ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第三話 思わぬ再会

 

 約束通り午後二時にログインすると、コトネが既に宿屋の前で待っていた。

 先ほどキリトに《央都アルン》で合流しようとのメッセージを送ったため、あとはアルンを目指すだけだ。

 

「待たせたな」

「ううん、私も今インしてきたところだから。それじゃあ行こっか」

「おーけー。案内頼むぜ」

 

 踵を返したコトネの後ろに着いていく。

 インプ領を出たところで、コトネが翅を広げて振り向いた。

 

「普通だったら道中のモンスターと戦いながら進みたいところなんだけど、ここら辺のモンスターはちょっとレベルが高いから一気に進んじゃうよ」

「その分早く着けるなら別にいいぜ。でもタゲられたりとかしないのか?」

「昨日のお兄ちゃんを見る限り、振り切れるから大丈夫だと思うよ」

「おっと。じゃあ腕の見せ所だな」

 

 屈伸などで体をほぐすと、コトネと同じように翅を出現させてゆっくりと宙に浮く。コトネの横にたどり着けば、西の方角を指さしながら声をかけてきた。

 

「目標地点は向こうの方ね。着いてこれそうになかったらすぐに言ってね」

「了解。まあその心配はいらないけどな」

「じゃあ行くよ!」

 

 コトネは笑みを浮かべながら翅を震わせる。それに合わせようと同じように背中に力を入れたや否や、コトネはいきなり先ほど指さした方角へと飛んで行った。あまりの勢いに急風と衝撃波が生まれ、反射的に顔の前で腕を交差させる。腕の間から覗いてみれば、コトネは米粒程度の大きさになっていた。

 

「んにゃろう……」

 

 ラテンは口元に笑みを浮かべると、コトネに負けず劣らずの超スピードでロケットスタートを切る。徐々に距離を詰めていき、隣まで到達してみれば、コトネは一瞬驚いた顔をする。

 

「おいおいあれはひどいんじゃないの?」

「いやあ、お兄ちゃんを驚かせようかなって思って……でもすごいねこのスピードについてこられるなんて」

「『速さ』に関しちゃ負けるわけにはいかないんでね」

 

 コトネは「何故?」とでも言いたげな視線を向けてきたが、今この状況で打ち明けることではないので話を変える。

 

「まあそんなことより、コトネの全力(・・)はこれが限界か?」

 

 にやりと笑みを向けてやればコトネはむっとした表情をする。

 

「……後悔しても知らないからね」

 

 今度はコトネがにやりと笑みを浮かべると、翅を鋭角にたたんで加速し始める。どうやら彼女の闘争心に火をつけてしまったらしい。

 だんだんと離れていくコトネの背中を眺めながら、ラテンもコトネと同じように翅をたたみ意識を集中させる。

 周りに見える風景が、高速道路を走っているかのように次々と過ぎていく。風の音が大音量で音楽を流しているかの如く耳に伝わってくる。この速さになれば、人によっては恐怖を感じそうだ。現に、生身でこの速さを体感したことがないからか、ラテンの心拍数はだいぶ上昇している。

 しかし、やはり多くの人々を魅了した飛行機能か、衝突時の衝撃に恐怖を抱きつつも、本来はあり得ないこと成し遂げていることと飛んでいるという快感が波のように押し寄せてくる。

 

「気持ちいいな」

 

 素直な感情を吐露する。

 もしアスナを無事救出できたら、息抜き程度にまたこの世界に来てもいいかもしれない。本当の『死』とは分離したこの世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ二十分程度の飛行を終えたラテンは、コトネに促されるように地上に降り立つ。翅をたたみ、いざ今後の進路を聞こうとした矢先、コトネが興奮した様子で振り向いてくる。

 

「すごいよ、お兄ちゃん。あの速さについてこられるなんて!」

「まあ正直いっぱいいっぱいだったけどな。それに結局コトネを抜くことはできなかったし……今回は俺の負けだな」

「ふふん」

 

 ラテンが肩をすくめて見せれば、コトネは嬉しそうに笑う。

 物心がついてからは剣道一筋であったため、妹に構ってやれる時間が少なかった。だから、妹と全力で競い合うのは純粋に楽しい。

 

