狩人世界の似非天使   作:御薬久田斎

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オリジナルスキル注意です。原作にはないスキルが出てきます。


最後は派手にいきたいもんです

「はー。面倒だわ……」

 

 私は、ビルを垂直に全力で駆け上がりながら愚痴をこぼした。耳に当たるビル風と羽ばたく翼が、轟々と音を奏でる。予想以上の加速だった。この分なら、目的の階に辿り着くのに十秒もかからないだろう。

 ビルの中では、私とあの銀髪の偉丈夫がやり合い始めた頃から、護衛達と殺し屋が戦いを繰り広げていたが、つい先刻最上階の防衛ラインが突破された。一度は地下と上階で二手に分かれていたようだが、地下の探索が終わったのか上階に向かった奴と合流してからは、驚くべき速度で護衛達は駆逐されていった。

 

 私はこうなるんじゃないかと思ってはいたものの、一応もしかしてとも思っていたので、二十分近く銀髪の偉丈夫の足止めに徹していた。しかし、結局はこれだ。隠し、温存していた能力も逃走に使ってしまった。

 

 自分を擬似加速させる“delay”はともかく、自分の分身をオーラの続く限りほぼ無制限に作り出す、“harmonics”はかなり痛い。このスキルはとっておきもとっておき。これを見た人間は、というより使う時は必ず誰かを殺す時に限定するつもりだったのに、つい使ってしまった。

 

 この能力は、原作のものと少し仕様が違う。一応分身にも意識があるが、それは私から分化、あるいはコピーされたものであり、あくまで私自身だ。故に暴走することはなく、総体的な意識に沿う形で行動する。それに抗うことは、ひいては分身体の私にとってもデメリットになるからだ。

 そして通常ならば、“absorb”で私の中に戻す時も大きな副作用はない。ただ、分身体の器の方が些か攻撃的な特性を持っており、あまり長く大量に分身体を出していると器に染められ意識の分化が促進し、同期、吸収する際に分身体の意識と揉めることになる。

 

 今回は吸収に問題は発生しなかったが、あまりほいほい使いたい能力ではないのだ。

 とはいえ、あれだけ大盤振る舞いしなければ、あの男から背を向けるなんてことは出来なかったのも事実ではある。実際、私がほとんど全力だったのに対しあの男は余力を残しているようにも見えた。

 

 “angels wing”は念のため“隠”で隠してみたものの、どうやら抜ける羽根までは隠せなかったらしく、虚空から生まれ出るように羽根がチラチラと地へと舞い落ちている。あの偉丈夫にも、見えていることだろう。“凝”で見れば簡単に見破れる、私の背中に生えた一対の白い翼が。

 しかしどちらにせよ、対処される前に最上階に辿り着けば問題ない。

 

 

 

「“ver.4”」

 

 私は蓮の花に変型させた“hand sonic”を一閃し、最上階の大窓の強化ガラスを粉砕した。そして間髪入れずに室内に飛び込むと、丁度今回の仕事のボスが銀髪の青年に殺されそうになっているのが目に入った。

 

「“ver.2”。お邪魔するわ」

「なっ」

 

 瞬きの内に青年の懐に入り込み、容赦なく女性の方へとぶん投げた。まだ偉丈夫と戦っていた時の“練”は継続中だ。あの偉丈夫クラスでなければ、このスピードでの奇襲は対応しきれないだろう。ただ、女性の方は青年よりも上だったらしい。豪速で飛んできた青年をすり抜けるように避けると、私へと飛びかかってきた。能力か何かは知らないが、両腕から鉄条網のような鉄線が伸びてきている。

 

「“guard skill ; delay”」

 

 が、さっさとこの場から逃げ出したかった私は躊躇わずスキルを使い女性の死角へと潜り込み、両腕に切りつけた。

 

「くっ、舐めた真似を!」

 

 しかし女性はそれにも反応し、左腕を犠牲にしてだがかわしてみせた。左手が血を噴き出しながらくるくると宙を舞う中、女性の腕の切断面からはにょきにょきと棘々しい鉄線が生えてくる。だが、私としてはこれ以上の長居は不要だった。

 

「失礼させてもらうわね」

「待ちなさい!」

 

 私は二人が体勢を立て直す前に、急いで銃を持ったまま固まっていたボスの背広を掴み、割った窓から飛び出した。私達に追いすがり、ボスに絡み付こうとしてきた鉄線はもう片方の腕の薄刃でスパスパと切り裂いた。

