前回ことりの問題に介入するべきかしないべきかで迷いが生じた主人公。
今回はそれを紐解いていこうという話です。
では、どうぞ。
夕飯を済ませ、自室のベッドで寝転んでいる時の事だった。
「お兄ちゃん、入ってもいい?」
ノックの音と共に、唯の声も聞こえた。
「ああ、いいぞー」
俺の返事と同じタイミングでドアが開かれる。ちょっと待って、それって俺が返事しなくても勝手にドア開けてたって事になるよね?俺の返事無駄になっちゃうよね?唯ちゃんお兄ちゃんの返事のタイミング読んでたの?
「お邪魔しますねーって、あれ?寝てたの?」
「いや、別に寝てなかったぞ。ただ横になってただけだ」
部屋に入るなり、疑問をぶつけてきた唯。というかお邪魔しますねーって何だよ。家族の部屋なんだしそんな畏まらなくてもいいんだぞ。俺は唯の部屋には行けないけどな!主に緊張しちゃう!
女の子女の子してる部屋はどうにも入りづらい。なのに穂乃果の部屋は普通に入れるのは何故なのか。簡単だ。穂乃果の部屋が女の子してないからだ。少女漫画とかぬいぐるみがあっても穂乃果の部屋だけは女の子オーラみたいなのがないのだ。
こんな事言ったら確実に穂乃果に殴られそうだけど、要はあれだ。俺が気にしなくてもいいくらい穂乃果の部屋が居やすいという事だ。ホームだ。何なら俺の第二の部屋まである。もう普通に穂乃果のベッドで寝たら殴られるレベル。結局殴られちゃうのかよっ。
「で、俺の部屋に来たって事は、何か用でもあったのか?」
本題を切り出す。唯が俺の部屋に来るって事は絶対に何か用がある時だ。時期を考えるなら、受験勉強を教えてほしいとかその辺りだろう。俺も特別頭が良いという訳ではないのだが、復習も兼ねて唯に勉強を教えてやっている。
「うん、まあね」
「何だ、勉強じゃないのか?」
いつもならすぐに勉強教えてお兄ちゃんっ!とか言ってあざとく甘えてくるのに、今日はそういった事をしてこない。いや、別にそれが見たいとかじゃないから。確かに可愛いから見たいけど、唯はいつだって可愛いから。これ世界の真理だから。
でも、勉強でないなら何の用なのか。
「お兄ちゃん、何か考え事してたでしょ」
それは、単なる疑問とかではなく、確かに確信めいた言い方だった。絶対的な確信があるからこそ何の迷いもなく唯は言い放った。それに対し、俺は思わず寝転んでいた体を起こす。
「……何でそう思った?」
「簡単だよ。晩御飯食べてる時も、お兄ちゃんずっと上の空だったし。思い詰めたような顔ばかりしてたから」
「……なるほどな」
そりゃ晩飯中にそんな顔してたら分かっちまうか。というか晩飯の時テレビ見てたんじゃなかったのかよ。ずっと俺の顔見てたのか唯は。それはそれで恥ずかしい。思い詰め過ぎて変な顔してなかっただろうか。
「お兄ちゃん……何があったの?」
これは……唯に言うべき事なのだろうか。これは別に俺の抱えている問題ではなく、ことりの問題だ。ただでさえ俺自身が介入するかしないかで迷っているというのに、それを唯に話してしまって良いのだろうか。
そんな事さえ迷っていると、唯からの突き刺さるような視線に気付いた。
「むぅ……お兄ちゃん、まさか私に話しても良いのかって迷ってるでしょ……?」
「え、何で分かっ……いや、そ、そんな事はない、ぞ……?」
「言い直すの遅いよ……はぁ、まったくお兄ちゃんは……」
何故かすごく溜め息をついていらっしゃる。まだ中3と若いのにそんな溜め息は似合わないぞ唯さんや。それとなんで俺の考えが分かったんだよ。妹だから兄の考えくらい分かるってか。何それ妹ハイブリットかよ。
「良い?お兄ちゃんが今何に悩んでいるかなんて私には分からない。でも、それで悩んでるお兄ちゃんをほっとけるほど私は妹として冷めちゃいないよ。だからとりあえずさ、話してみるだけ話してほしいな」
「唯……」
「ほんの少しでも、話してお兄ちゃんが楽になるなら、喜んで私は聞くよ。そして私に言える事があるなら、それも言ってあげる。お兄ちゃんを支えるのも、妹の立派な役目なんだからっ」
