無事に先生の手伝いが終わりみんなが先に帰った中、俺は1人で夕焼けを背景に帰路についていた。
山田先生が顧問って知ったのが今日1番の驚きである。
何で今まで言ってこなかったんだよあの人。先生の言動から察するに生徒会の絵里や希も知ってそうではあるが、ただ伝え忘れてるだけなのか?確かにここ最近は文化祭でのライブのためにより一層気合い入れて練習しているからそっちに集中するのは分かるが。
まあそれはそれとして、最初はあんなに俺達を笑ってた先生が自ら顧問になるなんて、やはり現実ってのはどうなるか分からないもんだ。悪い方向だったのに急に良い方向になるように、良い方向だったのに急に悪い方向になるように、未来なんて誰も読めやしない。
でもだからこそ分かる事もある。今の俺達は、確実に良い方向へ進んでいる。ランキングも順調、盛り上がるであろう文化祭の日にライブ、顧問の先生のバックアップ、ヒフミ達のありがたい手助け、穂乃果達の気合いの入りよう。
今のところそれら全てが良い風になっている。大丈夫、いける。今の穂乃果達なら、確実にラブライブに出場できるだろう。俺ももっと少ないにしろあいつらを手伝ってやらないとな。
そんな事を考えながら歩いていた時の事だった。ふと声をかけられたのだ。
「せんぱーいっ!!」
こ、この声は……。振り向きたくない顔をおそるおそる声がした方向へと向けていく。そこにいたのは当然俺が会いたくない人物ナンバー3には余裕で入る後輩だった。
「げっ……」
「愛しの後輩に偶然会ったのにその反応はヒドくないですかー!私です、桜井ですっ☆」
「げげっ……」
「先輩、『げ』が1つ多くなってるんですが」
偶然でもシカトしてそのまま帰れば良かったと今全力で思ってます。いや、今から幻覚でも見たと思って普通にそれとなく帰ろうか。うん、それがいいそうしよう今すぐ決行しよう。
「今ですね、真姫ちゃん達とお茶してるんですよー!」
「いやー俺の幻覚だったかーそうだよなーここに桜井がいるわけないもんなーそんなわけで帰ろ……あんだって?」
「反応遅すぎです。どんだけ私の存在を幻にしたかったんですか」
「やかましい、それより今の話を詳しく」
「ほら、あそこ見てください」
言われ、桜井が指さした方へ目をやる。オープンカフェの席に、見慣れた音ノ木坂学院の制服を着ている少女が3人。言うまでもなく、真姫、花陽、凛だった。呆然としている俺の手を掴んで桜井は真姫達の方へ俺を引っ張る。
「たくや君さっきぶりだにゃー!」
「ど、どうも……」
「……、」
俺を見て軽く挨拶してくる凛と花陽。それに対して上品にコーヒーを飲んでいる真姫。あれ、俺気付かれてない?
「あ、ああ……いや、それよりだ。何で桜井が花陽達と会ってカフェなんかにいるんだよ?桜井に脅されたか?」
「先輩はあたしをどう思ってるんですか」
「あざとい夏美」
「桜井夏美です!あざとい夏美をフルネームみたいに発音しないでくださいっ!!さりげなく下の名前で呼んでくれてありがとうございます録音したいのでもう1回よろしくお願いします」
「やだよマジの録音機差し向けてくんじゃねえ。何でスマホの録音機能じゃなくて本物の録音機常備してんだよこええよ」
今時の女子高生って録音機常備してんのが流行りなの?問題事が起きた時のための配慮なの?マスコミなの?最後は違うか。ダメだ、こいつと話すと話が必ず脱線してしまう。
「で、何で一緒にいるんだお前ら」
「やだなー先輩、この前花陽ちゃん達があたしの事友達って言ってくれたんで連絡先聞いておいたんですよー。それで連絡しあって今日カフェでお茶しながらお話しよってなったんです☆」
「なん……だと……?」
桜井のくせに、意外とまともな理由だったぞ……!?こんなのがあり得るのか……!?いやあり得ない、桜井に限ってそんなまともで普通な理由のはずがない……!!
