(ふぅ、結構食べたな。てか、これは流石に食べ過ぎっていうか明らかに体の大きさ以上の量を食べてるけど一体どうなってるんだ?)
開けた森の一角。人間の知性を持つ幼体のガララアジャラ『ラガー』と、食べ尽くされて骨だけになったリオレイア亜種2体の死体があった。
(妙に体から力が湧いてくるな……)
ラガー自身気付いていなかったのだが、彼の体の中では目まぐるしくエネルギーの吸収がなされていた。肉を喰らって胃に入れた瞬間にはエネルギーが全て吸収され、肉はその体積を数十分の一にまで減らされていた。これが体の大きさ以上の量を食べられた理由だ。
(なんにせよ、随分都合が良いじゃないか。これから修行をしようと思っていたところなんだ。これだけ力が漲っていれば多少の無理だってできる!)
おもむろに木へと近づいていくラガー。何を思ったか木へとその体を巻き付けた。
今の時点でラガーの全長は2m程になっている。起きた時点で1m程度だった。その時点で驚きでしかないのだが、リオレイア亜種を食べていく中で、まるで魔法にでも掛かったかのようにグングンと成長していった。特殊な力が関係しているとしか思えない。だが、ラガーはそんなことは気にせず貪欲に強くなることだけに目を向けている。
2mもある巨体を木に巻き付けたラガーは、全身に力を入れ木を締め付けた。すると、バキバキッという音と共に木が弾け飛んだ。俄には信じ難い光景だ。
(今の力だとこんなもんか……目標は10本ほど束ねて潰せるようになることかな。あ、流石に体の長さが足りないか。なら別の事を試してみよう)
ラガーが次に行ったのは、木の前に立つことだった。森の中なので木は沢山あるのだが、この勢いで修行していくと木の存在しない空白地帯ができそうであった。
「シッ!」
ビュオンッという風を切り裂く音と共に尾を振り抜く。木が悲惨な音を立てながら倒れた。綺麗に両断というのは簡単に出来そうにないようだ。
(いや、何やってんだ俺。冷静になれ。単純に威力の底上げしたって意味無いだろ。修行って言うのはこういうものじゃない。体を正確に使えるようにするためのもののはずだ)
もう一度木の前に立ち、尾を振り抜いた。今度は風を切り裂く音はせず、ドスッというような木を叩く鈍い音だけが響いた。木は叩かれた衝撃で全身を揺らし葉を落とす。
(まずは1枚!)
その落ちて来た葉を正面から、尾で貫く。こうすることで、不規則に動き回る敵の動きの予測、敵の弱点を正確に突くことのできる精密な攻撃の修行になるという寸法だ。
(2枚! 3まっ、あ!)
ヒラリと葉が風になびいて空中で舞った。そのせいで葉の真ん中を狙った尾の攻撃がズレて貫くことに失敗する。
(くそっ、もう一回だ!)
木を揺らし、葉を散らせ、宙に舞う葉っぱを1枚、2枚と貫いていく。今度は5枚目で失敗した。
(今のは風での動きを予想出来なかったせいだ。2度も同じ目にあったんだから次こそは失敗しないようにしないと)
段々と集中し、熱中していく。前世の頃から繰り返しの作業というのは好きだった。時間を忘れていつまででもやっていられた。
宙を舞う葉っぱを貫く数は、回数を積み重ねる毎に増えていく。
気付いた時には目の前の木には1枚も葉がついていないという寂しい状態になっていた。
(これ明らかに環境破壊だよな。でも、今更か。強くなるためには仕方ない事だから一々気にもしてられない。ただ、木も一つの命だ。感謝を捧げておこう)
丸裸になった木に向けお辞儀をする。そして別の木に向き直り、修行を再開する。そんな行為を陽が落ちるまで数時間続けた。
◇
(今日の修行終わり! 完全に暗くなる前に巣に帰ろうか)
ピット器官を使えば夜でも活動できるんじゃないか? と思うかもしれないが、地面は基本的に冷たいため周りの木々と同化して見えて行動するには危険なのだ。
ただ、そもそもの話として夜目が効かないわけでもないので、朝と夜のどちらが危険かは一概には決められない。
夜は地形の把握が難しいという点でモンスターと戦闘になった場合不利になる。逆に朝はモンスターが活発に動き回るので複数のモンスターと鉢合わせる不安がある。どちらにしろ危険なのは変わりない。
ピット器官自体は普通に便利だ。ピット器官のお陰でモンスターは遠くからでも発見できるのはありがたい。木などの障害物を無視して直接姿を確認できるのは自然で生き抜く中でとても貴重で有用な能力だ。
(そろそろかな)
明日は何をしようか、修行の改善点はないか、今の自分に足りない力は何か、など考えを巡らせている間に巣の近くへと迫っていた。
ピット器官で巣を確認してみれば、一つの大きな赤色の塊と複数の小さな橙色の塊が蠢いている。親と兄弟達だろう。
(アイツらは元気だなぁ)
幼い兄弟達が少し羨ましい。今はまだ弱肉強食の厳しさを知らないのだろう。いつも無邪気に遊んでいる。
ちなみに話は変わるのだが、俺はいつも勝手に巣の外へと出ているが親は特に連れ戻したりしない。1匹、2匹程度なら死んでも問題ないと思っているのかもしれない。
野生のモンスターにとって最大の生きる理由というのは子孫繁栄だろう。その考えでいくと、小を切り捨ててでも大を取るのが親ガララアジャラの中では当たり前なのだ。
(モンハンの世界だって言うのに随分と世知辛いなぁ。やっぱり、ある程度の切り捨てられる存在って言うのはどの時代にも、どんな世界でもいるんだな……)
弱肉強食の世界にしみじみとした感想を漏らす。人間としての価値観の俺からすれば、家族を見捨てるなんてとんでもない。だが、野生の生物の中ではやはり、何においても子孫繁栄が優先されるのだ。その事に文句を言っていたってしょうがない。
それに、今の俺は他人について心配している場合ではない。焦って目の前が見えなくなるなんて事はあってはいけないが、強くなることを急ぐというのは悪くないと思う。それだけ向上心があり、努力を続けられるという下地になるから。
(明日は狩りでもしてみようかな。大人しい草食竜なら今の俺でも充分狩れるはずだ)
頭の中に浮かぶのは温厚な性格の草食竜アプトノス。攻撃を仕掛ければ反撃してくるため注意が必要だが、ゲームでは駆け出しハンターが2、3回攻撃しただけで死んでしまうほど脆弱だった生物だ。油断は禁物ではあるものの、そこまで緊張して挑む相手では決してない。
(それから、明日の修行は技の練習にしよう)
夜の暇な時間を、技を練習するためのイメージトレーニングの時間に当てようと思う。頭で事前にイメージが固まっていれば、何も考えずに動くより明らかに動きを再現しやすいはずだ。
(今度こそは、努力を実らせる。前世みたいにはいかない。簡単には死んでやらないし、何も爪痕を残さずに消えてやるなんて絶対にゴメンだ。俺は歴史に名を残す!)
死んでしまったドスランポスを脳裏で思い出しつつ、自分自身に対して改めて固く誓いを立てる。これが最初の一歩だ。ここから俺の伝説を作ってやる、と強い気持ちを抱きながら。