ふんすっ、と、少しドヤ顔しながらもしっかりと俺の目を見ている唯におかしくなる。本当なら、俺がいつもそういう役回りをしているはずなのに、それを妹にされるとはな……。
そこから俺は唯に話した。ことりの悩みを。俺や穂乃果や海未とは違って、自分には何もないのだと悩んでいる事。それについて俺がその問題に介入するべきかしないべきかを。俺が介入して、それで逆の結果になってしまったらという事を。
そこまで聞いて、全てを聞いて、だけど、唯の表情が変わる事はなかった。
「なあんだ。そんな事か」
とても普通に、とても無関心なように、いつも通りとでも言うかのように、唯は吐き捨てた。
「そんな事って、お前なあ……」
これでも結構迷ってるのに、それをそんな事って言われると中々くるものがある。それも最愛の妹に言われたら尚更だ。お兄ちゃん号泣しそうだよ。
「だってそうだもーん」
「あのな……俺もいつものような事だったら迷わず介入してるさ。でも今回は違う。ことりの問題には俺も含まれてるんだ。だったら、そう簡単にはいけないんだよ。俺が介入して、それでも何も変わらない可能性だってあるんだ」
そうだ。俺が原因の一つである以上、迂闊な事はできない。ことりの問題を解決するための最適解を出すはずが、出鼻からくじかれているような気分だ。なのに唯は、それすらも大事でもないかのような顔で言った。
「だからさ、それはことりちゃんの問題だからって事でしょ?もしそれがことりちゃんの問題じゃなかったらお兄ちゃんは介入しないの?」
言われて、少し黙ってしまう。多分、おそらく、ことりじゃなかったら俺はそれに介入しているかもしれない。というより、
「……まず、これはことりの問題であると同時に、その問題の原因の一部に俺も入ってるという事だ。だからそれに迷ってる」
「それも一緒だよ。原因の一つとしてお兄ちゃんが入っていても、お兄ちゃんは本当に介入しないの?それで我慢できるの?」
再びの沈黙。どうしても、今は唯の顔を見る事ができなかった。そんなの、我慢できるわけない。ことりが悩んでて、それで困ってて、それが他の誰かでも、俺は我慢できないと思う。
「お兄ちゃんが憧れてるヒーローにはさ、色んな種類があるよね。お兄ちゃんみたいに、とにかく困ってる人や泣いてる人、助けを求めてる人がいれば手を差し伸べる者。例えその人が困って泣いて、助けを求めていても敢えて関わろうとせず、自力で這い上がってくるのを見届ける傍観者。ダメ出しやわざと突き放したりして自分が悪役のように振る舞って、まるでダークヒーローみたいな人。とにかく、ヒーローにも色んな人達がいて、様々な正義感がある」
唯の言葉を聞いて、言われてみれば俺は1番最初のヒーローの部類に憧れているのかもしれない。それがもっとも俺の理想としているものだから。
「でもね、お兄ちゃんはお兄ちゃんが思う、したい事をすればいいと思うんだ。誰かに変に指示されたから従うようなのではなく、お兄ちゃん自身の中から湧き上がる感情に従って真っ直ぐに突き進んでほしい。……それが、私の知ってるいつものお兄ちゃんだから」
本当に。俺の妹というやつは“俺”の事を理解しているらしい。その事に少しだけ可笑しくなる、けれど嬉しくもあり、笑みが零れる。
「お兄ちゃんが思う信じた選択をすればいい。それなら私は別にお兄ちゃんが敢えて傍観者を貫く事も、わざと蹴落としてダークヒーローを振る舞おうともそれでいいと思ってる。……でも、やっぱりお兄ちゃんは本当に困っていて悩んでる人を放っておける人じゃないもんね」
「……ったく、妹ってのはこういう時恐ろしいくらい察しというか、勘が働いてんのかね……」
「違うよ。察しても勘が働いてるんでもない。“分かる”んだよ。私が“お兄ちゃんの妹”だからね」
俺の迷いをいとも簡単に吹き飛ばしてくれるような、そんなふんわりとした軽い言葉でも、すんなりと受け入れる事ができた。
「だからね、お兄ちゃんが迷う事なんてどこにもないんだよ。ただ、
それを聞いて、ようやっと、自分の心が軽くのを感じた。
最もだった。
何を迷っていたんだ俺は。