「先輩今絶対あたしの事疑ってましたよね」
「ソンナコトナイデ」
「もはやカタコトになってんじゃないですか、しかも関西弁だし」
何故か穂乃果達や桜井には俺の心が読まれる事が多い。俺が分かりやすいだけなのか、こいつらが鋭いだけなのか、どっちにしろ俺からしたら恐ろしい。
「ちなみに花陽ちゃん達以外のμ'sの連絡先も知ってます」
「なん……だと……?」
「ちなみにあれから何回もこっちに来てます」
「なん……だと……?」
「ちなみに穂乃果さんや絵里さん達とも何回かお茶してます」
「なん……だと……?」
「ちなみにお話のほとんどが音ノ木坂の事とか先輩の話です」
「なん……だと……?」
「いつからあたしが来ていないと錯覚していた?」
「なん……だと……?」
「最後色々と違うわよ」
ハッ!!真姫に言われなきゃずっとこのままだった!!こいつ、俺が知らないあいだに何回もこっちに来てたのか。しかも全員と何回も会ってるって、もう仲良くなってんじゃねえか……。
「でも穂乃果もみんなも、桜井と会ったなんて一言も聞いてないぞ」
「そりゃ友達と会うのにわざわざ先輩に報告する必要ないですし~」
むっ……まあ、それも一理あるのはある。何だかんだで花陽達はこいつを友達として見てるし、そこに俺が野暮を入れるって分かったら接しづらいのかもしれない。分かってたら絶対茶々入れようとしたしな俺も。
「先輩のお話、皆さんから色々聞きましたよ~。何で手伝いを始めたのかとか、どうやってメンバーを説得したのか、とか始めから今までの事を全部ですっ☆」
「最悪だ……」
こいつに音ノ木坂での出来事を全部知られるなんて、というか穂乃果達も何普通に洗いざらい全部言っちゃってんだよ。思い返せば俺結構色々と凄い事言ってるのにあとから気付いて悶々とする事だってあるんだぞ。
「せ~んぱいっ」
「あん?何だよ……」
絶対からかわれるか笑われるかと覚悟していた俺に、桜井は満面の笑みでこう言ってきた。
「先輩は、やっぱり先輩のままですねっ」
「……うるせっ」
ふふっと微笑みかけてくる桜井から目をそらす。今の言葉があざといだのからかわれてるだのと感じないのは、こいつがおそらく本心でそう言っているからだろう……と思う。こいつの言葉だからこそ俺も分かってしまうのが少しアレだが、無駄に恥ずかしい。
「それでこそあたしの先輩ですっ!」
「お前のじゃねえ。俺はフリーだ」
「先輩がここでもいつもの先輩で安心しました。もし府抜けた先輩だったらあたしが説教してやろうかと思いましたよ~」
「お前に説教されるようなら、俺が相当精神的に追い詰められてる時だけだろうな。考えただけでも死にそうだわ」
「「「「それはダメ(です)」」」」
「お、おう……」
何だ、冗談で言ったのに全員からもれなく有無を言わせないほどの圧力がかかってきたぞ。何なんだよお前ら綺麗にハモりやがって、ゴスペラーズもびっくりだぞ。……いや、それはないわ、うん、ないない。
「っと、俺もそろそろ帰らねえと。手伝いの事でやる事が結構あるんだった」
「ありゃ、そうなんですか」
「そんなにやる事あったかしら?」
「どういうステージにするかとか、どんな機材がいるかとか、そういうのも考えなきゃいけないんだよ。まあお前らは気にしなくていい。歌と踊りに集中してくれ」
「先輩が先輩らしい事言ってる……」
「やかましいわ、んじゃ行くよ。くれぐれも桜井には気を付けろよ」
「やかましいです」
言うだけ言って再び帰路につく。軽く手を振ってくる花陽達に手を上げて応える。まあそれなりに楽しそうにやってるならそれでもいい。桜井も桜井で花陽達と一緒にいて楽しそうではある。
急な事で驚きはしたが、まあ平和であるならそれに越した事はない。俺は俺で家に帰ってやるべき事をやるだけだ。来たる本番までもうすぐ、ここでようやっと手伝いである俺が全力を出せる機会なんだ。
まずはこの暑い中から涼しい家に帰るのが先決である。……アイスでも買って帰るか。
――――――――――――――――――――――
「曲を、変えるだって?」
「うん!真姫ちゃんの新曲を聴いたらやっぱり良くって、これを1番最初にやったら盛り上がるんじゃないかなって!」
翌日の放課後、部室でそんな事を言いだしたのは穂乃果だった。
