狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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カナデがあまり自発的にしゃべってくれないせいで、ツェズゲラさんの言葉が疑問符だらけで困ります。


空振りしても次がある

 流星街を出て一ヶ月近く。

 ツェズゲラと戦った後は大して目ぼしい相手もおらず、私は何事も無く200階へと到達していた。原作で200階クラスの闘士に90日間の猶予が与えられていたように、受付の話を聞く限りその辺りのシステムに変化はないらしい。最初に一回小手調べに戦ったら、流星街に一度戻るのも悪くないと私は考えていた。流星街から出てきたきりだったので、キキョウとはしばらく会っていないし今どうしているかも知らないのだ。

 そうして私は参戦申込書の『いつでもオーケー』にチェックを入れたのだが、その次の日には試合の日程が組まれていた。

 

 相手は9勝2敗という、フロアマスター挑戦権にリーチがかかっている男の闘士だった。全く期待していなかった、と言えば嘘になる。仮にも200階クラスで9勝した猛者なのだ、運もあったかも知れないがそれだけで這い上がれるものでもない。カス何とかさんぐらいの強さを、私は想定していたのだ。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 と思っていたのに、まさかツェズゲラより弱かったなんて。

 200階での初戦闘を危なげなく終えて、私は一階ロビーで缶ジュース片手にため息を吐いていた。

 

「どうした。随分肩が落ちているが、落ち込んでいるのか?」

「ツェズゲラ」

 

 私がここにいることを知っていて来たのかたまたま私を見つけたのか、とにかくタイミング良く現れ私に声をかけてきたツェズゲラに、私は愚痴をこぼす。

 ツェズゲラとは、初めて戦ってからこれまで交流を続けていた。彼のファンキーな念の師には会ったことがないが、話を聞くところとりあえずよろしくやっているらしい。原作ほどのダンディさはないものの、年長らしい思慮深さは既に持っていて付き合いやすい相手だった。師匠に対しては少々短慮になるが、私に対して何かあるわけではないので気にはならない。

 

 

「さっき、200階で初めての相手と戦ってきたのだけど」

「あぁ、あと1勝でフロアマスターに届く、注目闘士ディオチ=オッツォだったか。俺も観戦していたが、楽勝だったんじゃないか?」

 

 

 ツェズゲラの視点で言えば、それこそあっさりとも圧巻とも言える試合だった。

 試合前にリングで前口上を述べる、小物臭満開でフラグを立てまくっていたディオチが、審判の試合開始を告げる声とともに能力を発動した。

 ディオチの見せた能力は放出系に属するもので、無数の小型念弾を打ち出すというもの。ただその念弾に当たってもダメージはほとんどなく、相手を弾き飛ばしたり体勢を崩させるといった、衝撃のみに特化した能力だった。コストは悪くはないが決定打に致命的なまでに欠け、特化性能であるためか射程距離も長くはない。天空闘技場のようなリング上での限定的な空間における戦闘を意識した能力と言えるだろう。相手の行動を制限し、ポイントを堅実に稼いでいく、という点では確かに優れた能力だった。数が多く、また消費オーラが少ないためか継続能力にも長けている。相手のレベル次第ではあるが、200階闘士が伊達ではない程度の実力はあった。

 

 しかし、カナデからしてみれば9勝は運に頼ったものだったのではないかと言わざるを得なかった。確かに連射性に優れ、一度当たれば断続的に動きを封じられその隙をつかれるという、場合によっては厄介な能力だっただろう。だが、カナデを捉えるにはあまりにも遅すぎた。銃弾にすら反応するカナデに対しては、半端な放出系能力ではおよそ通用しない。また衝撃という火力でもあまりに力不足だった。あえて念弾にぶつかったカナデだったが、ディオチの念弾はカナデの強固な“纏”でそのほとんどの力が減退され、カナデ本人には念無しの紙風船程度の衝撃しか与えられなかったのだ。

 

 その直後に、しょっぱい能力に呆れたカナデが攻撃を仕掛けた。攻撃と言っても、それは190階までやってきたこととほとんど変わらない。ディオチの手を掴み石板に叩きつけた、それだけだ。手を加えたのは手を掴んだ後のこと、秒速18回転という速度でディオチを振り回したという程度のもの。カナデは『とりあえず…』ぐらいの気持ちだったが、ディオチはそれだけで眼を回し、叩きつけられた時には完全に失神していた。

 200階に上がり、能力に頼り切って基本が鈍ってしまったものの末路といえるだろう。

 

 

「そうね。だから、がっかりしてるのよ。200階クラスでも、あんなものなのね」

「ははは。君の追っかけ(ファン)達は随分湧いていたようだが。ご本人はどうやらあまりお気に召さなかったようだな」

 

 ツェズゲラの言う追っかけ(ファン)とは、私が天空闘技場で初めて戦った時から試合毎に観戦しに来るもの好きたちのことだ。当初は二桁いくかいかないか程度だったが、階を増す毎に増えていき、今では100を越える数がいるらしい。それほど魅せる戦いをしていないだけに、何に見どころを感じているのか私にはついぞ分からなかった。

 

「観客は関係ないでしょう、戦っているのは私なのだから」

「それはそうだな。そもそも、200階に上がってきたばかりの君を10勝目に選んでいる辺り、ディオチの闘士としての格も知れるというものだがな。それで、君としてはディオチの何がまずかった?」

