狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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それぞれのパート毎に、最低一人は原作キャラを出そうと思ってます。


出会わずにはいられない

 

 流星街で外貨、ジェニーを集めることは、不可能ではないが困難を極める。流星街で行われる利益交渉は、大体が物品同士の物々交換であり、ジェニー自体が流通せず、またその土壌も存在していない。流星街に存在する数少ないジェニーは、たまたま廃棄物に混ざっているものや、外から何らかの目的で誰かによって持ち込まれたもの、あるいは、流星街の一応の統治機関である長老議会の有しているものに限られる。

 長老議会と関係なく外から持ち込まれた場合は、大体それは逃亡者であることが多い。逃亡者にとっては持ち込んだジェニーは逃亡資金であり、再起のための足がかりでもある。ただ、流星街の中に限ってはそれこそゴミに近く、最悪の場合特に意味もなく流星街の住人に毟られ、藻屑と消えることもままあった。

 長老議会の有しているジェニーはマフィアとの繋がりによって得たものであり、緊急時の貯蔵資金である。専ら廃棄物によって生を支えている流星街ではあるものの、決してそれで全てを賄えているわけではないのだ。

 

 当初カナデとキキョウが集めていたのは、廃棄物としてのジェニーと、外から持ち込まれたジェニーに限られていた。だが、それらだけに頼っていては時間が掛かり過ぎることに気づいてからは、議会との繋がりに終始することとなった。そして幸いとも言うべきか、念を一定の水準以上で扱える二人は流星街でも有益な存在となっており、取引は二人にとって有利な方向で行われた。

 流星街では、外との行き来は推奨はされていないものの制限もされていない。入ることも出ることも、何かを賭けるほど困難なことではなかった。しかし、実際のところは流星街から外に出る人間はかなり少ない。流星街の環境があまりにも特殊すぎること、流星街で物心ついた頃より育ち、外の世界を知らず恐れていること、外の世界で挫折し戻って来た者より話を聞くこと、など理由は様々だが、外の世界に出ることなく流星街で生涯を終える住人がほとんどだった。

 そのためか、カナデが外に出、キキョウが内に残ることはむしろ、消極的にだが歓迎された。流星街が外の事象に干渉することはその特性上殆ど無いが、ゼロではない。例えば外から大きい干渉を受けた場合に限り、自己犠牲あふれる報復を行うこともあった。そういった事態が起きた際などに、外に対する繋がりは必要不可欠である。本来外の組織であるマフィアとは、そう言った部分では絶対的に頼ることが出来ない。彼らはあくまで取引相手であり、仲間ではないのだ。なので、流星街に属し、万が一の場合は強力な武力行使を可能とするカナデという存在は、議会にとっては外との楔としてうってつけだった。

 

 そうしていくつかの制限を受け、カナデは活動資金とともに外に出て行き、キキョウは逆に流星街に残り、一定期間議会の指示に従う事となった。

 

「今はどうしてるかしら、カナデ」

 

 一人残ったキキョウは、掘っ立て小屋を引き払い引っ越した部屋で、“練”を行いながら出て行ったカナデのことを考えていた。

 実のところ、カナデはキキョウにも一緒に来ないかと誘っていたのだが、キキョウはそれを断ったのだ。カナデには言っていなかったものの、キキョウにも目的はある。初めて身近となったカナデと離れることを心苦しく感じたものの、譲れないことがあったのだ。

 

 議会に取引を持ちかけたのは、何もカナデだけではない。カナデに便乗するように、キキョウも議会と取引を行っていた。その対価として、キキョウはしばらく流星街に留まることとなっていたのだ。

 

 キキョウは、元々はジャポンの人間だった。それも、いわゆる名家と呼ばれるような家柄の。

 キキョウの生家は例に漏れず、歴史ある名家が持つ特有の歪みを持っていた。それは本家の当主の後継者は一人だけ、というものだった。それだけ見るのなら、それほどおかしなものではなかっただろう。

 実際は、後継者候補は複数人存在し、あらゆる審査によって最終的に一人に選別される。その手法は蟲毒に酷似したものであり、何があっても最後は一人になるようになっていた。後継者が一人だけ、というのは、最後に残った一人が唯一申請されていた戸籍を獲得するというものであり、その他食い物となった後継者候補は、そもそも存在すらしていなかったものとして扱われる。

 

 キキョウは、その前に追放、ゴミとして流星街に廃棄されてしまったために、生きてきた痕跡は何一つ残っていない。それでいて名前を持ち、ジャポンの文化、知識を有していたのはそのためだった。

