「そうよ」
周りを雨音という雑音が支配する中に、絵里の声が混じる。
穂乃果とにこが着替えを済ませ、拓哉とμ'sの9人は急遽雨宿りができる場所へと移動していた。
雨という事もあってか、女神達の顔はどこか浮かないでいた。
「3月になったら私達3人は卒業。こうしてみんなと一緒にいられるのも、あと半年……」
昨晩、雪穂に遠回しに言われた事だった。
3年生の卒業。
これに至ってはもう、何をどうしても抗えられない。抗ってはいけない。
学生の日々を過ごしていれば卒業がくるのは当たり前の事で、当たり前のように訪れるものである。それつまり、来年の春には絵里、にこ、希の3年がμ'sからいなくなるという事実が明らかだった。
「……それに、スクールアイドルでいられるのも在学中だけ」
「そんな……」
絵里の次に希が言う。
それもそうだ。『スクールアイドル』というのは高校生だからできる特権のようなものでもある。小学生や中学生、ましてや大学生の『スクールアイドル』なんて聞いた事がないのと同じように。
実際、調べてみれば分かる事だが、前回のラブライブ出場希望グループやらは全て高校生対象となっているし、それ以外での希望は認められていない。
つまり、何をどうしたってどうあがいたって、絵里達にとってはこれが最後のチャンスなのだ。
「別にすぐ卒業しちゃうわけじゃないわ。でも、ラブライブに出られるのは、今回がラストチャンス」
「これを逃したら、もう……」
「ほんとはずっと続けたいと思う……。実際卒業してからも、プロを目指して続ける人もいる。……でも、
「やっぱり、みんな……」
そう。卒業してもアイドルを続ける者はいる。ただしそれはもう『スクールアイドル』ではなく、『アイドル』としてだ。
絵里が拘りたいのはもっと個人的な思いだった。
ただ『アイドル』を続ける続けないとかいうのではなく、今のこのμ's9人でラブライブに出たい。そんないかにも個人的な思い。
だけど、希もにこもそれは同じだった。
そして、それは何も3年だけではない。
「私達もそう……。たとえ予選で落ちちゃったとしても、9人で頑張った足跡を残したい……」
「凛もそう思うにゃ!」
「やってみてもいいんじゃない?」
1年も同意見。
この9人だからやりたいという個人的な意見。単純に、シンプルに、明確に、だけど、その想いはどこまでも真っ直ぐで純粋な気持ち。
「真姫もそう言うとは、素直になったもんだな」
「そこで茶々入れないでよっ」
穂乃果の後ろの方で腕を組みながら壁にもたれ掛かっていた拓哉が茶化すように言うが、特に空気が明るくなるという事はなかった。
ただ、拓哉から見て、穂乃果の幼馴染であることりと海未が既に微笑んでいる様子を見て取れた。
(ここまでくれば分かるよな)
適当に真姫をあしらうと拓哉はまた腕を組んで壁に体重を預ける。
今回に関しては拓哉はあまり自分が介入するべきではないと思っている。故に、話し合いに対して過度な乱入はしない。手伝いとは言っても、時に黙って見守るのもμ'sの騎士として大事な仕事なのだ。
「ことりちゃんは……?」
穂乃果に静かに問われて、戸惑う事もなく、むしろ優しい笑みさえ浮かべてことりは言った。
「私は、穂乃果ちゃんが選んだ道なら、どこへでもっ」
「また自分のせいでみんなに迷惑をかけてしまうのではないかと心配しているのでしょう?」
次いで、海未が紡いでいく。
「ラブライブに夢中になって、周りが見えなくなって、生徒会長として学校のみんなに迷惑をかけるような事はあってはいけない、と。……拓哉君はそれを分かっててわざと黙ってたようですが」
「そこまで気付かんでいいんだが……まあ、正解だ」
これは同じメンバーである海未達が気付くべき事だと思った。だから答えを知っていても拓哉は少ないヒントしか言わなかった。
彼女達ならきっと穂乃果の真意に気付いてやれると。
「……全部バレバレだね」
かつて大きな失敗を犯した少女は、苦笑いを浮かべながら語る。
「始めたばかりの時は何も考えないでできたのに、今は何をやるべきか分からなくなる時がある……。でも、1度夢見た舞台だもん。やっぱり私だって出たい!生徒会長やりながらだから、また迷惑かける時もあるかもだけど……本当はものすごく出たいよ!!」
結局、高坂穂乃果という少女も一緒だった。