これはことりの問題だから。
原因の一部に俺が入っているから迷っていた。
その前提条件からして間違っていた。
俺が原因の一部だから何だ。ことりの問題だから何だ。そんなのは関係ない。現に今、ああやって、俺達の誰にも打ち明けられずにことりは悩んでいたんじゃないか。だったら、
俺が原因の一部なら、それ自体を解消してやればいい。ことりには何もないなんて誰が決めた。ことりが自分で勝手に言ってるだけじゃねえか。なら気付かせてやればいい。ことりにだって俺達にはないものがあるんだという事を。
「顔が明るくなったね」
不意に正面から声が聞こえた。言わずもがな、唯だ。まず、俺の顔を少し見ただけで何かに気付いたこのどうしようもない出来た妹にお礼を言わないとな。丁度良い位置にいたからそのまま手を伸ばして唯の頭に手を置く。
「ありがとな、唯。おかげで迷いが晴れた」
「うんっ。私もお兄ちゃんの迷いが晴れて良かった!」
うっわ眩しい。笑顔が超眩しい。唯の笑顔に後光が見えるのは気のせいだろうか。なんて眩しい笑顔なんだ。ただの天使かよ。
「おう、ホントに助かったよ。じゃあ、俺はそろそろ寝るから、唯も自分の部屋にもど―――、」
「でねでね、お兄ちゃん!」
「お、おう?何だ?」
最後まで言う前に遮られた。何やら凄くニンマリしてる。これは何か企んでいる時の顔だ。こうなれば何を要求してくるか分からない。買い物なら安い物なら出してやらないとなー。
「えへへ~」
え、すげえニンマリしながら部屋を出て行ったんだけど。これはこのまま平和には終わらない。拓哉さんの面倒センサーがそれはもうギュインギュイン反応してる。
ものの十秒くらい経って、唯は戻ってきた。
何故か唯の枕を持って。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?
「あの、唯……さん……?その枕は一体、何でせうか……?」
「決まってるじゃん。私の枕だよっ」
ああもう可愛い。これ見よがしに両手で自分のアピールしてこなくていいから。分かってるから。知ってるから。
「いや、そうじゃなくて……なんで枕を持って俺の部屋に来たんだ?」
「もう、お兄ちゃんなのに察し悪いよ!一緒に寝るからに決まってるでしょ!」
「そうか、一緒に寝るからか。そりゃそうだよな。わざわざこっちの部屋に枕を持ってきたんだから普通分かるよな。悪い悪い、これはちょっとお兄ちゃんの理解力が悪かったよ…………ってなるかァァァあああああああああああああああッ!!」
「おお、お兄ちゃんのノリツッコミだ」
いや冷静だなオイ。こちとら理解力が追いついてないんだけど。むしろもうパンク寸前で破裂しそうなんだけど。こんな夜に普通に叫んじゃうくらいには混乱してるんだけど。
「何で俺と一緒に寝るという発想に思い立ったのか。簡潔に述べなさい。そこからお兄ちゃんが妹に華麗な論破をして帰そうじゃないか」
「この前穂乃果ちゃん達が遊びに来た時のゲームでお兄ちゃんが私に負けた罰ゲームとして一緒に寝るって約束した」
「お兄ちゃんが悪かった」
もう1秒も経たずに論破された。何も言い返せないとはまさにこの事だ。なるほど、これがダンガンロンパか。多分違う。そういやそんな約束してしまってたなあ……。まあ罰ゲームだから仕方ないんだけどさ。
「唯さんや、この敗北者のせめてもの配慮として、この案件にわたくしめの拒否権は―――、」
「ないよ」
めっさ高速で即答するやん。しかもその顔がまた怖い。笑顔なのに寒気を感じた。まだ夏が始まる季節だよね?何でこんなにも寒いのん?背筋がゾッとするんだが。さすがに自分の笑顔が引きつった瞬間だった。
これ以上拒否しようとしたら俺は永眠させられるかもしれない。妹になら本望だけど、まだこの現世にやる事いっぱい残してるから今は耐えるしかないね。現世って言うと死神代行始めそうな予感がする。
「……じゃあ、唯は俺のベッド使っていいから、俺は床に布団でも敷いて―――、」
「一緒に寝るって言ったよね?」