 因みに、追放された原因は、キキョウが後継者候補を二人殺してしまったためだ。審査の最中であれば全く問題のない行為であったが、開始前であったために、家に相応しくないとして廃棄されてしまった。

 

 そんな生まれであるためか、キキョウはプライドが高かった。群れていることの多い、流星街の子供のグループに加わらずに生きてきたのも、そのためだ。

 ただ、ゴミ山でカナデを見つけたことで、それが少し変化した。キキョウにとっては、それこそ一目惚れに近かった。“コレは私のモノだ”という、生き物に対する感情ではなかったものの、カナデはキキョウにとって流星街で初めて見つけた“綺麗なモノ”だったのだ。

 ただ、カナデと過ごす内にその感情も少しずつ変化していく。元々、カナデの気質はキキョウと相性が良かった。情の薄いカナデに対し、キキョウは情に厚く、その特性は一見逆に見える。が、なまじ情に厚い者同士よりも反発が少なく、生まれながら一種の歪さを持つキキョウの感情を、カナデはその気質故に平然と、いくらでも受け取ることが出来た。カナデからキキョウに、それらが返ってくることは少なかったが、キキョウはそのことをあまり気にしないタイプの人間だった。そうして二人の仲はキキョウの方から急速に縮まっていった。

 

 とは言え、キキョウにとってカナデの印象は以前も今も“綺麗なもの”である。カナデに向けている認識に多少変化はあるものの、根本的な印象は変わっていない。

 いや、念を深く知る度に、それは強まったと言ってもいいかもしれない。カナデのオーラは、キキョウの観点からすれば、あまりにも美しかった。それまで見てきた、普通の人間のオーラと比べれば、それこそ一個の芸術品のような作り物めいた雰囲気すら感じるほどにだ。

 カナデから念能力について教えられる度に、カナデを手本にしていたのは言うまでもない。

 キキョウにとっては、カナデのそれこそが理想に近いものであり、目的を達成するための目標でもあった。

 

「足りないわ、まだ足りない」

 

 そうまでして果たそうとしているキキョウの目的。それはジャポンにいた頃から変わらず、“すてきなおよめさん”である。

 “すてきなおむこさん”に相応しい人間になるために、今日もキキョウはひたすら健気にオーラを磨くのであった。

 

 

 

 

 

 

『――それでは3分3ラウンド、ポイント&KO制! 始め!』

 

 ところ変わって天空闘技場の120階クラス、カナデは初めてキキョウ以外の念能力者と対面していた。

 

『両者睨み合っております! なかなか動こうとしません! しかし、それも当然でしょう。どちらもここまで一撃で上がってきた強者同士、一瞬の油断が命取りとなりかねません!』

 

 これまでは全てカウンター気味の投げで対処してきたカナデだったが、念能力者相手にどう攻めるかはまだ決めていなかった。そもそも、投げ一択にしていたのも、打撃系では非念能力者にどういう影響を与えるかが分からなかったためだ。ズシの例もあるので、“練”じゃないから大丈夫、という考えもあったものの、確信がなかったために安全策を選んでいた。

 

 しかし、とカナデは対戦相手を見る。

 

 見た目はおおよそ二十前後の、体格のいい青年である。レンジャーのような動きやすそうな服装をしており、ジャージのカナデは不遜にも、センスがかぶってる、などと考えていた。

 ただ念能力者と言っても、まだ覚えたてのようにカナデには見えていた。“纏”は綺麗に行えているので我流とは思えないものの、青年からはどうにもこなれない雰囲気を感じていたのだ。

 

「どうした。来ないのか?」

 

 カナデが観察していると、相手の方から声をかけてきた。口調は落ち着いたものだが、その額には冷や汗が見える。カナデが自然体のままなのに対し、青年は戦闘態勢を崩していない。青年が、見た目でカナデを侮っていないことは明らかだった。

 

「それとも、カウンターじゃないと何も出来んか。“ポイ捨て”の」

 

 青年の挑発に、カナデはため息をつく。ただそれは、挑発そのものにではなく青年の言った“ポイ捨て”の言葉に対してだった。

 

「その“ポイ捨て”っていうの、あまり好きじゃないわ」

 

 120階クラスまで全て同じ倒し方をしてきたために着いた二つ名を、カナデは当然のことながら好いてはいなかった。カナデの追っかけ達がそう呼び始めたらしいが、カナデ当人にとってはいい迷惑である。

 

「そうか? 二つ名も何もついてない俺よりマシだと思うが」

「貴方は、地味だもの。雰囲気が」

 

