ども、結構ギリギリで書き上げたたーぼです。
どうぞ。
「輪郭をぼやかせていた靄も―――」
翌日の最後の授業中の事だった。
他の生徒が教科書を読んでいるのにも関わらず、小泉花陽は授業とはあまり関係ない事を考えていた。
(やりたいって思ったらやってみる。そうだよね……)
昨日の事を思いだしていた。
勧誘されて、悩んで、親身になって考えてくれて、後押しをされて、後は自分で決める。
あれから色々考えた。
ずっと憧れていたアイドル。そんなものにはなれないと分かっていながらも今まで焦がれてきた。でもスクールアイドルなら自分でも出来る。そう言ってくれた人達がいた。
その気持ちに応えたい。素直になればすぐにでもスクールアイドルになれる。明確に心の変化が訪れていた今の花陽なら、正直にやりたいと伝えられる。やりたいからやると言えるくらいの自信はできた。
はずだった。
「―――じゃあ次を、小泉さん」
「え?は、はい」
不意に先生から教科書を読めという意味での指名を受ける。
「読んで」
「は、はい」
ここ数日は声が小さかったから読んでいる途中に止められる事もあった。でも今は違うはずだ。少なくとも心境に変化はあったのだと自分でも分かる。終わったら伝えに行くんだと決意する。そう、変わるのだ。自分が。
「遠い山から、この一文が示す芳郎の気持ちは、い、一体なんでぁ、あぅ……」
クスクスと周りのクラスメイトの笑い声が聞こえる。
それが、花陽が決めた決意を揺るがすには十分だった。
やってしまった。大丈夫と思っていた矢先にこれだ。いつもより声を出そうとしただけ、それだけなのに、こんな結果に終わってしまった。
決意は失意に変わり、自信は危惧に変わり、自らが自らの評価を落としていく。やはりダメだったんだと。自分じゃ無理なんじゃないかと。
一度深みに落ちてしまえば、あとは戻る事を知らずに沈んでいくだけだった。
授業が終わったら、花陽は素早く荷物をまとめ、凛を待たずして教室を出た。
今は1人でいたい。その気持ちが強かったから。
何もかもが思い通りにいってくれない。自分の思い描いている理想とはとても程遠く、とても醜い結果で終わってしまう。そんな非情な現実を覆したあのμ'sのようには、自分ではなれなかった。
決心が揺らぐ。μ'sに入りたいと言ったところで、これではただの足手まとい、役立たずで終わるのは目に見えている。だったらそんな自分が入るのは間違っているのではないか?と、そんないつものマイナス思考に陥ってしまう。
そして、深みに落ち、自分では上がれない程になってしまったとしたら、どうする事も出来ない。
――――――――――――――――――――
同時刻。
屋上で10分休憩している時だった。
「花陽ちゃん、来てくれるかなぁ?」
シートの上でスポーツドリンクを飲みつつ、穂乃果が呟いた。
「どうでしょうか。昨日は一応笑顔で応えてはくれましたけど……」
「その場を取り繕うための愛想笑い、かもしれないしぃ」
穂乃果の呟きに海未、ことりの順に答える。けれど2人とも、あまり芳しくないような声音だった。
ライブを間近で見たはずなのに、昨日パソコンで再度見た時もずっと真剣に見ていた。そんな姿を見てその場にいた全員、小泉花陽という少女が本当にスクールアイドルを好きなのだと改めて認識させられた。
だから誘ってみた。そんなに大好きなら一緒にやろうと。少しでもやりたいと思うなら一緒に歌って踊ってスクールアイドルをやろうと。考える時間を与えると、そこで花陽は笑顔ではいと返してきた。
つまりは脈あり、そう思っていた。
だが、休み時間になっても一向に花陽が来る気配がなかった。考えてみてと言った手前、自分達から返事の催促をする訳にもいかない。穂乃果達は花陽の反応が良かったからか、すぐに返事が来ると思っていたが、決してそんな事はなかった。
ずっと穂乃果達3人だけが休み時間になる度にソワソワしていた。でも結局放課後の練習の時間になっても彼女は来なかった。
「今日来ないって事は、まだ考えてるのかなぁ。ねえ、たくちゃんはどう思う?」
さっきから1人だけずっと黙っていた拓哉に対し、穂乃果が問いかけた。それに拓哉はあっけらかんとした感じに返す。
