま横へ受け流されると、光点がラテンの胴体目がけて飛び込んでくる。

 体を捻っとそれを回避し、牽制の切り払いと共に一旦下がると、その正体を視認する。

 

「光剣は何もお前たちの特権じゃない」

「…………」

 

 カイザーは手首を動かして水色の刃を回転させた。

 あの世界ではタンク役ではあったが、カイザーも片手用直剣を使用していたため、ラテンの剣撃を簡単に受け流したのも不思議なことではない。

 

「……お前は俺と()で戦うつもりなんだな」

「さぁて、それはどうかな!」

 

 ラテンの言葉にカイザーはリボルバーに込められた残りの弾丸で返答した。

 当たれば死が確実の銃弾だが、ここまでの試合でより一層洗練された光剣による弾丸弾きの前では、ヒラヒラと羽ばたく蝶を虫取り網で捕まえるも同然だ。

 二つの火花が視界を彩るが、すぐさまそれは左右へ消えていき代わりに水色の刃がラテンを塞き止める。

 

「くっ……!」

 

 いくら剣を扱う技術があると言っても、それは所詮常人よりも幾ばくか、というレベルの話だ。つまり、あの世界に囚われるよりもずっと前から剣と接してきたラテンに、カイザー食らいつくことがやっとであった。

 次第に体の各所に白銀の刃が掠り始めると、カイザーは僅かに顔を歪ませる。

 

「くそがぁ!!」

 

 咆哮と共に苦し紛れの大振りが闇の砂漠を照らすが、軌道も意図もまるわかりのその一撃を避けることなど造作もなく、ラテンは膝を折ってしゃがむのと同時に右斜め前へ低い跳躍をした。

 

「ぐふぅ!」

 

 ラテンの動きに伴って振るわれた光剣がカイザーの腹部をえぐり取り、奴のHPを半分ほどにまで減少させる。

 すぐさま体を反転させ追撃を行おうとしたラテンだったが、一応あの世界で最前線に通用するぐらいは実力を持っていたプレイヤーというべきか、はたまた奴自身の意地か、ラテンの追撃は読んでいたようですでに数メートルほどの距離を取っていた。

 だがもちろん、その程度の距離などコンマ五秒もあれば縮めるには充分で、ラテンは闇夜に吹く風となる。

 砂を撒き散らし、カイザーを貫かんばかりの勢いで放たれたラテンの一撃は思わぬ赤い線によって遮られる。

 ――……リボルバー!

 脳から緊急命令を送り、右腕をすぐ停止させバックステップを取る。

 ラテンを止めたのはすでに空になったと思われたリボルバーによる弾道予測線だった。先ほどの銃撃で発射数は合計六発だった。基本的にリボルバーの類は、一度に込められる弾の数が六発であり、ラテンはその情報に則って突進したのだが奴の持つ物はそれ以上の装填数を誇るものだったらしい。

 弾道予測線に臆することなくそのまま右腕を動かしていれば、カイザーのHPを吹き飛ばすことは可能だったが、残り一発でも受けてしまったら即死という冷静な分析が感情的だったラテンの決断を鈍らせてしまったのだ。

 

「ちっ……!」

 

 そして奴の悪運が強かったのか、着地した足場が他と比べてほんの少し脆く、再びの追撃をすることはできずラテンはゆっくりと体勢を整えた。

 その間にもカイザーはラテンと距離を取り、僅かに山になった砂地の前で急停止をする。そして、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……確かに『剣』ではお前には敵わない。だが、ここは『銃』の世界だ!」

「――ッ!?」

 

 叫びながら砂地に両手を突き刺したカイザーは、笑いながらそのまま何かを引っ張り出す。

 円形型の機関部に、黒光りする六つもの銃身。それが三脚に支えられ、脇にはたっぷりと弾が詰め込まれた四角い弾薬箱がペットのように付き添っていた。

 ――ミニガン……!