 半笑いで言ってくる青年に、カナデは刃のような言葉を返す。カナデと違い、個性に乏しい青年は額に青筋を浮かび上がらせた。

 

「……そんなことはどうでもいい。それよりも、そろそろ観客(ギャラリー)も騒ぎ出すぞ。長話が過ぎるとな」

「なら、私から行かせてもらうわ」

 

 少しのいらだちを見せながら、それでも冷静に語る青年に構わず、カナデはそう言って突然床を蹴った。

 

「速っ……!」

 

 ようやく青年がそれを口に出来たのは、カナデが目の前に迫った瞬間だった。カナデにとっては普通に走っただけだったが、青年からしてみればほとんどコマ送りの速度である。十メートルは先にいたはずのカナデが、気づけば眼前50センチの距離にいたのだ。

 

「くぅっ!」

「……」

 

 顔に迫っていたカナデの手を、青年はギリギリでかわす。しかし間髪入れずに、右手に強い力を感じると同時に、青年の見ている視界が線に変わった。

 

「ぬぅあぁぁぁっ!?」

 

 叫び声を上げながら、瞬間的にかかったGに耐える。それらが、右手を掴まれそれを支点に、凄まじい速度でカナデにぶん投げられていることによるものだと気づいたのは、カナデの手から離れてからだった。

 

「あら」

 

 しかし、青年は途中で体勢を立て直し、壁に無防備に叩きつけられることは避けた。カナデはそれを見て、少し眉をひそめる。

 

「やっぱり。一筋縄じゃいかないみたいね」

 

 エキサイトする観客や実況の声の中で、カナデはボソリと呟いた。

 

「冗談じゃない! “練”もしてないのにコレか!」

 

 場外に飛ばされた青年はといえば、動揺を隠せない様子で膝を付いていた。

 カナデは、彼を念能力初心者だと見なしていたが、それは正しい。彼はライセンスを受け取ったばかりの新人ハンターであり、念の師から念能力を学んでいる最中だった。天空闘技場に来たのは精々腕試し程度のものであり、本気ではなかったのだ。しかし、運よくか運悪くかカナデに当たってしまったために、そういう場合でもなくなってしまった。

 

「10カウント以内に戻らなければ、失格とします!」

「チッ」

 

 ジャッジの声に舌を打ち、青年はオーラを練った。

 

「はぁぁっ!」

 

 ドンッ

 

 体内で練ったオーラを体外に一気に噴出させる、“練”。

 青年の練度では、“練”の持続時間は10分足らず。しかも安静時でその時間であるため、戦闘時は更に短くなる。まだ戦闘に十分に扱えるレベルに達しているとは言いがたかった。しかし、彼は試したくなったのだ。自分の全力を。

 ジャッジのカウントの声をよそに、青年はリングに舞い戻った。

 

「いいのか? 君が“練”をするぐらいの時間は待ってやるが」

 

 焦る内心はともかく、青年は余裕の表情で棒立ちしているカナデに声をかける。しかし、カナデはどうでもよさそうに首を振った。

 

「要らないわ」

 

 どうせ自滅するでしょう? それは言葉にならず、カナデの口の中で泡沫と消える。

 なぜなら。

 

「ぬかせぇっ!!」

 

 カナデが言葉にする前に、限界を越えた青年の怒号が塗りつぶしたのだ。

 青年は、声とともに床を蹴り一気に加速していた。折しも、それは最初にカナデがやったことの再現だった。その速度も、カナデのそれに迫るものがある。

 

 接敵に一秒足らず、瞬きの内にカナデとの距離をゼロにした青年は、ようやくその本領を発揮する。

 

 

 

 

 

 

「ツェズゲラ選手、失神によるKOと見なし! 勝者、カナデ選手!!」

 

 試合中の歓声を上回る声が、観客席で爆発する。

 

『試合終了―! 互いに押しも押されぬ戦いでしたが、制したのはカナデ選手! ツェズゲラ選手大丈夫でしょうか? 石板にヒビが入っておりますが……どうやら命に別状はないようです!』

 

 リングに石板に突っ伏し失神していたツェズゲラが、担架に乗せられスタッフに運ばれて行くのを私は眺めていた。

 

(……ちょっと話してみようかな)

 

 キキョウに続く二人目だ、気にならないといえば嘘になる。

 しかし、とりあえず医務室に行く前にシャワーを浴びようと、私は自室に足を向けた。

 

 




投稿する前に読み直しても、変なところって投稿した後に大抵見つかるんですよね。何ででしょう。

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