 

「……ぅうああぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁっっ!!?」

「静かにして」

 

 肌寒い夜空の下、我に返ったらしいボスが叫び声を上げる。確かに、常人にこの高さは辛いだろう。しかも、頼りはどうやって飛んでいるかも分からない私のか細い腕一本。能力者ではないボスには、私のオーラも翼も見えてはいないのだ。その上私の腕には得体のしれない刃が二本。きっとマフィアもびっくりだろう。というか、あまり動かれると刺さってしまいそうだ。

 しかし、“angels wing”を実用に耐えうるレベルまで改変していたのは正解だった。元々逃走用に備えていたものだったが、ここまで役に立つとは私も考えてはいなかった。

とにかく、私はここから早く離れようと翼をはためかせた。

 

 しかしその直後、下からただならぬオーラを感じ取り、私は遥か眼下へと視線を向けた。

 

「そう。やっぱり、ただでは行かせてくれないの」

 

 視線の先にいたのは、先程まで戦っていたあの偉丈夫の姿。凄まじい量のオーラがその偉丈夫から発せられるとともに、その姿に龍の顔のような形をしたオーラの塊が重なる。まず間違いなく、私を撃ち落とすつもりの放出系の攻撃だ。戦っていた時にぶつけられた念弾とは比べ物にならない量のオーラが込められており、直撃すれば私もただでは済まないだろう。そしてとりあえず、ボスは間違いなく死ぬ。ここまでやって仕事失敗なんていうのはそれこそ、冗談じゃない。

 

「……っ! ふっ!」

 

 ドンッと龍の頭が発射されると同時に、私はボスを頭上へと放り投げた。そして、歪曲場を今度は全力で展開する。以前は展開させたまま動いてしまうと歪曲場が散ってしまう傾向があったのだが、座標固定型の設定だったものを私中心に発生するものとして定義することで今はある程度解消している。

 

「“guard skill ; distortion”」

 

 そこで、私はぐんぐんと迫り来る龍の背に誰かが乗っていることに気づいた。まだかなり距離が開いているにも関わらず、龍のものではない洗練されたオーラの気配が、ぴりぴりと肌で感じられる。

 

 本当に、冗談じゃない。

 そう思いながら、私は対応策をひり出した。本来ならこのまま龍を破壊するつもりだったが、それではあの男に何をされるか分からない。かと言って、男を止めようとすれば龍がフリーだ。男一人に苦戦する私が、一度で双方をどうこうできるわけがない。

 まぁ、結局はまたこうするしかないのだ。前回はすぐに消したので、かかし(デコイ)程度にしか思われなかっただろうが、今回はその性能が知られてしまうだろう。相手が悪かったと諦めるしかない。

 

「“guard skill ; harmonics”」

 

 私同様翼を生やした分身が私の身体に重なるように現れ、直後私から離れると龍の背にいる偉丈夫へと急降下した。長時間の足止めは必要ない。一瞬さえあれば、足場となっている龍が壊せる。それができれば、私と違い翼のない偉丈夫ではもう地に落ちるしか無い。

 続けて、私は“angels wing”の“隠”を解き目一杯大きく広げた。

 

「“attack skill : sonics wing”」

 

 ギ ギ ギ ギ ギギギギギッ

 

 変化が起こったのは、背中に広がる両翼から。金属がこすれ合うような異音とともに、瞬く間に柔らかな羽毛が硬質な刃へと姿を変えた。それとともに、翼から大量の発光数字が剥がれ落ちるかのように高空に舞い散る。

 “angels wing”の設定をいじった時に、ある考えから新たに増設したスキル。“angels wing”の亜種でもあるし、“handsonic”との複合スキルとも言える。見た目は確かに翼のままだが、印象は天使などとは間違っても言えないほど禍々しい。羽根の部分が、全て“handsonic”と同様の刃となっているのだから、それも仕方がない。

 このスキルはオーラの消費が大きく燃費が悪いが、現状私のスキルの中でも最大火力を有している。それを目的に作ったので、当然なのだが。

 

「――!」

 

