ラブライブ!~奇跡と軌跡の物語~   作:たーぼ

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どうも、真姫脱退編さっそくのクライマックスです。



では、どうぞ。





65.対峙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫の家を訪れた岡崎拓哉率いる真姫を除いたμ's一行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、たくちゃん。殴り込みが何だって?」

「……、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の屋上でキリッと殴り込みだなんて言っておきながら今穂乃果達の前にいるのは、普通にインターホンを押そうとしているヒーロー(笑)だった。

 

 

 

 

 

「……あ、あれだよ。ああは言ったけど、一応礼儀は弁えないとだな……?」

「カッコ悪いったらありゃしないわね」

 にこの言葉を受け、心というハートにぶっとい矢が何本も突き刺さるようなショックに陥る拓哉。あれだけ臆す事無く言っていたのに、自分のやっている事と言えばただのお宅訪問だ。

 

「うるせえ!今のご時世は厳しいんだよ!ちょっと決闘やろうとするだけで逮捕だし、実際に無理矢理殴り込みなんてしたらそれこそ警察沙汰になるんだぞ!俺捕まりたくないッ!!」

「言い訳が凄い必死やな」

「まあ気持ちは分かるけどね……」

 実際問題拓哉の言い分は間違っていない。そもそもの話、殴り込みなんていつの時代にやっても警察沙汰は不可避なのだが、相手の家が家だから余計なのだ。

 

 

 拓哉達が入ろうとしているのは、世界でもトップクラスの医療技術を持ち、しかもその病院を経営している社長の家。つまりは豪邸だ。

 

 

 

「くっ……想像はしてたけど、やっぱでかいな……」

 周りを遥かに凌駕する家の大きさ。それが余計にプレッシャーとなり足を重くする。

 

 

 そう、拓哉が対峙する今回の相手は今までとは全然違う。

 喧嘩した事ある不良や、救うために説得してきた少女達ではない。年齢的にも精神的にも拓哉より遥かに上であり、まず人生経験の差が段違いの、『大人』なのだ。

 

 

 それに、『ただの大人』ではない。『どこにでもいる平凡な高校生』の拓哉とは違い、相手は病院の経営を成功させていて、世界に誇れる技術も持っている『スーパーエリート』だ。

 そもそものスペックが違う。自分の言い分が相手に通じるかも分からない。そこまでの相手。

 

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 

「そんなの気にしてたら、真姫は救えないよな」

 インターホンを押す。まるで自分の中のスイッチも切り替えるかのように。穂乃果達には着いてこなくても良いと言ったが、自分達もそれなりに言いたい事があるらしく、渋々着いてくるのを許した。

 

 インターホンの向こうからプツッと音が聞こえると、その数秒後に玄関の方から足音がした。どうやら画面で拓哉達を確認して、直接出てくるつもりなのだろう。だとしたら、恐らく出てくるのは真姫の母親だろう。

 

 

 ガチャンと軽快な音が聞こえると同時に1人の女性が顔を出す。

 

 

「お……あ……っ」

 スイッチを切り替えたはずの拓哉の口から変な声が漏れる。それからすぐに穂乃果達の方へ向き話し始める。

 

 

「(おいやべえって、真姫ってお姉さんいたの!?聞いてないぞ!てっきり母親と父親とで3人暮らしって思ってたんだけど!?)」

「(落ち着いてたくちゃん!まずは真姫ちゃんのお姉さんに大学生かどうか聞いてみようよ!)」

「(そこはどうでもいいです!!まずは中に入れてもらわないと何も始まりませんよ!!)」

 拓哉と穂乃果のどうでもいい話に海未が割って入る。それに暑い外にいるのはここにいる全員が嫌なのだ。そんなわけで本題に入ろうとする。

 

「あら、あなた達は……真姫のお友達の……」

「あっ、どうも、真姫ちゃんのお友達の高坂穂乃果です!えっと、一緒にスクールアイドルとしてμ'sもやってます……」

「ふふ、真姫から時々聞いてるわ。こんにちは、真姫の母です」

 

 

 

 

 

 暑い外のはずなのに、確かに一瞬だけ、拓哉達の周りだけが凍り付いた。いち早く誰よりも正気に戻った拓哉は今一度尋ねる。

 

 

 