 GGOにやって来る前にその存在は確認済みだ。だがSTR要求値が相当高く、なおかつ移動ペナルティが加算されるため、このBoBでは使用者がほぼいないに等しいものだと思っていたがとんでもない切札を隠し持っていたらしい。

 この武器は秒間百発(・・・・)という恐ろしいほどの速さで弾丸をばら撒く。ただ、カイザーの持つそれは事前に見たものよりか一回り小さいため、もしかしたらもう少し少ないかもしれないが誤差の範囲だ。

 

「苦労して設置したんだ。存分に味わってくれよ」

 

 カイザーが再び笑った。

 ここに伏せられていたということは、すでにこの場所で戦うことをわかっていたということだろうか。もしくは他にこの武器を運ぶ協力者がいるということなのか――。

 そこまで考えて、それらの思考はすべて無意味だと斬り捨てる。

 目の前にあるミニガンの猛攻を回避しつつカイザーに光剣を突き刺すには手段が限られる。特に、あのミニガンを支える三脚が厄介だ。あれがあることで、左右の動きには対処しづらいと予想されるミニガンも、全方向攻撃可能な化け物に早変わりする。

 

「……ここまで来たら、もうやるしかないか」

 

 ラテンは大きく深呼吸する。

 不必要な思考を排除し、必要なものだけを選別する。夜の砂漠に吹き荒れる風の音、それによって舞い上がる砂塵など、もうラテンの耳には入ってこない。

 奴との距離が頭の中で描写され、身体が嘘みたいに軽くなる。この感覚は、あの世界以来だろうか。

 

「んじゃあ――See you again!(またな)

 

 無情にも黒い化け物のトリガーが引かれる。それと同時にラテンは地面を蹴った。

 バァァァァ! と雷鳴に似た轟音が砂漠を貫くが、ラテンが意識するのは自らに伸びる赤いラインの順番だった。

 秒間数十発というのは予想以上に恐ろしく、あり得ないほどの速さで弾道予測線が更新されていく。これでは濁流を素っ裸で泳ぐようなものだ。

 だがラテンはそれをやる。

 

「――!」

 

 ラテンは光剣を逆手に持ち替え、その切っ先で迫りくる濁流の最初の一発を弾く。それが開戦の狼煙となって瞬く間に花火が視界を彩った。

 

「うそ……だろ……!」

 

 あり得ない光景にカイザーが目を見開く。

 十メートルほどあった二人の距離は赤とオレンジの残光と共にすぐに縮まると、ラテンは右腕を押し出し、弾丸の雨を吐き出し続けるミニガンへ光剣を突き刺した。

 途端、風船が破裂するようにミニガンが爆発し二人の間を遮る。

 

「ラァァァ!」

 

 黒い煙の壁を先に突き破ったのは、カイザーだった。

 未だ持っていた水色の刃を爆発に包まれたラテン目がけて振り下ろす。

 しかし、動いていたのはラテンも同じであり、光剣が握られた手首目がけてラテンは左腕を振るう。

 ――銃が撃つ(・・)だけのものだなんて、誰が決めた……!

 左手に握られたのは今の今まで相棒として付き添ってくれていた、フィーリングフィールド。

 

「なっ……!」

 

 その銃身がカイザーの右手を弾きながら振り切られると、役目を交代するかのように白銀の刃がラテンの右手から姿を現す。

 

「おおおおおおおおお!!」

「あああああああああ!!」

 

 雄叫びと共に、無防備になった心臓を光剣が貫いた。

 同時にカイザーの残りのHPバーが吹き飛び、その身体は突然糸が切れたかのように弛緩させる。

 

「今度は刑務所でお前がしたことを悔い改めろ」

 

 そう吐き捨てながらラテンは右腕を引いた。

 途端、支えるものがなくなったカイザーの体は砂の大地に倒れ込み、その頭の上に〖DEAD〗という文字が表示された。

 

「……終わった」

 

 おそらく数日と経たずに菊岡によってカイザーの足取りは特定され、逮捕されるだろう。そしたら数年間は刑務所暮らしだ。死刑だってあり得る。それほど奴がしでかした罪は重いのだ。