「でもお兄ちゃんがシルフ族を選んだら負けそうだなぁ」

「そうか? コトネも相当速かったし、競り合いそうだけど」

「私は『シルフ族』の特性が補正されてるからだけど、お兄ちゃんは素でしょ? お兄ちゃんがシルフのアバターだったら絶対にこの世界最速のプレイヤーになると思う」

「それはさすがに言い過ぎだろ」

 

 確かにラテン自身、何の補正もない『素』の速さでコトネと互角だったが、速さの補正が付くシルフ族にしたところで、物理法則、飛ぶ技術を理解しつくしていなければ到底この世界最速のプレイヤーにはなれっこないだろう。

 きっとこの世界のどこかにラテンよりも『速い』プレイヤーがいるはずだ。もしそのプレイヤーに遭遇できたら、ぜひとも手ほどきを受けたいものだ。

 

「それで、ここからはどう行くんだ?」

「ああ、そうだったね」

 

 すっかり興奮していたコトネは大きく深呼吸すると、落ち着きを取り戻してメインウインドウを出現させる。

 そこで誰かにメッセージを飛ばしてから待つこと五分。

 一人のプレイヤーがラテンたちの元へやってきた。

 

「やっほー、コトネちゃん!」

「やっほー!」

 

 燃えるように赤い髪を肩まで伸ばして、右頬側の髪を三つ編みにしている女性プレイヤーはコトネとハイタッチする。髪色と身に着けている軽装な防具の色を見る限り種族はサラマンダーだろう。そもそも目の前にあるサラマンダー領から五分でやってきた時点で、当たり前のことだが。

 

「紹介するね。彼女はメグミちゃん。私のクラスメイトで親友だよ」

「はじめまして、メグミです」

 

 先ほどのテンションとは打って変わって、ご丁寧にぺこりと頭を下げてくる。

 それにつられてラテンも慌てて自己紹介する。

 

「は、はじめまして。俺はラテンって言います。呼び方は自由にお任せします。コトネとはわけあって行動を共にしてます」

「うわっ、こんな丁寧なお兄ちゃん初めて見た」

「失礼だな!?」

 

 ラテンがコトネの頬引っ張れば、コトネも負けじとラテンの頬を引っ張ってくる。そんな光景を見て、ぷっと噴き出しながらメグミは口を開いた。

 

「仲がよろしいんですね」

「俺はそう思いたいんだけど、こいつがね?」

「私が、何?」

「ああ、なるほど」

 

 メグミはラテンが言いたいことを察したのか、小刻みに頷く。

 

「私が何なの!?」

「まあまあその話は置いといて……コトネがいつもお世話になってます」

「いえいえ。私の方こそコトネちゃんには助けられてばかりで……」

「ちょっとー! 私を置いていかないでよー!」

 

 悲痛に叫ぶコトネの頭を笑いながらぽんぽんと撫でると、さっそく本題に入る。

 

「えーと、メグミさんが俺たちを案内してくれるのかな?」

「呼び捨てで構いませんよ。ラテンさんの言う通り、私がサラマンダー領を抜けるまで案内させていただきます」

「なるほど、それはありがたい」

「ではさっそく行きましょうか」

 

 まだ少し拗ねているコトネの背中を押しながらメグミの後ろについていく。

 コトネの話を聞いた限り、シルフ族とサラマンダー族は仲が悪いらしく、何故リアルで友達である二人がそれぞれの種族にいるのか不明だが、まあアバター所詮器でしかないため深く考えても無意味だろう。

 しばらくプレイヤーを避けるルートを歩いていると、何かを思い出したかのようにメグミが口を開いた。

 

「そういえばさっき気になることがあったんです」

「「気になること?」」

 

 コトネと同時に返せば、メグミは少し深刻そうな顔をして話を続ける。

 

「はい。実はユージーン将軍が練度の高いプレイヤーを大勢招集しているらしくて……」

「ユージーン……『将軍』?」

 

 大規模なギルドになれば、階級を付けて上下関係をはっきりさせることは珍しくはない。自由は縛られるが、その方が統率力が取れるからだ。

 ラテン自身そのような自由を縛りつけることはあまり好きではないが、有能な人間がボス戦の時に統率してくれるのはありがたいと感じているため一概に否定するわけではない。

 

