ラブライブ!~奇跡と軌跡の物語~   作:たーぼ

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どうも、リアル超絶多忙により投稿遅れました。
今回は桜井夏美編です。


では、どうぞ。




82.桜井夏美

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人の少年と9人の少女達が部活から帰っている時の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ちゃいましたっ☆」

 

「どこから湧いてきた帰れ」

 

 

 

 

 

 

 桜井夏美が待ち伏せしていたかのように道のど真ん中で立っていたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局のところどこから湧いて出てきた。ゴキブリホイホイなら道に仕掛けてないはずだが」

 

「ゴキブリじゃないので引っかかりませんよ」

 

 

 

 

 

 とりあえず近くのファストフード店に寄る事にした。

 

 

 

「じゃああれか、寄生虫か。誰かに付き纏ってないと気が済まないヤツか。ならせめて頼りになる寄生虫になってから出直して来い。まだ頭が良い分ミギーの方が頼りになるぞ」

 

「それ寄生獣じゃないですか」

 

 意外と詳しいなこいつと思いながらも拓哉は本気で何故夏美がこっちに来たのか思案する。

 すると、花陽が小さな挙動で携帯を取り出すのが見えた。

 

 

「あの……今日夏美ちゃんが来るって私に連絡してきたんです……。つ、伝え忘れててごめんなさい……!」

 

「ほらー!ちゃんと行くって連絡はしてたんですしあたしは悪くないと思いまーす!責めるなら花陽ちゃんを責めるべきだと思うんですけど、そこら辺先輩はどう思いますかね??」

 

「ぐぬぬ……」

 

 明らかに返しあぐねている表情の拓哉がいた。正直、普段弱気な花陽相手には強く当たれないのが拓哉である。

 というか数少ない癒し要素をふんだんに持っている花陽には常に優しくありたいと思っているからこそ、余計にこの夏美の煽りに上手く言葉を返せないでいた。夏美は夏美でそれを知ってて言っているのだろう。

 

 

「それに先輩、あたしにそんな事言える立場なんですか~……?」

 

「あん?」

 

 意味深に、腹の立つような顔でこちらを覗き込んでくる夏美。

 ニタリと笑っている彼女に拓哉は何か“そういう事”があったかと記憶を巡る。

 

 

 が、拓哉が答えを見付ける前にあっさりと夏美は言った。

 わざわざ真正面からテーブルに前のめりになって拓哉の耳にコッソリと呟くように。

 

 

「……先輩がμ'sの手伝いを辞めてた時の事」

 

「なッ」

 

 文字通り、言葉を失った。

 それと同時に思い出す。

 

 あの時拓哉は桜井夏美という少女に間違いなく救われた。直接的ではなくとも間接的に。『岡崎拓哉』という『人物』が(ヒーロー)に戻るまで、もとい『完成形(本物のヒーロー)』になるまでに、間違いなく桜井夏美はその一連に携わっていた。

 

 しかも、元に戻ってからμ'sのメンバーがどこにいるのかさえも教えてくれたのが彼女だ。

 その時、自分は何を思っていたか。その後、どういうやり取りをしていたか。

 

 

 μ'sが復活ライブをした日。

 拓哉は自分を助けてくれた人に感謝の言葉や連絡をしていた。

 

 

 

 

 

 例えば、どこかの後輩に今度何か礼でもするとメールを送っていなかったか……?