おうふ……たった今選択を誤ったらしいぞ岡崎拓哉。おかしいな、さっきは選択を誤っても側にいてくれるとか言ってたのに今は笑顔で人を凍てつかせそうだぞ。
「いや……でもさすがにこの年にもなって一緒のベッドで寝るってのは、色々と危ないんじゃない、か……と、思う、のでせうが―――、」
「私は気にしないから。はい、以上。お兄ちゃんさっさとベッドに入って」
「ウィッス」
もうこれダメだ。何を言っても聞き入れてくれないパターンのやつだ。言葉の一つ一つにブリザガ放たれてるようなもんだ。強制力パネエ。将来唯の旦那になる奴は苦労しそうだ。まず嫁にやらんけどな。
「ふふっ、久々に誰かと一緒に寝るけど、あったかいねっ♪」
「せやな」
「何で関西弁?」
思った以上にヤバかった。妹だから別に性的興奮を覚える事は全然ないのだが、それ以上に唯が超絶美少女であり、且つベッドがそんなにでかくないという事が今まさにこの瞬間分かった。
元々シングルベッドなのに、そこに2人も入る事がおかしいんだ。掛け布団だって一つしかない。それはつまり、俺と唯の距離の圧倒的短さを表していた。
「近い……」
「そりゃ1つのベッドに2人も入ってるんだもん。当たり前だよ」
「やっぱこれ2人別々に寝た方が良くないか?狭いし暑いし、唯も窮屈で嫌だろ?」
一応風邪引かない程度に冷房は付けてあるが、それでも2人が嫌でもくっ付いてれば暑くなる。それに唯は女の子だ。窮屈なのは苦手だろう。それを思っての発言だったのだが、
「……お兄ちゃんってホントそういうとこダメだよね」
何故か罵倒された。別にそんな事言われて喜ぶ趣味は俺にはないが、せっかく心配して言ったのに罵倒で返されたのは普通に傷ついた。お兄ちゃんのガラスのハートは簡単に崩れ去ったよ……。
「この窮屈さがいいのっ。私だって相手が“お兄ちゃんだから”嫌じゃないんだし、そこら辺をもうちょい察してほしいな」
「お、おう。とりあえず、何だ、すまん」
なるほど、唯も兄である俺だから別に気にするほどでもないという事か。言われてみればそうだ。兄妹でわざわざ意識し合ってたらそれはそれで問題なのだから。なので俺妹はホントに凄いと思いました。兄妹で結婚イベントとかレベル高えよ。
それはそうと、もうそう思ってしまえば何のその。いくら唯が世界的に天使だとしても、変な意識はもうなかった。いつもの可愛い可愛い唯だ。それだけだ。
「ねえお兄ちゃん」
「何だ」
声音からして、ふざけた感じではなかったのが容易に想像できた。だからこちらも普通に返す。
「ことりちゃんの事、どうするか決めた?」
10秒くらいだろうか。そのくらい俺は目を瞑って黙っていた。別に無視をしているわけじゃない。ちゃんと唯の顔を一瞥してから天井へと顔を向けた。
ゆっくりと目を開ける。
そのまま天井を見ていても、唯が優しい目でこちらを見ているのが分かる。
―――――答えは、出た。
「ああ」
「そっか」
それ以上の言葉はなかった。返事をしたそのすぐあとに唯は寝てしまった。何だかんだ受験勉強で疲れていたのだろう。安心したように眠っている。勉強で疲れてるのに、俺のためにここまでしてくれるなんて、どこまで最高の妹なんだろうか。
軽く頭を撫で、枕元に置いてある携帯へと手を伸ばす。
電話するのも何だから、メールをしようとした瞬間に、誰かからメールがきた。
「絢瀬会長か……」
今まさに俺も絢瀬会長にメールをしようと思っていたところだった。好都合、ナイスタイミングとはこの事だ。返信をするために内容を見る。そこに書いてある文面を見て、思わず笑みが零れる。
「ははっ、やっぱ同じ事考えてたか」
色々と手間が省ける返信を、隣で気持ちよく眠っている唯の頭を左手で撫でながら、右手で打っていく。
―――――――――――――――――――――
「左腕が重い……」
「たくちゃん中二病なの?」
廊下から教室を覗き込むような姿勢をしながら、穂乃果は俺に言ってきた。
「何言ってんだ。男なら誰だって心の内に大きな野望をいつだって抱いてる中二病だろうが」
「否定はしないんですね……」
