ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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ggo4話

 

 白色のカーテンをスライドさせると気持ちのいい日差しが薄暗かった部屋を優しく照らす。クローゼットを開け、パジャマからルームウェアに着替えるとまだ覚醒し切らない瞼を擦りながら階段を下りた。たちまちリビングから腹の虫を刺激する香りが漂ってきて、欠伸をしながらにおいの元へ歩く。

 

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

「おう、おはようさん」

 

 笑顔で迎えてくれた妹に涙目で応えると、無駄に広いテーブルに着席する。

 今日の朝食の当番は琴音だ。台所に立っている彼女は、慣れた手つきでテーブルの上に二人分の食事を並べ始める。どうやらいい香りの原因は豚汁だったらしく、様々な具材が入った琴音特製豚汁に食指が動かされる。

 妹が席に着席をするのを確認して、二人同時に「いただきます」と口にした。

 一口豚汁を啜れば、優しい味噌の味が口の中で広がり、寝起きだった俺の体全体に染み渡るように温かさが伝染する。

 

「はあ……うまい……」

「そ。ありがと」

 

 心の底から湧き出た言葉に妹は嬉しそうに返したが、不意に箸を持った手を止め、真剣みの帯びた表情を向けてきた。

 

「……お兄ちゃん。昨日、何があったの」

「へ? 別に何もなかったけど」

「嘘。帰ってきたときは平静を装ってたけど、私、わかるんだからね」

「…………」

 

 むっとした表情をした琴音に、しばらく豚汁を啜ることでお茶を濁していたが、いつまで経っても逸らされない視線に俺は観念するようにお椀を置いた。

 

「やっぱりお前に隠し事なんて簡単にできやしないな」

「そりゃあ妹ですから! お兄ちゃんのことなら何でも知ってるよ」

「……ブラコンめ」

 

 むふ、とドヤ顔で胸を張る琴音に小声で茶化せば、むきになって反論してくるが、それを沈めて俺は昨日起きた出来事を話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 結局全力で優勝をもぎ取ってGGOからログアウトした俺を迎えたのは、暗い表情のまま俯いた和人であった。

 最初はFブロックで予選敗退をし、本戦へ出場できなかったことへの悔やみから出たものだと思っていたが、それにしては雰囲気が真剣みを帯びすぎていた。

 

「……何か、あったのか?」

「…………死銃の正体がわかったかもしれない」

「何!?」

 

 食い気味に身を乗り出せば、上半身についていた電極に繋がれたコードが悲鳴を上げ、慌てて元の位置に戻る。困った表情をした安岐さんに電極を取ってもらいながら、俺はできる限り体を和人の方へ向けた。

 

「それで、その正体ってのは、一体誰なんだ?」

 

 人物が特定することができれば、後は菊岡に任せれば国家権力の力でこの事件を解決することができる。

 だが、和人は首を小さく振りながら口を開いた。

 

「誰……とまではわからない。でも……」

「でも……?」

「……奴は、俺たちと同じSAOサバイバーだ」

「まじかよ……」

 

 SAOサバイバーとは茅場晶彦によって囚われたアインクラッドから脱出することができた約六千人の人間たちの呼称だ。無論、世間一般にではなくVRMMO内での呼び名だが。

 とはいえ、SAOサバイバーが事件に関与しているのはあり得ない話ではない。あの狂ったような世界に二年間も閉じ込められ精神が摩耗し、犯罪に手を染める可能性は大いになる。そのためのカウンセリングなのだが、今回の首謀者には効果がなかったらしい。

 しかし、和人の言葉で効果がなかった理由を、俺は無理やり納得させられた。

 

「そして、奴は…………《ラフィンコフィン》の元メンバーだ」

「なっ……!?」

 

 思わず絶句する。

 《ラフィンコフィン》は、SAOに存在した殺人(レッド)ギルドだ。ゲーム内での死は、現実世界での死を意味したあの世界では、《HP全損だけはさせない》ことが絶対的な不文律だったのだが、それを平気で破ったのが《ラフィンコフィン》というギルドだ。約三十人からなるそのギルドは、ありとあらゆる手段でPK(殺人)行為を繰り返した。被害者は数百人にも上り、SAO最凶最悪の集団という位置づけは、何年たっても変わることはないだろう。