 

 

 

 

「……あー」

 

「ふふん、思い出したようですね~。つまり今!先輩はあたしに強く物言いできないという事です!」

 

「えーと……これはどういう状況なのかな?」

 

「あたしと先輩の立場が逆になったと思っていただければ問題ないかと!」

 

 現状に着いていけてないμ'sの面々を代表して穂乃果が聞いた。

 夏美の答えを聞くなり、どういう経緯があってそういう事になったのかは不明ではあるが、とりあえずそれで納得する事にした。

 

「問題大アリだけど、今だけは苦虫を100匹嚙み千切る思いで納得するしかないな……」

 

「どんだけ嫌なんですかッ!」

 

「嫌でしかないっつうの!!お礼はすると言ったが俺は何か奢るとかそういう感じとしか思っていない事を忘れるな!」

 

「奢ってもらうのはまた今度にします~!今日は他の事で先輩のお礼をもらいに来たんです~!!」

 

 

 何気に1つだけじゃないお礼という事実爆弾を放り投げてきたが、今の拓哉にそれほどの余裕はなかった。

 

 

「他の、お礼だと?」

 

 聞くと、夏美はえっへんと言いそうな顔をしてから席を立ちあがる。10人全員いるのを再び確認して、満足そうに座った。

 

「ですです。これは先輩と、μ'sのみなさんがいないと意味がない事なので」

 

「嫌な予感しかしないんだが」

 

「先輩にとってはそうですね。何せ、中学の時のあの出来事について話そうと思ってるんですから」

 

「……、」

 

 

 

 空気が変わった。瞬時に穂乃果達は理解する。

 主に拓哉の雰囲気がおふざけモードから一転、少し鋭い目付きになっていたから。

 

 

「……桜井、お前、それ本気で言ってんのか?」

 

「本気も本気、超本気です。あたしもμ'sのみなさんと仲良くなってきたし、そろそろ良いんじゃないかと思ってたんです。それにこういう事を話す機会って、先輩が納得せざるを得ない状況じゃないとできませんし」

 

 絶望的な窮地に立っている時に夏美と会って説教された。それがとても意味のある出来事だったのは分かっている。だから珍しくも自ら礼をするとまで言ったのだ。

 しかし、それを良いように使われてしまった。あんな時に助けられたから、今の拓哉は夏美にあまり逆らえない事になっている。

 

 

「やっぱ性格悪いわ、お前」

 

「褒め言葉として受け取っておきます、先輩♪これだけはどうしても先輩の許可が必要だったので」

 

 

 2人だけにしか分からない会話。

 2人だけにしか分からない雰囲気。

 2人だけにしか分からない記憶。

 

 少し、穂乃果達の中で何かがモヤッとした感覚に襲われた。

 それが嫉妬という感情なのだと、誰が気付いて誰が気付いてないかとか、そういう問題ではない。モヤッとした時点で、この空気は穂乃果達にとって危険だと知らせているのだから。

 

 

「……そ、それでさ!結局夏美ちゃんは何を話してくれるのかなっ?」

 

「拓哉君はあまり気乗りしていないように見えますが……」

 

「……中学時代はあまり良い思い出ばかりじゃないし、何なら今から桜井が話そうとしてんのは俺の中学時代の中で1番嫌な思い出の話だからな」

 

「なるほど、だから拓哉君はちょっとムスッとしてんねんな~」

 

 頬杖をついて明後日の方向を見ている拓哉に苦笑いをしながらも、中学時代のその出来事を気になっているのが穂乃果達の心情だ。拓哉が1番嫌な思い出だと言うほどの事が起きた。その事実がどうにも気になって仕方がない。

 

「ふふん、やはり皆さんも気になってるご様子……。では、さっそく本題に入りましょう!」

 

「何で乗り気になってんだお前は……」

 

「そりゃずっと話したかったからに決まっているでしょう!先輩は嫌な思い出とか言ってますけど、あたしにとっては先輩と知り合った記念すべき日なんですからっ!」

 

「何であの日お前に関わってしまったのかとあの時の俺に24時間問い詰めたいところだけどな」

 

「それ1日ずっとだにゃ」

 

 凛のツッコミはとりあえずスルーしておく。

 拓哉にとって1番嫌な思い出。その時に夏美と知り合ったという事は、やはりこの2人には何か他とは違う出会いがあったという事。拓哉にとってはマイナスだが、夏美にとってはプラス。

 

 2人が感じている捉え方がまったく違っていて想像もつかない。

 