 天へと昇る龍に対抗するように、私は刃の翼を強くはためかせ急降下した。偉丈夫とぶつかる私の分身が視界に入るが、どうやら長く持ちそうにない。そして、この龍が能力者側で軌道を操作できるのなら厄介だ。私を無視して、彼らのターゲットを仕留められても困る。つまるところ私は、それが間に合わないだけの速度で龍に接触し、破壊すればいいのだ。幸い、その手段を私は持っていた。

 

「“guard skill ; howling”」

 

 その足がかりがこのスキルだ。元々は“handsonic”の刃でやるものなのだが、否応なしに両手が殺されてしまうため正直格下相手でなければ使いにくい。刃翼を作ったのも、こうして両手をフリーにするためというのが理由の一つとしてあげられる。

 

 背中の両翼に展開された大量の刃が互いを擦り合わせ、不快な金属音を盛大に奏で始めた。そして、それがオーラ放出によって破壊的な超音波へと変わる。本来はその超音波によって広範囲に影響を及ぼす無差別攻撃なのだが、私はそれをあらかじめ周囲に張り巡らせていた歪曲場によってある程度の指向性を持たせることに成功した。無秩序に拡散させるよりも一点あたりの威力が高められ、選択的に、例えば今回のように自身の後方などに超音波を飛ばさないような工夫が出来る。

 

 龍と接触する寸前に、私はそれこそ掘削機のように身体を回転させた。主に前方に向かって撒き散らされる暴力的な超音波が、大気を震わせオーラの龍を歪ませる。オーラを纏わせた“handsonic”をミキサーのように振り回し、私は回転する身体ごと龍の体に喰らいついた。私の身体に、噛み付く余裕は与えない。掘削機としたのは、まさしく私自身をそれに見立てていたためだ。龍の口腔より捻り突き破るように奥へ奥へと貪ってゆく。

 

 防壁のような歪曲場で出来るだけ身を守り、両手の刃で身体を食い込ませ切り刻み、両翼で奏でる超音波で再生の効かない段階まで散り散りに。

 

 無数の“影”を瞬く間に殲滅し、『爆撃機並』と称された立華奏(オリジナル)の姿を再現すること。それは流星街にいた時から密かに目指していたことだ。私は恐らく現状でも彼女よりも強いだろうが、それでも彼女が見せた技を、私は既存スキルで再現することは出来なかった。そうしてやけくそで作り上げたのが、あの刃の翼である。

 

 びりびりと、私の顔からジャージ、足先に至るまでが余波を受けて切り破れる。頬や額、脇や脚には裂傷が走り、傷からは赤い血が飛び散った。相手が強すぎたというのもあるだろうが、相手の攻撃を捌き、殺しきれなかったのも事実。まだまだ調整が必要だ。

 

(ここまで傷を負ったのは、初めてかな)

 

 龍を完膚なきまでに破壊し、私は分身の方へと目を向けた。

 そちらでも既に決着がついており、龍の背からいつの間にか退避していた偉丈夫が分身を捕え、首の骨を折っているところだった。

 

(痛そ。“absorb”、“angels wing”)

 

 折角ここまでしたのに、分身を足場にでもされたら興ざめもいいところだ。私はそう思い、早々に分身を破棄した。そしてついでに、刃翼も通常の天使の翼へと戻してしまう。そうして、遥か上空にいるボスを迎えに行くために、私は翼を強く羽ばたかして身体を急上昇させた。

 

「……」

「……」

 

 その途中、普通に落下してきた偉丈夫と眼が合う。ただ無言で、互いに平坦な視線を交わし合い、どちらからともなく外してしまった。どこかにあった戦いの熱は、刹那の内に冷めてしまった。私にはこれ以上戦うつもりはなく、また偉丈夫からも戦意の類は感じられない。

 ただ上と下へと向かう双方の間で、間の抜けた電子音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 拳ほどのサイズのある、六芒星の描かれた通信機を片手に偉丈夫、ゼノ=ゾルディックは空を見上げていた。

 

「いいや、仕留め損ねた。俺達の方はただ働きだな」

「―――」

「違うな。今回失敗したのは、むしろ俺の方だ。情報にはない、手練の能力者がいた。俺はそいつの始末、あるいは足止めを請け負ったのだが、振り切られた」

「―――、―――?」

「そうだな、初めて見る顔だったが、見た目はかなり若かった。あれほどなら、少しは知れ渡っていそうなものだがな。アレを殺すのは、くく、骨が折れるだろう。それこそ文字通りにな」