「……えっと、もう一度お聞きしても……?」

「真姫の母の真梨奈(まりな)ですっ♪」

 

 

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「(おィィィいいいいいいいいいいいいッ!!やっぱ母だったよ!俺の聞き間違いじゃなかったよマジモンのお母さんであらせられたよ!!)」

「(ものすごく若いよ凄いよ!私のお母さんよりも若く見えるよ!)」

「(それはノーコメントで)」

「(いいから早く家に入れてもらいますよ!ちなみに私の母もあれくらい若いです!)」

「(お前も最後で火に油注いでんじゃねえよ!そういう俺の父ちゃんの方がかっけーし!みたいな争いはいらねえから!!)」

 

 

 小さな言い争いを見て呆れる3年組、それとは真逆に微笑んでいる真姫の母真梨奈。おそらく外の暑さを気にして気遣ったのだろう。微笑みながら真梨奈は話しかけた。

 

 

「そこにいても暑いでしょ?家に上がって……というより、何か話があるんでしょ?」

「……ありがとうございます」

 真梨奈の言葉で、全員の雰囲気が変わる。やはりと言えばやはり、この母親は知っている。父親にバレたのはこの母がうっかり合宿の事を言ったのが原因だが、それも悪意ではないから何とも言う事ができない。

 

「真姫の事で……来たのよね……」

「はい」

 それに拓哉は即答した。どうせ知られているなら変に誤魔化す必要もない。拓哉の返答を聞いて、真梨奈は苦い表情をする事はなく、むしろ少し嬉しそうにはにかんだ。

 

「そう……良かった」

「え?」

 真梨奈の思わぬ言葉に即答した拓哉でさえ理解が遅れた。

 

「真姫がああなっちゃったのは私のせいだし、でも私じゃ何もできないから……時々真姫から話を聞いてたあなたなら、どうにかしてくれるかもしれないって思ってたの」

 自分のせいで娘の好きな事を辞めさせてしまう原因になってしまった。その事に負い目を感じていた。だけど自分じゃ夫を説得するのは到底不可能だという事も分かっていた。だから頼るしかなかった。

 

 娘が話していた少年に。少し愚痴も混じりつつ、けれどどこか楽しそうに学校の事や少年の事を話す娘の顔を毎日見ていたから、目の前の少年に頼る以外に手段はなかった。何とかして連絡を取れないかと思っていた矢先に件の少年達が来た事に、真梨奈は安堵したのだ。

 

 この少年達は真姫が辞めるのを止めようとしていると。真梨奈が何も言わずとも、ここまで少年達はやってきた。だったら、もうあとは何を言えばいいか分かる。自分の代わりに話すつもりであろう少年達に、真梨奈は言う。

 

 

 

 

「だから、お願い。真姫の大好きな音楽を続けられるように、あの人を説得してほしいの」

 

 

 

 

 聞いて、少女達は微笑む。それだけで返答は必要なかった。

 そして、少年は1人思う。

 

 

 

 これはある意味では真姫の自業自得だ。

 いくらバレる事を恐れていても、父親にスクールアイドルの事を黙っていた真姫にだって非はある。見方が違えば、これは単なる当然の結果に過ぎないと吐き捨てる人だっているだろう。

 

 

 

 それでも。

 

 

 そのままあっさりと終わりにするつもりなんて毛頭ない。もう少し見方を変えさえすれば、真姫は大好きな父親に黙ってまでもう1つの大好きな音楽を続けたかったのだ。ただ純粋に音楽が好きだから。1人の女の子は親にバレるかもしれないプレッシャーと1人戦っていた。

 

 

 

 

 であれば、終わっていいはずがない。これまでの真姫の物語が、こんな悲しい結末になっていいはずがない。悲劇的に終わっていいはずがない。

 拳を握る。殴るためではない。これは意志の表れだ。

 

 

 

 

 決意を口に出す。そのついでに目の前の真姫の母親への返答も含める。

 

 

 

 

 たった1人の女の子を泣かしたままにするわけにはいかない。真姫は今悲劇の渦の中にいる。自分ではどうしようもない結末に打ちひしがれている。なら、それをここで打開させるしかない。他の誰でもない自分の手で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな悲劇は、ここで終わらせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇―――65話『対峙』―――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関に靴がなかったところを見ると、真姫はまだ帰ってきてないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の状況を考えてみれば好都合だと拓哉は思う。真姫がいればおそらく口を挟んでくる事は間違いない。拓哉の思惑としては正直真姫の父親と2人で話したかったのだが、そこはやはり穂乃果達が黙っていなかったので仕方なしに連れてきた。

