1人だけ歩いている少女がいた。
次の日から幼馴染同士が揃う事はなくなった。
当然と言ってしまえば当然の事ではあった。
仲違いにも似たような出来事が起きてしまったのだから。
今まで4人で登校したり、訳ありな時は3人で、最低でも2人は揃っていて登下校を共にしていた。しかし、今日は別々に、1人で登校しているのが現状だった。
理由は単純。
岡崎拓哉を始め、幼馴染の誰1人として他の幼馴染に話しかけようとすらしないから。気まずく感じると言えばそれまでなのだが、それ以上の関係が少年達にはあったのにも関わらずだ。
昨日の時点で他のメンバーもそれには違和感を感じていた。いつもなら、彼女達からしてみれば普通なら、必ずあの少年がこの状況をどうにかするために動いてくれるはずだと思っていた。だが、それが実現される事はなかった。
今回の件はどうもおかしい。幼馴染の事で事件が起きたからか、今まで以上に岡崎拓哉の様子がおかしいのだ。いつもなら絶対にみんなが笑い合えるような結末にすると言わんばかりに行動を起こすのに、今回はアクションの1つも起こさない。
むしろ絵里達から見れば、拓哉自体が救う側から救われる側にいるかと思わせるような立ち位置にいると感じてならない。廃校の阻止が決まり、積極的にライブを行う必要がなくなった今となっては、あの幼馴染組を1つの場所に集合させる事すら難しいように思える。
今までとは違う。今回の出来事は、以前のように上手く事を進められないほどに困難だと思ってもいいだろう。
チーム自体がまとまってない以上、絆は揺らいでいく。
そしていずれは……。
何もかもが壊れていく。
――――――――――――――――――――――
正直ことりの留学を聞いたあとからの事はあまり覚えていない。
それが翌日、目が覚めたあとに岡崎拓哉が最初に思った事だった。
屋上で1人叫んで、練習がない事を良い事にそのまま1人で家へと帰った。帰ってからも特に何かしたという記憶もない。部屋に行く際、唯から声をかけられたような気もしたが、その時は構う余裕すらなかった。
夕食も食べてはいない。そのまま眠ってしまったからだ。何もかもを考えたくなくて、全てを投げ捨てたくて、いっそこれが夢であってほしいとさえ思って、朝までずっと寝ていた。
「……、」
だから今の今までいわゆる朝風呂に入っていた。シャワーを浴びれば胸に渦巻くモヤモヤとした気持ちも洗い流せるかと思ったが、やはりあれは架空の物語の中でしか感じる事ができないらしい。何も変わらなかった。
その代わり、落ち着く事はできた。気持ちは楽ではないが、思考は正常にまわる。今の拓哉の思考回路が正常なのか正常じゃないのかは分からない。ただ1つ確実に分かるのは、ことりの留学は変わらないという事だけ。
予定ではなく確定事項。もう既に決まってしまった事。覆す事はできない。だから黙って見送る事しかやってやれない。濡れた髪をタオルでがむしゃらに拭きながらリビングへ移動する。
ことりの事を考えていて、他の事に意識が回らなかった。風呂上りというのもあって無意識な本能にでも駆られたのだろう。喉を潤したいという本能、ある意味での思考停止。今は朝で、両親は既に仕事へ行っている。それも無意識に理解している。
だが、いつもの事すぎて、あまりにもそれが日常だったから、本能で動いていた今の拓哉に他の理性が働かなかった。兄のために朝食の用意をしている妹がいる事を、すっかりと忘れていた。
「あ、おはよー、お兄ちゃん!」
「っ……おはよう、唯」
当たり前の事を当たり前と思っていたからこその失敗。拓哉にとっては、唯でさえ今は気まずく感じてしまうのだ。昨日声を掛けてくれたのにも関わらず無視し、夕食も食べず、朝まで部屋から出てこなかったのだから。
「……ほらっ、朝風呂でサッパリしたんだから座って!朝ご飯できてるから!」
「……ああ」
食欲があまりないから遠慮しておこうかと思ったが、唯の笑顔を見てしまうと断るものも断れない。というか、昨日も夕食を食べていないのに朝食も食べないのはさすがに少しまずいだろうと思い直し、席につく。
(……ぁ、れ……?)