個人的な思いで、どこまでも真っ直ぐだからこそ悩んで、自分の気持ちを自制して、だけど、根の部分では他のメンバーと何も変わらない。
嘘偽りのない本音を聞いて、ようやっと今までロクに介入してこなかった少年が静かに呟く。
「……それでいいんだよ」
穂乃果の後ろで壁にもたれている少年は笑みを作り、穂乃果の前にはいつの間にかメンバー全員が整列していた。
「みんな、どうしたの……?」
「穂乃果、忘れたのですか?」
「え……?」
瞬間。
穂乃果も拓哉も、どこかで聴いた事のある歌声が披露された。
ススメ→トゥモロウ。
ある意味ここから全てが始まったと言ってもいいほどだった。
ほんの少しでも可能性を感じた。
だから夢を現実にするために真っ直ぐに進もうと思えた。
やらないで後悔するなんて絶対にしたくなかった。
そこに自分達の信じた道があると信じて。
(諦めそうになっても諦めなかった。だから今の穂乃果達がいる。なら、もう答えは1つしかないよな)
女神達の歌声を聴いて、たった1人の観客である少年は笑う。
「よぉーし!!やろう!ラブライブに出よう!いいよね、たくちゃん!!」
「異論あるわけねえだろ?っておい!」
拓哉が言い終わる前に穂乃果が雨の降っている場所へと出ていく。
メンバーも、拓哉でさえそれは予想外の事だった。一体何をするというのか。
「ほ、穂乃果……?」
雨に直撃されながらも穂乃果は落ち着いていた。誰もが見守る中、穂乃果は深呼吸をして、勢いよく息を吸い込んでから予想もできない言葉を口にする。
「雨止めェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
雨の音だけがその場を支配していた。
何秒たったかさえ誰も分からなくなっていると、そこはやはりツッコミ担当でもある岡崎拓哉が最初に言葉を発した。
「……いやいや、さすがにそれはないって。それで止んだらもう超能力者だよ。学園都市行ってこ―――、」
「嘘でしょ……?」
最後までツッコミが続かなかった。にこの言葉に遮られ、おそるおそる拓哉も空を見上げると、そこには……。
「……おいおい、マジかよ」
先程まで灰色に染まっていた空が青くなっていく。
次々と日差しが差し込み、それはまるで女神が降りてきそうだと思ってしまうほどの幻想的な光景に見えた。
そしてその中心。
多分おそらく絶対偶然かもしれないが、それでもこの現象を起こしたかのように見せた少女が振り返る。
「本当に止んだ!!人間その気になれば何だってできるよ!」
「天候操作は普通できないけどな」
「ラブライブに出るだけじゃもったいない!」
「天候操作できんならラブライブより凄いけどな。歴史の教科書に載るぞ」
「この9人で残せる、最高の結果……」
「ことごとく無視だなオイ」
「優勝を目指そう!!」
度肝を抜かれるとはこの事かと、メンバーの全員がそう感じた。
予選で落ちても思い出を作れるならと思っていたのに、リーダーはその遥か上を提示してきたのだから。
「優勝!?」
「そこまでいっちゃうのー!?」
「大きく出たわね!?」
「面白そうやん!」
「どう、たくちゃん。ラブライブ優勝。したら、歴史の教科書に載るなんかより凄いと思わない?」
ウインク付きのスマイルで拓哉を見る穂乃果。
結局話聞いていたのかという事はさておいて、穂乃果の真意にはすぐ気付いた。
歴史の教科書に載るのは確かに偉業だ。
だけど、それよりももっと凄い事や大事な事があるなら、それはきっと本人達の心に残る最高の思い出だろう。仲間とやりきって、最高の結果を残して、自分達だけの一生の思い出ができるのなら、それは何よりも代えがたいものになる。
だから拓哉はただ一言。
「……そうに違いねえ」
「そうだよね!ラブライブのあの大きな会場で精一杯歌って、私達、1番になろう!!」
今ここに。
9人の意志が揃った。
――――――――――――――――――――――
秋葉原のとあるショップ。
そこに岡崎拓哉は1人で来ていた。
あのあとせっかくだから店に寄ると穂乃果達と別れて来たのだ。
目的はただ1つ。
欲しいマンガを買うため。
どこまでも岡崎拓哉は岡崎拓哉なのだった。
(わざわざATMに行って金をおろしたぞ。クレープやらゲーセンやら何で俺がほぼ全部奢ってんだちくしょうめ!!せめて割り勘とか提案してくれる女の子ができたら即堕ちて告白するわ。それですぐフラれるまでは予想できた)