「まあね……でも振り付けも歌も間に合うかしら……」
「頑張れば何とかなると思う!」
「でも、他の曲のおさらいもありますし……」
「わ、私、自信ないな……」
穂乃果なら何とかなるかもしれないが、それとこれとでは問題が違う。海未の言う事も間違っていないし、花陽みたいに精神面でもそう思うのも無理はない。
「μ'sの集大成になるライブにしなきゃ!ラブライブの出場がかかってるんだよ!!」
「まあ確かに、それは一理あるね」
「でしょ!?ラブライブは今の私達の目標だよ!そのためにここまで来たんだもん!!」
何故だか、穂乃果の言っている事は決して間違いではないのだが、理由が分からないのに、今の穂乃果の発言に何故か少し引っかかりを覚えた。まるで絵里がμ'sに加入する直前の違和感があった時のように……。
「このまま順位を落とさなければ、本当に出場できるんだよ!たくさんのお客さんの前で歌えるんだよ!私頑張りたい……そのためにやれる事は全部やりたい!!……ダメかな!?」
俺の感じた違和感とは裏腹に、話はどんどんと進んでいった。
「……反対の人は?……だって」
反対のものに、手を挙げる者は1人もいなかった。俺も今感じた変な違和感の正体は分からないが、その試みは大事だと思うし、何より誰も反対しなかったのが良い証拠だ。これがプラスになる可能性は十分にでかい。これが成功したらラブライブ出場だって確実性のあるものになってくるはずだ。
「みんな……ありがとう……!」
「でも、だとすると練習はもっと厳しくなるし、穂乃果はみんなより頑張らねえとダメだぞ?」
「そうよ、何たって穂乃果はセンターボーカルなんだから、みんなの倍はキツイわよ?分かってる?」
え、倍もキツイの?ただでさえキツそうに見えるあの練習より倍?さすがの拓哉さんもそれは予想外デス。ソフトバンクの白犬お父さんもびっくりだぞ。あっやべ、俺もそろそろ行かないと。
「うん!全力で頑張る!!」
「おーうその意気じゃ穂乃果ー。じゃあ俺は行くから」
「うぇ?たくちゃんどこか行くの?」
「ああ、手伝いの身だし、文化祭に向けてやる事がたんまりとあんのよねこれが。だからこれからは設営の準備とかで忙しいと思うから、お前らの練習を見れる時間もあまりないと思ってくれ」
顧問と分かった瞬間に山田先生から色々と仕事を頼まれたのだ。まあライブをするのに必要な事だから断るわけがないんだけど。
「そうなんだ~……たくちゃんが見てくれてるから頑張れてる事もあるんだけど……うん、たくちゃんも私達のために頑張ってくれてるんだもんね!私もより一層頑張るからたくちゃんも頑張ってね!!」
「あいよ、俺がいないあいだの監修は絵里か海未に任せる。お前らも頑張れよ」
全員の返事を聞いて部室を出る。
結局変な違和感の正体は分からなかったが、穂乃果達なら大丈夫だろうと思いつつ職員室へ向かう。俺も自分の仕事をしなくちゃいけない。
―――――――――――――――――――
日は進む。
そこからは忙しく色々あったりしたが、問題なく進んでいたと思う。
授業中俺と穂乃果がいつも通り寝ていて先生に注意されたり、はいつもの事か。少ない時間に部室を見に行けば穂乃果がいきなり新しい踊りを提案してきたり、聞いた話によると穂乃果の気合いの入りようが凄まじいらしい。
ステージの設計図を考えたりヒフミ達とどの機材を使うかと忙しい俺は中々穂乃果達の練習を見に行けてないが、何でも穂乃果は夜も走り込みをしていると聞いた。頑張るのもいいが、あんまり無理はしないでほしいものだ。
あとこれは海未から聞いた話だが、最近ことりの様子が少しおかしいとの事。準備で忙しい俺には理由なんて分かるはずもなく、海未も分からないでいるらしい。練習も厳しさを増しているし、ただ疲れているだけならいいけど、それも違う可能性もある。……ライブが終わったら聞いてみるか。
俺もまずは目の前の事に集中しなければならない。ライブのステージの設計図なのだが、中々良いのが浮かばないのが現状である。……いや、浮かんでいるのは浮かんでいるんだが、壊滅的に絵が下手な俺にはどう表現したらいいか分からないのである。こんな時に自分の絵のセンスのなさが憎い……!!