「ああ、お兄ちゃんは来たばっかりだし、知らないのも無理はないよね」

「『将軍』って呼ばれてるくらいだから、普通のプレイヤーじゃなさそうだな」

 

 並のプレイヤーではトップレベルである『将軍』に就くことはできないだろう。となると、相当頭のキレる奴もしくは戦闘能力が群を抜いて高い、或いは両方か。

 

「ユージーン将軍はサラマンダー領主の実の弟で、ALO最強のプレイヤーって言われてるんだよ」

「ALO最強……ね」

 

 どうやら戦闘能力が高い系らしい。

 一度お相手願いたいところではあるが、今はアスナ救出が最優先だ。面倒ごとには巻き込まれないほうがいいだろう。

 

「まあ触らぬ神に祟りなしって言うし、気にしなくてよさそうだな」

「そうですね。でも気を付けてくださいね」

「おう」

 

 そう返事をすれば、狭い路地から急に開けた場所へ出た。

 辺りは岩の一つもない砂漠で、よく目を凝らしてみれば奥の方に緑色の森のようなものが視認できる。

 

「無事に抜けられましたね」

「もし他のサラマンダープレイヤーに見つけられたらどうなってたんだ?」

 

 サラマンダー領に入ってからずっと抱いていた疑問だ。

 メグミは顎に手を当てながら口を開く。

 

「そうですねぇ……インプであるラテンさんにはいきなり攻撃を仕掛けたりはしないと思いますが、シルフであるコトネちゃんには問答無用で斬りかかっていくでしょうね」

「問答無用って……何をしたらそんなに仲が悪くなるんだよ……」

 

 ラテンがSAOに捕らわれていた時に、どのような確執があったのか少々気になってしまうが、今はどうでもいいだろう。

 

「ありがとうね、メグミちゃん!」

 

 コトネがメグミに勢い良く抱き着く。メグミはそれを受け止めながら、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「本当だったら私も一緒に行って協力したいところなんですが、シルフとサラマンダーが一緒にいるところを見られると面倒ごとが多くて……本当にごめんなさい」

「いやここまで案内してくれただけでもありがたいよ」

 

 言いながら手を差し出せば、メグミもそれに応えてくれてラテンたちは握手をする。

 

「このお礼はいつか絶対にするよ。何か希望があったらコトネに伝えておいてくれ」

「はい!」

 

 メグミは強く頷くと、今一度コトネを強く抱きしめてサラマンダー領へ戻って行った。ラテンたちはその背中が見えなくなるまで見届けると、翅を出現させる。

 

「じゃあ今度は向こうに行くよ」

 

 コトネは僅かに見える緑色の方向を指さす。

 

「んじゃあまた競争だな」

 

 ラテンたちは翅を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サソリ型モンスターの尻尾突き攻撃を三度避け隙ができると、一瞬で懐に潜りこみがら空きになった顔面にカタナを叩き付ける。だが、いくらがら空きであるとはいえ、このモンスターを覆う外殻は非常に硬く、刀を叩き付けるたびに両手に痺れが走る。

 何とかカタナだけは落とさないように注意しながら、モンスターの爪を使った範囲攻撃をジャンプして躱すと、落下する勢いを利用して、先ほどまでカタナを叩き付けていた場所へカタナを突き刺す。

 するとダメージをため込んでいたからか、外殻にひびが入りそのままカタナがサソリ型モンスターの顔面を貫通し、クリティカル判定が出る。

 たちまちモンスターのHPは0になり一瞬動きが止まると無数のポリゴン片となって四散した。明らかに相性が悪いモンスターだったが、無傷で勝つことができたのは非常に高いステータスを持つ《湖上ノ月》のおかげだろう。

 

「エギルがいたらもっと楽そうだな」

 

 カタナを横へ振り切りゆっくりと納刀する。

 振り返ればあらかじめラテンの援護をするように頼んだコトネが駆け足で近づいてきた。

 

「よくあのモンスターに無傷で勝てるね。それも三体同時に相手して」

「攻撃パターンが解れば案外簡単だぞ」

「うーん、でもあの爪の範囲攻撃は予備動作がないから避けるのが難しいんだよね……」

 

 ぶつぶつとサソリ型モンスターの対策を呟いているコトネを見ながらラテンは目の前に現れたウインドウを閉じる。

 