 もちろん、人間の身体に異常が見つかればそれを治療するように、最前線で戦う《攻略組》の中から五十人規模の討伐部隊が編成され、俺もそれに参加していた。最も、その出来事以前にもラフィンコフィンとは因縁があったのだが。

 

「……いよいよ面倒なことになってきたな。リーダーの《PoH(プー)》……ではなさそうだな」

「ああ。あいつだったら口調でわかる」

「ラフコフか……菊岡さんにも報告しておかないとな」

 

 そこで俺たちは病室を後にした。

 

 

――

―――

――――

 

「そんなことが……」

 

 琴音は俯いて呟く。できれば彼女に不安を与えたくはなかったのだが、変に誤魔化しても余計な不安を煽るだけだっただろう。

 

「でも大丈夫だ。協力者によって安全は保障されてるし……危険はないよ」

「…………うん」

 

 できるだけ穏やかに伝えると、数秒の沈黙の後小さい返事が聞こえてきた。

 『危険はない』。それは百パーセントと呼べるものではない。相手がわかっても、手口がわからない以上、調査している俺やキリトの身に何か起こっても不思議ではない。可能な限り素早くかつ慎重に解決させなければならない。

 穏やかな朝だと言うのに重苦しい雰囲気が食卓を漂い始め、何とかそれを解消しようと色々考えを巡らせていると、突然インターホンが鳴り響いた。

 

「あ、もしかして……」

「何、友達が来たのか?」

「まあ、そんなとこ」

 

 まだ時刻は朝の八時。友人を呼ぶのには早すぎる時間のような気がするが、さすがに琴音の兄として彼女の友人にだらしない姿を見られるわけにはいかない。そそくさに玄関へ足を運んだ妹の後を追うように玄関へを赴く。

 ドアを開ければ、現れたのは栗色の髪をした俺よりも少し背の低い少年だった。いかにも優しさが滲み出ている顔立ちに俺は眉をひそめる。

 

 ――え、何こいつ。琴音の彼氏? 

 

 訝し気な視線を向けていると、琴音に迎えられた少年は俺を見るや否や、嬉しそうに頭を下げた。

 

「ラテンさん、おはようございます……あっ、現実世界では天理さん、でしたね」

「ああ、おはよう……って、え?」

 

 いきなりの丁寧な対応に慌てて返すが、から笑いしているこの少年に見覚えはない。琴音があらかじめ兄として伝えていたとしても、俺に対する呼び方に違和感を感じ思わず聞き返す。

 

「ラテン、って……」

「あ、そういえばお兄ちゃんには言ってなかってね。彼は大庭(おおば)(さとる)くん。ALOでは《フライ》っていうアバターを使ってるの。一緒に何度か狩りをしてるでしょ。で、中学時代からの同級生で一人暮らししてるんだけど、今日からこの家に住むことになったから」

「よろしくお願いします」

「え、は、ちょ、え?」

 

 妹からの急な捲し立てに俺は思考を停止せざる負えなかった。そして数秒をもってして、頭の中で簡易的に整理すると俺は目玉がとび出しそうな勢いで絶叫した。

 

「えええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、今日からはここに住むと……」

「うん、高校もこっちの方が近いからね」

 

 朝食を急いで片付け、テーブルを囲んで琴音と聡から事情を聴いた。何でも、俺の父親が彼の父親の上司で仲がいいらしく、ある時二人で飲んでいたところ、聡が東京で一人暮らしをしていることを俺の父親に伝えると、「じゃあうちに来なよ。部屋は有り余ってるし」と、軽いノリで誘ったらしい。もちろん母親の承諾ももらっている――琴音と聡が通っている高校の理事長であり、琴音が直談判したらしい――ため、俺抜きで決まったらしい。

 

「あのあほ親父め……!」

 