次々と目の前へ置かれていく朝食の品を見て拓哉はちょっとした疑問に思う。
(いつもより、ご飯やおかずの量が少ない……?)
用意されている白米、味噌汁、サラダ、ウインナーやスクランブルエッグ。ごく一般的な王道朝食ではあるが、どれもこれもが普段より少ない。品数はあっても量が少なければ、それは意外と分かりやすくちんけに見えてしまう。
「昨日晩ご飯食べてないから、本当ならもっと食べてもらいたんだけどね」
突如として唯の声が前方から聞こえた。
「体調もそんなに優れなさそうだし、そんな気分でもなさそうだから今日のお兄ちゃんの朝ご飯は少なめですっ」
本当に何もかも見透かされていて分かっているのではないかと思ってしまう。しかし逆に見れば、拓哉のそれだけ表情が暗く辛そうに見えていたのかもしれない。とはいえ、こんな時にも完璧な気遣いをしてくれる妹に感謝する。
「……さんきゅ、いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
自分の分しか用意されていない朝食を見ると、唯は既に両親と一緒に食べたのだと簡単に推測する。量が少ない分、黙って食べていればすぐに料理はなくなっていく。ただし、唯からの視線が食べるスピードを遅くしているのは確定的だった。
「……やっぱり、分かるか……?」
「分かるよ」
即答だった。
最低限の言葉を交わせただけで、唯はその意味を把握していた。
「昨日、ふとお兄ちゃんの横顔が見えただけだった。だけど、それだけで何となく分かった。……また、何か、あったの……?」
「……、」
リビングからチラリと横顔を見ただけで察した唯の凄さもさながらだが、それ以上に拓哉は迷う。
ことりの留学の件を言うべきか、言わないでおくべきか。
本来なら唯はまだ音ノ木坂学院の生徒ではなく中学生だ。だからこの件と唯は関係ない、のだが、それ以前に唯とことりは幼馴染の拓哉を通しての友人でもある。お互い小さい頃から仲の良い2人だったのだ。
だから、迷う。これを言ってしまえば、おそらく唯も平常ではなくなるだろう。ずっと仲の良かったお姉さん的存在だったことりが突然いなくなるなんて聞かされるなんて。逆に言わなければそれで済むが、後に絶対知ってしまう事でもある。
どっちみち、唯が悲しむ結末は同じなのかもしれない。
だけど、だからこそ迷う。今言えば早いっちゃ早い。しかし、拓哉でさえ今こんな状況なのだ。おそらく今の拓哉では唯をケアできないだろう。しばらくは兄妹揃って暗い雰囲気を引きずったまま過ごしていくしかなくなる。
「いいよ、まだ言わなくても」
不意に、思考を深めていると優しい声が響いた。
「……え?」
「私にはまだよく分からないけど、お兄ちゃんの顔を見れば何となく分かる。お兄ちゃんが戸惑っちゃうくらい、落ち込んじゃうくらいの事なんでしょ?だから言いづらいんだよね。……そんな顔してるもん」
また顔に出ていた。というよりも唯には顔を取り繕っても意味を成さない可能性の方が大きいが、それだけ拓哉は動揺しているという事になる。
「だからね、いつでもいい。お兄ちゃんが私に言ってもいいと判断した時にでも言ってくれればいいよ」
そんな判断、いつまでもできる気がしない。というのが本音だった。だけど、唯は待ってくれると言ってくれた。正直その言葉は救いでもあった。どっちみち悲しい結末になるかもしれないけど、自分が落ち着いた時にそれとなく言って、泣くであろう妹を慰めようと決意する。
「……ごめん」
「謝らないで、私が言ったんだからいいのっ。お兄ちゃんの辛い顔なんて私も見たくないもん」
丁度食べ終わる頃だった。唯が席を立つ。
「じゃあそろそろ私も学校行く準備するから、食器だけ片付けておいてね」
「ああ」
ごちそうさまと軽く言う。量が少なかったおかげで食べきるのに苦労はなかった。言われた通りに食器を片付けようと立った時、またしても唯から声がかかる。
「お兄ちゃん」
何も言わず、ただ振り返る。そこには笑っていながらも、芯の通った目をしていた唯がいた。
「何回も言ってるけど、例え何があっても私はお兄ちゃんの味方だからね。だから本当に我慢できない時は私でもいいから相談して。迷惑とかそんな事考えてるなら怒るからね!兄妹に遠慮なんていらないんだよ」
最後に。
それに、と追加して唯は言う。おそらく、とても大きい意味を持った言葉を。