「私が得られるものが何もなかった。それだけのことだわ」

「ふぅん。前から思っていたが、君が天空闘技場に来たのは修行のためなのか?」

「まぁ。そう言う解釈でいいのかしらね」

 

 正確には、経験、あるいはデータを稼ぎに来たのだけど。不器用な私の口は、それ以上は語らずに閉じられる。

 天空闘技場に来てから行った私のバージョンアップは一度だけ、ツェズゲラと戦った後のことだ。流星街にいた頃より少しは動きも良くなってきているが、まだまだ満足には程遠い。

 

「君ほどの念能力者なら、此処は敷居が低すぎるだろう。他に修行に適した場はいくらでもあると思うのだが」

「そういうことにはあまり詳しくないわ。私には情報源があまりないから」

「それで、天空闘技場のことは知っていたのか? 偏っているな、君の情報は。一体君はどこから来たんだ」

「流星街よ」

「そうか、流星街……流星街!?」

 

 聞かれたことに答えると、いつの間にか隣に座っていたツェズゲラが驚きの表情で二度見してきた。

 

「うーむ。流星街から流れてきたものは、犯罪者が多いと聞いたことがあるが、君はそんな風には見えないな」

「あけすけね。流星街の人間は、外とは違う常識で生きてきているから、そういう傾向はあるのかもしれないわ」

 

 私はそこで言葉を切り、手元のジュースを飲み干した。そして一度息をついて言葉を続ける。

 

「それから、本人を証明できるデータがないから、お金を稼ぐのも難しいの」

「それで正道から外れることが多い、ということか? それなら何故流星街から出てくる必要がある」

「さぁ? 知らないわ。私には明確な目的があったけれど、彼らには曖昧な目的しかないのではないかしら」

「曖昧?」

「外の世界への憧れとか。そういうのじゃないかしら」

「なるほど。そういうものか」

 

 しかし、後ろ盾なくして外で成功するならば力がいる。有用性を示すにも、何かを奪うにも、自分の縄張りを守るにも、他を問答無用に平らげるだけの力が必須なのだ。

 私は、手に持っていた空の缶を握りつぶした。スチール缶が、紙コップのようにクシャリと潰れる。さらに潰れた缶を包み込むように両手で持ち、力を込めて圧縮させていく。ピキパキと、心地良いとも不快とも取れる音が両手の中で奏でられる。音が止むと同時に手を開くと、そこにあったのは元が何だったのかわからないほど小さくなった鉄屑だった。

 

「ダルツォルネ~」

「は?」

「何でもないわ」

 

 私には運良く最初から力があった。ずるいと言われようとも、持っている以上は自分のためなら振るうことは躊躇わないつもりだ。例え誰かを殺すことになろうとも、他の誰かよりも自分の命の方がはるかに重いのだから。

 こういう考え方を、ツェズゲラは忌避するだろうか? ふと思った私は、ツェズゲラに軽く聞いてみることにした。

 

「そう言えば、ツェズゲラには偏見はないの? 流星街出身者は、それで苦労すると聞いたのだけど」

「俺は新米だが、一応ライセンスを持ったれっきとしたハンターだ。ハンター試験でもそうだったが、世の中変わった奴はいくらでもいる。ハンターをやっていたら、特にそういう人間に出会いやすい。流星街出身? その程度、大したファクターでもないだろう。君があまりにあそこの噂とはそぐわないので、驚きはしたがな」

 

 あっさり言い放つツェズゲラに、私は顔には出さずに笑う。こういう人間を、私は好ましく思えた。

 

「君はハンター証は持っていないのか? あれなら立派な身分証明になるはずだが」

「持ってないわ。手っ取り早くお金が欲しかったから、天空闘技場(こっち)を優先してた」

「そうか。しかし、金は十分稼げただろう。今年の試験に出てみたらどうだ? そろそろ申込期限の日だったが、すぐに登録すればまだ間に合う。君なら余裕でクリアできるはずだ。知っているだろうが、ライセンスは持っていれば色々と便利だしな」

「気が向いたら、考えてみるわ」

 

 特に考えてはいなかったが、暇ができたら行ってみてもいいかもしれない。ハンターとしての身分があれば、金稼ぎや戦闘データ収集も容易に事を運べるようになるだろう。権利とともにハンターとしての義務は発生するものの、得られるメリットは大きい。

 

「ハンターには興味が無いのか?」

「無いわけではないのだけど。用事があるから」

「用事?」

「流星街に、一度帰るつもり」

「なるほど、里帰りか」

 

 ハンターになることの優先度は、個人的にはあまり高くはない。それよりも、放ったらかしにしていたキキョウの今が少し気になっていた。

 

「ツェズゲラ。ジャポンの品が売ってるお店、知らない?」

「調べれば分かるが、何故だ?」

「お土産買うのよ」

「土産……。家族にでも送るのか」

「家族? 何それ」

「あぁいや。流星街出身、だったな」

 

 どこか気まずげにしているツェズゲラはさておき、私はキキョウに買う土産に意識を移した。天空闘技場の外で稼いだファイトマネーを使うのは、ジャージ以外では初めてだ。今回はジャージコレクションを増やすわけではないので、何を買えばいいのかよく分からない。

 私はキキョウへの土産を何にするか考えながら、情報端末の方へ歩いて行くツェズゲラの後に付いて行った。

 




感想への返信が遅くなって申し訳ありません。最近忙しくなってきました…

ところで、話が飛び飛びで分かりにくいと感じることはないでしょうか。話を組み立てることが苦手で、結構マイペースにやらせてもらってます。

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