「それに、あたしと先輩の出会いを、μ'sの皆さんにも知っておいてもらいたくて……せっかくお友達になれたので」

 

 ふと、柔らかい笑みを夏美はした。

 そこにあざとさはなく、ただ想い人との出会いを懐かしむような少女にしか見えなかった。

 

 

 

 

「……ったく、好きにしろ」

 

「ふふっ、素直じゃないんですから先輩は。正直に今の皆さんになら話しても大丈夫だろって言ってみたらどうですか?」

 

 悪態をつく拓哉に対して微笑みかける夏美は、傍から見ればまるで頑固親父に笑いかける妻にも見える。息が合っていないようで実は合っていて、悪友コンビに見えなくもない……?

 

 

「じゃ、じゃあそろそろ聞かせてもらおうかなっ。ね、夏美ちゃん!」

 

「?そうですね、では馴れ初めに入りましょうか」

 

 コホンと1つ咳払いをして切り替える。

 周りが騒がしいファストフード店の中だが、拓哉達がいる場所だけ数秒の沈黙があった。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「あたしが女子と男子数人に襲われそうになっているところに、先輩が来てくれたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学1年の頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学生にもなれば自分の容姿や性格、周りでの立場を自覚できる頃でもあるだろう。

 例えば。

 

 

 

 

『やっぱあたしって可愛いよね』

 

 

 

 こんな風に。

 

 

 トイレで1人、鏡を見ながら呟いたのは桜井夏美という少女だった。

 まるで再確認するように自分の顔を見る。

 

 何度見ても鏡に映っているのは紛れもない美少女だと確信する。

 自分を見て可愛いと思うのは些か疑問であるが、傍から見ても可愛いのは認知されているからどうしようもない。

 

 

『だってみんなあたしの言う事聞いてくれるしね~』

 

 事実、そうだった。

 中学生男子というのは思春期真っ只中という事もあり、可愛い女子がいれば自然とその周りにはすり寄ってくる男子がわんさかいる。

 

 この子に気に入られようと思って勝手に頑張るのだ。中学生といえどまだまだ子供。思考は結構単純で、女子の言う事を聞けば自分は気に入られると思い込み、結果的には爆死する。だが、他の女子とは違って桜井夏美は少し違った。

 

 

 桜井夏美の場合は、まず男子を爆死すらさせない。自分の言う事を聞いてくれる男子を1人でも多く獲得し、1人として逃がさない。言う事を聞かせるために、少し可能性をチラつかせながらずっとその男子達を生殺ししていくのだ。

 

 その結果、今現在も桜井夏美を取り巻く男子は1人として欠けてはいない。

 休み時間になる度に、男子の集団は桜井夏美を取り囲む。勝手に荷物を持ったり周りを警戒しながら歩いたり、まるで執事のように、SPのように、奴隷のように。自分からそれを望んで行動する。

 

 マンガによくある学園のマドンナの周りに常に存在している取り巻きのように。現実でそれを見てしまえば、誰もが異常だと思うだろうが少し違う。夏美と同じ1年の生徒は男子の集団を見た瞬間に桜井夏美の男子か、という共通認識がいつの間にかできていた。

 

 だから1年のあいだではそれほど騒ぎにもならない。これが日常とでも言うかのように。

 

 

 

 だが実際。

 夏美をもてはやす男子の集団がいれば、必然的に対照的な集団が出来てしまってもおかしくはない。

 

 

 

 

 

 

『桜井、見ーつけたー』

 

『……えっと、何かな~?』

 

 トイレを出れば、いたのは同じクラスの女子数人だった。見た瞬間に分かった。この表情、明らかに友好的な感じには見えない。

 いつも男子にしている作り笑顔でわざとらしく微笑むも、さすがに女子相手には通じないらしい。余計機嫌が悪くなったように見える。

 

 

『ちょっと来なさい』

 

 そう、もてはやしてくる男子がいれば当然、それに嫉妬する女子もいる。自分も女子なのに自分じゃない女子にばかり男子が群がっていく。普通に考えれば、それは嫉妬するには十分の理由になる。