 小さく悪態をつく。とはいえ別に俺は聡の同居に否定的ではない。彼の性格は、ALOを通してよく知っているし、人の見る目が鋭い琴音が賛成しているのだ。問題はないだろう。ただ、一つ問題があるとすれば

 

「……せめて俺も会議に参加させてほしかった……!」

「まあまあ、お兄ちゃんなら大丈夫だろうっていうのが私たち三人の見解だったから。ほら、元気出して」

 

 椅子の上で体育座りする俺の背中を琴音が優しくさする。

 とはいえ、重苦しかった朝の雰囲気がすっかりと元通りになった。今日のところは、これでよかったのかもしれない。

 その後、部屋の案内やら荷物の運び込みやら整理やらで――特にベットの持ち運びが大変だった――あっという間に家を出なければならない時刻になってしまっていた。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」

「僕は、先にログインしておきますね」

「おう」

 

 二人に見送られながら、俺は駅へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わぬ交通機関の遅延と、ナビを頼らなければならないほど入り組んだ初めて通る道に妨害され、病室に着いたのは予定よりも三十分ほど過ぎたころだった。和人には予め『遅れる』とメッセージを飛ばしているため問題はないのだが、やはり遅刻と言うのはどこか罪悪感を伴ってしまう。

 待っていてくれた安岐ナースに謝罪してからダイブした俺の視界に最初に映ったのは天を突き破るかの如く高く伸びた、総督府のタワーだった。ログインと同時に、メッセージの受信を知らせる効果音が鳴りウインドウを開くと、キリトからのものだった。

 

「『地下一階の酒場にいる』ね……」

 

 どうやら先にエントリーを済ましたらしく、俺はキリトと合流する前に二度目のエントリーに取り掛かった。

 およそ四分の操作で完了した後、昨夜も乗ったエレベーターに乗り込み地下一階を選択する。すると、突然すでに乗っていたごつい男性プレイヤーが俺の背中に声をかけてきた。

 

「あ……もしかして、《ラテン》ちゃん?」

「へ?」

 

 あたかも有名人を見つけましたよ、と言う風な声の掛け方についつい間抜けな声を出してしまう。いや、それだけではない。俺の耳が異常ではないのなら間違いなくこの男は――

 

「おっ、本当だ! ラテンちゃん(・・・)じゃねぇか! 今日の本戦、頑張ってね!」

「え、ああ、はい……」

 

 最初に声をかけてきた男性プレイヤーの連れなのであろう、もう一人の男が大げさな手ぶりで目を輝かせる。

 《ちゃん》。間違いなくプレイヤーネームの後にそう付けられた俺は、自分の風貌を今になって思い出した。

 白銀の輝く艶のある長髪に、抱きしめられたら儚く散ってしまいそうな華奢な身体。極めつけは、明らかに男性とは思えないような高音ボイス。どう考えても目の前の男性プレイヤーたちは、俺のことを《女》だと思っているだろう。

 

「あの……良かったら、握手してください……!」

「あ、はい……」

 

 ボキャブラリーを半分失いかけた俺は、流されるまま頬を赤らめた男性に手を握られ上下にぶんぶん振り回される。その横では、「次、俺な!」「いや、俺だって!」などと、男性たちが興奮しながら口論していた。

 ――人生最大のモテ期キター! …………って、あほか!

 自分で自分をツッコんでいると、後方でぽーん、という軽やかなサウンド音が鳴り響き、咄嗟に体を反転させる。

 

「じゃ、じゃあ、またね!」

「あっ、ラテンちゅぁ~ん!」

 

 瞳を潤わせながら甘い声で嘆くプレイヤーたちに少々引きながら、駆け足で進むと広大な酒場ゾーンへと辿りついた。頭上には大型モニターが何台も設置されており、その下に広がる無数のテーブルには多くのプレイヤーたちが、BoB開始時刻までまだ二時間と少しあるにも関わらず、すでに出来上がっている様子だった。

 低く多少威圧感も混ざった低音ボイスがあちらこちらに飛び出す中を歩いていくと、この世界で数少ない顔見知りを見つけ、早足でそのテーブルへと向かう。

 