 

 ゼノの話し相手は、ゼノの雇い主をターゲットとして雇われていた祖父である。

 

 ゾルディック家に一度でも狙われれば、その依頼の雇い主が死なない限り狙われ続ける。例え、万が一にでも殺しに来たゾルディック家の人間を返り討ちに出来たとしても、別の家族が仕事を引き継ぎ殺しに来るのだ。それと個人の持つ強さこそが、暗殺屋業界でゾルディック家が伝説となっている所以なのだが、それはともかく、通常ゾルディック家の襲撃を退けることがあまりにも困難であることは分かってもらえるだろう。

 

 生き残るためには、雇い主が死ぬか、あるいはわざわざゾルディック家に依頼しておいてあり得ないことではあるが、依頼を取り下げるかだ。後者は除くとして、前者ならばカウンターとしてやはり暗殺者を送り込むことになるだろう。しかし、ゾルディックを雇うだけの力を持つ相手を通常の暗殺者で仕留めるのは難しい。

 結果的に、今回のゼノのターゲットはいち早く自身が狙われていることを察知し、身を固めた上で反対に別のゾルディックを送り返したのだ。

 因みに、情報が漏れたのはゾルディックからではなく雇い主の方からである。つまるところ、今回ゼノ達がターゲットを殺し損ねたのは雇い主の脇の甘さが遠因であり、結局そのしっぺ返しを雇い主本人が食らったに過ぎない。

 

「ああ、合流したらもう戻る。他に、特に殺ることもないしな。祖父さんはどうするつもりだ? ……そうか。じゃあ、また後でな」

 

 そう言って、ゼノは通信を切った。

 それと前後するように、ビルの玄関が開き二人の人間が出てくる。

 

「悪い、親父。ターゲットを逃した、殺り損ねた」

 

 そう言ったのは、銀髪の青年で、ゼノの息子でもあるシルバだった。服のところどころが返り血に染まっている以外に、全身が瓦礫でもかぶったかのように汚れていた。

 

「いや、俺も『請け負う』なんぞと言っておいて、しくじったしな。あまり気にするな、少しだけ気にしろ。それにしても、随分とぼろぼろだな、シルバ。アレ(・・)とやり合ったのか?」

 

 『アレ』と言いながら、ゼノが人差し指を軽く立てて天を指す。もうとうに、夜空にあの白く目立つ姿はなくなっていたが、途中から見ていたシルバはそれが何を指しているのかは理解できた。

 

「どうだろうな。俺は投げられて、いくつか部屋の壁を抜いただけだ。俺が戻った時にはもう逃げられていた。その辺りは俺じゃなく、お袋に聞いてくれ」

 

 そう言ってシルバは、隣に歩いてきた仮面の女性、母親を指し示した。彼女は、見た目はともかくほとんど無傷のシルバとは違い、切れた片腕を抱えている。切れた方の腕からも、肩口の方からも幾条もの鉄線が伸び、双方を歪に繋ぎ止めていた。

 

「おお、重傷だな。大丈夫か?」

「えぇまぁ。少々油断してしまいましたよ。それにしてもあなた、何です? あの娘は。不躾に窓から入ってきた上に、私に断りもなくシルバを投げるなど、不遜にも程が有ります」

「さあな、俺も知らんぞ」

 

 ぷんすか怒る妻に、ゼノは苦笑いで肩をすくめる。

 

「アレを殺る依頼は、遠慮願いたいものだな。割に合わん仕事はまっぴら御免だ。アレは、まだまだ伸びるぞ。それに見れた能力も数が多い上に得体が知れん。どうもそこらの能力者とは、毛色が違って見えたわ」

「親父とマハ爺なら殺れるか?」

「祖父さんと組むなら、十中八九取れるだろうな。あるいは、祖父さん一人でも可能か。……だが十年後二十年後は分からん。見た目だけなら、シルバ、お前より年下だっただろう。丁度伸び盛りな頃か、この先どうなるかは想像もできん」

 

 直接やり合ったゼノは、カナデが思う以上にカナデを高く評価していた。それは現状の戦闘力もあったが、それ以外にその高い対応力にも注目していた。

 

「ふーむ」

 

 ゼノが、何かを考えるように顎を擦る。

 

「どうかしたか? 親父」

「あなた?」

 