……仕方ない、ここは潔く諦めてヒフミ達に任せよう。そして俺は機材選びに専念しようかと思いますっ。胸張ってステージのデザインは俺に任せろって言ってこれだからあとで絶対あのトリオに何か言われるに違いない。今回の事で深く感じたよ、適材適所ってあるんだね。
ヒフミトリオに連絡メールを送り、ではでは機材選びに入りたいと思う。
機材選びと言ってもそんなの簡単だろと思われがちだが、そうとも限らないのである。何たって今回は屋外ライブだ。でかいライトを使って思い切り明るくしたところでただ眩しいだけだ。撮影カメラで言えば、客のいる前だし、無駄にでかいカメラでは客の視界に入ってしまって邪魔になる。
であれば小さい機材を選べばいいだけの話になるかと思えばそうでもない。小さければ小さいだけスペックも低くなる。何しろ部活の予算内で揃えた機材も少なからずある。山田先生の自腹で買ってくれた機材も何個かあるが、それで上手くいくかと言われれば断言はできない。
今回のライブに限っては確実に良いものをと断言できなきゃ意味がないのだ。ラブライブ出場。穂乃果達にとっての目標。それが目の前まで来ているのに、中途半端なステージにはしたくない。だから機材選びにだって慎重になる。
「……いや、こんな思い詰めてたら余計考えられなくなるだろ……」
自分で自分にツッコミを入れる。煮詰めすぎてもダメなのである。適度な休息も必要であり、それに従い脇に置いてある紅茶を啜る。美味い、夜はやはりミルクティーに限る。安心する甘さだ。さすが午前正午午後の紅茶である。わざわざ全部の時間帯を入れるだけの事はある。長いのは気にしたら負けだ。
もう1口飲もうとした瞬間、携帯が震えた。多人数通話が可能なアプリからの着信だった。名前には海未と書かれていた。
「もしもし、俺だ」
「もしもし?穂乃果だよ~」
「私です。こんな時間にすみません。今日はこの3人で話したい事がありまして……」
丁度息抜きをしていたところだから構わない。それにしても今日はこの3人だけ、か。幼馴染組であって、ことりがいないとなると。
「ことりの様子がおかしいって話か」
「ええ……そうです」
「へっくしゅ!……ことりちゃん?別にいつもと変わらないと思うけど」
紅茶を1口啜る。穂乃果もことりについては理由を分かってないらしい。となると、誰もことりがおかしい理由が分からないって事か。そもそも俺は最近練習を見れてないからことりを見る機会もあまりないしな。授業中は寝てるし。
「そうでしょうか……」
「海未ちゃんは何か聞いたの?」
「いえ……私は弓道の練習もあったので、最近あまり話せてないんです」
海未だって他の部活に入っているから仕方ない。ただでさえみんな忙しいのだ。話を聞くにしてもタイミングもあるし、機会をちゃんと作らないといけない。
「大丈夫じゃないかなー?きっとライブに向けて気持ちが高ぶってるだけだよ!」
「なら良いのですが……」
「それである事を願うしかないな。本番は明日なんだし、忙しいのも時期に終わる。その時に聞きだせばい―――、」
「ヘクシュッ!」
おい、くしゃみで俺の言葉を遮るな。まとめようとしたのに惨めに感じるだろ。
「ほら、明日は本番。体調を崩したら元も子もありません。今日は休みなさい。拓哉君も休んでください」
「は~い」
「やる事が終わったら寝るさ。あと明日は準備で俺は朝早く出るから一緒に登校は出来ない。だから穂乃果は遅れないようにしろよ~」
「分かってるよもう!」
「やる事って、まだ終わってないのですか?」
切ろうとしたら意外に海未から質問がきた。プツンッと聞こえたから、穂乃果はもう切ったのだろう。
「ああ、これでもやる事結構あるから大変なんだよ拓哉さんも。まあ張り切ってるし好きでやってるからいいんだけどさ」
「そうなんですか……。ですがあまり根を詰めないようにして、無理なく頑張ってくださいね」
「ああ、分かってる。じゃあまた明日な」
「はい、お休みなさい」
今度こそ通話を切る。ことりの様子がおかしいのも気になるが、それを今気にしたところで何も変わりはしない。今は目の前の事に集中しなければならないのだ。