 

「……! そういえばキリトたちは!」

 

 シノンが走っていた方向へ顔を向ければ、すぐにラテンは安堵する。そしてゆっくりと歩を進めて、傷だらけの二人と合流した。

 

「やけに苦戦したみたいだな、キリト」

「お前こそよく無事だったな。えぐい音がこっちまで聞こえてきたぞ」

「まあ、何とかなったわ」

 

 涼しい顔で応えるラテンに、先ほどの音の正体が分かっていたのかシノンは呆れた表情を浮かべる。

 それを見て苦笑しながらキリトは口を開いた。

 

「じゃあ、そろそろ大会の方を終わらせないとな。ギャラリーが怒ってるだろうし」

「あ、そうか。今も中継されてるんだっけな……ってことは今からバトルロイヤル再開か? 俺、即行退場しそうなんだけど」

 

 見れば先ほどのミニガンの爆発の影響か、HPバーレッド領域まで減っておりハンドガン一発でも死にそうなほどしか存在していない。

 キリトとシノンはラテンのHPバーを見た後に顔を見合わせる。その行動が、「最初にラテンを殺ろう」という合図にも思えてきて、ラテンはほんの少し身構える。とはいえ、景品がもらえないのでは優勝にはあまり興味がないのだが。

 

「別にそんな身構えなくていいわよ」

 

 シノンが小さく笑いながら肩をすくめて続ける。

 

「レアケースだけど、北米サーバーの第一回BoBは、二人同時優勝だったんだって。理由は、優勝するはずだった人が油断して、《お土産グレネード》なんていうケチ臭い手に引っかかったから」

「オミヤゲグレネード? それ、何?」

「負けそうな人が、巻き添え狙いで死に際にグレネードを転がすこと」

 

 もしそれが本当の話であったら、勝てそうだったプレイヤーが気の毒だ。しかし、同時優勝判定になっているということは損はなかったはずだ。プライドはどうなっているか知らないが。

 そこまで考えてラテンの頭の中に疑問が浮かび上がる。

 

「あれ、何でその話を今するんだ……?」

「そりゃあ、遊園地のアトラクションでも最初に説明を受けるでしょ? それと同じよ」

「「はい……?」」

 

 ニコッと可愛らしい笑顔と共にシノンはキリトに黒い球体を放り投げる。キリトがそれを反射的に受け取っている隙に、ラテンはシノンに腕を引かれ三人で抱き合う形となった。

 混乱している状態で何とかキリトが受け取ったものを視認すると、黒い球体には四という数字が表示されており、それがすぐさま三になった時点でラテンはすべてを察した。

 

「ちょ、ま……あ――」

 

 ラテンの抵抗も空しく、三人は白い光に包まれた。

 

 試合時間、二時間四分三十七秒。

 第三回バレット・オブ・バレッツ本大会バトルロイヤル、終了。

 リザルト――〖Sinon〗〖Kirito〗及び〖Raten〗同時優勝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GGOからログアウトし病室に戻ってきて早々ラテンはキリトのベットの隣にいた人物にぎょっとする。

 

「あ、明日奈?」

「天理君……お帰りなさい」

「え、ああ、ただいま……?」

 

 優しい微笑に流されて返事をしてしまうが、ラテンの脳内には疑問が浮かび上がるだけだった。

 この病院の一室は関係者――つまり天理と和人、ナースの安岐に菊岡ぐらいしか知らないはずだ。和人が彼女に伝えたのならログインする前からこの場にいただろうし、ずっとこの場で天理たちを見守っていてくれた安岐は明日奈と連絡するとは考えられない。残る選択肢は菊岡ぐらいだが――。

 

「……ああ。『クリスハイト』が吐いたのね」

「う、うん。そういうことに、なるのかな?」

 

 目をそらしながら答える明日奈を見てラテンは小さくため息をつく。どうやら彼女の和人に対する愛は生半可なものでは切れないらしい。

 そのやり取りを微笑んでみていた安岐が天理の体に張られた電極を手慣れた手つきで取っていると、突然ベットで横になっていた和人がその身を起こした。

 