ラブライブ優勝という新たな目標ができ、μ'sの活気が出てきたところではあるが、そこはそこ、これはこれなのが拓哉の考えだ。というか自分の大好きな趣味を蔑ろにする気は毛頭ないのではあるが。
(相変わらずここはアニメとかマンガとか何でも揃ってんな。さすが秋葉原。俺のためにあると言ってもいいレベルの充実さだ)
アニメショップと言えば早いのだが、他にもCDが売ってたりと割とジャンルも豊富な店だからこそ、拓哉はこの店に頻繁に訪れている。
手早くマンガを買って雨がまた降らないうちに帰ろうと思い、マンガコーナーに向かおうとした時だった。
視界の隅に何やら違和感を感じた。
マンガコーナーに向かうにはCDコーナーを過ぎなければならないのだが、そのCDコーナーのところで高い場所にあるCDを必死に取ろうと背伸びまでしているが中々取れずに体が背伸びのせいでピクピクと小刻みに震えている残念少女がいた。
(……、)
思わずマンガコーナーに向かっていた足が止まってしまう。
(う、うーん……あれは、普通に見れば困ってるんだよ、な?取りたいのに取れてないんだし……できれば面倒な事が起きそうだから関わりたくはないんだがなあ)
いつもなら迷わずに駆け付けるのだが、いかんせんその女の子の格好が気になる。
まだそんなに寒くはないのにニット帽、でかいサングラス、マスクまでしているというオマケ付きだ。ぶっちゃけ超怪しい。
(というか何で誰も行ってやらないんだよ……。まああんなあからさまに怪しい格好してたら近づきたくないのも分かるけど)
普通に見過ごせば、いずれは店員が気付いて取ってもらう事があるかもしれない。だから絶対に自分が行かなければならないなんて事はない。だけど、そこはやはり岡崎拓哉だった。
相手がどんな格好であれ、明らかに困っている女の子を放っておけるほど岡崎拓哉は腐っていない。気付けば足は女の子の方へと向いていた。
(ああそうだ、目当てのCDを取ってすぐに渡して手っ取り早く退散すれば何も起きない。見事なイベントスルーにできるはずだ。そう、俺もあれから成長している。俺のために行動して俺のために助ける。今の状況も同じだ。俺が自分のために動けば何も起きずにやり過ごせるはずだ。何も問題なく!!)
未だに無駄な背伸びでピクピクしている少女の隣に移動して、あっさりと少女が取ろうとしていたCDを取ってやる。
「あっ」
「ほれ、これだろ、取りたがってたの」
突然の事で呆けている?(サングラスのせいで表情が読みづらい)少女にお目当てのブツを渡す。
呆けているのならばそれは拓哉にとっては好都合だ。何かある前に撤退すればいいのだから。
「んじゃ。あ、あと女の子だからってさすがにその格好は怪しさしか感じねえから気を付けろよー」
一応最後に助言ぽい事だけを言って去ろうとした。
が、やはりこういう時も岡崎拓哉は岡崎拓哉の運命には逆らえなかった。
「あら、そういえばあなたって……」
怪しい格好をした少女からの声だった。
本当なら聞こえないフリをして去れば良かったものを脊髄反射というか油断していたというか、思わず足を止めてしまった拓哉。
振り返ると同時に手を握られた。
「やっぱり!行きましょっ」
「え」
今度は拓哉が呆ける番だった。
何かを言う前に手を引っ張られる。自分の目当てのマンガコーナーが遠ざかっていくのを死んだ目で見ながらされるがままの情けない少年だった。
店の外へ出た。
「……おい」
「心配しないで、取ってもらったCDは取りやすいとこに隠しておいたから」
「そういう事じゃねえよ……。誰だアンタ、俺にこんな職質オーライな女の子の知り合いなんていないはずなんだが」
もうこの際なるようになれ体制に入る。
関わるつもりはなかったがあちらが関わる気満々だったからこちらも単刀直入に質問する。
「あら、気付かない?私もまだまだ頑張らないとって事かしら」
「気付くも何もそこまで素顔見せないとか有名人か何かかよ。それなら余計そんな知り合いはいないぞ」
「そんなあなたは岡崎拓哉君、よね?」
「……何で知ってる」
「あなたもそれなりに知名度が上がってるから、かしら」
心当たりは、1つしか思い浮かばなかった。
「この前のμ'sの映像か」
「ビンゴ♪」
それならまあ癪だが納得はできる。