「まあああいうのは慣れが一番だな、うん」

「慣れって……お兄ちゃん、まだ三回しか接敵してないじゃん……」

「そうだっけ? ……そんなことよりも、なんで森には入らないんだ?」

 

 ラテンは東側へ顔を向ける。目の前には広葉樹林が広がっており、コトネが指さしていたのはこの森だ。そして反対側へ顔を向ければ広がるのは、先ほど倒したサソリ型モンスターが出現する砂漠地帯。つまり、現在ラテンたちがいるのは、森と砂漠に挟まれた場所なのだ。

 

「この狭間が一番モンスターが出にくいところなんだよ。それに阻むものがないから飛びやすいしね」

「へぇ~、勉強になるわ」

 

 やはり知識があるプレイヤーが傍にいると何かと心強い。

 再び羽を出現させようとすると、コトネがそれを静止してくる。

 

「どうした?」

「ここら辺で一回ローテアウトしよっか。時間も時間だし」

 

 メインウインドウを出現させて時間を見てみれば、時刻はすでに午後八時になっていた。一般の過程なら夕飯を食べているか、終えている時間だろう。

 

「そうだな。ローテアウトってことは交代でログアウトするってことだよな? お互いのアバターを守るために」

「そうそう。察しがいいねお兄ちゃん」

 

 コトネはうんうんと頷くと、続ける。

 

「今日の夕飯当番は私だから先にログアウトするね。四十分ぐらいで戻って来るから」

「了解。ごゆっくりどうぞー」

 

 そうい言うと、コトネは近くの木にもたれ掛かり、アバターが動かなくなる。

 ラテンの両親は共働きで、基本的に夜遅くもしくは休日に返ってくるため、平日は普段、ラテンとコトネが交代交代で家事をしている。

 ただラテンがSAOの世界から戻ってきてからは、基本的にラテンのほうが琴音よりも時間があるため、食事以外はラテンが請け負っている。昨夜、琴音が受験生であることを知り、本当だったら家事全般は暇人であるラテンが請け負うべきなのだが、残念ながら料理に関しては琴音に軍配が上がる。そのため料理はいつも通りにしているのだ。

 

 

 

 

 約四十分、モンスターが近づいて来たら気づく程度にぼーっとしていると、先ほどログアウトしたコトネが戻ってきたため、今度はラテンがログアウトする。

 ナーヴギアを外しリビングへ向かえば、シチューと書かれたメモ用紙が机の上に置かれていた。鍋の中を覗けば、非常に美味しそうなシチューがラテンを出迎えてくれた。

 それをありがたくいただくと、汗を流すためひとっ風呂浴び、自室に戻りナーヴギアを装着する。

 時間を見てみれば面白いことに、ラテンが戻ってきてからちょうど三十分達ったころだった。思わず笑みを浮かべながら再びログインする。

 

「よう、待たせたな。大丈夫だったか?」

「こっちは退屈だったよー。じゃあ行きますか」

 

 ラテンたちは翅を出現させて、今度は北方向で連なっている白い山脈へ向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 数分の飛行で、とある洞窟の前まで到達すると、翅をしまい降りたつ。

 洞窟は高さも幅も、ラテンの背丈の三倍ほどの大きさで、入口は四角い。入口の周囲には、不気味な彫刻で飾られており、上部中央には大きな悪魔の首が突き出している。

 

「……バリバリ悪魔系モンスターがでてきそうな洞窟だな」

「ところがどっこい、悪魔系はでないんだなーそれが。代わりにオークはでてくるけどね」

 

 コトネは何の躊躇いもなくすたすたと洞窟の入口へ向かっていく。彼女の口ぶりから、何度かこの洞窟を通ったことがありそうだが、こんな不気味なところを平然と進もうとするとは、度胸がありすぎではないだろうか。慌ててコトネを追いかける。

 

「……この幅だとモンスターとの戦闘は避けられそうにないな」

「そうだね。不意を突いて走り切るのも手だけど、タゲられたら基本的に道を防がれるからねぇ……」

「ふむ……」

 

 ALOに出現するオークの大きさがどれほどかはわからないが、道を塞がれれば、不意を突いて走ろうにもしっかりと集中してタイミングを見極めないと、早々通してはくれないだろう。となると地道に戦闘していくしかないのだろうか。

 

「……いいことを思いついた」

 