 しばし黙したゼノに、二人が尋ねる。問われたゼノはシルバの方へ顔を向けると、おもむろにこう言った。

 

「どうだシルバ。アレを、お前の嫁にでもしてみるか?」

「ん?」

「な、何を言っているんですかあなた! あんなちんちくりんの小娘など不当にも程が有ります、他に相応しい者はいくらでも……」

「まあ待て。見たところ歳は近いようだし、力も申し分ない。それに適応力も高そうだったからな、なかなか相応しいと俺は思うのだが」

「そんな、あなたはいつだって不意に大雑把過ぎます! この前だって不粋に……」

「今はいいだろう、そんな話は。俺はシルバと話しているんだぞ。それで、シルバはどう思う?」

 

 ゼノの爆弾発言に、シルバは訝しげに、女性は過剰に反応する。彼女の感情に呼応してか、左腕の鉄線はキシキシと音を立てていた。ゼノはそれを手を振って適当にあしらうと、改めてシルバの方へと視線を向けて問いかけた。

 

「それは命令か? 親父」

 

 しかし、シルバの答えはこうである。ゼノは肩をすくめて首を横に振った。特にゼノの方も、家族に入れるというのなら文句がないというだけの話で、努めてカナデを入れたがっているわけではない。

 

「それこそまさかだ。嫁ぐらい自分で選べ、なぁ?」

「……えぇえぇ。シルバが選んだのなら、私だって不満は言いませんよ」

「……」

 

 白々しく言い合う夫婦に、シルバは特に反応は見せず黙り込んでいた。

 

「さて、そろそろ行くか。時間は遅いが、夕飯を用意させている。あまり祖父さんを待たせるのも悪いしな」

「それを早く言って下さいあなた。お義父様を待たせるなんて、不徳にも程が有ります」

「親父。俺はあんまり腹は減ってないんだが」

「食え食え。今度のこいつは命令だ」

 

 ゼノの言葉を皮切りに、三人は潮が引くように何事もなかったかのようにするするとビル玄関前から立ち去っていった。ビルの内外問わず血臭死臭の漂う中、三人はあまりに自然体だ。後に残るのは物言わぬ死体の山と、首を切られながらも細く命を繋ぎながら一部始終を見ていた一人の男だけだった。

 

 

 

 

 

「もう終わった?」

 

 適当なビルの屋上に身を寄せ目を回したボスを転がし、カナデは携帯電話を耳に密着させていた。ポケットに今一入りきらないサイズのそれを、カナデは身体にテープで巻き付けて所持していた。とは言え、今回の戦いの中でそれが壊れなかったのはただの奇跡でしかない。

 

『えぇその通りです、カナデ様。どうやら、雇用主が死んだことで自動的に殺人依頼も取りやめられたようですなぁ……』

 

 話し相手は老人の声、あのドールズだった。ゼノに通信が入ったのとほぼ同時に、彼からの電話がカナデにかかってきていたのだ。そのタイミングがどこかおかしいことに、ゼノがマハから通信を受けていたことを知らないカナデは、気づくことはなかった。

 

「ドールズ。あの連中のこと、ドールズなら知っていたのではないかしら」

『そうですなぁ。貴女は本当に私の、期待通りに動いていただけました。いや、期待以上、でしょうか。助かりましたよ。今後とも、よろしくお願い致しますよ』

「話をそらされているような気が、するのだけど」

『いえいえ……彼らのことは直に分かるでしょう。そろそろ貴女もこちらに来られては如何かな。此度の報酬の、話をしようではありませんか』

 

 そう言って電話を切ったドールズに、カナデは独り言ちた。

 

「本当に、食えない男ね」

 

 ドールズはカナデの懐事情に関わらず、端からこの護衛の仕事につかせるつもりだったのだ。恐らく、カナデが人形店に入った時からそれは決められていた。

 

 カナデは携帯電話を仕舞い、そこで身体のどこにも傷が残っていないことに気づく。龍に付けられたはずの裂傷は、切り裂かれたジャージをそのままに消え失せていた。カナデは、頬を指先で擦りながら首を傾げる。

 飛び散り流れた血も消えていたのだが、カナデはそこまでは気づかなかった。

 




ところで、スキルは別に口に出して使用する必要はありません。なのにわざわざ口に出してるのは、まぁ、オリジナルの模倣ですかね。

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