「悪い、待たせ――お待たせしました!」

 

 途中で声を造ったのは、何度見ても女プレイヤーに見えるキリトの隣に、大変お世話になった水色の髪をした少女が座っていたからだ。昨日の結果を確認したところ、キリトと彼女が決勝で当たったらしく、優勝者はキリトになっていた。とはいえ、予選は決勝まで進めれば本戦に出られるという規定であるため、めでたく彼女も本戦に出場できるということになる。

 

「遅れましたがおめでとうございます、シノンさん。これで三人とも本戦に出ることができますね!」

「……そうね」

 

 可能な限り《元気な女の子》を振る舞う俺とは対照的に、シノンは冷めた目でこちらを見ていた。彼女とは予選のエントリーを済まして以来、会ってはいないような気がするのだが、態度を見る限り何かやらかしてしまったのだろうか。

 あはは、と苦笑するキリトの横にゆっくりと座ると、依然としてシノンは何かを詮索するような視線をこちらに向けてくる。

 キリトと同じようにから笑いをしながら、小声でキリトに囁きかける。

 

「あはは…………私、なんかした?」

「えーっとだな……」

 

 いくら小声でも小さなテーブルを挟んで正面にいるため、自分への呼称は《私》にした。

 俺の言葉に対してキリトは宙に視線を彷徨わせること数秒経った後に、申し訳ないような表情を俺に向けてくる。

 

「すまん。実は…………『俺』たちの性別、ばれちゃった」

「は……?」

 

 最後にてへっ、と舌を巻いたキリトに一瞬だけイラッとするが、それ以上に気にしなければならない問題がある。

 ――ばれた……? てことは……

 恐る恐る正面へ顔を向ければ、眉間にしわを寄せたシノンの姿があった。その周りには心なしか黒いオーラが立ち込めており、今にも爆発しそうな勢いだった。

 

「――すみませんでした、シノン()!」

 

 早くも訪れたログアウトの危機に、テーブルへ頭をぶつけながら誠心誠意の謝罪を込めた土下座を解き放つ。土下座と言っても椅子に座わっているが。

 ぎゅっと目を瞑ること数秒、重苦しい沈黙の後、心底呆れたようなため息が頭上に吐き出された。

 

「もういいわよ……昨日散々似たようなことしたからもう疲れたわ」

「そ、そうでしたか……」

 

 思わず敬語になりながらも、隣にいるキリトに心の中で『ご愁傷さま』と投げかけておいた。

 

「……それで。あなたも確認が必要かしら、本戦の解説」

「あっと……一応お願いします」

 

 『解説』の部分に妙ないらだちが含まれていることを敢えて気にせずに、小さく頭を下げた。それを見たシノンは、目の前にあったコーヒーのグラスを一口仰いでからおもむろに解説し始めた。

 予め届いた、本戦の概要が含まれたメールに書いてある通り、本戦は参加者三十人の同一マップによる遭遇戦であり、どのプレイヤーも最低千メートル離れた位置でランダムに出現する。マップは直径十キロメートルの円形で、都市や砂漠といった様々な場所が存在する複合ステージだ。それによって装備やステータスタイプでの有利不利はなくなっているらしい。

 そして、フィールドに出現した際、この本戦で最も重要なアイテムである《サテライト・スキャン端末》が自動配布されるらしく、何でも十五分に一度この端末にマップ内の全プレイヤーの位置が送信されるのだ。設定では、上空の監視衛星が通過する、といったものらしいがこの際どうでもいいだろう。

 

「なるほどな。つまり、同じ場所での潜伏は十五分が限度ってわけか……」

「そうね。それ以上は、不意打ちされる可能性が高いわ」

「さすがだな……」

 

 シノンという少女はこの本戦の仕組みを解りきっている。それは彼女が、前回の本戦(・・・・・)に出場していたからであろう。昨日《屋台のおでん》との試合が終わった後に、前回大会の出場者を全員確認したのだ。その中に彼女の名前があったことには、驚いたものだ。