 

 もし仮に、女子の中に夏美に群がっている男子を好きな子がいれば、もはや勝ち目などない。

 だから、こういう手段をとった。

 

 

 

 せめて渦中にいる元凶を貶めるために。手段は問わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタさ、ここんとこ最近調子乗ってない?』

 

『別に~、あたしは調子乗った事ないから分かんないな~』

 

 連れて来られたのは一目の少ない体育倉庫裏だった。イジメや喧嘩、そういう事をするのにはまさに定石といった場所。そんなところに連れてこられても夏美の態度は変わる気配がなかった。

 

『嘘も程々にしなよ。自分の良いように男子をこき使って調子に乗ってないとでも?』

 

『そんな事言われてもぉ~、男子がみんな勝手に言う事聞いちゃうんだから仕方ないじゃーん』

 

『……私達にまでそんなくそあざとい態度しなくてもいいんだけど』

 

『あたしあざとくなんてないし~。これが素だし~♪』

 

 次第に女子達の顔が険しくなっていく。

 これが素のはずがない。完全に演じて作られているモノだと分かる。同じ女子だから、こんなマンガ紛いの性格なはずがない。

 

 

『そろそろいい加減にしないとさあ、どうなるか分かんないよ』

 

 明らかな忠告だった。これ以上はふざけるなと。それ以上とぼけるなら、それ相応の処置をとる他ないと。

 それでも。

 

『何がいい加減なのか説明してくれないとあたしどうすればいいか分からないよ~』

 

『ッ!!いい加減にしなさいよ!アンタがそんな態度ばかりするから私の好きな人もアンタに取られ―――、』

 

『それがどうしたの?』

 

『…………は?』

 

 

 あくまでキョトンとした顔で、桜井夏美は言った。

 

 

『あたしがどんな態度をとろうがあなた達には関係ないよね?あなたの好きな人があたしに取られた?違うよね、あなたはその男子とは付き合ってないよね。ならあなたにとやかく言われる筋合いもないよ。それに、自分の好きな人なら自力で振り向かせようと思わないの?それが恋でしょ?そんな事もできずにあたしを責めようとしてるならさ、あなたって小さい子だよね~。器的に』

 

『ぐ……ッ!!』

 

 言われた女子が口籠る。

 それつまり、図星を突かれたから。想い人を振り向かせるのは運だけではない。自分の努力も必要なのだ。なのにそれをせずただ元凶を叩こうとしているだけというのは、そんなの努力でも何でもない。

 

 ただ逃げの暴力を正当化させようとしているだけに過ぎない。

 そんなヤツに桜井夏美は負けない。たとえどれだけあざとくても、男子達に見せている顔は嘘つきだらけだとしても、何も努力せずにただ傍観しているヤツとは違う。気に入られたいために自分を磨いてきたのだから。

 

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ、アンタが素直に謝るとは思ってなかったからいいよ』

 

『謝る必要がないからね~』

 

『だからさ、私達も手段は選ばない事にしたから』

 

『…………は?』

 

 

 

 言った直後だった。

 

 

 物陰から3人の男子が出てきた。

 でも他の男子とは違う。見た目が明らかに中1という感じではない。

 

『ほら、小学校中学校って基本生徒はそのまま繰り上がるでしょ。だから私って結構今の中3とかにも知り合いとか多いんだよね』

 

 見た感じ、中3で間違いないだろう。リーダー格の少女の見た目は今時のギャルっぽい雰囲気をしている。という事はその少女の知り合い、しかも中3男子は必然的に“そういう”男子が多いだろう。部活をしているからかガタイもゴツク見える。

 

 

『へえ、結構可愛いじゃんこの子。まじか~、心痛むわ~』

 

『……?心が、痛む……?』

 

 1人の男子が言った言葉に疑問が浮かぶ。何となく嫌な予想はしているが、それを自分で認めたくないために。

 夏美の不安な疑問に対して、完全に人を見下しているかのような表情でリーダー格の少女が言った。

 