海賊王になるだとか、ハーレム王になるだとか、中二病でも恋がしたいとか、大体そこらへん。……最後は女の子か。朝起きたら唯が俺の左腕を枕にしていたのだ。自分の枕を床に捨て置いてな。ドンマイ、唯の枕。
とまあ、そんな事は置いといて。
何故俺、穂乃果、海未が廊下から教室の中を覗いてるかと言うと、ことりを見ているからだ。別に覗いてるとかことりだからだとか決して変な事を考えて覗いてるわけではない。
教室にはことり1人だけが残っている。授業でヘマをやらかして宿題を出された訳でもなく、ただ一心不乱にノートとにらめっこをしていた。
そして途端に目を開けたかと思うと、
「……チョコレートパイ、美味しい。生地がパリパリのクレープ、食べたい……。ハチワレの猫、可愛い……。5本指ソックス、気持ち良い……たっくんの家、行きたい……」
ひと通りノートに書いてある事を言い終えて、何かをしばし考えて、やがてことりは崩れた。
「思いつかないよぉ~!!」
いやまあそうだろうね。ほとんどただのことりの願望だもんね。ダダ漏れだもんね。5本指ソックス気持ち良いんだね。というか最後明らかに俺の名前出たよね。おかしいよね。
さて、ことりが何故あんな事をノートに書いたり言っていたりしているのには理由がある。
時は数十分前にまで戻る。
――――――――――――――――
『秋葉でライブよ!』
部室内に絢瀬会長の声が響く。
『えっ、そ、それって……』
『路上ライブ?』
『ええ』
穂乃果とことりの疑問に肯定の言葉を返す絢瀬会長。路上ライブとか聞くとインディーズバンドとかのイメージが強いだろうが、それをスクールアイドルでやろうという事だ。
『秋葉といえば、A-RISEのお膝元よ!?』
『それだけに面白いやん!』
『でも、随分大胆ね』
『昨日岡崎君とメールでやり取りしてたんだけど、秋葉はアイドルファンの聖地。だからこそ、あそこで認められるパフォーマンスができれば、大きなアピールになるってね』
そう、これが昨日の夜俺と絢瀬会長が考えていた同じ案だった。さすがにまったく同じ事考えてたから驚きはしたが、だからこそすぐに決断する事もできたのだ。
『たくちゃんも考えてたの?』
『ああ。昨日絢瀬会長にその事で連絡しようとしたら、丁度その時に絢瀬会長からまったく同じ提案のメールが来てな、それですぐに決めたって事だ』
迷いが晴れたら、すんなりと俺のやるべき答えは出てきた。かくしてそれは絢瀬会長と同じ答えだった。
『良いと思います!』
『楽しそう!』
穂乃果もことりも好印象のようだ。他のみんなも特に反対意見はないし、あとは1人だけ気になる奴が……、
『しかし、凄い人では……』
海未だ。いつもの照れ屋が発動してしまっている。最近ライブで緊張する事が少なくなってきたようにも見えるが、それはあくまで校内でのライブだから。今回は校外。それも秋葉のど真ん中だ。海未が臆してしまうのも無理はない。
『人がいなかったらやる意味ないでしょ?』
『そ、それは……』
けど、こういう時に頼りになるのがにこさんだ。アイドルへの思いが強いからこそ、こういう場面ではっきりと意見を言う事ができる。さすがに正論を言われては海未も言い返せないようだし、これは拓哉さん的にも手間が省けて楽だ。
『決まりね』
『じゃあさっそく日程を―――、』
『その前に』
穂乃果の言葉を絢瀬会長が遮る。絢瀬会長的にも、俺的にも、ここからが本題だった。
『今回の作詞はいつもと違って、秋葉の事をよく知っている人に書いてもらうべきだと思うの。ことりさん、どう?』
『えっ、私?』
『ええ、あの街でずっとアルバイトしてたんでしょう?きっと、あそこで歌うのに相応しい歌詞を考えられると思うの』
これが俺の考えた答えだった。唯は俺の信じた道を進めと言ってくれた。だったら、いつもと少し違うやり方でも、それが俺の信じた道ならそれを進みたいと思った。
俺が原因の一部になっているなら、まずはことり自身の成長を促す。それでもまだ見込めなかったら、そこに俺が介入しようと。それが俺の行きついた結果だ。