 

 

 真梨奈の案内でリビングへと誘導される。

 

 

 

 

 1人用の白いソファに、その男性は座っていた。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。これは揃いも揃って……真姫のお友達かな」

「……どうも」

 短い挨拶だけを済まし、拓哉達は男性の対面にある複数人用のソファに腰を下ろす。いくらあまり病院に通う習慣がない穂乃果達でも名前くらいは聞いた事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 西木野翔真(しょうま)

 

 

 

 

 

 

 

 

 西木野総合病院の社長。世界でもトップクラスの技術力を有し、その経営も担っている。まさに『平凡』とはかけ離れている『スーパーエリート』の文字が似合う人物。西木野家の大黒柱であり、紛れもない真姫の父親。

 

 

 

 しかし、この親が真姫を辞めさせた事実には変わらない。

 

 

 

 

「で、対面に座るという事は、僕に何か用なのかな」

 分かっているくせに、と拓哉は内心で悪態つく。この状況で真姫の知り合いが全員で家に来た時点で理由は明白なのだ。それをわざわざ気付いてないフリをして聞いてくるというなんて、この父親に限ってあり得ない。だから拓哉も遠慮なく言うつもりだった。

 

 

「単刀直入に言わせてもら―――、」

「どうか私達を、真姫ちゃんと一緒に活動させてください!!」

「おまっ……」

 穂乃果が割って入ってきた。それにより拓哉は頭を抱える。穂乃果なら必ずどこかしらで入ってくると思っていたが、まさかいきなりとは思っていなかったのだ。

 

「私達μ'sには、絶対絶対真姫ちゃんが必要なんです!」

 そして、穂乃果が声を上げてしまえば、当然ここぞとばかりに声を上げる少女達がいる。

 

 

「真姫ちゃんはずっと一緒にやってきた仲間なのにゃ!」

「真姫ちゃんがいなかったら、私達、オリジナル曲なんて絶対無理だったと思うんです……」

「真姫は可愛いから絶対アイドルに向いてると思うの!!」

 少し苦い表情をする拓哉。それは海未も絵里も同じようで、やはりこの人数で迷惑になって、かえって逆効果になりかねないからだ。

 

 

「……何故、君達はそこまで真姫に執着するのかな」

 だが、西木野翔馬は表情を崩す事なく質問をぶつけてきた。それに答えようとしたのは、拓哉にアイコンタクトをとった絵里だった。

 

「私は音ノ木坂学院生徒会長をしている3年の絢瀬絵里といいます。現在、このメンバーと一緒にμ'sというスクールアイドル活動をしています。音ノ木坂学院の廃校の危機を救うため、と言ったら大人の方には滑稽に聞こえるかもしれません。でも、私達は本気なんです」

 学校の生徒会長だから、説得力はあると思っての発言だった。実際絵里が最初から本気で廃校を止めようとしていたのは拓哉達全員が知っている。でも、西木野翔馬は知らない。真姫がそれにどれだけ貢献しているかも。

 

 

 故に。

 

 

「その話は言った時に真姫から聞いたよ。でも、特にうちの真姫がそんな活動をする必要はないように思えるけどね。真姫は将来医学部に進まねばならない身だから、しっかり勉強してもらわないといけない」

「そんな活動って酷いにゃ!」

「真姫だって、何だかんだ言いつついつも楽しそうにしてたのに!!」

 真姫の父親である翔真のあまりにも無慈悲な言葉。それに凛とにこは抗議する。

 

 

 真姫の気持ちも聞かず、自分の娘の将来を勝手に決めて押し付けて、それ以外はどうでもいいように聞こえるその発言に、当然黙っていられる者はいない。

 特に、岡崎拓哉は。

 

 

 

 

 

「……さっきから黙って聞いてりゃ、こっちの意見を聞いてるようで1つも聞いてねえじゃねえかアンタ」

「……何?」

 もう遠慮はいらない。こんな父親に敬語を使う必要もない。自分の父親の冬哉を頭に浮かべる。親子だから喧嘩をする時もある。言い合いになる時だってある。それでも、あの父親には拓哉が少なからず尊敬するブレない正義感や子供である拓哉や唯のしたい事をすればいいという当たり前の優しさがあった。

 

 

 だが、目の前にいる男は何だ?