 

 

 

『分からない?アンタはその顔で男子達にチヤホヤされてるんだよ?だったら話はとても簡単なの。……チヤホヤされているその顔自体を壊しちゃえばいいんだよ』

 

 

 ゾクッと、背中に激しい悪寒が走るのを感じた。

 ここで初めて桜井夏美の表情に焦りが出始める。要は人気のない場所に連れ込み男子が女子に殴打を繰り返す。

 

 

『大丈夫、せめて体は綺麗なままにしといてあげるから、その分顔の形くらいちょっと変わっても平気でしょ?いつもアンタがやってる表情を振りまいてれば周りの男子も変わらずチヤホヤしてくれるさ』

 

 だから黙って殴られろ。そう言われているような気がした。

 異性では言えないような事でも、それが同性なら容赦なく言える。言ってしまえる。

 

 

『さあ、せっかくの昼休みが終わる前にちゃちゃっとやっちゃってよ』

 

『女を殴るのは趣味じゃねえけど、まあ恨むなら自分の顔と今までの行動を恨んでくれや』

 

『ッ……』

 

 

 ジリジリと近づいてくる男子から逃げようと後ずさるも、逃げられはしないだろう。もし走って逃げたとして、女子と男子では当然走りの速さが違う。それも相手が3年なら尚更だ。

 

 小学生のイジメとは違う。

 回りくどい事などしない。直球に、直接に、真正面から、堂々と、相手を絶望に落とす。

 

 

 

 それがこの少年少女達のやり口だった。

 

 

 

 

 

『精々鼻が折れる程度済むように祈っときなよー』

 

 

 

 

 男子の手が伸びてきた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『男女で寄ってたかって1人の女の子に手ぇ上げるたあ、恥ずかしくねえのかお前ら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は、桜井夏美の背後から聞こえた。

 全員の動きが一瞬止まり、視線が一斉に声のした方へ注がれる。

 

 

 

 

 

 

 そこから出てきたのは、茶髪のツンツン頭をした1人の少年だった。

 

 

 

 

 

『見たところ男子のアンタらって3年だよな?ダメだろ~、上級生が下級生に暴力しようだなんて。しかも女の子にって、アンタらそれでも男かよ』

 

『いきなり出てきて何言ってんだお前?関係ねえだろ。さっさと失せろ。今なら巻き込まずに済ませてやるよ』

 

『確かに関係ねえけどさ、だからって女の子が危険な目に遭いそうになってるのを見捨てるわけにもいかねえだろ』

 

 相手が3年だろうと決して臆しはしない。むしろ食って掛かるようにさえその態度は明らかだった。

 まるでそういう事をするのに慣れているかのような冷静な喋り方をしている。

 

 

『やめときなよ。どうせアンタもそいつに振り回されるだけなんだから、疫病神に関わってケガするより無視して平和な日常に戻っちゃえば?』

 

『そうしたいのは山々だが、何分それができない性格なんだよ俺は。だから悪いけど関わらせてもらうぞ。この子がどういう子かは分からねえけど、危険に晒されてんならそれを助けるのが俺の役目だ』

 

『あくまでカッコつける気かよ。じゃあどうなろうが文句は言うなよ。今か―――、』

 

『おっと、まずはどうして俺がここにいるのかを疑問に思わないのか?』

 

『……あ?』

 

 言われて、初めて疑問を持った。

 そういえばそうだ。元より人目のつかない場所を選んだのに、この少年は目の前にいる。普段なら誰もいないはずの場所で。

 

 

 

 

 

 それは何故だ?

 もし、何かしらの理由でここにいるのだとしたら?

