(あー! クソッ!)
チャチャ族に初めての獲物を奪われた時から数分。暫くの間呆然としていたので思考が停止していたが、段々とそれも解けてくる。それと同時にまたも激しい怒りの感情が胸の内から湧き上がってきた。
(絶対見つけ出して獲物を取り返す! あ、いや、取り返さない方がいいのか?)
抑えきれない怒りはある考えが浮かんだ事で多少和らぐ。
なぜ取り返さない方がいいと考えるのか、その理由は獲物の仕留め方にあった。俺は「毒」を使ってジャギィを殺した。もちろん俺自身は自分の毒に対しての耐性を持っているからそのまま食べても平気だ。だが、チャチャ族は違う。過去にガララアジャラやリオレイア亜種の毒を喰らって抗体が出来ている、なんて事でもない限りジャギィを食せば毒に苦しむはずだ。
(このまま放置しておけばアイツも懲りるか。正直、確実性もないし微妙なところだけど今は意識を切り替えよう。いつまでも過去を引きずってたらダメだ。今一番やらなければならない事は食料確保なんだし)
獲物を奪われたなら別の獲物を探せばいい。そう考えた俺は意識を切り替える。一応ジャギィを狩ったのだから戦闘の雰囲気は掴めた。あの簡単に終わった狩りを戦闘と呼べるのかは怪しいところだが。
(次は昨日からの目標のアプトノスだな)
次なる狙いは草食竜アプトノス。弱く、それでいて数が多い。食料としてはうってつけだ。
腹からグルルと音がする。食事のことばかりを考えていたせいで余計に腹が減ってきた。
(早いとこ見つけないとだな。とりあえず水場近くを探してみようかな?)
ジャギィを探す時には考えつかなかったが、生物であるなら水分補給が必要だ。ならば、水場で張り込んでいればモンスターがやってくるはず。正直、別の強いモンスターが来る可能性もあるので怖いが、そんなことを言っていたらこのまま餓死しそうだ。恐怖心を振り払うように、頭をブンブンと横に振って前を向く。そして、思った。
(水場ってどこにあるんだ?)
完璧に失念していた。そもそも俺は水場の場所を知らない。この森に生まれて日が浅いのに、地理に詳しいはずがなかった。
(うむむむ……こうなったら、ピット器官で……)
疲れるのであまり使いたくはないが、地理に詳しくないので今回は致し方ない。今後の為にも水場近くでモンスターを見つけたいものだ。
(フッ!)
通常の目で感じる視界からピット器官での視界へと変えるのには多少コツがいる。ピット器官は眉間にあるので、言うなれば第3の目のようなものを開く感覚だ。
ピット器官を知った当初はあまり上手く使えなかった。と言うのも、なかなか眉間に感覚を集中させられないのだ。
例えば、人間は耳で音をよく感じたいと思う時に目を閉じたりする。俺の場合も目を閉じて集中しようかと思ったのだが、残念ながら瞼が存在しない。そうなると、目で風景を見たままピット器官での視界に切り替えなければならないわけだ。感覚的には脳内でTVのチャンネルを変えるイメージと言えばわかりやすいだろう。目と言うチャンネルをピット器官と言うチャンネルに変える。結構なコツがいる作業だ。
ぶっちゃけると、俺がピット器官を使うのが嫌な理由の8割はコレだ。確かに昼だと色々な場所が暖められて視界が見にくい。ただ、それよりもピット器官の視界に切り替える作業の方が圧倒的に俺に負担を強いてくる。だから、俺は好んで使わないのだ。
(おっ? それっぽいの見つけた!)
俺のピット器官の視界に写るのは群れている数匹のモンスター。それと、湖のような場所。現在の場所からそこまで離れていない場所だった。
(こんなに水場が近くにあるならピット器官なんか使わなきゃよかった……)
少し後悔をする。だけどここはポジティブに考えよう。もしかしたら水場を見逃して別の場所を散策していた可能性もあるのだ。ここで発見できたのは運が良かったと思うんだ俺。
(早速仕留めにいくかなっと!)