 真姫の気持ちもロクに聞かず、一方的に辞めるように言うだけ言って、1ミリたりとも何も思っていない。そんなのが認められていいのか?真姫も許容してしまっていいのか?いいや違う、そんなのはあってはならない。

 

 

 

 

 だから、改めて岡崎拓哉は西木野翔馬と対峙する。

 

 

 

 

 

「真姫がそんな活動をする必要はないだって?何でアンタがそれを勝手に決めつけてんだよ。関係ないだろアンタは」

「まず君は誰に向かって口を聞いてるのか分かっているのかい?仮にも大人だぞ、僕は」

「俺が今話してんのは自分の都合で娘引っ掻き回してるようなバカな男だ。精神年齢は我が儘なクソガキだろうよ」

「……ほう」

 分かりやすすぎる拓哉の挑発に眉がピクリとだけ動く。さすがのスーパーエリートでも癇に障るものはあるらしい。それが分かっただけでも収穫だった。何せ、何物にも動じないというのは、何を言っても無駄という意味にもなる。

 

 

「何で真姫の活動を認めてやらねえんだよ」

「言っただろう。その活動を真姫がする必要がないからだよ。真姫のこれからに関わる事ならまだしも、その活動は真姫にはあまりにも無意味だ」

 再度の質問にも即答で変わらない事を言う翔真。言っておいて何だが、拓哉の方がその発言に叫び散らかしたい気分だった。

 

「だからそれを何でアンタが決めるんだよ。必要がないだとか、無意味だとか、そんなのは真姫自身が決める事であってアンタが決める事じゃねえだろ」

「真姫は今でも優秀には変わりないが、それでもまだ学生という子供だ。だから親である僕が真姫の事をちゃんと決めてあげているだけに過ぎない」

「それはアンタの傲慢だ。真姫は今のままでも十分に大人だよ。高校1年とは思えないほどにな」

「そりゃそうだろう。何せ僕がそうして育ててきたんだからな」

「なら何でまだ真姫を縛ろうとするんだ。もう真姫は自分で大体の事を決められるだろうが」

 

 拓哉の拳がギリギリと力強く握られていく。明らかに怒りの表情が顔に少しずつ表れていた。この父親、ただでさえ訳の分からない事を言っているのに、それを無表情で平然と言ってのけているのが、どうにも拓哉の癇に障っている。

 

 

「それもそうだ。だけど、実際今の真姫はスクールアイドルという君達のような何の意味もない活動をしている。だから僕が矯正させてあげるんだよ。そんな何も生まれない活動より、将来が約束されている立派な道のりに乗る方が断然良いに決まっている」

「だからそれじゃ意味ねえだろうが!!真姫の道は真姫が決めるのが当然だろ!何でそこに無関係のアンタが介入してやがるッ!!」

 とうとう堪忍袋の緒が切れる。この親は何も分かっちゃいない。自分の思い通りに真姫が動く事に何の疑問も抱いていない。そんなのは間違っているのに。本来そうあってはならないのに。

 

「あまり声を荒げないでくれないか。この家だって防音なわけじゃないんだ」

「ぐッ……て、めぇ……ッ!!」

「たくちゃん……」

「……穂乃果」

 固く握りしめられていた拓哉の拳に穂乃果の柔らかな手が包み込む。それで冷静さを取り戻す。

 

 

(そうだ、落ち着け……。今日はこのバカ親父に真姫の活動を認めさせるのが目的なんだ。考えろ……この自称スーパーエリートに分からせてやる案を……考えろ)

 少しのあいだの空白の時間に思考を深める。西木野翔馬に真正面からの発言をぶつけても意味がない。ならば、変化球をぶつけるしか打開するのは難しい。

 

 

 

 

「もう話は終わりでいいかい?僕も久しぶりの休みなんだ。真姫の邪魔をする君達といつまでも話しているのは苦痛なんだよ。終わったのなら、早く出て行ってもらえるかな」

 

 