 笑みを浮かべたラテンにコトネは怪訝なまなざしを向ける。

 

「コトネ、俺の腰に手を回してくれないか? 抱き着くみたいな感じで」

「……は?」

「ほら、バイクを二人乗りしている時の後ろに座ってる人みたいな感じだよ」

 

 ぽんぽんと腰をたたくが、コトネは振り向いたまま動かない。それどころか、ラテンに送られる視線が冷ややかになっていく。その瞳から察するに、完璧にコトネはラテンのことを変態だと思っているだろう。

 

「そんな目で見るなよ……これにはちゃんとした理由があるんだって。ほら、俺は《インプ族》だろ?」

 

 数秒間の沈黙の後、コトネはラテンが言いたいことを理解したらしく、眉を上げた。

 ラテンが選んだインプ族の特性は《暗視》と《暗中飛行》だ。インプ以外の種族は基本的に、日光か月光がなければ翅の回復ができない。しかし、インプだけは光関係なしに羽を回復させることができるのだ。つまり、洞窟のような光が届かない場所でも、飛行することができるのだ。これならばオークにタゲを取られても、道を塞がれる前に通り抜けることが可能だ。それに加え、相当な時間短縮もできる。

 

「一々オークと戦闘するのも面倒くさいだろ?」

「……わかった」

 

 コトネはまだ納得がいってなさそうだったが、渋々ながらもラテンの腰に手を回す。後ろではため息が連続的に聞こえてきて、少し悲しい。

 

「……じゃあ落ちないように掴まってろよ」

「はいh――きゃああああああああああああああああ!!」

 

 コトネが言い終える前にラテンはロケットスタートを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中に翅休憩を挟みつつ進むこと約二十分。

 地面が石畳の道に変わったかと思えば、ラテンたちは開けた空間にたどり着いた。道は石造りの橋が一直線に続いており、その先には都市と思われる場所がラテンたちを待ち受けていた。周りは、青黒い湖水の光が反射して幻想的な風景を生み出している。

 

「ううぅ、気持ち悪い……」

 

 足取りがおぼつかないコトネはぺたんとラテンの隣で座り込む。普段からこれ以上の速さで飛んでいたというのに、そこまで酔うものなのだろうか。

 とりあえず青白い表情をしたコトネを介抱するために背中を擦ろうと、しゃがもうとした矢先、橋の奥に映る複数の人影が視界に入り込んだ。

 

「なんだ、あれ?」

「え?」

 

 よく目を凝らしてみれば、複数のプレイヤーらしき者たちが横一列に並んでおり、時節、魔法のような赤い球体を発射しているところが見える。

 

「穏やかじゃ、なさそうだな……」

「行ってみる?」

 

 気分が元に戻ったのか、すっと立ち上がったコトネはラテンの判断に任せるとでも言いたげに口を開いた。

 正直なところ、面倒ごとには巻き込まれたくないのだが、あの大人数がこちらに戻ってくればこちらと戦闘になる可能性がある。ここは近づいて、敵対する意思がないことを示した方が、いいような気がする。

 

「とりあえず、行ってみるか。念のため、戦える準備はしておけ」

「わかった」

 

 ラテンが前に進むと、コトネがその後を付いてくる。

 近づいていくと、だんだんと人影の正体がわかってきた。まず手前にいる綺麗な隊形で並んでいるのは、サラマンダーの種族だ。赤い髪と装備が物語っている。問題はさらに向こう側でサラマンダーたちと敵対しているプレイヤーたちだ。

 一人は身の丈ほどの大剣を片手に持って、タンク隊に突撃している黒い服をしたプレイヤー。黒ということは、種族はスプリガンだろう。

 もう一人は、コトネと同じ金髪を持ち緑を基調とした服を着ている。あれはおそらくシルフだろう。

 

(もしあのシルフがコトネの知り合いだったら、確実にサラマンダーたちと戦闘になるな……)

 

 コトネにあのシルフのことについて聞いてみようと振り返ると、それと同時にコトネが驚きの声を上げた。

 

「リーファちゃん!?」

 

 コトネの声が聞こえたのか、手前にいたサラマンダーの魔術師らしきプレイヤーたちがこちらに顔を向ける。そしてその奥にいたシルフの女性プレイヤーも驚きの声を上げながらこちらに視線を向けてきた。