少々テンションが高めなのはご愛嬌。先ほどチャチャ族に獲物を奪われたのことなど既に頭の中にはなく、今は獲物を仕留めることに対しての楽しみだけが頭を占めていた。
(毒殺か絞殺か、それとも噛み殺すか。どれもいいな! 尻尾で殴殺ってのもアリかもしれない)
色々と弾けて既に思考は危険な領域に達している。まだまだゲーム感覚が抜けきっていないのも事実だ。やはり、何かを狩るとなるとゲームのように簡単にいくのではないかと思ってしまう。
自分自身でも少し……いや、かなり無邪気なのは自覚している。ただ、前世での16年と言う時間、俺は1度も自由に動けたことがなかった。触れるもの全てが目新しく、例え知っている知識であっても初めて体験することばかり。精神年齢が生きてきた時間に未だ伴っていない感覚がある。知識だけで言えば、そこらの同年代の子供よりよっぽど多いかもしれないが、精神は小さい頃からあまり育っていない。だから、多少無邪気なのは自覚していても治せない。こればかりは仕方ないことなのだ。これから先、この世界で生きていく中で改善されていくとは思うが、今はこのまま全てを新鮮に思い楽しむ気持ちを大切にしたい。
(よし、決めた。絞殺だ)
頭の中でイメージするのはゲーム時代のガララアジャラの動き。その長大な体躯でハンターの周りをドーナツ型に囲み、上からドーナツ型の中心部に嘴を突き入れる動きだ。俺はそれを頭の中で少し改良する。
目標となるモンスターの姿はハッキリ見えた訳では無いので未だ分からずにいるが、大体の大きさは掴めている。その大きさに合わせて身体を鞭のように使って囲み、囲んだ直後にすぐに身体を縮めて締め付ける想像をする。バッチリだ。準備は万端。いつでもいける。
(こういうのは失敗が付き物だから、失敗してもそこまで落ち込まないようにしないと)
あらかじめ誰に言うでもなく言い訳をして、失敗した時の心構えをしておく。
(まずは、バレないように静かに近づいて……)
ズルズルと身体をくねらせて、ゆっくりと湖方向へと向かっていく。木々が開けてきて段々と岩場が多くなってくる。皮膚では水の音と大地からの振動を感じる。視界を塞ぐ木がなくなった頃、目標である獲物のモンスターが見えてきた。案の定アプトノス。五匹の家族のようで、小さいアプトノスが2匹程見える。
(おぉ……本物のアプトノスだ)
我ながら不思議な事に、ジンオウガやリオ夫婦には驚かなかったくせにアプトノスには素直に感嘆の念を感じていた。ジンオウガなどは余りにも戦闘が凄すぎて現実味がなかったせいかもしれない。
アプトノスの姿に感嘆している内にアプトノス達は水を飲み始めた。警戒はしていないようだ。ジャギィの事が脳裏にフラッシュバックする。
(倒したその後が肝心、だよな)
また奪われる可能性を考える。同じ二の轍は踏まない。今度は気を抜かずにしっかりと警戒をしようと心に決める。
(狙うなら足の遅い子供のアプトノスだな。大きさはイメージしてたヤツとちょっと違うけど、まあ、問題はそこまでないだろ)
子供のアプトノスに狙いを付け、突撃しようとしたその時だった。
「グルァァァァァァァァア!」
リオレウスが滑空してアプトノスの集団に突っ込んでいった。。
(だろうね! どうせ今回もこうなるだろうと思ってたよ!)
生まれて間もないにも関わらず、今まで何回もハプニングに遭っている俺だ、今回も必ず何かが起こるだろうと思っていた。
(むしろ、ハプニングが起こるのがこの世界での普通なのか? そもそも、これをハプニングと呼んでいいものか……)
リオレウスがアプトノス達に襲い掛かったのは食物連鎖の一貫でしかない。これは毎日起こっている出来事だと考えた方がいいだろう。そうすると、これは異常な事でもハプニングでもなんでもなく、ただの日常ということになる。
(うーん、何かこの森で生きていけるか不安になってきたなぁ……)
目の前でリオレウスの火弾が爆発するのを見ながら、しみじみとそう思う俺だった。