 どこまでも人の神経を逆撫でする言い方に穂乃果達が顔を顰めるも、拓哉だけはまだ前を見据えていた。岡崎拓哉は変わらない。助けると決めたら、助ける。『スーパーエリート』に『平凡』が勝てないなんて道理はどこにもないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ話は終わってねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして、西木野真姫は帰宅した。

 帰宅が遅れたのは母に頼まれた買い物を済ませてきたからである。

 

 

 

 

 

 

 玄関に入ってまず目に入ったのは、あまりにも多い靴。いつもなら絶対にないはずの学生用の靴だった。

 

 

 

(これって……まさか)

「お帰りなさい、真姫」

 思考が行きつく前に、母である真梨奈が真姫に声をかける。

 

「た、ただいま、お母さん……こ、これって……」

 恐る恐る聞いてみる。それに真梨奈は少し微笑んで答えた。紛れもない、母親の顔で。

 

「来てるわよ。岡崎君達……」

「そんな……何で……」

 確かにみんなの前で続けたいとは言った。だけど、それはあくまで希望的観測に過ぎなかった。もう真姫の中では終わったんだと無理矢理区切りを付けるしかなかった。

 

 

 

 

 だから。

 なのに。

 

 

 

 

「あなたが1番知ってるんでしょ?あの子達の事を」

「……ぁ」

 頭に浮かぶのは、いつも元気に誰彼構わず振り回すサイドテールの少女。その子に誘われ真姫のスクールアイドル活動は始まった。そして、もう1人は、困っている人がいればそれが誰であっても問答無用で助けてしまう、そういう精神を持っている茶髪のツンツン頭の少年。

 

 

「あの子の目を見てすぐ分かったわ。岡崎君なら、あの人を説得してくれるかもしれないって」

「……、」

「いるわよ。リビングに。今翔真さんと話してるわ」

 促されるままリビングの扉へと赴く。どうしてか、決してその向こうへと行こうとはしなかった。そこで話し声が聞こえた。聞き慣れた少年の声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ話は終わってねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だって?」

 翔真が聞き返す。もう終わりのはずだった。それを、目の前の少年は許さなかった。

 

 

「アンタには真正面からぶつかっても変わらないと思った。だから質問を変える」

 少年の目は、まだ輝きを失ってはいない。

 

 

「アンタはいつもそうやって真姫の道をアンタの都合で動かしてきた。だったらさ」

 そこまで言って、拓哉は確信を突く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタは一度でも、真姫からの本当の気持ちを聞いた事があるのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 たった1人の父親は、いつも通り、動じなかった。いや、少し違う。すぐに即答できるはずの口が、動かなかった。

 

 

 

 

 

「最初から聞いてりゃアンタは昔からそうやって言い聞かせてきたんだろ。父親である自分の言う事が正しいから、言われた通りにしろって。そうしていれば真姫の人生は必ず輝くものだと嘯いて、そうやって騙してきたんだ」

「違う、僕は真姫を騙してなんかいない。実際僕の言う事は正しいんだ。だから―――、」

「真姫の気持ちすら無視したのか」

 言葉が、詰まる。

 

 

「結局アンタは何も分かっちゃいないんだよ。そんな事しなくても、真姫は最初からアンタの病院を継ぐ気でいたんだよ。アンタが言い聞かせなくても、真姫は大好きなアンタのために病院を継ごうと頑張ってんだよ」

「な、にを」

「いつしか真姫から聞いた事がある。あいつは本当に父親であるアンタを尊敬していて、大好きなんだって。誇れる父親で、それが目標だから、それに恥じないように自分も勉強を頑張って病院を継ぐって言ってたよ」

 翔真の口が動かない。動かせないでいた。今この少年は何を言っている?娘の何を知ってそんな事を言っている?

 

 

「分からねえだろ。俺の言ってる事が。そりゃそうだ、俺も半信半疑だったけど、これまでのアンタの話を聞いて確信がいったよ。アンタ、これまで真姫の口から何も聞いた事ないんだろ?」

「それは……真姫が言うまでもなく僕が分かっているからだ」

「違う、違うよ。それはアンタの中で勝手に解決しているだけだ。アンタは直接聞いた事がないんだ。真姫から病院を継ぐって。それが当たり前だと思っているから、アンタはそれを真姫に聞く事が1度もなかった」

 

 言われて、癪だが納得した。翔真の中では真姫は何があっても病院を継いでいる未来しか考えていなかった。だから、それが当たり前すぎて、真姫に病院を継ぐかなんて質問は愚直だと勝手に解釈していた。