 一度話が落ち着いたのを見計らって俺はキリトやシノンと同じように、ドリンクを注文する。すると、酒場で一際大きな盛り上がりが発生し俺はそちらに視線を向けた。

 

「あれは……何をしてるんだ?」

 

 視線の先には、ホロウインドウを掲げたNPCらしき人物と、、それを食い気味に眺めながら叫び散らしているプレイヤーたちの姿があった。

 

「……あれはトトカルチョ――誰が優勝するかを賭けているのよ、まったく」

「へぇ……でもあれ、NPCじゃないのか?」

「だから問題なのよ。よりによって、あれを用意したのはこのゲームの《運営》なんだから」

「はえ~……」

 

 届いたオレンジジュースを飲みながら、肘をテーブルに付ける。

 こういうものは基本的に、要領がいいプレイヤーが思い付きで始めるイベントのようなものだが、運営が進んで行うのは少々驚きだ。とはいえ、何時間も飲み物を仰ぎながらモニターを眺めるのも退屈ではあるためこういうイベントは必要かもしれない。そう考えるとGGOの運営は、プレイヤーたちの心理をよく理解しているような気がする。

 それから、シノンの機嫌を伺いながら雑談していると、話の着地点を見計らって、彼女は立ち上がった。

 

「そろそろ、待機ドームに移動しないと。装備の点検やウォーミング・アップの時間が無くなっちゃうわ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 キリトの肯定に合わせて時刻を見れば、午後七時を僅かに過ぎたころだった。本大会のスタートまで残り約一時間。俺とキリトはシノンに追随する形で立ち上がり、エレベータへ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ広がるのは広大な砂漠だった。時節吹く強風で砂塵が舞い上がり、数十メートル先は視認することができない。

 袖を口に当てながらその場にしゃがみ込む。転送されたプレイヤーは、最低でも千メートル離れているため、開始数秒で戦闘するにはスナイパーライフルを持っていなければ到底不可能だ。さらにそのスナイパーライフルでも、この砂塵の中ではまともにプレイヤーを狙撃することはできないだろう。

 右手を振りかざし、マップを表示させる。

 今、俺がいるのは全体マップの最北端である砂漠エリアだ。本戦開始前にキリトとの合流地点に決めた森林エリアはほぼ反対側だ。そこへ行くためには、マップ中央にある都市廃墟エリアを経由しなければならない。

 

「くそっ……ここから最短で六キロか……」

 

 隅に表示されたメモリを頼りに目測で計算する。途中で遭遇戦になったときの時間を考えると、最悪一時間ほどかかってしまうかもしれない。とはいえ、キリト曰くこの本戦に出場しているであろう《死銃》と相対するには、合流したほうがいいだろう。マップで自身が向いている方角を確認してからウインドウを閉じた。

 注意するべき場所は、砂漠エリアから都市廃墟エリアに移行する直前だ。視界の悪い砂漠エリアならまだしも、視界良好であろう都市廃墟エリアで待たれていたら出てきた瞬間ハチの巣にされてしまう。だが、そこを越えなければ合流地点へ行けないのも事実だ。

 

「……行くか」

 

 自身の装備に手を当てて改めてその存在を確認した俺は、都市廃墟エリアへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本戦が開幕してからおよそ三十分。俺は、都市廃墟エリアから森林エリアへ通ずる道を走っていた。砂漠エリアに転送されてから想定していた、都市廃墟エリアからの射撃は発生しなかった。そのため、楽々都市エリアへ侵入することができたのだが、視界不良な砂漠エリアとは違って身を潜めることができる建物および障害物が数多に存在するため、このエリア内では緊張の糸を張り詰ませながら移動せざる負えなかった。だがそれも、あと二ブロック進めば一旦ほどくことができる。

 

「……ここら辺で一旦待機するか」

 

 時間を確認して近くにあった建物へ身をひそめる。目を閉じ、聴覚を集中させるが周囲十メートルに動きがないのを確認して、壁にもたれ掛かりながら二回目のサテライトスキャンを待つ。