あれで拓哉も曲がりなりにも顔を知られてしまい、微かだがスクールアイドルファンに知られてしまっているかもしれない。だが、まずその前に決着をつけないといけない話がある。
「それより、だからアンタは誰なんだ。μ'sのファンでもないだろ。ただのファンなら顔を隠す必要はないからな」
「あくまで学校の方針だから私はそんなに気にしてないんだけど、まああなたなら良いかなと思ってるの」
どこか引っかかるような言い方に拓哉はさらに眉をひそめる。
まるでどこからか上から言われているような気がして。
そして、その少女は拓哉にだけ聞こえるボリュームで言った。
「どうも、岡崎拓哉君。A-RISEの綺羅ツバサです」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
「……ああ、A-RISEのファンか」
「え?」
どこかあっけらかんとしている拓哉に、綺羅ツバサと名乗った少女は思っていた反応と違いすぎて逆に自分が変な反応をしてしまう。
「最近じゃコスプレとかもあるしな。好きなスクールアイドルになりたいって感じか。普段の綺羅ツバサならどうしても目立つからその格好も納得だが、そこまで似せなくてもいいんじゃね?どんだけ好きなんだよ。程々にしねえと本人から苦情とか来るんじゃねえの?」
「いや、だから私がその綺羅ツバサ本人で……」
「あー、別にそういうの無理してやらなくていいから。本物がどんな趣味をしているかは知らないけど、仮にもあのA-RISEのリーダーが1人でしかもこんなところに来るなんて考えられねえ。でもそこまで貫こうとしてる努力はすげえって思ってるよ」
話を聞いているうちにツバサと名乗る少女が俯いてピクピク震えている。
いつまでたっても信じない少年をサングラスの奥から少し睨むように見上げながら、顔をグッと近づける。
「うおっ、何だよ」
「よーく見てなさい。これが私よ」
言って、サングラスを外し、自分のチャームポイントを一緒に見せるために深く被っていたニット帽を浅く被り直す。
すると、あまりにも有名人の顔が少年の瞳に写っていた。
つまりは、本物の綺羅ツバサだった。
それを見た岡崎拓哉は、数秒間脳内をフル回転させて状況整理していた。
結果。
「な、な、きむぐぅッ!?」
何かを言い終わる前に口を塞がれた。
「だから言ったでしょ!?あと大声出さないで。少ないかもだけどバレたら面倒だから」
驚きを隠せない拓哉だが、ツバサの気迫じみた顔に首を大きく縦に振る。
幸い周りにはバレていない。
そこから2人は人の少ない裏路地まで移動した。
「驚いた?」
「まさかあのA-RISEのリーダーがこんなにも小さいとはな」
「そこは関係ないでしょっ!」
拓哉も落ち着きを取り戻したらしい。何か非現実的にも思える事が起きてもすぐにそれに順応している。
「私もまさかここで岡崎君と会えるとは思ってなかったもの。でも丁度良かったわ。これなら私も時間がないけから手短に話す事がきる」
「話?」
「出るんでしょ?ラブライブ」
一瞬。
寒気がした。
今日ようやっとラブライブに出場すると決めたのに、それを最初から知っているような言い方。
「……俺は出ねえよ」
「てことはμ'sは出るって事よね」
ちょっとふざけた答えをしたつもりだが、あっさりと裏を読まれてしまった。
だが果たしてこの少女は何が言いたいのか。
「単純な話よ。むしろ一言だけと言ってもいいくらい」
「……何だ?」
そうして、ラブライブの覇者は笑顔でこう言った。
「お互い、頑張りましょ。また近いうちにね♪」
さて、いかがでしたでしょうか?
雨止むところは悩みましたが、一応ツッコミどころとして入れましたw
あとはフライングでツバサと会わせちゃいました(てへぺろっ☆)
自分の作品のツバサには割と明るい役をやってもらいます。その方が扱いやすいので←
ツバサは何気にμ'sで言うと1番低いにこと同じ身長なので、何とも言い難い萌えを感じます。
次回からは山合宿編!!
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価を入れてくださった
シロカナタさん
Riotさん
計2名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
最近また感想減ってきたから寂しいマン
そして何気にもうすぐで100話……。