 

 

 

 

「もう1つ質問させてもらう。アンタはさ、今まで何回真姫の()()()()()()()()()()?」

「……、」

 今度の今度こそ。翔真の口が開く事はなかった。答えは簡単だ。答えられないから。

 

「真姫は本当に小さい頃からアンタが大好きなんだよ。多分それは今でも変わらない。だからこそ、小さいながらに真姫は分かってしまった。アンタにそう育てられてきたからこそ、真姫はそこに行きついてしまった。アンタが望んでいる事は、最初から真姫が医者になる事だけなんだってな」

「ッ……」

 今まで動揺という動揺をしていなかった翔真の眉がピクリと動いた。

 

 

「部屋を見渡せば分かる。真姫はこれまでピアノコンクールに何回か参加してるんだろ。そして賞をもらった。アンタはそれを褒めた事はあるのか?ピアノなんかよりも勉学の方が大事だと言って真姫のピアノ自慢すら聞かなかったんじゃないのか」

「分かったような口を聞くんじゃない」

「真姫の気持ちならアンタよりか分かってる自信はあるぞ。こっちは何回も真姫の気持ちを聞いてんだよ。自分の都合だけを押し付けて何も聞こうともしないアンタと違ってな」

 今度は翔真が強く拳を握りしめる番だった。娘の気持ちを、父である自分よりも『平凡』でしかないこの少年が分かっている?そんなの、そんなのが……。

 

 

「あり得ない、あり得ないよ。真姫の気持ちは僕が1番分かっている。真姫が何を望んでいるかも、僕が1番分かっているに決ま―――、」

「泣いてたぞ、真姫は」

「っ……あ?」

 遮られ、言われた言葉に体が硬直する。

 

「真姫が、泣いて、いた……だって……?」

「ああ、真姫は音楽が大好きだ。小さい頃から今もそれは変わらない。だからμ'sにも入って活動していたんだ。自分の大好きな音楽が奏でられるから」

 少年の言葉に、翔真は真姫が小さい頃の事を思いだす。ピアノコンクールで2位を獲ったと笑顔で近づいてきた娘の姿を。

 

 

「でもそれをアンタに黙っていたのは、怖かったからなんじゃねえのか。大好きな父親のアンタに、大好きな音楽がまたできなくなってしまうのが」

 満面の笑みでトロフィーを見せてきた真姫に対して、自分は何と言った?よく頑張ったと褒めたか?1位が獲れなくて残念だったなと慰めたか?

 

「真姫は小さい頃からきっと心はもうアンタよりも大人だったんだ。大好きな父親のために大好きな音楽を諦めようとしたんだ。でもそれはできなかった。だからアンタに黙ってμ'sで音楽を奏でる事にした」

 違う。あの時、自分が言ったのは、せっかく満面の笑みで見せてきた真姫に言ったのは、『何だ、1位じゃないのかい。でも勉学なら真姫は1位なんだし、ピアノなんかよりも凄い事だ。これからも医者になるために頑張りなさい』。

 

 

 称賛でも、慰めでもない。音楽とは無関係の勉学の事しか言っていなかったではないか。その時の真姫の顔が思い出される。あの笑顔は、小さい子がしていいような笑顔ではなかった。大好きな父親のために、大好きな音楽を捨てようと決めるしかなかった女の子の笑顔でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「図に乗るなよ、西木野翔馬」

 

 

 

 

 

 

 言われ、顔を上げる。そこにいたのは、こちらを見下すように立ち上がっている少年だった。

 

 

 

「何がスーパーエリートだ。何が世界でも誇れる医療技術だ。何が病院の社長だ。どんだけ肩書きが凄くたってな、自分のたった1人の娘の気持ちも考えてやれねえようなヤツなんかただの大馬鹿野郎だろうが!!」

 その言葉に反応したのは、翔真だけではない。拓哉達からは死角、扉の影にいる真姫の体も僅かに震えた。

 

「アンタには分かんねえのか。自分の大好きな人に大好きなものをバカにされる悲しさが!分かってもらえない気持ちがアンタには分かんのかよッ!?あいつは言ったんだ。泣きながらμ'sを続けたいって言ったんだ!普段高飛車で素直に言えないような真姫が、泣いてでもμ'sを続けたいって言ったんだよ!!」