絶対的な傍観者じゃない。蹴落とすダークヒーローでもない。あくまで手を差し伸べて、それでいて程よい距離から手助けをする。それだって立派な正義だ。
『それいい!凄く良いよ!!』
『穂乃果ちゃん……』
『これは俺からの提案でもあるんだ。秋葉を知っていることりだからこそ、それを頼みたい』
『穂乃果ちゃん、たっくん……』
もちろんこれは強制ではない。ことりがそれを断るなら、無理強いはしない。そんな事をしても成長にはならないから。また違う案を考えるだけだ。
『やった方が良いです!ことりなら、秋葉に相応しい良い歌詞が書けますよ!』
『凛はことり先輩の甘々な歌詞で歌いたいにゃー!』
凛のそれは無意識な煽りなのか単純に乙女思考なのか分からない。これが煽りなら俺は凛を見くびっていた事になる。ないかもしれないけど。
『そ、そう?』
『ちゃんと良い歌詞作りなさいよ?』
『期待してるわ』
『頑張ってね!』
『う、うん……』
見事にみんなから応援され、ある意味逃げ場を失ったことり。大丈夫、みんな純粋にそう思ってるだけだから。凛はどうか分からないけど、他のみんなは本当に良い歌詞書けると思ってるから!!
『が、頑張ってみるねっ!』
――――――――――――――――
まあ、こんな感じだ。
ご丁寧にその時の心情も再現してやったんだ。これは褒められるべき。……誰に言ってんだよ。
「ふーわふわしーたもーのかーわいいーな、はいっ!あとはマカロンたくさん並べたら~、カラフルでし~あ~わ~せ~……うぅ、やっぱり無理だよぉ~!!」
今もことりは書いては消し、言っては嘆きを繰り返している。
「中々苦戦しているようですね……」
「うん……」
「まだだ、まだ……ことりは諦めていない……」
「たくちゃん……」
あいつは変わろうとしてるんだ。何もないなんて自分で嘆きながらも、それがダメだと考えてるから変わろうと頑張ってるんだ。だったら、まだあいつは諦めないはずだ。
「うぅ……穂乃果ちゃん……たっくん……」
「ぐ……お……ッ!」
「た、たくちゃん?凄い顔してるよ……?」
「今すぐことりの元に行って助けてあげたい衝動にでも駆られているんでしょう。それを我慢してる結果がこの顔です」
海未に見破られてる。やだ恥ずかしい。でもこの顔は収まんない。あんな弱々しいことりの声なんか聞いてしまったら、手助けしたいに決まってるだろう。
でもここは我慢だ岡崎拓哉。どんだけ手に血が滲もうとも、これもことりのため、もう少しだけ様子を見るんだ。それでもダメだったら、少し手助けすればいい。だから今だけは我慢だ……。
「頭がおかしくなりそうだよぉ……。―――そうだっ、今日は帰りにクレープ食べて帰ろうっ。そしたら何か浮かぶかもしれないもんね!」
……………………やっぱダメかなあ。
さて、いかがでしたでしょうか。
拓哉の迷いを晴らしてくれたのは、家族であり、いつも身近にいるからこそ分かる妹の唯でした。
天使や……。
唯も拓哉を理解している1人。だから迷う事なく拓哉が何をするべきかをもすぐに言いだせるわけです。
答えは決して1つではない。複数の答えもあるのだと言ってくれたおかげで、拓哉もいつもと少し違った、けれど芯はいつもと変わらない答えが出せました。
続きは、次回へ!
追記.
そういえば先週の日刊ランキングでまさかの1位になりました!
初めてのランキング1位になれたのも、いつもこの作品を読んでくださっている読者の皆様、ご感想をくださる皆様、お気に入り追加してくださる皆様、高評価をくださる皆様のおかげです。
たった1日だけの1位でも、それは1位!
これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします!!
いつもご感想評価ありがとうございます!
では、新たに高評価(☆9、☆10)をくださった、
宵闇 鶴氏さん(☆10)、川崎ノラネコさん(☆10)、syuyaさん(☆9)、戦国武将さん(☆10)、ぬべべさん(☆9)
大変ありがとうございました!!
評価数50まであともう少し!!
これからもご感想評価ドシドシ待ってます!