ドスランポスとリオレイア亜種2頭が睨み合う。俺はその光景を、かなり離れた場所にある倒れた大木の裏から見守っていた。
(流石にドスランポス1頭じゃ明らかに劣勢だと思うんだが……)
突然だが、モンスターハンターのゲームにはクエストに階位が存在していた。下から順に、下位・上位・G級である。
この階位が一つ違うだけでモンスターは驚く程に強くなる。特にG級に至っては、下位のモンスターを10頭同時に倒すよりもキツい。
もし、ドスランポスがG級の個体でリオレイア亜種2頭が下位か上位の個体であれば勝ち目はある。
だが、もしリオレイア亜種2頭がG級の個体だった場合確実に負けるだろう。ゲームならば。
(でも、ここゲームじゃないし。気もあるからどうなるかはまだわからないよな)
そう、この世界はゲームとは違う。俺の目の前にいるドスランポスなんかは全身に古い傷がある。こんな演出はゲームでは無かったので、現実特有のものだろう。
そして、傷が沢山あるという事はそれだけ多くの戦闘をこなしてきたと言う事の証明だ。もしかしたら、リオレイア亜種2頭さえも軽々と倒せてしまうかもしれない。
「グゥィィィィッ、グェァグゥエア!」
首を上に向けてドスランポスが叫びだした。仲間を呼ぶつもりか? と思いきや、そのまま首を前に向けてリオレイア亜種2頭の方へと突撃していく。その身に迸る黒く紅い雷を纏って。
(は? 龍属性のエフェクト? なんで?)
モンハンには属性の概念が存在する。アラビア・ヨーロッパ世界などに代表される四元素の地水火風の属性ではなく、『火・水・雷・氷・龍』の五属性だ。この中で龍属性のエフェクトは紅に縁取られた黒い雷として表現されている。
その龍属性のエフェクトを、あのドスランポスは何故か体から発していた。俺が知っている中だと龍属性のエフェクトを纏っているモンスターと言うのはジンオウガ亜種くらいしか思い浮かばない。
(もしかして、あれも気なのか? よく考えてみれば叫んでたし……)
ドスランポスはきちんと予備動作の咆哮を行っていた。あの咆哮は威嚇の為でも仲間を呼ぶ為でもなく、気を使うための準備だったのだ。
(しまった、考えるのは後だ! 今は戦闘を見ないと!)
気になることにすぐに熱中してしまうのはいい癖でもあり悪い癖でもある。俺は意識を戦いへと向ける。
「グェァァァァア!」
今、起こった事をありのままに話す。
ドスランポスがジャンプした。ドスランポスから見て右側にいたリオレイア亜種の首が落ちた。
は? どういうことだよ……
(え、ここまで強いとか聞いてない……何アレ反則すぎる)
正直目で追う事すらできなかったが、恐らく発達した後脚で首を刈り取ったのだと思われる。残ったリオレイア亜種は即座に逃げ出していた。
ドスランポスを見ると、「雑魚が!」とでも言わんばかりの嘲りの表情を浮かべている……ような気がした。
(これは流石に参考にすらならないわ。でも、世界にはここまで強いドスランポスもいることが知れただけで御の字だ)
俺が目指すべきなのは、少なくともあのドスランポスを相手に互角以上に戦える程の強さだ。もちろんあのドスランポスよりも強いやつがいるはずなので、いずれはドスランポスを圧倒できるようにならなければいけない。
うん、無理だろ(絶望)
そもそもの目標が生き残る事なのだから、実際そこまで強さを求める必要はない。ただ、この世界で自分がやりたい事をやり通す為には強さが必要不可欠になってくる。
(はぁ、厳しいなぁ)
思わず弱音が漏れる。
「グェァ!」
「ッシュェァ!?」
あ、初めて声出た。じゃない! なんで目の前にドスランポスがいるんだよ!
考え事をして思考が飛んでいた間にドスランポスが俺の所へと移動してきたようだった。まさか、気付かれているとは……って予想はしてたけど。
冷や汗が全身から出る様な感覚がする。冷たいような熱いような不思議な感覚だ。
(え、これ死ぬんじゃ……?)
命の危機に瀕しているはずなのに妙に冷静な自分がいた。ドスランポスは俺の事を不思議そうに見つめてくるだけで襲おうとはしてこなかった。
だが、次の瞬間、ドスランポスが大きく口を開く。
「グゥエアィィィィィィィッ!」
爆音で皮膚がジンジンと痛みを訴えてくる。俺はあまりの衝撃と恐怖に石像のように固まることしかできなかった。
ドスランポスは叫び終わると何処かへと走り出していく。何がしたかったのかは分からないが兎に角助かったようだ。
走り去るドスランポスの背を見ていると、バサバサという羽ばたきの音を感じた。咄嗟に上を見る。蒼い炎を纏ったリオ
(あっ……)
まさに、「あ」っという間の出来事だ。
ドスランポス目掛けて滑空したリオレウス亜種が大きな顎を目一杯開き、ドスランポスを丸呑みにした。口の中から、ボキボキッ、バキッ、と異音が聞こえる。
俺は思わず、腰を抜かしたような状態になった。あまりの壮絶な出来事に思考がついていけない。弱肉強食の厳しさを知った、その程度のことで俺は心が折れそうになりかけている。
(あんなに強いドスランポスが一瞬で……)
所詮自然界とはこの様なものだ。どれだけ強かろうと油断すれば即座に死ぬ。そんな当たり前の事を、今更ながらに知った。いや、今更ながらという程でもない。むしろ、生まれてから二日で知れたことは幸運だと考えた方がいい。
今までは、何処かゲーム感覚でこの世界を生きていた気がする。好奇心に振り回されすぎた。もっと慎重になるべきだった。それをドスランポスは教えてくれた。
俺は既に亡きドスランポスに感謝しながら、なるべく音を立てないよう、リオレウス亜種に気付かれないようにゆっくりと這って巣へと向かう。
この日はどうやって巣に帰ったかは覚えていない。睡眠に関しても本来なら10分程で済むはずなのに、人間の頃と同じように日が昇るまで長い間眠ってしまった。
次回から主人公の本格的な修行が始まります