さあ、『真・μ's崩壊編』の始まりだ。
「本当に!?」
「ええ!」
「やったやったー!嬉しー!!」
廃校を免れた事を知ったその日の放課後。
校門前でそれを聞いて喜んでいる絢瀬亜里沙の姿の他にその姉である絵里、拓哉、穂乃果、ことりもいた。
「良かったね!」
「はい!来年からよろしくお願いします!」
「意気はいいけど、まだ気が早いんじゃねえか」
「そうよ、まず入試に合格しないとダメね」
既に入学した気分でいる亜里沙に拓哉と絵里が優しい声音で諭す。ずっと音ノ木坂学院に入学すると決めていた亜里沙にとって、廃校阻止が決まって入学希望をできる事が分かっただけでも十二分に喜ばしい知らせだった。
「うん!頑張る!!」
「あ~あ、うちの雪穂も受験するって言わないかな~」
「あ、この前話したらちょっと迷ってました」
「ほんと!?」
姉には決して素直に話さない雪穂だが、それは友達である亜里沙によってサラッとバラされてしまう。と、ここで思い出したように拓哉が亜里沙に質問をした。
「そういや唯は一緒じゃないのか?」
「唯はお買い物して帰らないとって言ってたので今日は一緒じゃありませんよ!」
「あー、そうか、食材もう切れてたっけか。唯も音ノ木坂に受験するから知らせてやりたかったんだけどな」
自分の家の食材在庫を思い出しつつ、今すぐに知らせてやりたいという変にむず痒い気持ちになる拓哉。それを察した亜里沙が笑顔で拓哉に歩み寄る。
「携帯で知らせるのもいいですけど、せっかくですから拓哉さんから直接唯に言ってあげた方が良いと思いますっ!!」
「なるほど……それもそうだな。じゃあそうさせてもらうよ。今日はもう帰るだけだし、俺は家に直行するわ。その頃には唯も家に帰ってるだろうからな。サンキュー亜里沙、良いアイデアだったぞー」
「えへへ~」
軽く頭を撫でるとふにゃっとした笑顔で亜里沙は喜んでいた。それだけ確認すると家に帰るために拓哉は1人だけ歩き出す。
「じゃあまた明日、放課後のパーティー楽しみにしてるぜ」
「ええ、また明日」
「またねー!」
「また……ね」
「さよならですー!」
振り返らず、ただ手だけを上げてそれに応える。早く妹に廃校を阻止できた事を伝えるために。
でも。
だからこそ。
ことりの異変に気付く最後のチャンスを、岡崎拓哉は逃してしまう。
――――――――――――――――――――――
「あっ、お帰りーお兄ちゃん!今日は早かったね?」
「ただいま、今日は急遽練習はなしになったんだよ。唯に報告したい事もあるしな」
拓哉が家に帰ると、唯は既に買い物を済ませて帰宅していた。というより唯もつい先程帰ってきたばかりなのだろう。買い物袋にある物を冷蔵庫へ移動させる途中だった。
「そうなんだ~。それで私に報告したい事ってなに?」
「それなんだけど、朗報だぞ。音ノ木坂学院の廃校は、なくなった」
言うと、それまで買ってきた食材を冷蔵庫へ移動させていた唯の手が止まった。それから恐る恐るといった感じでゆっくりと拓哉の方へ顔を振り向かせる。
「……お兄ちゃん、それって……」
「ああ、穂乃果達がやってくれたんだよ」
「それじゃ私……来年音ノ木坂学院に受験できるって事……?」
「そうだよ」
わなわなと小刻みに体が震える唯を拓哉は優しく微笑みながら見る。そして数秒たつと、黙ったまま唯は拓哉へと抱き付いた。
「おっと、唯?」
「……、」
問うも唯は答えない。まるで今この時間を何かの思いで噛み締めているかのように。それをすぐに察せる事ができたのは、やはり拓哉は唯の兄だからかもしれない。
「……ずっと、待ってた」
「……ああ」
「お兄ちゃん達なら、きっと廃校阻止してくれるって信じてた……」
「ああ」
「お兄ちゃんは、やっぱり私のお兄ちゃんだ……」
「穂乃果達が頑張ったからだ……」
それに対して拓哉の腕の中で唯はうんと軽く頷く。傍から見てみれば、結果を残したのは紛れもなくμ'sだ。拓哉だってそれを1番近くで見てきたし、唯だってそれをちゃんと知っている。だけど、それだけではない事も、唯はちゃんと知っている。
「私はちゃんと見てるから……お兄ちゃんの事……」
「……、」