「
―――――――――――――――――――――
自分のクラスの教室に着く。
登校時は何も考えていなかった。
だが、今となって考えておけば良かったと拓哉は後悔した。そういえばである。拓哉の席の前は昨日色々あった事件の当事者の1人、高坂穂乃果だった。
「……、」
既に穂乃果は来ていた。海未がいないとなると一緒ではなさそうだ。ことりもいない。……やはり、そう簡単に一緒にいれるはずがないか。穂乃果は机に突っ伏している。寝てるか寝てないか判断しづらいが、今の拓哉からしてみれば不幸中の幸いである。何となく今は話しづらい。
とりあえず自分も席につく事にした。が、やる事がない。何かをする必要もないのだが、ふと、ここで思い出す。こういう時、こういう朝、いつもは幼馴染同士で固まって喋っていたのを。
穂乃果が切り出し、ことりが相槌ちをして、海未が主に話相手になり、自分は眠気に負けそうで机に突っ伏しながらもたまに会話に入る。そんな日常があったはずだ。以前までは……。
何もする事がなければ、どんどんと思考の深みに嵌る。
そうだ、あんな日常があったはずなのに、今はそれもない。その原因は何だ……?
自分だ。自分がもっとしっかりしていればことりが留学する事になっても、今よりかは雰囲気も悪くなく、いつものように日常を過ごせたはずだった。
(ッ……ダメだ……。もうどうにもならない事だろ。いつまで自分を責めてんだ俺は……!こんなんじゃ唯の他にみんなにまで迷惑をかけちまう……!!)
思わず頭を左右に振る。何かを考えだすとどうしても最終的に“そこ”に行き着いてしまう。黙って見送るしかない。そうと分かっていても、たらればを考えて自分を責めてしまう。違う結末を探し出してしまう。
(自販機で何か買うか……)
行動を起こす事で一旦その思考をリセットさせる。実際リセットされるかされないかは分からないが、このまま教室内にいたらまたマイナス思考になってしまうと思ったからだ。
と、教室を出たところで。
「あら、拓哉。おはよう」
絵里に出くわした。
「……よう」
思わず目を逸らしてしまう。昨日1人になってからそのまま下校したものだから、メンバーに連絡もしていなかったのだ。その事もあり、申し訳なさと気まずさがどうしても出てしまう。
「丁度いいわ、拓哉にも用があったの」
「用?」
気になる部分があったから聞き返してみる。すると絵里はそれにウインクだけで返してきた。こう思ってしまっては悪いのだが、さっぱり意味が分からない。そういや3年の絵里が2年の階にいる事も不思議ではあった。
そして、絵里は拓哉のクラスの教室内を見渡し、もう1人の目的人物であろう者の名前を呼んだ。
「穂乃果ー!」
――――――――――――――――――――
屋上。
朝から屋上にいる事は結構珍しかったりする。
朝練は神田明神でやっているし、最近じゃ朝練自体あまりやっていなかったからだ。
そんな今日は、ことり以外のメンバーが朝の屋上にいた。もちろん絵里に呼ばれた拓哉も一緒に。
「ライブ?」
言われた事をそのまま穂乃果が聞き返す。
「そう、みんなで話したの。ことりがいなくなる前に、全員でライブをやろうって」
拓哉もそれは初耳だった。おそらく昨日拓哉や穂乃果がいない時にメンバーで話し合ったのだろう。海未を中心に。
「来たらことりちゃんにも言うつもりよっ」
「思いっきり賑やかなのにして、門出を祝うにゃ!!」
「はしゃぎすぎないの!」
「にこちゃん何するのー!」
「手加減してやったわよー」
凛やにこが騒ぎ、それをみんなが微笑みながら見守る中、穂乃果は俯いたまま、ずっと黙っていた。それは拓哉も同じだった。
(俺が1人落ち込んでるあいだにも、海未達はことりのために自分達ができる最高のやり方で見送ろうとしてた。海未だって、他のみんなだって悲しくないはずないのに、それでもことりの夢のためにそれを祝って見送ろうと話し合っていた……。俺がいなくても、こいつらはもう自分達で解決できるくらいに成長していたんだ)
ここで拓哉は、1番考えてはいけないところに辿り付こうとしていた。
だがその前に、海未がずっと黙っている穂乃果に気付き、それとなく話しかける。
「まだ落ち込んでいるんですか……?」
その言葉に全員が反応する。拓哉も目線だけを穂乃果に送る。
そして違和感に気付く。
(ぁ、れ……?)