ふと、外から微かな音が聞こえた。
「……雨か」
外を見ると、結構大振りの雨が降っていた。
雨はそんなに好きじゃない。明るかった気持ちがどんよりとした雨雲と雨のせいで暗くなってしまう時がある。それに明日は文化祭本番だ。この雨が続いたままだとしたら、明日は雨の中でライブをしなくてはならない。
客がちゃんと来るかも分からない。ほら、雨はそうやって余計な気持ちまで出てこさせる。だから雨はそんなに好きじゃないんだ。
「……何もなければいいんだけどな」
僅かな違和感と、雨から感じる微かな不安が変に入り混じっていた。
――――――――――――――――――――――
「がああああああああッ!!ちくしょう!!だから雨は嫌いなんだ!!何が悲しくて文化祭本番で雨の中屋上でステージ設営してんだ俺はー!!」
「そりゃライブするからに決まってんでしょうに。ほら、文句言わないでさっさと手を進める!私達も手伝ってるんだから!」
「いや、もうほんとそれに関しては感謝しかないっす」
いよいよ文化祭当日。
天気は生憎の雨模様である。そんな中、俺は穂乃果達よりも早く登校してステージ設営をしている最中なのである。……雨の中な。なのに文句も言わず手伝ってくれるこのヒフミトリオは何なのだろうか。あれか、新手の聖女じゃないのか。良い奴らすぎだろ。
「よし、まあこんなもんでいいでしょ!幸い雨は降ってても風は強くないからステージが崩れる心配もなさそうだね」
「だな。本当なら雨も止んでほしいところではあるが、さすがにこれじゃ見込めそうもないか」
「仕方ないもんは仕方ないっ!ほら、行くよ!設営が終わっても私達にはまだやる事があるんだからボサッとしない!!穂乃果達もそろそろ登校してくるんだから!!」
「ああ、分かってるっての」
さすがに本番という事もあってかヒデコ達も気合いが入っている。もうこいつらだけでいいんじゃないかな。何はともあれ本番までもうすぐだ。俺も最高のステージにしてやるために頑張りますか。
「あっ、拓哉」
「何だその『え?いたの?』みたいな反応は。俺だって一応ここの部員なんだから部室に来るのはおかしい事じゃないだろう」
「え、ええ、そうね。でもいきなりいたものだからつい驚いちゃって」
何それ、いきなりいたってどこぞのスライムじゃないんだぞ。仲間にしてあげてよ!!絵里の中々にドライな反応をいただいた俺は今、普段みんなが座る部屋で物を漁っていた。
「で、拓哉君は何してるん?」
「ちょっとした探し物だよ。ライブの演出で使えそうなものがないかなって」
「そんなのがここにあると思ってるん?」
「それどういう意味よ希!」
いや、にこの私物ばかり置いてるのを知ってるからこそ何か使えるのないかなーと思ってたんだが、さすがにアイドル雑誌やグッズはあってもライブに使えるのはないか。
「というかお前らは奥の部屋で何してたんだ?」
「見れば分かるでしょ」
「え……あ……まさか、着替えてたのでせう……?」
「そゆこと。どうかしら?」
ドヤァと見せびらかしてくるにことは裏腹に、俺は全力で安堵していた。
何故かって?分かるだろ。一歩間違えて俺が奥の部屋にまで物色しようと行ってみろ。みんなの着替えをこの目に永久録画するとこだったんだぞ。考えるだけで恐ろしい。文化祭で俺の人生が終了にならなくてホントに良かった……。
「拓哉君、もしかしてウチらの着替え見たかったんとちゃう?」
「違うわあ!!わざと誤解するような事言わんでよろしい似非関西弁娘があ!!逆に見なくて安心してるっつうの!!」
「それはそれで複雑やわあ」
何でだよ。女の子としてその反応はいただけないと思います。一部の人が聞いたら全力で覗きに行くぞその言動。ちなみに良いなら俺も全力で見に行きます!!
「全然弱くならないわねえ」
「ていうかさっきより強くなってない!?」
「これじゃたとえお客さんが来てくれたとしても……」
俺と希の渾身のコントは無視ですか貴様ら。こんなハードなコントを無視とか俺がいたたまれないぞ。希は既に向こうに行っている。あれ、俺1人だけ放置なのん?