 一回目のスキャンは、都市エリアに到達してから数分経った時だった。その時点では、このエリアには俺を含めて七名のプレイヤーが存在していた。そのうち三名のプレイヤーが相当近くにいたため、おそらく戦闘をしていたはずだ。残りの三名は、それぞれ都市エリアでも端の方におり、確認したところキリトの姿はいなかった。そこで、スキャン情報が途絶え、現在二回目のスキャンを待っているところだ。

 

「……確か、こっち方面には敵がいたよな」

 

 端にいた三名のプレイヤーの内一人が、都市エリアから森林エリアへ行く途中にいたのだ。森林エリアから抜けてきた敵を待伏せしようとしていたのであろうが、一回目のスキャンから十五分経っている今も同じ場所にいるとは限らない。とはいえ、もし同じ場所にいたら、森林エリアに行くためには避けることができない戦闘が発生する。

 

「頼むからどっかに行っててくれよ……」

 

 優勝を狙っているわけではない俺にとっては、無駄な戦闘は可能な限り回避したい。

 配布された腕時計の時刻が、三十へ変化したのと同時にマップを出現させる。

 

「ちっ……」

 

 全体マップに出現した点は二十一。そのうち五名のプレイヤーが都市エリアにいたのだが、俺の先にいるであろうプレイヤーは一回目のスキャンから移動をしてはいなかった。名前を確認すると、同じプレイヤーだということを確証する。だが、後方一キロには敵がいないようで先ほど三つの点が重なっていた場所には、今では一つの点しか存在しない。そして新たに増えた点は砂漠エリアから抜けてきたプレイヤーだろうか、これまた反対方向に位置していた。ともあれ、これで森林エリアを抜けるためには戦闘が必須になってしまったわけだ。

 

「……よし」

 

 スキャンが終了し一度深呼吸をすると、全速力で近くにあった点へと移動する。壁に背を当てて、敵がいるであろう場所に顔を向ければ市役所のような建物が、所々崩壊させながら佇んでいた。

 残念ながら市役所を囲うように存在していたコンクリート製の塀も東側半分が全壊しており、森林エリアに伸びている道を移動する姿は、市役所からははっきりと確認することができるだろ。

 このまま走り抜けてもいいのだが、後ろから追いかけられでもしたら少々めんどくさいことになる。やはりこの敵はこの場でリタイアさせた方がよさそうだ。

 広めの駐車場の先にある建物へと目を凝らしていると、右上から複数の赤いラインがこちらに向かって伸びてきた。

 

「くお……!」

 

 とっさに顔を引くと、数十発の弾丸によって鈍い音を立てながらコンクリート塀が抉られ、破片が辺りに飛び散る。

 それにより、相手の持っている武器が何なのか、だいたい予想が付いた。

 

「軽機関銃か、射撃レートが早めのアサルトライフルだな……」

 

 一瞬のうちに数十発の弾丸が発射されたことに加え、十五分も同じ場所から動いていないことを考えると、待ち伏せスタイルの軽機関銃の方がアサルトライフルよりも可能性としては高いかもしれない。

 

「さて、どう戦うか……」

 

 この場所から市役所の入り口まではおよそ五十メートル。相手がいる場所が右端だということを考えると、四十五メートル地点まで到達できればそれ以上の追撃はなくなるだろう。ただし、その地点に到達するためには弾丸の雨の中を通過しなければならず、駐車場だというのに市役所の前には障害物になり得る車両が一台も見当たらない。

 

「これを使うしかないか」

 

 俺は腰にぶら下げてあった二つのスモークグレネードを手に取った。

 一人を倒せば終了だった予選とは違って、本戦は三十人によるバトルロイヤル形式だ。すなわち、今市役所にいる敵を倒しても装備が補充されるわけではないため、今後有効活用できるであろうスモークグレネードをここですべて消費してしまうのはあまりとりたくない戦法なのだ。

 

「……まあ、ここで負けたら意味がないしな」

 