少し力を入れて抱き締める力を強くする唯。それは唯の思いが拓哉へしっかりと届くようにと、そんな願いが込められたようにも思える。それを知ってか知らずか、拓哉は何も言わずに、だけどそれに応えるように軽く力を入れて抱き締め返す。
「……元気、取り戻したね」
「ッ……、やっぱ唯にはバレてたか」
顔をうずくめたまま、唯は話す。どうやら穂乃果が倒れたあとの事を言っているらしい。
「もちろんだよ。他のみんなは誤魔化せても、お兄ちゃんの妹である私にだけは誤魔化せないんだから」
「なるべく自分の部屋にいるよう意識はしてたんだけどな……」
「あんまり私を甘く見ないでよ?雰囲気だけで分かっちゃうんだから」
下を見ると唯が顔を上げながらにひーと笑っている。何もかもが見透かされていて気恥ずかしい分、それを強引に頭を撫でる事で唯を下に向かせて気恥ずかしさを誤魔化す。唯からしてみればこれさえも分かっていそうだが。
「唯には隠し事はできなさそうだな」
「そんなのは私が認めませーん」
「はいはい……、まあ、今はとりあえずホッとしてるよ。心配事は当分なさそうだ」
「お兄ちゃんもこれで気は休まるのかな?じゃあさっそく残ってる食材を冷蔵庫に入れるの手伝って!」
思わずズッコケそうになるのを何とか抑え、苦笑いをしながらもあいよとだけ言って唯を体から離す。それから2人は微笑ましい会話をしながら事を進めていった。何でもない日常が幸せだと噛みしめながら。
それが明日壊れる事さえも知らずに。
―――――――――――――――――――――
「ではとりあえず~!!にっこにっこにー!!」
時は進みその翌日。
昨日みんなで決めた通り、学校存続祝いのパーティーを部室でする事になった。
「みんなー、グラスは持ったかなー!!」
部長であるにこが1人立ち、他のメンバーは床にシートを敷いて座ったり、イスを持ってきて座ったり、各々が自由にパーティーを満喫できるようになっていた。部室は普段と違って飾り付けをして、ちょっとしたパーティーグッズも持って来て、簡易のテーブルを用意された上には何と何品かの料理も揃えられていた。
「とりあえず学校存続が決まったという事で、部長のにこにーから一言、挨拶させていただきたいと思いまーす!」
「「「おおー!!」」」
歓声と拍手を貰いご機嫌になりながら、にこは語る。それを何となくで聞く穂乃果達、見守るように見て聞いている拓哉達、そして、2人だけ何故か暗い表情をしていることりと海未。
「思えばこのμ'sが結成され、私が部長に選ばれた時からどれくらいの月日が流れたのであろうか……!たった1人のアイドル研究部から耐えに耐え抜き、今こうしてメンバーの前で思いを語―――、」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
「ちょっと待ちなさーい!」
やはりここで待ちきれないのが穂乃果達である。にこの熱い語りを無視してパーティーを始める。
「お腹空いた~、にこちゃん早くしないとなくなるよ~!」
「卑しいわね……」
「みんな~ご飯炊けたよぉ~!!」
「ごーはん~ごーはん~!」
シートでテーブルを囲ってはしゃいでいるメンバーを見ながら、絵里と希、拓哉は保護者気分でそれを微笑ましく感じていた。
「ホッとしたようやね、エリチも」
「まあね、肩の荷が下りたっていうか」
「μ's、やって良かったでしょ?」
「どうかしらね、正直私が入らなくても同じ結果だったと思うけど……」
それが絵里の率直な意見だった。今なら分かる。このメンバーなら、自分がいなくてもいずれは廃校を阻止できていたんじゃないかと。困難を次々と乗り越えてきた彼女達に、果たして自分は必要だったのかと。
「今更何言ってんだよ。絵里がいないと穂乃果達の上達はもっと遅かった。絵里がいてくれたからこそ、ここまでμ'sは強くなれたんだよ。そうだろ、希」
「もぉ……拓哉君に全部持ってかれたや~ん。……でも、拓哉君の言う通り。μ'sは9人、それ以上でも以下でもダメやってカードは言うてるよ」
「……そうかな」
言われて、少し照れ臭くなりながらも嬉しく思う。自分が必要だと思われている事が、今まで1人で廃校阻止しようとしていた絵里には喜び以外の感情が出てこなかった。絵里の顔を安心したように見ていた拓哉は、そこからふと視線を真正面へと向かせた。
(海未?ことり……?)