「お前達が気張ってても意味ないだろ。あいつはあいつでちゃんと考えてる。だから小泉がちゃんと考えて出した答えなら、お前達はそれをしっかりと受け止めなくちゃならない。例えそれがどんな答えであってもだ」
それは、遠まわしに断られても仕方ないと思えという言葉でもあった。言ってみれば、小泉花陽という少女は穂乃果がはじめに誘ってみた時も自分よりも他の少女、西木野真姫を勧めていた。
それは暗に、自分なんかよりもその人の方がふさわしいし似合う、という遠まわしに断っていたという取り方もできるような言い回しをしていた。自分の意見を言わず、ただそれを黙って傍観する立場を装っているかのように。ハナから自分には関係ないというかのように。
「たくちゃん……それって……」
その真意を確かめるように、穂乃果は拓哉に再度問おうとしたところで、拓哉がそれを遮るかのように口を開いた。
「でも、最初は渋っていた小泉も、昨日は笑顔で応えてくれた。……だったら、俺達はその笑顔も小泉自身も信じなくちゃいけないだろ。俺達が信じないで誰が小泉が来るって信じるんだよ。確かにどんな答えでも受け止めろとは言ったが、別に信じるなとは言ってないからな」
「たっくん……うん、そうだねっ!私達が信じないと花陽ちゃんも来てくれないよねっ!」
ことりも穂乃果も拓哉の言葉にうんうんと頷いていた。そう、確かに断られる可能性も決してゼロではない。花陽の性格を考えるなら断られる方が可能性としては大きいかもしれない。
しかし、だからといって信じてはいけないなんて事も決してないのだ。穂乃果達だからこそ、花陽を誘った穂乃果達だからこそ、信じなくてはならない。入ってくれると信じて。昨日のあの笑顔を信じて。
だが、ここで少し苦言を言ったのは海未だった。
「確かに私達だって小泉さんが来ると信じています。しかし、本当に入ってくれるのでしょうか……。こう言ってしまうのは気が引けるのですが、私には、小泉さんは心が揺らぎやすい人、というイメージがあります……」
「……なるほどな」
海未の言葉に拓哉はその意味を理解した。
つまり海未が言いたいのはこういう事なのだろう。
心が揺らぎやすい。それは単に言ってしまえば優柔不断。いざやろうと思った事も、後になってやっぱり不安になり何も決められない。そこから1歩も動けなくなるのと同じように。
やりたい事も何かしらの不安要素1つでやれなくなると思い込み塞ぎ込んでしまう。
それはまるで、
「……小さい頃の海未、みたいな感じか」
「なっ……!け、決してそういう意味で言った訳では……!!」
「そう言われてみれば確かにちっちゃかった頃の海未ちゃんみたいだね!」
「ほ、穂乃果まで……!」
そう、今の拓哉達からして見れば、花陽は小さい頃の海未を見ているかのようだった。
言いたくても、一緒に遊びたいと思っていても、楽しそうにみんなで遊んで、羨ましくも断られたらどうしようという不安のせいで、いつも木に隠れて見ていただけだった頃のように。
そんな幼い頃の自分と、今の小泉花陽を海未は重ねていたのだろう。だから穂乃果達よりも少し不安感を抱いてしまう。
「まあ、海未から見れば小泉は小さい頃のお前と重ねて見えるかもな」
「そ、そういう訳では……。しかし、その、似てる……とは思います。何か自分の気持ちに蓋をしているかのように、無理しているのではないかと……。自分で勝手に結論付けて、自分では這い上がれない程のマイナス思考の深みに落ちてしまっているのではないかと……」
「でもな―――、」
そこで、海未の頭の上に拓哉の手が置かれた。
「思い出してみろよ海未。そんなお前を、深みに落ちてしまっていたお前をそこから引きずり上げてくれたのは誰かを」
「………………あ」
思い出す。
そして周りを見渡す。
視界に映るのは、ずっと一緒に遊んだり、一緒に育ってきたと言っても過言ではない程の信頼をおける親友しかいなかった。
「穂乃果……ことり……拓哉君……」
意識的だか無意識的にだかは分からないが、海未は『その』人物達の名前を呟いていた。