「うわっ……びっくりしたな。どうしたんだよ」

「お帰りなさい、和人くん」

 

 各々声をかけるが、和人は天理の言葉はともかく愛しの明日奈の言葉にさえ返事せずにその体勢のまま数秒固まった。

 その様子にその場にいた三人が首をかしげていると、何を思い立ったのか急にその身に張られた電極を力ずくで剥がし始めた。

 

「ちょ、ちょっと、桐ケ谷君……!?」

「すいません! 明日奈も、ごめん……後で説明するから。――天理、一緒に来てくれ!」

「え? あ、ああ」

 

 乱暴にTシャツを着たキリトは、黒いライダージャケットを片手に病室の入口へ走り出す。その後を同じく服を着終えた天理が慌てて追いかけた。

 

「か、和人くん!?」

 

 病室から顔を出した明日奈の驚き声が天理たちの背中に降りかかった。

 

 

 

 

「一体、どうしたんだよ。そんなに慌てて」

「もしかしたら、シノンが危ないかもしれない。お前は警察に連絡してくれ! 住所は――」

 

 病院の駐車場に到着するや否や、和人はガソリン駆動式のバイクのエンジンを稼働させる。天理は和人の後ろにまたがり、その腰に手を当てながらスマホを取り出すと和人はヘルメットもせずにバイクを動かし始めた。

 

「おまっ、ヘルメットは!?」

「しっかり掴まってろ!」

「お、おい……ぎゃああああああ!」

 

 いつぞやのバイク走行を思い出し思わず叫んでしまう天理だっただが、流石にあの世界のバイクほどの速度は出ないためすぐに冷静さを取り戻す。

 片手で110を辛うじて押して、警察に和人が言っていた住所へ来るように連絡するとズボンのポケットにしまい込む。

 

「……で、何でそういう考えに至ったんだ!?」

「シノンが言っていたんだ。彼女が連絡する友達が『お医者さんちの子』だって!」

「それの何が問題なんだよ!」

「それは後で話す! ――もう着くぞ!」

 

 耳を切るような風と共に辛うじて聞こえた和人の言葉で天理は気合を入れ直す。彼がここまで焦るということは、シノンの『お友達』がもしかしたら危険な存在なのかもしれない。下手したら取っ組み合いに発展してしまう可能性だってある。

 あるアパートの前に到着すると、和人はバイクをしっかりと駐車もせずに階段へと走りだす。天理は彼のバイクを駐車するかどうかを迷った挙句、彼についていくことを選んだ。

 一段飛ばしで階段を駆け上がり、数秒遅れて和人が侵入した部屋にたどり着くと、玄関で小柄の少女が驚いた表情でこちらに顔を向けた。

 

「シノンか!?」

「あなた……ラテン?」

 

 GGOの世界と同じように透き通った声の彼女は間違いなくシノンなのだろう。彼女の先では、和人が栗色の髪をした少年と取っ組み合いをしていた。

 

「天理! 彼女を頼む!」

「頼むって……!」

 

 先制攻撃したのか、栗色の髪の少年の鼻からは血が流れているが彼の力が想像以上に強いのか、はたまた見るからに理性を失っているからか、決して和人が優勢とは言えない状況だった。

 助けに入るか、彼の言う通りまずシノンを安全な場所へ連れていくか迷っていると天理の袖が小さく引っ張られる。

 

「あ、あの、新川君は注射器を――!」

「僕の朝田さんに近づくなああああああッ!!」

 

 和人の顔面に新川と呼ばれた少年の左拳がめり込み、鈍い音を立てる。そして、右手から今しがたシノンが言っていた注射器を取り出した。

 

「死ねえええええッ!!」

「キリト――ッ!!」

 

 新川とシノンが叫ぶのはほぼ同時だった。何の躊躇いもなく和人の胸に注射器が差し込まれる。

 ブシュッ、という音と天理が地を蹴ったのはほぼ同時だった。

 