「やろう!」
1人拗ねようとしていたら、奥の方から穂乃果の声が聞こえた。どうやら穂乃果は今着替え終えたらしい。
「穂乃果……」
「ファーストライブの時もそうだった。あそこで諦めずにやってきたから、今のμ'sがあると思うの。そうだよね、たくちゃん」
「ん、ああ、そうだな。あそこで誰かに支えられたけど、それでも最後に立ち上がる決心をしたのはお前達だった。だからやり遂げられた」
「うん……うん!!行こう、みんな!!」
今の穂乃果の顔にはファーストライブの時のような不安感は一切感じられなかった。それほどに自信があるのだろう。そうだ、やはり穂乃果はそうでなくちゃいけない。
「そうだよね……そのためにずっと頑張ってきたんだもん!」
「後悔だけはしたくないにゃー!」
「泣いても笑っても、ライブが終わったあとには結果が出る」
「なら思いっきりやるしかないやん!」
「進化した私達を見せるわよ!」
「やってやるわあ!!」
それぞれがやる気を見せる。海未とことりは何か話してるようだが、どうやら心配はいらないらしい。ことりの様子がおかしい事も解決したのだろうか。それならいいけど、少し聞いてみるか。
「なあ、こと―――、」
「拓哉君!そろそろ来て!!チラシ配り行くよ!!」
「あ、ああ、分かった!じゃあ、俺は最後のチラシ配り行ってくるわ」
何か聞く前にフミコに呼ばれてしまった。そういや元々俺は探し物ないかここに見に来ただけなんだった。
「うん、じゃあ私達そろそろ屋上に行くから、あとでね!!」
「おう、しっかりやれよ。μ's!!」
部室を出る瞬間、俺の言葉に9人の女神は元気な声で反応した。
「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」
―――――――――――――――――――
雨は止まない。だけど時間はいつだって、誰にだって、平等に流れてゆく。
本番がきた。
チラシも無事に配り終えて屋上に行くと、雨の中なのにライブを見に来てくれている客は結構いた。それだけ注目度や期待度が上がっている証拠だろう。既に穂乃果達はステージ上に立っている。
「お兄ちゃーん!!」
「あっ、たく兄!」
「拓哉さん!!こんにちはっ!!」
奥の方でカメラをセットしていると、文化祭を見に来ていた唯達が俺に気付いたらしい。
「おう、揃いも揃ってよく見に来てくれたなシスターズ」
「ものすごく簡略化したね」
「気にするな。これも愛だ」
「変な愛だね」
雪穂がツンとしていらっしゃる。雨のせいで機嫌でも悪いのだろうか。分かるぞ、俺も雨は好きじゃない。何なら飴が降ってきてほしいくらいだ。
「あっ、始まるよ!!」
おっと、危ない危ない。唯の声で意識をステージの方へ集中させる。穂乃果が少し目を瞑る。色々な事を考えているのだろう。これまでの事を、だからこそ、大丈夫だと思わせてくれ。
俺もヒデコもフミコもミカも山田先生も出来るだけ最高の設備を考えた。あとはお前達がそこで最高のパフォーマンスをするだけだ。さあ、見せてやれ。
μ'sの今の姿を。
Music:μ's/No brand girls
よし、いいぞ。何もかもが順調だ。客も雨だって事を忘れて盛り上がっている。やはり穂乃果の言った通り最初にこの新曲を選んで正解だったんだ。何だかんだで穂乃果はいつも正しい選択をする。それが今回も発揮されたってわけだ。
1曲目が終わる。客の盛り上がりもいきなり最高潮に達していて、これからもっと盛り上がるんだと確信していた時だった。
「ぅ……ッ」
穂乃果が、倒れた。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
その出来事に、その場にいた誰もがすぐに理解する事を放棄していた。
何だ?何が起こった?今まで順調だった。上手く事が進んでいた。このライブは成功するはずだった。なのに、今、穂乃果が、倒、れた……。
誰も動けずに、呆然と立ち尽くすみんなをよそに、俺はおもむろに叫んだ。叫ばずにはいられなかった。今すぐそいつの元へ駆け寄るために。
「穂乃果ァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
ほら見ろ……。
今まで良い方向に進んでいると思ったら、急にこんな悪い方向になってしまった。それもこんな雨の日に。
分かっていた事じゃねえか。
未来の事なんて、誰も読めやしないって。
さて、いかがでしたでしょうか?
あえて前書きには何も書かないという新しい試み。
いよいよシリアスが介入してきました。ここからシリアス多め、ギャグちょっとという事が多くなるかもです。
さあ、今こそ皆さんのメンタルが試される!!
いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます。
では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、
リバイスさん(☆10)
1名の方からいただきました。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!
新作の方もそろそろ書かないとなぁ。