 

「何でコトネちゃんがここに!?」

「……あー、もしかして、知り合い?」

 

 間をおいて聞いてみれば、コトネが大きく頷いた。

 

「助けなきゃ!」

「……まあ知り合いなら見捨てることはできないな」

 

 腕をつかんで懇願するようにこちらを見たコトネの頭をぽんぽんと撫でながら、ラテンは目の前にいる魔術師たちに視線を向けた。

 

「コトネは俺のサポートをしてくれ。絶対に俺より前に出るなよ?」

「わ、わかった」

「じゃあ魔術師の奴らから倒していくぞ」

 

 鞘からカタナを勢いよく抜くと、こちらが戦うことを選んだことを察したのか、後方に体を反転させて魔法のスペルを唱え始める。ラテンが到達する前に潰す算段だろう。

 

「そう簡単にやらせるかよ!」

 

 およそ十メートルの距離を一気に駆け抜けたラテンは、あと一ワードで完成というところで、魔術師隊の元へたどり着いた。目の前にいるサラマンダーの顔に怯えの色が浮かぶが、それも一瞬で、ラテンは魔術師の首めがけてカタナを振り切る。たちまち頭部が宙を舞い、クリティカル判定のより目前のサラマンダーは赤い炎へと姿を変えた。残りのサラマンダーたちにニヤッと笑ってみれば、一斉に怯えの色が浮かぶ。

 しかし、魔術師隊のリーダーらしきプレイヤーは胆の据わった男のようで、すぐに立ち直ると、魔術師たちに叫んだ。

 

「怯むな、やれぇぇぇ!!」

 

 その瞬間、詠唱を終えた魔術師たちが一斉に火球を放ってくる。一つ一つの大きさはそれほどでもないが、連鎖的に受ければさすがにHPが持ちそうにない。

 右足に力を入れ、左方向へ横っ飛びをし、橋の幅いっぱいまで転がる。ラテンが描いた軌道に、火球が次々と撃ち込まれていき、小爆発が連続的に起こる。そのまま超低空姿勢で駆けだし、正面から向かってくる火球を避け、サラマンダーたちに斬りこむ。

 一体、また一体と赤い炎に変わっていく仲間を見て、形勢が不利だと理解したのか、次々と魔術師たちが逃げ惑い湖へ飛び込んでいった。

 さすがに戦う意思のないプレイヤーまで襲うほど残忍ではないため、ほっといていたらたちまち叫び声が聞こえてきた。どうやら湖にはモンスターがいるようだ。

 予期せぬ来客により完全に隊形が乱れたサラマンダーたちは、ラテンとスプリガンの男性プレイヤーに一掃され、最後に残るのは体つきが細い魔術師となった。

 

「あっ、そいつ生かしておいて!」

 

 スプリガンが最後のサラマンダーに剣を振るおうとするのをリーファと呼ばれていた女性が制止した。

 リーファが小走りで近づいてきて、サラマンダーの前で止まると有無言わさずに長刀を男の足の間に突き刺した。

 

「ひっ」

 

 反射的に声が出てしまい、慌てて口を閉じるが時すでに遅く、コトネがじっーとこちらに視線を向けてくる。

 リーファも一瞬こちらに顔を向けたがすぐに戻すと、口を開いた。

 

「さあ、誰の命令とかあれこれ吐きなさい!」

 

 すごい迫力だったが、男はそれに対抗するように、顔面蒼白ながらも首を振る。

 

「こ、殺すなら殺しやがれ!」

 

 ラテンはスプリガンへ顔を向ける。スプリガンの男はラテンの顔を見るや否や、すぐに何をしようとしているかわかったようで、同時にサラマンダーへ詰め寄った。

 そのままゆっくりとしゃがむと、本当に殺されるかと思ったのか、サラマンダーの男は強く瞼を閉じる。

 

「まあまあ、命は大切にしなさいよ。ところで相談なんだけど……」

 

 ラテンはサラマンダーの男の肩に腕を回すと隣に座り込んだ。スプリガンも同じように、ラテンとは反対側に回り、肩を組む。

 

「もし質問に答えてくれたら、さっきの戦闘でゲットしたアイテムとユルドをぜ~んぶ君にあげちゃおっかなーって思ってるんだけどなー」

 