何かおかしい。
瞬時にそう理解してしまった。拓哉の中にある第六感がそれを激しく知らせる。海未がことりに何かを話しかけ、それをことりが苦しい表情で俯いていた。
そして。
海未が立つ。
「ごめんなさい。みんなにちょっと話があるんです」
当然、他のメンバー全員が海未の方へ振り向いた。希も絵里も話の事については聞いていないようだ。
ただ、拓哉だけは何となく、いや、確実に嫌な予感を感じていた。まるで胸の中をぐちゃぐちゃと抉られているかのような、そんな嫌な感覚。不幸な事に、拓哉の嫌な予感というものは、ほとんどの場合で当たってしまう事が多い。
海未の口が開きかける。その先を聞きたくないと何故か本能で感じながらも、それを聞かないと予感の答えすら分からない。だから嫌でも聞くしかない。それがこの先、自分達の関係を変えてしまう事になるのだとしても。
「突然ですが、ことりが留学する事になりました」
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ほんの数瞬。いや、この部室内の空間だけが本当に時が止まったかに思えるような、そんな沈黙が続いた。誰しもが反応しない。できない。理解が追いつかない。追いつきたくない。
「2週間後に日本を発ちます」
海未はたて続けに言う。ことりには言う勇気がないから、代わりに自分が言うしかない。1分くらいたっただろうか。ようやく、メンバーからも微かに反応が聞こえた。
「……なに?」
「ちょっと……どういう事……?」
「前から、服飾の勉強をしたいと思ってて……そしたらお母さんの知り合いの学校の人が来てみないかって……ごめんね……。もっと早く話そうと思っていたんだけど……」
真姫達に答えるようにことりは自分からも話そうとする。しかしその声はあまりにも弱々しく、聞いていられるものではなかった。
「学園祭でまとまっている時に言うのは良くないと、ことりは気を遣っていたんです」
「それで最近……」
「……行ったきり、戻ってこないのね?」
絵里の質問にことりは重く頷く。それがどういう意味なのか、重々と分かっていながら。
そんな中、拓哉は俯いたままだった。話は聞いている。どういう経緯なのかも知った。だけど、その前にだ。
(ことりが学園祭の時からずっと悩んでいるように見えたのは全部これのせいだった……?海未が学園祭前夜に電話してきた時、海未が感じていた違和感はこの事だったんだ……)
思えばことりの様子はずっとおかしいとは思っていた。ことりにも笑顔が戻ったから一時はそれも解決したものだと思っていた。しかしそれはまったく違っていた。
「高校を卒業するまでは……多分……」
それはつまり、ことりはもうμ'sを続ける事ができないと言っているようなものだった。そして、今まで黙っていた少女がスッと立ち上がる。
「……どうして、言ってくれなかったの……?」
高坂穂乃果。
拓哉やことり、海未と幼い頃からの幼馴染であり、1番仲の良い友達。だからこそ、納得ができなかった。
「だから、学園祭があったから……」
「……海未ちゃんは知ってたんだ。たくちゃんは……?」
「俺も……初めて聞いた……」
そこで少し穂乃果は目を見開く。そういう悩み事ならことりは絶対拓哉に相談すると思っていたからだ。だけどことりは拓哉にも話していなかった。そこに疑問を抱きながらも、本題へ帰る。
「どうして言ってくれなかったの……!?ライブがあったからっていうのも分かるよ?でも、私と海未ちゃんとたくちゃんとことりちゃんはずっと……!!」
「穂乃果っ」
「ことりちゃんの気持ちも分かってあげな―――、」
「分からないよッ!!!」
希の言葉を遮る。今まで誰も聞いた事のない、穂乃果の荒い声。それがみんなを黙らせるのには十分だった。
「だっていなくなっちゃうんだよ!?ずっと一緒だったのに……せっかくたくちゃんもこの街に帰ってきてくれたのに離れ離れになっちゃんだよ!?なのに……!」
「ほの、か……」
拓哉が神保町に帰ってきた時、穂乃果はこれでもかというほどに喜んでいた。数年離れていた分、またみんなで一緒にいれるものだとずっと思っていた。
だから。
なのに。
「……何度も、言おうとしたよ……?」
「……え?」
「でも、穂乃果ちゃんライブをやるのに夢中で……ラブライブに夢中で……たっくんも私達のために準備で忙しくて……だから、ライブが終わったらすぐ言おうと思ってた……!相談にのってもらおうと思ってた……!でも……あんな事になって……それからたっくんも少し様子がおかしかったから……」
「ッ……」
蘇るは、雨の日の学園祭。
「聞いてほしかったよ……!穂乃果ちゃんとたっくんには……1番に相談したかった……!!だって、穂乃果ちゃんとたっくんは初めてできた友達だよ!?たっくんとは少し離れてた時もあったけど、ずっと側にいた友達だよ!?……そんなの……そんなの……ッ!!当たり前だよ!!」