 もし、誰かに追いかけられている最中だとしたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや~、実は授業中寝てるのを説教されて今先生に追われてんだよね~。場所も既にバレて次にどこ逃げようか迷ってる途中なんだよ。そんな拍子にアンタらを見つけたから丁度良いな。先生の標的を俺からアンタらに優先させれば俺のお咎めはなしって事だ』

 

 笑って言う少年に対し、3年男子と夏美の同級生はそれどころではなかった。

 もしこんな現場を見られれば、言い逃れはできない。確実に黒と思われ職員室に呼び出しを喰らうに決まっている。そんなのは御免だ。

 

 

『おっ、きたきた。先生ーこっち来てくれー。何やらイジメの現場とやらを押さえたぞー』

 

『チッ!行くぞ!!これじゃどうしようもねえ!!……テメェの顔、覚えたからな。これからいつものように過ごせると思うんじゃねえぞ!!』

 

『いやそれかませのセリフじゃね』

 

 少年が先生が来たと言った途端、慌てたように去っていく少年少女達。さすがに教師がいるとダメなようだ。

 最後に何かを言っていたが、対して気にはしていなかった。

 

 

 

 ここにきてようやく、桜井夏美は正気を取り戻す。

 もちろんこの少年の事など一切知らない。身長的にも2年と見ていいだろう。そんな少年が自分を助けてくれた事実に、未だ現実味を感じられないでいた。

 

 

『おーい、大丈夫かー?』

 

 そんな時、不意に少年から声をかけられてハッとする。

 

『……え?ぁ、ああ、はいっ。あれ?そういえば先生は……?』

 

 一応質問に答える。それから思い出した。先生が来ると言っていたのにその先生が未だに来ないのだ。

 それに対し少年はあっけらかんと言う。

 

『ああ、ありゃ嘘だ』

 

『……はい?』

 

 一瞬、何を言っているか分からなかった。

 

 

『先生なんて来ねえよ。何なら追いかけられてもないし授業中寝てもいない。……さっきの授業はな。まああれだ。ああしないとあいつらは去ってくれないと思ったまでだ。作戦成功ってやつだな』

 

『あの短時間で、そんな事思い付いたんですか……?』

 

『いや、一応考えてたよ。お前があいつらと一緒に人気のないところに行くのが見えたから怪しいと思って後を着けさせてもらった。だから話も全部聞かせてもらったよ。お前がどういうヤツなのかとか、あいつらが何をしようとしていたのかも。俺の読みは正しかったみたいだ』

 

 最初からこの少年はいたのだ。

 桜井夏美を助けるという前提を掲げながら話を聞いていた。ある意味夏美の自業自得でもあるのだが、それとこれとは違う。

 

 

『お前は間違ってない』

 

『え?』

 

『何も努力せずにただ結果だけを欲しているヤツなんかよりも、お前みたいに自分の魅力を最大限に活かして努力しているヤツの方が全然良いって事だよ』

 

『……、』

 

 何だかくすぐったい気持ちになった。

 自分でもああは言ったが、誰かにそう言ってもらうのではまた違う。

 

 

 ここで夏美はふと思い出す。

 そういえば、この少年は自分の顔を見ても何も動じたりしていないではないか。いつも周りにいる男子なら、自分を見ればすぐに血相を変えて近寄ってきて意味のない奮闘をするのに、この少年はまるで年下の女の子と喋っているだけの感覚で話している。※事実、間違ってはいない。

 

 

 

 いつもと反応が違うからだろうか。

 何故か興味が惹かれた。

 

 

 

 

 ならば、試してみよう。

 

 

 

 

 

『……あのぉ~、助けていただいて本当にありがとうございましたぁ!あたしぃ、もう凄く怖くて~どうしようかと思ってたんですよぉ~』

 

『そうか、まあ無事で何よりだ。んじゃ休み時間も終わるし俺は行くわ』

 

『そうですかぁ、分かりました~、ではで……は?』

 

 

 

 今、この少年は何と言った……?