胸のざわつきが出始めた。この異様な違和感。まるで昨日の、ことりの留学を聞いてしまった時のような感覚が、穂乃果を見ていて感じ取れてしまった。
「明るくいきましょう。これが9人の、最後のライブになるんだから」
穂乃果の異変に気付いたのか、絵里もそれに上塗りをするかのように明るい声を出す。しかし、逆にそれが穂乃果の中の危険なスイッチを押してしまったのかもしれない。
「……私がもう少し周りを見ていれば、こんな事にはならなかった」
聞いてはいけない事を聞いてしまった。そんな感覚が拓哉を支配した。
「そ、そんなに自分を責めなくても……!」
「自分が何もしなければ、こんな事にはならなかった!!」
花陽が宥めようとして、失敗する。やはり穂乃果は自分に責任を感じていた。まだ残っていたとかいうそんな生易しいレベルじゃない。ことりの件で、穂乃果の中にあった自責の念は学園祭の時よりも遥かに大きくなっていた。
「……穂乃果、それはお前が気にする事じゃな―――、」
「やっぱりダメだよ。たくちゃんに自分の責任を押し付けちゃ。これは私の失敗から全部始まったんだから!!」
拓哉の言葉さえも、今の穂乃果には届かなかった。
穂乃果の部屋で全てを背負ったと思って、全部解決したと勘違いしていたのは自分自身だった。何も終わっていなかった。穂乃果の中の自責の念は消えてなんかいなかった。あの苦しみから穂乃果を救えていたなんて、ただの自己満足の結末でしかなかった……?
「アンタねえ……!!」
「そうやって、全部自分のせいにするのは傲慢よ」
「でも!!」
「それをここで言って何になるの?何も始まらないし、誰も良い思いをしない」
絵里の言っている事は、きっと正しい。
言うだけ言って、結局はそれで終わりなんだから。何も変わりはしない。結末が変わるわけでもない。ここの空気が悪くなるだけ。だけど、そうと分かっていても、何も変わらないと分かっていても、抑えられないものもある。
「ラブライブだって、まだ次があるわ」
「そっ!次こそは出場するんだから!落ち込んでる暇なんてないわよ!」
珍しく真姫も励ますように笑顔で言う。にこもそれに便乗し、自身のやる気を出していく。
しかし。
「出場してどうするの?」
決定的な。
亀裂の入る音がした。
「……え?」
「もう学校は存続できたんだから、出たってしょうがないよ」
「穂乃果ちゃん……」
もう、出てきてしまえば、“それ”は止まらない。
「それに無理だよ。A-RISEみたいになんて、いくら練習したってなれっこない」
こういう時だけ、スラスラと言葉が出てくる。出てきてしまう。亀裂は大きくなり、留まる事を知らない。
「アンタ……それ本気で言ってる……?本気だったら許さないわよ……」
それを、1番に許さない者がいた。
矢澤にこ。
誰よりもアイドルが大好きで、誰よりもアイドルを目指していて、誰よりもアイドルの高みに立ちたくて、誰よりもアイドルへの思いが強い少女。
故に、穂乃果の言葉を聞いて黙っていられるはずがなかった。
「許さないって言ってるでしょッ!!」
「ダメぇ!!」
「離しなさいよ!!」
穂乃果に掴みかかろうとするにこを寸前で抑える真姫。にこの気持ちは分かる。だから穂乃果が許せないのも分かる。だけど、何もしなかったら何が起きてしまうか分からない。これはせめて最悪の展開にならないための処置でしかない。
「にこはね!アンタが本気だと思ったから、本気でアイドルやりたいんだって思ったからμ'sに入ったのよッ!!ここに賭けようって思ったのよ!!それを、こんな事くらいで諦めるの!?こんな事くらいで、やる気をなくすのッ!?」