「……俺はどうかは分からないけど、いつも木に隠れて見てただけのお前に手を差し出したのは穂乃果だったろ。そして知っているのが穂乃果と俺だけしかいなくて萎縮していたお前をずっと気にかけていたのはことりだった。そうだろ?」
「はい……」
そう。
そんな海未を、暗い暗い思考の海から引きずり出したのは、紛れもないこの3人だった。
穂乃果が声をかけ、ことりが気にかけて、何もしていないと思われている拓哉も、実は1番海未に話しかけたりして緊張をほぐしていた。
ことりも同じだった。
小学生にもなって友達が全然できず、ずっと1人で苦しんでいた頃、穂乃果に声をかけられ、最初の間は拓哉に緊張をほぐしてもらっていた。
孤独だったが故に、自分も海未と境遇が一緒だったが故に、ほっとけなかった。自分にも出来る事があると信じて、そして今のここまで繋げる事ができた。
であれば。
「確かに小泉は今悩んでいるかもしれない。暗いマイナス思考の海に沈んでいって自分では這い上がれない深みに落ちていっているのかもしれない。……でも、それなら誰かがそいつを引きずり上げてやればいい。自分じゃ這い上がれなくても、誰かが手を伸ばせば這い上がれるんだ。穂乃果がお前に手を差し伸べたように」
結局はこうなのだ。1人の思考でパンクしてしまうのなら、2人になれば容量も増える。その分余裕も出来るから、色々と考えられる。
海未の頭に置いている手をどかし、1人立ち上がる拓哉はこう言った。
「ずっと1人だったことりが、同じ境遇に近い海未に近づいた通りのように、小泉にもそういう奴が現れる。俺はそう思って信じてるよ。同じような悩みを持ってるからこそ分かってやれる。だったら、小泉を引きずり上げてやれるのはその『誰か達』なんだよ」
1人シートから靴に履き替え、空になったペットボトルを捨てに行こうとする拓哉に、穂乃果が声をかけた。
「じゃあたくちゃん、花陽ちゃんの事、助けてあげないの?」
それは非難めいた言葉ではなかった。
ただの疑問。
いつも悩んでいる人をほっとけない性格をしている拓哉を熟知しているからこそ、その疑問が出てきた。
それに対しての拓哉の回答はこうだった。
「助けるも何も、この話にヒーローなんてものはそもそも必要なかったんだよ。ヒーローなんかいなくても、人ってのは自分で、時には誰かの助力を借りて問題を解決していく事が出来るんだ。自分達で選んでいくんだよ。自分の道を。……さ、そろそろ休憩は終わりだ。練習再開するぞ!」
拓哉のその言葉の真意を分かっているのか分かっていないのか、妙な引っかかりが頭の中に出来た3人は、拓哉の急かすような声音に慌てながらも練習を再開していく。
―――――――――――――――――――
とりあえず、見つけてからは軽く呼吸を整え、何となく緊張している心を落ち着かせ、中庭で座っている少女に声をかける。
「何してるの?」
「西木野さん……」
その少女、小泉花陽は声を聞くなりその人物の名前を呼んだ。
「あなた、声は綺麗なんだから、あとはちゃんと大きな声を出す練習すればいいだけでしょ?」
「でも……」
元気づけるために軽くアドバイスしたつもりだったが、花陽にはそれは通じず、むしろ逆効果と思わせるくらいに表情は優れなかった。
自分のように将来が固定されている訳でもない。やりたいと言えばすぐに自由に出来るのだ。それなのにこんな所で立ち止まっている少女の姿を見て、真姫は少し呆れていたと同時に、軽く苛立ちもあった。
しかし、応援すると言った手前、無闇に怒鳴りちらす訳にもいかない。だから真姫のとった行動は少し異質だった。
「あーあーあーあーあ~」
それは、よく発声練習として用いられている練習方法の1つだった。
「はいっ」
言ったあとで、花陽にもそれを行えという意味で手を向ける。彼女には少し強引めにやった方がいいと独自で判断したのだ。
「え?」
「やって!」
少し強引めに言ってみる。すると花陽は最初こそ戸惑ってはいたが、次第に覚悟を決めたのかその口が開いていく。
「……ぁーぁーぁーぁーぁー」
「もっと大きく!はい立って!」
「は、はいっ」
まだ小さい。こんなものではないはずだ。アイドルが好きなら、その歌を多少なりとも部屋などで練習しているはず。ならば彼女の声はこんなものではないはず。
