あと、流星街スタートではありますが旅団ルートとかじゃありません。流星街からが何となく書きやすかったんです。
「……何やってるの?」
ぼんやりと淀んだ空を見上げていると、誰かに声をかけられた。
「何も」
私は言葉少なに声の主に返答した。真実私は何もしちゃいない。空を見上げているのも、別に空を見たいわけでもなんでもなく、起きてから何もしないでいたら結果的に目に空が映り込んでいるというだけの話だ。
気がつけば、私はゴミ山の上に寝転がっていた。
ここはどこ? 私は誰?
他人に今の状況を説明するとなれば、この二言で事足りる。
私は誰? そもそもまず自分が誰なのか分からない。これ以前はどこにいたのか何をしていたのかいつ生まれたのかどうして生きてきたのか。さっぱり覚えていない。
「貴女も捨てられたのね」
「覚えてないわ」
捨てられた。こんな場所で、生まれたままの素っ裸で何をするでもなく空を仰ぐ私は確かに、他人からすれば廃棄物に見えるのかも知らない。
「事情は知らないけど。“此処”に居るということは、捨てられたというのは間違いないのよ」
「どうして?」
「此処には捨てられたものしかないから。この、『流星街』にはね」
流星街。
確か、HUNTER×HUNTERなる漫画にそんな無法地帯が出てこなかっただろうか。自分のことは何も覚えてはいないのに、そういう知識だけは何故か残留している。
それにしても、漫画の中の地域名を騙るとは、この人は厨二の人なのかオメデタイ人なのか。
(……どうでもいいわ)
本当にどうでもいい。ゴミ山に寝転がる廃棄物(仮)にわざわざ声をかけてきたお節介を放置して、私はゴミに手をついて身体を起こした。意識を覚醒させてからこっち、これが初めての行動である。
「ん……」
さらりと、顔に白い糸がかかる。大量の釣り糸でも引っかかっていたのだろうか。軽く手で払っても、それらはピタピタとしつこく顔に張り付いてきた。鬱陶しいわ。
「何自分の髪の毛と遊んでるの」
……どうやらこの白い糸は私の髪の毛らしい。おかしい、日本人なら黒い髪の毛が普通……。
あれ。私って日本人なのだろうか。そもそも何で裸なんだ私。ゴミに衣装は要りませんってか。
「コレあげるから。羽織っときなさいよ」
「……ありがとう」
そう言って、黒い髪の少女が私にボロ布を手渡してきた。なるほど粗末な代物ではあるけれど、何もないよりかは幾分かマシだ。
手渡されたボロ布を羽織り、私は初めて周りを見渡した。
そこは、まさにゴミの大海。見渡すかぎりに高波のごとくゴミ山が乱立している。ところどころからはドス黒い煙が立ち上り、空を灰に染めている。不衛生という言葉すら既にぶっちぎり、見渡すかぎりに汚物しか存在していない。そこかしこに蠢く何かがいるのは見て取れたが、果たしてここは生物が生存可能の環境なのだろうか。
「……どこここ」
「だから、流星街よ。この世の何を捨てても許される場所。ゴミも、武器も死体も赤ん坊も」
「どこかで聞いた設定だわ」
羽織ったボロ布の前を押さえ、私は首を傾げた。どうもおかしい。本当に、ここはどこなのだろう。日本にゴミ山がないとは断言出来ないが、ここまで壮大なものはさすがにない。かと言って少女の言葉を鵜呑みにしてしまえば、今いる場所が漫画の中の世界ということになってしまう。(多分)常識人の私には、俄には頷き難い。
「設定? よく分からないけど、ここでぼんやりしていたら“ソレ”と同じようになるわよ」
「“ソレ”?」
少女の指差す先は、大体私の足元辺り。そこには朽ちた玩具やぼろぼろのお菓子の袋、黒ずんだ流木があるばかりで――
「馬鹿げてる」
「何が?」
震える声で否定する私に、少女はやはり先と何ら変わらぬ声で尋ねてきた。
流木は、人間の赤ん坊だった。……正確にはそのミイラだ。小さな体躯はカッサカサで黒ずみ、手足はほとんど骨と皮のみ、眼窩には虚無が渦巻いている。正直、その様は直視に耐えない。どうやったらこんな有り様になるのか、私には想像もつかなかった。
「……」
落ち着かない。私は赤ん坊のミイラから目をそらした。早くここから離れたい。少なくとも、この場所は普通では無いのだ。ゴミの海など生ぬるい。
「ちょっと! 危ないわよ!」
私は止めようとする少女の手をすり抜け、足場の悪いゴミ山をまるで階段でも降りるかのようにひょいひょいと飛び降りた。どうやら、幸いにも私の身体能力はかなり高いらしい。
ピキ
下に降り立つと同時に、足の裏で何かを踏みつけたのを感じた。足をどけてみると、割れた鏡の破片があるのを見つけた。しかし、足に痛みはなく、傷があるようには感じられない。身体能力の高さだけでなく、私の身体はかなり頑丈でもあるようだ。
私はその鏡を手に取り、そのくすんだ鏡面を覗きこんだ。
「……まるで、Angel Beats!の天使ね」
歪な鏡の向こうにいたのは、金眼の少女。白く、背中まで伸びた髪。幼い顔立ちに浮かぶのは、生きてて何が楽しいのと言わんばかりの無表情である。その少女の口は、私の言葉に合わせて僅かに動いている。
「――“guard skill ; hand sonic”」
鏡を持っていない方の手、左手を持ち上げ、ほとんど冗談のつもりで呟いた。
しかし、事実は奇矯であまりにも残酷だった。
呟くと同時に、左手に付随する形で虚空から刃が生成されたのだ。無数の数字とアルファベットもまき散らしながらのおまけ付き、である。どこかで見たことがあるような気のするエフェクト効果だった。
確認を終えた以上刃はもう不要、私は命令を即座に破棄した。一度使ってみて、コレがどういったものかは頭がよく理解してしまったために、破棄は容易に出来た。刃は、初めからそこになかったかのように、収束して消え去った。
「困ったわ」
他ならぬ、自分が証明してしまった。
「本当に『流星街』かどうかは分からないけど――」
少なくとも、異能の類のある漫画みたいな世界ではあるようだ。私は、そろそろとゴミ山から降りてきた少女の方に目を向けた。腐海とも言えるような場所からのスタートではあるが、不幸の中の幸いというべきか、この身体には身を守るだけの力があり、また都合よく情報提供者になりうる人間もすぐそこにいる。
「まずは、情報収集ね」
国語の長文書かせる問題ちゃんとやっときゃ良かった。