「てめェ!!」

 

 助走の勢いのまま力一杯新川を蹴飛ばすと、奥の一室へ繋がるドアの横の壁に背中を打ち付け新川はそのまま気を失った。

 それを見てすぐに天理とシノンは和人へ駆けよる。

 

「やられた……まさか、あれが……注射器だったなんて……」

「どこ!? どこに打たれたの!?」

 

 シノンは和人のライダージャケットを強引に開くと、黒のTシャツをたくし上げる。その間に天理は119へ電話をかけていた。

 

「ええ、そうです! 友達が注射を打たれて――え?」

 

 和人の現在の症状を確認するためちらりと一瞥した後、もう一度天理は和人の注射器で刺されたであろう箇所を見た。

 直径三センチほどの黒い円形の物体。その表面は先ほどの注射器から放たれた透明な液体によって濡れ、一筋の雫が下方に流れていた。

 天理とシノンは顔を見合わせ、彼女はティッシュボックスから二枚抜き取ってその液体を拭う。

 

「……あっ、はい。お願いします」

 

 先ほどの切迫したトーンとは真逆の声音で電話を切ると、突然和人が呻き声を上げる。

 

「うう……駄目だ……呼吸が……苦しい……」

 

 もう一度、天理とシノンは顔を見合わせる。

 シノンが確認した限り、注射器の液体はすべてこの金属板によって弾かれていた。つまり、和人には薬品による影響がないはずだ。

 

「……ねえ、ちょっと」

「……ちくしょう……咄嗟に遺言なんて……思いつかないぜ……」

「あー……そうだよな。普通は咄嗟に思いつかないよな、遺言なんて。 ……つか、思いつかなくてもいいんだけどな……」

「あとは、頼む……天理」

「あー、うん……」

 

 よろよろと差し出された手をゆっくりと握ってやると、和人はまるで映画の感動的なお別れシーンのような笑みを浮かべた。

 それを見ていたシノンはついに爆発する。

 

「ちょっと! これ、何!」

「……へ?」

 

 そこでようやく自分の身に何も起こっていないことを理解したのか、間抜けな声を共に和人は首を動かした。

 金属円を見て固まった和人の代わりに、彼の言葉を待つシノンに天理は説明する。

 

「……たぶん、心電モニター装置の電極だな。強引に剥がしてたから、外れたんだと思う」

「ひょっとして……注射は、この上に?」

「ああ、そうだな」

 

 天理が答えると、和人は力が抜けたように大きな息を吐いた。

 

「え、なに。心臓が悪いの……?」

「いや、ぜんぜん……。《死銃》対策でつけてもらってたんだ」

「そ、そうなの……」

「まったく……、脅かしてくれるなあ」

「そりゃあ……」

 

 シノンは両手でぎゅっと和人の首を掴むと、締め上げた。

 

「――こっちの台詞よ! し……死んじゃうかと思ったんだからね!!」

「お、落ち着け、シノン! このままじゃ本当に和人が死んじまう……!」

 

 ハッとしたシノンは両手を離すと少し離れた場所でうつぶせに倒れたままの恭二に視線を向ける。

 天理もそちらへ顔を向けながら口を開いた。

 

「拘束しておくか?」

「……ううん」

 

 シノンはそれ以上何も言わなかったため、天理も彼女に従った。

 

「とりあえず……来てくれて、ありがとう」

 

 ぺたんと座り込んだシノンがぽつりと呟いた。

 

「いや……結局何もできなかったし……それに遅くなって悪かった」

「……まあ、大切な友達(・・・・・)を助けるのは当たり前だからな」

 

 和人と天理が笑って見せれば、シノンはこくんと小さく頷いた。

 そこからは誰も喋らず静寂が三人を包み込む。

 やがて外からサイレンの音が聞こえてきて、天理は思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は――」

 

 そしうて二日間の《死銃事件》は幕を閉じた。

 

 

 


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