穂乃果は何も答えなかった。目の前でにこが叫んでいるのにも関わらず、それを視界にも入れようとはしない。他のメンバーもそれを黙って見ているしかできなかった。何て言葉をかければいいのか分からない。そんな風にさえ思いながら。
(ああ……いけない……)
岡崎拓哉は1人、何かを言うのでもなくただ俯いているだけだった。
(どうしてこうなった。どこから間違えた……。俺は、俺はこんな光景を見るためにやってきたわけじゃないのに……。いがみ合う必要のないμ'sのこいつらがいがみ合う光景なんて見たくないのにッ!!)
いつもなら仲裁に入っていただろう。にこに殴られる覚悟でもしながら何の気なしに割って入っていただろう。だけど、これはダメだ。今までとは違いすぎる。はっきり言って異質だ。
どうしてこうなってしまった?どうして目の前の少女達は見たくもない喧嘩をしている?どうしてそこまで発展してしまった?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……。
そこまで考えて。
やはりと言うべきか。
結論はすぐに出た。
(……やっぱりダメだ。俺以外に原因が見つからない)
どうしても、最終的に、あみだのように可能性の線を増やしても、最後には自分が原因という結論に行き着く。
そんな時だった。
絵里の声が屋上に響いた。
「じゃあ穂乃果はどうすればいいと思うの?……どうしたいの?」
直感的に。
それはダメだと拓哉の中の何かが叫んだ。
言わせてはならない。何があってもその先を答えさせてはならない。そんな気がする。今の穂乃果の表情は、あまりにも危険に満ちている。何を言うか分かったもんじゃない。
(何か……何か切り出さないと……。この状況を何とか上手く打破できる手段をとらないと、取り返しのつかない事になっちまう……ッ!!)
考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。μ'sが言い合わなくて済んで、且つまた1つになれる方法を。取り返しがつかなくなる前に、ことりのためにμ'sがみんな笑顔で見送れるような方法を。
「答えて」
絵里が言う。だけど穂乃果の口を開けさせるわけにはいかない。自責の念に駆られた今、穂乃果はきっとリーダーとして絶対に言ってはいけない事を言ってしまう。それだけは絶対に回避しなくてはならない。
その事だけを考えて、今までの事も重なって。
思考の幅が狭くなっていたのかもしれない。
岡崎拓哉の頭の片隅にあったものが、今になって出てきた。
もしも穂乃果が辞めるなんて言うものなら、そんな結末だけはあってはならない。
だったら、代わりに辞める者がいればいい。
原因は自分にあって、μ'sのメンバーでもなくて、彼女達の成長を見てふと思った事、それは。
もうμ'sにとって、自分は必要ではなくなったという事。
であれば。
最後にやるべき事は1つ。
μ'sを守るために、μ'sの敵になる。
例えばの話をしよう。
敵と敵がいる。そこに第三の敵が現れる。その敵は最初に争っていた者達よりも強かった。だから、第三の敵を倒すために、争っていた者達は一時休戦とばかりに手を結ぶ。いわゆる共通の敵というやつだ。
穂乃果とみんながいがみ合うくらいなら、自分がそれよりも悪くなればいい。
そして。
「ああ、じゃあ良い機会だ。終わりにしようぜ」
最後の一言を、自分で吐き出した。
屋上が静寂で包まれる。あの穂乃果でさえも、目を見開いて拓哉を見ていた。
「……え……?」
誰が言ったか分からないくらい小さな音だった。だが、それは拓哉以外が全員思った事でもあった。
「穂乃果の言った通りだ。お前達はスクールアイドルをやって見事学校を救った。だったらもうそれで良いじゃねえか。元々は廃校阻止ってのがスクールアイドルを始めた原点なんだから。お前達の役目は廃校阻止が決まった時点で終わっていたんだよ」