 スプリガンが残念そうに嘆く。もちろん演技だ。

 サラマンダーの男はラテンとスプリガンのトレードウインドウを見て、周りをキョロキョロと見まわす。数秒後、ごくりとつばを飲み込んだかと思えば、小声でつぶやいた。

 

「……マジ?」

「「マジマジ」」

 

 ラテンとスプリガンとサラマンダーの男はニヤッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 サラマンダーの男の話を要約すると、先ほどの胆が据わっていたメイジ隊のリーダーから強制招集がかかり、スプリガンの男とリーファを襲ったのこと。だが、メイジ隊のリーダーはリーダーでもっと上のほうから命令されていたらしく、結局二人を狙っていた者の正体を知ることはできなかった。

 ほとぼりを冷ますために何日かかけてテリトリーに戻ると言い残し、サラマンダーはラテンたちが来た方向へと戻って行った。

 その背中を眺めなていると、後ろにいたコトネがリーファに詰め寄る。

 

「大丈夫だった!?」

「うん、ありがとうねコトネちゃん、えーと……インプさん?」

 

 まだ名乗っていないのだから仕方がない。肩をすくめて自己紹介をしようとすると、ラテンよりも早く、コトネが口を開いた。

 

「この人はラテン。現実世界では一応兄なんだ」

「一応ってなんだよ……」

 

 再び頬をつねろうとすると、スプリガンが驚いた表情をしたのが視界に入り込んだ。

 

「え、お前……ラテン、か?」

「知り合いなの? キリト(・・・)君」

「……え? キリト?」

 

 今度はラテンが驚く番だった。今確かにリーファはスプリガンのことを「キリト君」と呼んだ。改めてスプリガンを見てみる。

 もちろん種族の色であるため黒づくめではあるが、先ほどの戦いっぷりを見る限り頭に浮かび上がるのは一人しかいない。極めつけは彼が装備している身の丈にせまるほどの大剣。つまり『重い』剣だ。

 

「……安く仕入れて安く提供するのが?」

「……ウチのモットーなんでね」

「やっぱり、あのキリトか!」

 

 とある人物の商売文句を言えたということは、目の前にいるスプリガンはやはりSAOで共に最前線で戦った黒の剣士、キリトだった。

 

「……なんだ、随分と早い合流になったな」

「まあ手間が省けたってことで」

 

 互いに拳を合わせる。

 それを見ていたコトネは首をかしげる。

 

「二人は知り合いなの?」

「まあ色々とな」

 

 頷くラテンたちを見て、リーファとコトネは顔を見合わせる。

 

「……じゃあとりあえず中に入ろっか」

 

 リーファを先頭にラテンたちは、目の前の都市へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ったラテンたちを出迎えてくれたのは、NPC楽団の陽気な演奏と多くのプレイヤーの声だった。

 見たところ街の規模は大きくないが、中央の目貫通りを挟むような岩壁に、様々な店が密集しており、いろいろと便利そうだ。

 

「そう言えばさあー」

 

 キリトが何かを思い出したかのように口を開く。

 

「サラマンダーに襲われる前、なんかメッセージ届いてなかった? あれは何だったの?」

「……忘れてた」

 

 リーファは口をあんぐり開けると、ウインドウを操作し始める。だが、途中で首をかしげて眉をひそめた。

 

「……どうしたんだ?」

「うーん、ちょっと待ってて。一回ログアウトしてくる」

「おーけー」

 

 リーファは近くのベンチに座ると、待機状態になった。

 

「なんだったんだろうね?」

「さあ? そこまで深刻そうな顔はしてなかったから大丈夫だとは思うけどな」

 

 ラテンとコトネは顔を見合わせて、リーファを待つ。

 一方キリトはと言うと、小腹がすいたのか爬虫類を数匹串焼きにしたようなものを買いに屋台へと向かっていったところだ。

 キリトが戻り、いざ不気味なものを食そうとした瞬間、リーファの眼がばちりと開き、同時に立ち上がった。

 いきなりのことだったので、ラテンたちは体を一瞬だけびくつかせる。

 

「お帰り、リーファ」

 

 キリトが落としそうになった串焼きを握り直しながら言うが、リーファは深刻な表情でコトネの傍へ詰め寄り耳打ちする。するとリーファの表情が伝染したかのように、コトネは驚いた表情をした後、顔が青ざめる。