 

 

 

『いや、だから俺はもう戻るって』

 

『あ……あれれ~……?』

 

 

 まさか、この少年には効いていない?普通の男子ならコロッと落ちるような声音やしぐさで言っても、まさかの動揺の「ど」の字すら見せなかった。

 

『あ、あの、先輩……?あたしを見て、その、何か……思いませんか?』

 

『え?……ああ、頑張って可愛い自分演じてんなあって事か?あ、そろそろ戻らねえとマジでやばい。じゃあな』

 

『……、』

 

 

 

 さっさと助けて、さっさと言って、さっさと去って行ってしまった少年を見て、夏美はただ茫然と立ち尽くしていた。

 下手すると、殴られるよりも精神的ダメージの方がでかいかもしれない。

 

 

 

 

 

 でも。

 だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの人の事……もっと知りたい……』

 

 

 

 

 

 

 近づきたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、こんな感じであたしと先輩は知り合ったんですっ」

 

「へえー、でも思ってたより普通だなーと思ったのは私だけかな?」

 

 

 ポテトを口に含めながら穂乃果が言った。

 それに答えるように拓哉がストローを咥えながら言う。

 

 

「問題はそのあとだよ。何故かこいつが次の日からずっと付き纏ってきて鬱陶しかった。周りにいた男子共もいなくなってたらしいし」

 

「興味を持ったら徹底的に調べて近づくのがあたしなので☆」

 

「確かに……」

 

 μ'sと知り合った時も穂乃果達の事を調べていた事を思い出す。

 そんな事を思いながら、ふと疑問に思った真姫が口を開いた。

 

 

「ねえ、そういえば拓哉の中学時代の1番嫌な思い出とか言ってたけど、夏美と知り合ったそれだけで嫌な思い出になったの?」

 

「ああ、それは違うよ真姫ちゃん。あたしが先輩に付き纏うのも後日からだけど、起きた事はそれだけじゃなかったんだ」

 

「というと?」

 

「あたしと先輩に因縁をつけてきた人達がね、先生には知られないようにほぼ全校生徒にあたしと先輩を無視するようにって言って回ってたんだよ」

 

 唐突なブラック発言をあっさりと言う夏美に、もはや深刻を通り越して驚くだけのμ'sの面々がいた。

 

「……まさかそれって、ずっとなの、たっくん……?」

 

「ああ、すげえよな。綺麗にみんなスルーしてくるもんだから誰の仕業かすぐに分かったよ。でも元々友達も少なかったし、数少ない友達は変わらず関わってくれたおかげもあってか中学時代は普通に過ごせた」

 

「先輩、あたしの名前言い忘れてません?」

 

「ある意味お前が元凶だろうが」

 

 

 

 拓哉の意外な過去を知る穂乃果達だったが、やはりリーダーでありカリスマ性に溢れた穂乃果の一言は、拓哉の心に簡単に虚を突いた。

 

 

 

 

「で、結局のところ、たくちゃんはその時いつも()()()()()()()夏美ちゃんの事をどう思ってたの?もちろん、マイナス方面以外でね」

 

 

 

 

 

 全員の視線が拓哉に注がれた。特に桜井夏美本人は食い入るように目をキラキラと輝かせながら。

 そして、観念したように拓哉は溜め息を吐きながらも言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……感謝はしてた」

 

 

 

 

 

 

 

「……~~~~~~~ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、変に照れ臭そうにしている先輩と、隠さずに赤面しながら悶絶している後輩の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いかがでしたでしょうか?

今回はみんな大好きあざとい後輩桜井夏美でした。
唯編とはまた少し違うイジメをテーマにしてみました。年齢を重ねるにつれ、そういうのは過激になっていくものです。
でもそれをさせないのがヒーローなのでね?

次回からはアニメ2期の方へ入っていきますよ!!
最近リアルが忙しすぎて更新が不定期になりがちですが、週1は絶対に更新しますので!!


いつもご感想高評価ありがとうございます!!

では、新たに高評価をくださった


ちゃんモリ相楽雲さん、由夢&音姫love♪、Yukitoさん


計3名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!



何気にイジメに近い扱いを受けていた岡崎兄妹であった。

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