無双しようぜガララさん!   作:筵 水月

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捕獲

 身を縛る圧迫感は否応なしに俺の脳裏にある言葉を浮かばせる。

『死』という逃れられぬ恐怖だ。本能も理性も関係なしに恐れる絶対的な恐怖の象徴。この世から自身の存在が消える一番簡単な方法。一度死んだ身であるにも関わらず、変わりない死に対する恐怖心は、死というものに対しての生物が抱く絶対性を分かりやすく強調しているような気がする。

 

(死ぬ? 俺が、死ぬ? え、なんで? どうして? 死ぬ? 死にたくない。死ぬかもしれない。嫌だ。嫌だイヤだいやだ! イヤだ!)

 

 脳内は混乱し思考がまとまらない。ただ、死にたくないという気持ちだけが先行し、俺の身体を鎖のごとく縛り付け、自由を許さない。

 身体が動かないことによってさらに混乱は深まり、より一層の恐怖心が身を包む。

 悪循環ここに極まれり、と言った感じではあるが、そんな中でもどこか冷静に状況を俯瞰できている自分もいた。勝てないながらも抵抗ぐらいはしようと、身体を動かす。

 まず、狙ったのはハンターの頭だ。人間の急所の一つ。ここを潰せば一撃で殺れる。間違いなく防がれるとは思うが一縷の望みにかけて、祈るように尾を振り下ろす。

 

 「ぐおらアッ!!」

 

 勢いよく叫ぶと同時に燃え盛る火のようなオーラを纏ったハンターが、背中に背負っていた大剣を抜刀し俺が振り下ろした尾を真っ向から弾き飛ばす。弾かれた時の力は凄まじく身体ごと吹っ飛ばされかけるが、身体をくねらせて衝撃をいくらか地面へと逃すことでなんとか耐える。この一合で俺の混乱していた思考は一瞬にして吹き飛び、ハンターに対しての敵対心、警戒心だけが残ることになった。

 幾分か冷静になったところで今の状況を振り返る。敵は見た目からして明らかに強者とわかるハンター。こちらは生後一週間も経っていない幼体のガララアジャラ。勝敗は目に見えていた。

 だが、それでも俺は立ち向かうことしか考えなかった。もちろん逃げると言う選択肢もある。でも、それをしてしまえばモンスターの死体をこの場に残すことになり、自分の犯した罪の後始末からも逃げることになる気がしてならない。あるいは、このハンターとの遭遇こそが罪を犯した俺に対する罰であるかもしれないのだ。なおさら逃げるわけにはいかなかった。

 

 「ふーん、知能の高いガララアジャラがいるっていうから来てみたらまだ幼体じゃねえか。あの野郎わざわざオレに調査を依頼してくるからどんな化け物かと思ってたら、ただの雑魚とは……面倒くせえ事押し付けやがって、後でシバく」

 

 

 ハンターの呟きが聞こえた。兜を被っているせいでくぐもっていて聞き取りにくかったが、それでも何を言っているのかはわかった。どうやら誰かから俺のことを聞いて、または依頼されてきたようだ。脳裏によぎるのは白衣の研究者。ハンターキャンプにいたあの科学者だ。もしかすると俺が食べてしまったハンターも俺を探しに来たのかもしれない。安易に姿を見せなければよかったと今更ながらに後悔する。

 

 「んじゃ、まあ、サクッと捕獲して帰りますか」

 

 来る、と思った次の瞬間にはハンターの姿が掻き消えていた。

 野生の勘のようなものが働き、直感的に後ろから攻撃が来ると思ったのですぐに振り向き、嘴でハンターを攻撃しようとする。結果は空振り。何故、と疑問に思うと同時に後頭部に重い一撃を貰って派手に吹っ飛ばされた。

 

 「クルェアッカロァッッ!?」

 

 後頭部に感じる鋭い痛みと地面に叩き付けられる痛みとが、ないまぜになって喉の奥から変な声が漏れた。

 

 「おー、すげぇな。今のフェイントに引っかかるのか。相当勘が鋭いな」

 

 何故褒められているのか一瞬わからなかったがすぐに理解する。このハンターは恐らく、一度俺の背後に回り殺気のようなものを発して、また元の場所へと戻ったのだ。瞬時に殺気を感じ取れるか試したのだろうか、と思ったが多分このハンターにとっては遊びのようなものなのだろう。

 

(ははっ……無理ゲーすぎんだろ……)

 

 半ば諦めに近い感情を抱きながら心のうちで愚痴る。わかっていたつもりで、全然わかっていなかった彼我の実力差。くだらないプライドや価値観などを捨てて逃げるのが最善の手だったのかもしれない。

 それでも、無理だと、無駄だとわかっていてなお俺は立ち上がる。相手は人間だ。必ず勝機はあるはず。それがたとえ限りなくゼロに近い可能性だったとしても、ここで折れるわけにはいかなかった。

 

「まだ立てるのか。結構強めに殴ったはずなんだけどな。一撃で意識を刈り取れるぐらいには力を込めたと思ったんだが、ちょっと加減しすぎたか」

 

 

 ハンターは油断しているのか、かなり隙だらけだった。これを好機と見た俺はすぐさま息を吸い込む。そして、吸った息を吐き出すと共に鳴甲を一斉にならす。空想段階の必殺技、超音波ブレスだ。ぶっつけ本番で使ったこの技は見事に成功した。

 俺を中心として音の衝撃波が広がり、地面を巻き上げていく。巻き上がった地面は志向性を持つ弾丸となり俺の周囲へと散らばって甚大な被害を出した。水場周辺にあった死体も吹き飛んでしまったが、後で探せばいいだろう。それよりも今はハンターの方が気になった。

 超音波ブレスは音という性質上、周囲へも攻撃をすることが出来るが、真に凄まじいのは前方に関しての影響だ。放射状に地面が抉れ、直線上の木がすべてなぎ倒されている。恐ろしいまでの破壊力だった。

 

「いってぇ……腕すげえ痺れたし。マジ最悪。もういい。遊びは終わりで本気で行く」

 

 直線上に抉れた地面の中で、ただ一点のみ変わらない場所があった。ハンターの足元だ。ハンターは大剣を盾にして先程の攻撃を防いだらしく、無傷であった。それを見たときに完全に悟らざるを得なかった。俺はこのハンターには絶対に勝てないのだと。

 

「ハッ!!」

 

 声が聞こえたと思ったときには既に俺は殴られていた。そしてそのまま意識を落とす。

 

「あー、ダルすぎ。帰ったら絶対あいつシバくわ」

 

 凄惨たる水場周囲に残ったのはハンターの怒りに燃えた声のみだった。

 

 


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