 

「なにがあったんだ?」

 

 ただならぬ問題が発生したと思い、言葉に真剣みが帯びる。

 数秒待つと、二人は頭を下げた。

 

「キリト君、ラテン君――ごめんなさい」

「「……え?」」

「あたしたち、急いで行かなきゃいけない用事ができちゃった。説明してる時間もなさそうなの。たぶん、ここにも帰って来られないかもしれない」

 

 ラテンとキリトはじっとリーファとコトネを見つめる。そしてキリトは頷きながら口を開いた。

 

「そうか。じゃあ、移動しながら話を聞こう」

「え?」

「どっちにしてもここからは足を使って出ないといけないんだろ? ラテンもいいよな?」

「問題なし!」

 

 リーファとコトネは顔を見合わせると、頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、走りながら話すね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルン側の門を出ると、走りながらリーファは事情を説明する。

 

「なるほどな……」

 

 どうやらシルフ族の中にサラマンダーと内通している者がいて、この先にある《蝶の谷》抜けたあたりでシルフ族の長とケットシー族の長が極秘で会談していることを伝え、サラマンダーはそこを狙って大部隊を送り込んだらしい。

 サラマンダーがその場所を襲うことで得られるメリットは二つ。

 一つはシルフとケットシーが連合するのを阻止できること。

 二つ目は、領主を討つことによって討たれた側の領主館に蓄積されている資金の三割を無条件で入手でき、十日間、領内の街を占領状態にして税金を自由に掛けられることだ。 

 そしてシルフとサラマンダーの仲が悪い理由も判明した。過去にシルフ側の初代領主が罠にはめられて殺されたかららしい。

 

「サラマンダーの大部隊ね……」

 

 昼間に出会ったメグミの言っていたことが引っかかる。

 もし今シルフとケットシーの領主の元へ向かっているのが、メグミの言っていた部隊なら確実にいるはずだ。この世界最強プレイヤーであるユージーン将軍が。

 

「……これはシルフ族の問題だから、お兄ちゃんとキリト君は――」

「ばーか」

 

 ラテンはコトネの言葉を遮った。

 

「……大切な妹をそんな危険な場所へ行かせるわけにはいかないだろ。それにシルフ族側の問題って言ったって、俺たちはさっきサラマンダーに喧嘩を売ったんだ。一概に無関係とは言えねぇよ」

 

 ニヤッと笑って見せれば、リーファとコトネは驚いた表情をした。

 

「え、お兄ちゃんも来るの!?」

「え、助けてほしいって言おうとしたんじゃないの?」

「いや、そんなこと言おうとしてないよ!」

「……あれ?」

 

 どうやらコトネが言っていた『……これはシルフ族側の問題だから、お兄ちゃんとキリト君は――』というのは、その後に『私たちに構わないで先に行って』と続けられ、『助けてほしい』と暗に示していると、先読みしてコトネの言葉を遮ったのだが、全然違ったようだ。

 

「待って。俺、すっごい恥ずかしいパターンじゃん……」

 

 呆然とするラテンを見て苦笑しながらキリトは口を開く。

 

「どっちにしても行くつもりだったよ」

「……ありがとう」

 

 リーファはそっと呟いた。

 それを見たキリトは頷いて、再び口を開く。

 

「では、ちょっと手を拝借」

「え、あの――」

 

 キリトはリーファの右手を掴むと、ラテンに顔を向けてきた。

 

「じゃあ先行ってるぞ」

「は?」

 

 キリトはニヤリとすると、次の瞬間、猛スピードで駆けだした。あまりの勢いに顔面に砂埃が降りかかる。

 

「ぺっ、ぺっ……あんにゃろう。コトネ、掴まれ!」

「え、は、はい!」

 

 慌ててコトネはラテンの腰に手を回すと、それを確認してから翅を出現させる。

 

「目にモノを見せてやるぜ」

 

 次の瞬間、コトネの絶叫が木霊した。

 

 

 

 

 




すいません。今回はラテンがいたためキリトのグリームアイズ化を登場させませんでした。
そして、戦闘シーンが少なかったことをお詫びします。m(_ _)m

次回は、ユージーン将軍が登場します。

これからもよろしくお願いします!!

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