「ぁ……ッ、ことりちゃんッ!」
そのままことりは走り去ってしまった。
取り残されたメンバー、特に穂乃果と拓哉はことりを追いかける事すらできなかった。ことりのあんな言葉を聞いてしまったから。
「ずっと、行くかどうか迷っていたみたいです……。いえ、むしろ行きたがってなかったように見えました。ずっと穂乃果と拓哉君を気にしてて、穂乃果と拓哉君に相談したら何て言うかってそればかり……。黙っているつもりはなかったんです。本当にライブが終わったらすぐ相談するつもりでいたんです。分かってあげてください……」
海未の言葉が拓哉と穂乃果の胸に重く圧し掛かる。2人に相談できないまま、ことりはずっと1人で悩んでいたのだ。それに気付く事すらできなかった。その事実が、深く2人の胸に突き刺さっていた。
「……悪い、少し外の空気吸ってくる」
「ぁ……たく、ちゃ、ん……」
穂乃果の声を無視して、拓哉は足早に部室から出る。
行き先なんて決めてない。だけどあの空間にいるのは耐えられなかった。足は自然と屋上に向かっていた。そんな時も、思考はどんどんと深くなっていく。
(ことりはずっと1人で悩んでいた……。学園祭の時からずっとだ。海未はその片鱗にちゃんと気付いていた。だからああしてあの日の夜に俺達に電話もしてきた。なのに俺はどうだ?準備が忙しいからといって対して気にも留めなかった……。当日にはことりも笑っていたから解決しているものだと勝手に思ってた……。そんな確証なんてどこにもないのに……ッ!!)
気付けば屋上に着いていた。壁際へと腕をクッションにして立ったままもたれる。
(ライブのあとに穂乃果が倒れてしまってことりは穂乃果に相談する事はできなかった。それは仕方ないと考えるにしても、俺はことりの相談を聞く事はできたはずだろ……!穂乃果が倒れてしまっていた事に頭がいっぱいになって周りが見えなくなっていたのは俺だったんだ……。俺にまだほんの少しの余裕があればことりの異変に気付く事ができて違う道も見えていたかもしれないのに……)
たらればの考えを思っていてももう遅い。ことりの留学の件は予定ではなく、もう決定事項となっているのだ。今更自分がどう思おうったって何も変わらない。変えられる事なんてできやしない。そんな簡単な事が分かっていても、どうしても、考えてしまう。
(……何だよ、結局は俺が全部悪いんじゃねえか……。俺がもっとしっかりしていれば穂乃果の風邪の件もことりの留学の件ももっと早くに知る事ができたはずなのに。回避できていたかもしれない最悪の展開を招いてしまったのは他の誰でもない、俺だったんだ……。最初にでも途中にでも、ことりに話を聞こうとした事はあった。そこでちゃんと聞いておけば良かったのに、多少無茶はしてでも問いただしておけばことりもあんなに悩む事なんてなかったはずなのに……)
もう無理だと分かっていても思ってしまう。考えてしまう。自分がもっとあそこで粘って聞いていれば、結末は変わっていたかもしれないと。自分のやる事にいっぱいいっぱいで、大切な幼馴染の悩みを聞いてやる事ができなかった。
その結果が。
(ことりを深く傷付けて、泣かせてしまった……。穂乃果も本来なら付かなくていい傷を付いてしまった……。俺のせいで……)
だんだんと、自分への怒りが沸々と込み上げてくる。
(何がヒーローだ。何がお前達を守ってやるだ……。何も守れてねえじゃねえか!!自分の大切なものさえ自分で傷付けて、ヒーローなんてどの口が言ってやがるッ!!)
無意識に、血が滲むほどに拳を強く握っていた。それを一瞥し、一瞬だけ頭が冷めたような気がして、もう一度拳を強く握る。血が垂れてくるが気にしない。こんな痛み、今の穂乃果やことりに比べたら何てことない。
冷めたはずの頭には今一度沸騰するほどに熱くなった自分への怒りの感情を、どうしようもないどこにぶつけたらいいか分からない苛立ちを、自分を戒めるための粛清を、思い切り壁へと振りかぶる。
ガンッ!!!!!と。とてつもない轟音が屋上に炸裂した。殴りつけた手から血が滲むのを無視して、感情のままに叫ぶ。
「ちっくしょうがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
崩壊は、着々と進んでいく。
さて、いかがでしたでしょうか?
ええ、はい、皆さんお楽しみ、崩壊の始まりです。え、違う?
シリアス一直線ですが、それがラ!一期のこの話の宿命なのです。この作品でのこのストーリー、どうなるか、見守りください。
いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)をお待ちしております!!
自分で書いてて中々メンタルクラッシュ←