 真姫の目から溢れてくるのは紛れもない涙だった。自分ではどうしようもなかった。もう諦めるしかないと思っていた。そうする事で父が喜んでくれるのなら、それで良かったんだと思うしかなかった。

 

 

 だけど、それを許してくれない者がいた。

 岡崎拓哉。

 

 それしか道がないと思っていた者に、他の道もあるんだと教えてくれる。背中を強く押してくれる。そんな強さを持った少年。その少年が、今父親と対峙して、自分の気持ちを代弁してくれている。

 

 

 泣きたくなくても、泣かないはずがなかった。

 

 

 

 

「アンタは何なんだ。病院の社長か、スーパーエリートか、世界にも誇れる腕の持ち主か……違うだろ。そんなものである前に、アンタは真姫の父親だろ!!真姫のたった1人しかいない大好きな父親なんだろうがッ!!」

 叫ぶ。声の大きさなんて気にしていられない。ただこのバカな父親に分からせないといけないのだ。真姫のやりたい事の素晴らしさを。心に届かせないといけない。

 

 

「だったら認めてやれよ!学生である今くらいあいつがしたいようにさせてやれよ!!それが父親ってもんだろうが!!真姫の父親のアンタだからこそ認めてやんなくちゃいけないんだろ!!真姫の大好きなアンタだからこそ笑って頑張れの一言くらい言ってやらなくちゃいけねえんだろうが!!娘のちょっとしたワガママくらい許してやれねえで何が父親だッ!!」

「ッ!?」

 叫び、それでも気持ちが収まらない拓哉は翔真の胸倉を掴む。対して翔真は多少焦りながらも、反論する。

 

 

「ぼ、僕だって真姫を1人の娘として大事に思っているんだ。だから僕の言う事を聞い―――、」

「思いあがってんじゃねえぞ!!これだけ言ってもまだ分からねえようだからこの際言ってやる。コンクールの時から真姫の笑顔を見た事ないのは、真姫の笑顔を奪っているのは他でもないアンタだからだろうがッ!!」

「な、ん……!?」

 拓哉の腕を掴んでいた翔真の腕が、重力のままに下がる。

 

 

「自分のせいで娘の笑顔を奪うようなアンタに、真姫の事を何も言う資格なんてどこにもねえ!!テメェも1人の男であって父親なら、もっと自分の娘の事くらい考えてやれよ!!娘の我が儘くらい笑顔で応援してやれよ!!それが父親の義務ってもんだろうがッ!!」

「ッ……!?」

 聞いて、翔真の首までもが下へ向いた。

 

 

 それに任せ拓哉も腕を離す。再びソファに佇んだ翔真に向かって、拓哉は最後の一言を放つ。

 

 

 

「それでもまだアンタが真姫のやりたい事を邪魔しようってんなら、それを無意味だなんてほざいて真姫の気持ちまで踏みにじってなお、何とも思わないってんなら」

 拳を強く握る。それを穂乃果は見逃さなかった。まずい、このままだとこの少年は真姫の父親を間違いなく殴る。そう思った穂乃果は咄嗟に先程と同じように拓哉の手を握ろうとした。

 

 

 

 

「まずはその―――、」

「たくちゃん、待っ―――、」

 2人の声が重なる瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「お父さんッ!!」

 突如、リビングに入ってきた少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真、姫……?」

 今までいなかったはずの当事者の介入。それにより場は暫しのあいだ凍り付いていた。

 

「お前、何で……いや、いつから聞いて……」

 拓哉も思わぬ展開に拳の力がなくなっていた。そんな拓哉の話を聞かずに、真姫はそのまま翔真の元へと涙を流しながら駆け寄る。

 

 

 

 

 

 

「お父さん、お願い!私、やっぱりどうしてもμ'sをやりたい!お願いします……絶対に勉強だってちゃんとする。医学部だって絶対に受かってみせる!それに必要な事なら何でも言う事聞くから……私にμ'sを続けさせて……!やっぱり私……諦め、られないの……」

(真姫……)

 

 

 

 

 

 

 

 今まで真姫がこんな事を言ってくる事は一度たりともなかった。それも泣きながら。友人であろう少年達が近くにいるのに、どうしようもないほどに涙を流し、自分のやりたい事をこうして自分に言ってきた。