「た、くや……?あなた……何を、言って……」
絵里が信じられないと言わんばかりの表情で呟く。みんな、絵里と同じような表情をしていた。
「言った通りの意味だよ。ラブライブ出場できなくて丁度良かったんじゃねえか?明確な目標がないんじゃラブライブに出たとしても負けるのは時間の問題だったろうしな。だからこのまま綺麗に終わっていいんじゃねえのか?お見事お役御免ってやつだよ。あとは1人1人思い思いの学校生活を満喫すりゃいい」
「……ちょっと、アンタ……アンタまで、そんな事、言うの……?」
穂乃果が言った時はそれに対抗するための意志があったにこ。のはずが、今のにこはすぐにでも崩れ落ちそうな顔をしていた。だが、一度決めた岡崎拓哉はもう止まらない。
「それにさ、穂乃果はああ言ってたけど、穂乃果が倒れたのもことりの異変に気付けなかったのも全部俺の監督不行届のせいなんだよ。俺がちゃんと自分の仕事をこなして両立していればこんな事にはならなかったって思ってたけど、こうなって正解かもな。終わりには丁度良いんじゃねえの?」
1人1人の表情がどんどんと暗くなっていく。それを知ってか知らずか、岡崎拓哉は事を進めていく。
「でも俺の責任は責任だ。ちゃんと責任は俺がとる。……タイミングもきっと良かったんだ。ああは言ったけど、別に終わりたくないならスクールアイドルを続ければいい。でも俺はここで退散させてもらう」
それを聞いて、誰かが何かを言おうとして、けれどそれを遮るように、岡崎拓哉は最後の一言を言った。
「俺はμ'sの手伝いを、辞める」
今度の今度こそ。
拓哉以外の時間が止まったような気がした。
「お前らはもう俺がいなくても自分達の問題を解決する事ができる。つまりは俺もお役御免って事だ。廃校阻止もできて、綺麗に辞めるには好都合でもあったんだよきっと。ことりの事は普通に笑顔で見送ってやりゃいい。スクールアイドルを穂乃果はもう諦めムードらしいけど、諦めたくない奴は諦めなければいい。俺の最後の助言はそんだけだ」
未だに誰も口を開かなかった。でもそれが拓哉にとっては幸いだった。みんなの目線はこちらに向いている。穂乃果さえ、何を言っていいのか分からないという顔をしていた。
「んじゃ俺は教室に戻る。じゃあな」
誰もそれを止める者はいなかった。いや、止められなかった。いつも誰かのために行動していた岡崎拓哉が、それを放棄したから。誰も救わず、むしろ自分に敵意を向けられるような事を言いだした。
それこそが、岡崎拓哉の真の狙いだった。
だからわざと自分にヘイトが集まるような事も言った。言いたくもないμ'sを愚弄するような言い回しもした。
全ては全員が笑顔でいる結末を手に入れるために。そのためならば、例え彼女達にどう思われてもいい。嫌われたっていい。もう戻れない関係になったとしても、彼女達が笑っていられるなら、自分はどうなってもいい。
そのために。
少年はヒーローではなく。
ダークヒーローとして、μ'sから離れる決意をした。
さて、いかがでしたでしょうか?
彼女達のために、彼女達に嫌われる事を選んだヒーロー。これは読者の方も中々予想外と思っている方が多いんじゃないでしょうか。
いつもの岡崎拓哉はどうしたんだと思われる方、ちゃんと今後も見ててね!
それが今後どのような展開になっていくのか、見守りくださいませ。
サブタイの意味は、なるべくして崩壊したのか、それとも誰かが破壊したのか、という意味です。
いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!
評価数がもうすぐ100件突破しそうでドキがムネムネしているのは内緒。