 右手に持った二つの擲弾のピンを抜き、壁越しに前方へ放り投げる。たちまち、噴射音が鳴り響き駐車場を煙で覆った。それを見計らって、市役所へと走り抜ける。

 無論、機関銃野郎が黙っているわけがなく、煙の中を弾丸の雨が突き破る。だが二つ投げたことにより、広範囲に広がった煙の中を移動する俺は運よく一発も当たらずに煙から脱出した。

 入口まであと二十メートル。機関銃野郎が俺の姿を発見し、発砲しながらこちらに合わせてくる。しかし、煙の中を無傷で走ったことにより、最大まで加速した俺を狙うには奴の動きはあまりにも遅すぎた。

 耳障りな音が背後で止まると、そのまま全速力で階段をのぼる。その勢いのまま、突き当りを左に曲がろうとした瞬間、俺の体を数本の予測線が貫いた。

 

「なっ……!」

 

 慌ててバックステップをすると、目の前を弾丸が通過し奥の壁に当たって弾けた。

 ――幾らなんでも早すぎる……!

 建物の中に入った時点で、機関銃野郎のいた部屋の奥行きは把握できていた。俺が侵入したのと同時に廊下へ移動したとしても、軽機関銃には移動ペナルティがあるため、こちらが階段をのぼり切る頃に廊下でどっしりと待つことなどできないはずなのだ。

 だが、相手の行動を否定するのと同時にある可能性が俺の頭に浮かび上がる。

 

「バイポッドのアサルトライフルか……!」

 

 奴が持っていたのは軽機関銃などではなく、射撃レートが高いアサルトライフルだったのだ。では、何故取り回しのしやすいアサルトライフルでわざわざ同じ場所にとどまり続けていたのか。それはおそらく彼の戦闘スタイルの問題だろう。わざと建物まで誘い込んで、一本道である廊下で仕留めるつもりでいたはずだ。

 

「……あそこにありそうだな」

 

 一瞬だけ顔を出し廊下を覗けば、崩れた瓦礫の後ろに僅かながらクレイモア地雷が角を覗かせていた。正面を強行突破してきた敵を仕留めるために設置したのであろう。

 

「……やるしかないか」

 

 ふう、と深呼吸をすると白銀の刃を出現させる。左手でショットガンを抜き取り、壁際まで体を寄せた。

 心の中で三秒のカウントダウンをとると、一のタイミングで俺は廊下へ飛び出した。途端、無数の赤いラインが出現するがそれを記憶しながら、フィーリングスティールのトリガーを引いた。同時に、ショットガンを手放す。

 

「ぐわ……!」

 

 十五メートル弱。この距離感ならば、ショットガンの弾丸は相手に到達し、小さなノックバックを発生させる。もちろん、目の前の男はのけ反りながらもトリガーを引いてアサルトライフルの弾丸をばら撒くが、幾ら射撃レートが早くとも精密性が無ければ意味がない。

 案の定、ノックバックによって俺の体を貫いていた予測線の数本が左へずれ、自身に向かってくる弾丸は正確に切り払った。

 火花の中を抜けながらクレイモア地雷が置いてある場所へ到達すると、何の躊躇いもなく右の壁を蹴った。否、走った。

 

「何!?」

 

 何とか銃身を引き戻したプレイヤーも、左右でなく上下に動いた俺が予想外だったのか、一瞬だけ対応が遅れる。

 

「オラッ!!」

 

 気合と共にアサルトライフルの銃身を真っ二つに両断すると、流れるようにサイドアームを引き抜こうとしたプレイヤーの首を跳ね飛ばした。その男の体は、まるで動力を失ったからくり人形のようにぴたりと停止し、そのまま力なく床に崩れ込んだ。それを確認してようやく一息つく。

 

「……ふう。それじゃあ、森林エリアへ行きますか」

 

 二回目のスキャンのよれば、森林エリアでは《ダイン》というプレイヤーが《ペイルライダー》というプレイヤーに追われていた意外に、プレイヤーは存在しなかった。このまま行けば、キリトよりも先に合流地点へ辿りつけそうだ。

 クレイモア地雷を慎重に避け、廊下にほったらかしにしていたショットガンをしまうと俺は森林エリアへと足を向けた。

  

 

 

 


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