 

 

 

 

 

 

(これが……娘のお願い、我が儘、というところなのか……)

 もちろん真姫がこんな我が儘を言うのは初めての事だった。やはりそれだけ音楽が大好きで、今のこのμ'sというグループが大切な居場所なんだろう。それを娘によって痛いほど分からされた。

 

 

 

「あなた……」

 また1人、リビングに入ってくる者がいた。西木野真里奈。真姫の母親であり、翔真が生涯愛すると誓った妻。そんな妻が、微笑んでこちらと真姫を見ている。それだけで、もう答えは決まった。

 

「娘の我が儘くらい、父親なら笑って応援してやれ、か……。」

「お父、さん……?」

 まだほろりと涙を流している娘を見て、軽く微笑む。いつ以来だろうか。自分が真姫に向かって父親らしい笑みを浮かべたのは。認めよう、少年の言い分を。応援してやろう、娘のやりたい事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ's、だったかな。真姫、これからも、その活動を頑張りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、『平凡』な少年と『スーパーエリート』である父親の勝敗が決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「いつ振りかな……。真姫のあんな嬉しそうな笑顔を見たのは」

 ソファに座っている西木野翔馬は、先程の娘の笑顔を思い出して思わず微笑んでいた。

 

 

「も、もう……それはもういいでしょ……!」

 それに可愛らしく反抗したのは娘である西木野真姫。少年達は喜ぶだけ喜んで帰って行った。

 

「凄いな、あの少年は……」

「拓哉の事?」

 翔真は真梨奈が入れたコーヒーを啜りながら、思い出す。

 

「ああ、今はもう威張るつもりはないけど、仮にも僕は病院を経営している社長だよ。それを相手に、あの少年は全然臆す事はなかった。それにあまつさえ、最後は僕を殴ろうとしそうになったからね」

「拓哉がお父さんを殴るって、そんな素振りは……」

「真姫はその時泣いてたしちゃんと見ていなかったから分からなかったんだろう。物凄い力で拳を握っていたよ。あの時真姫が来なければ、僕は間違いなく殴り飛ばされていただろうね」

 

 実際、あの少年は最後まで臆す事無く立ちはだかっていた。そのメンタルもさる事ながら、大人を言い負かすくらいの度量も持っている。

 

「まったく、娘とほぼ同年代の男の子に説教されるとはね。参ったよ」

「拓哉は相手が誰でもあんなだから……」

 2人してほくそ笑む。あんな少年、他に見た事がないからである。

 

 

「真姫」

「何?」

「あの少年なら、僕はすぐにでも認めてあげるよ」

「ブフゥッ!?」

 思わず口に含んだコーヒーが少量吹き出した。

 

 

「も、もう!何言ってるのよお父さんは!!」

「ははっ、社長の娘が口からコーヒーを出すなんて、やはりまだまだ子供だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく、西木野家では微笑ましい光景が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 西木野真姫の問題は解決して、これでまたいつものような日常が戻ってくると誰もが思っていた。

 

 

 

 

 

 

 しかし、西木野真姫の脱退問題さえ、ただの序章に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ's崩壊のカウントダウンは、間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






さて、いかがでしたでしょうか?


これにて真姫の問題は解決!!いやー良かったね!!これで安心だー!!
……だと思った?序章に過ぎませんこんなの。
まあ真姫の父親には中々のクズっぷりを発揮させていただいて、だからこそ最後の微笑ましい光景が際立つのです。
そこを上手く表現できていたらいいなあと思いつつ……。

次回新章!!



いつもご感想高評価(☆9、☆10)ありがとうございます!!


では、新たに高評価(☆9、☆10)を入れてくださった、


仁聖和礼勇さん(☆10)、雄斧クミンさん(☆10)、ライブラGさん(☆9)


計3名の方からいただきました!
本当にありがとうございます!!

これからもご感想高評価(☆9、☆10)お待ちしております!!



【告知】

今週水曜日の21:00から新作『ラブライブ!~悲劇と喜劇の物語~』を投稿開始いたします。

本編では見れない岡崎と穂乃果達の戦い、岡崎の上条さ……ヒーローっぷりをご期待ください!!



初期の頃から読んでくださっていた方から初めてご感想をいただいて心ほんわかしてました。

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