「あーあーあーあーあー」
「ぁ、あーあーあーあーあー」
真姫が最初に発声する事によって、花陽が感じる羞恥を緩和させる。そのおかげか花陽もいつものままの声を出せるようになっていた。
そして真姫が合図をだす。
「一緒に!」
「「あーあーあーあーあー」」
2人の声が重なる。それだけなのに、それはとても綺麗なメロディーが奏でられているようだった。
「ふぁ……!」
「ね、気持ちいいでしょ?」
「…………うん、楽しいっ……!」
「……っ」
その顔に、嘘はなかった。とても素直で、とても純粋な笑顔がそこにはあった。
だからこそ真姫はそれを見て照れにも似た感情を抱き目を逸らす。そしてそれを紛らわすためにもう一度発声を繰り返そうとする。
「……はい、もう一回!」
「かーよちーん!」
そこで、新たな訪問者がやってくる。小泉花陽の幼い頃からの親友で、誰よりも花陽の事を理解していて、そして、真姫とは一切の関わりがなかった少女。
星空凛だった。
「あれ、西木野さん?どうしてここに?」
いつも1人でいる真姫を知っているから、誰かと一緒に、それも親友である花陽と一緒にいるという当然の疑問をぶつけられる。
「励ましてもらってたんだぁ」
「わ、私は別に……!」
花陽の言葉に何故か反射的にそれを否定するかのような自然なツンデレを無意識にやってしまう真姫だったが、
「それより、今日こそ先輩の所に行って、アイドルになりますって言わなきゃ!」
「う……うん……」
軽くスルーされてしまった。
というより、今絶対にスルーできない言葉を聞いてしまった。
「そんな急かさない方がいいわ!もう少し自信を付けてからでも―――、」
「何で西木野さんが凛とかよちんの話に入ってくるのぉ!?」
「うっ……!」
言われてみればそうだった。凛は知らない。花陽が真姫の家に行ってスクールアイドルについて色々と喋っていた事を。それで2人に繋がりがあるという事を。だからこれは当然で当たり前の疑問だった。
「……べ、別に!歌うならそっちの方が良いって言っただけ!」
「かよちんはいつも迷ってばっかりだから、パッと決めてあげた方がいいの!」
「そう?昨日話した感じじゃそうは思えなかったけど」
ここまでくればもう関係とかどうでもよくなっていた。お互いの事情よりも今のこの状況の言い合いの方が優先順位が2人共勝ってしまっている。
「あの……喧嘩は……」
花陽が2人を宥めようとするが、2人の剣幕に当てられそれどころではない。というよりも、何故この2人がこんなにムキになって言い争っているのかも理解できていない。
おそらくこの2人は花陽でも理解できていない部分の事で気が立っているのだろう。花陽は迷ってはいてもやりたいとは思っている。しかしこの2人は口にも出していないし、花陽みたいにアイドルが好きというオーラも出していない。だからお互いの気持ちも理解出来ていないまま、無意味に言い争っている。
結局は、同じ気持ちを持っている、ただアイドルに憧れている女の子の3人だというだけなのに。
最初に沈黙を破ったのは凛だった。
「かよちん行こっ!先輩達帰っちゃうよ!」
「え、でもぉ……!」
多少強引に花陽の手を引っ張り行こうとする。
しかし、それを反射的に花陽のもう片方の手を取り阻止したのは言うまでもなく真姫だった。
「待って!どうしてもって言うなら私が連れて行くわ!音楽に関しては私の方がアドバイス出来るし、」
そして、花陽と凛には決してスルーできない事が言われた。
「μ'sの手伝いをしてる岡崎さんにも頼まれて、その……μ'sの曲は私が作ったんだから!」
「えっ、そうなの!?」
「あ、いや、えっと……」
そこで真姫は正気に戻る。わざわざあの少年の名前を出す必要はなかった。しかし、その一言が花陽と凛を大きく動揺させたのには気付いてなかった。
「と、とにかく行くわよ!」
今さっきの発言を取り消すかのように、今度は真姫が花陽の手を取り歩き始めた。
「……ま、待って!連れて行くなら凛が!」
それに対抗するかのように、少しの間あの少年の名前を聞いて硬直していた凛が真姫の隣に追いつく。
「私が!」
「凛が!」
「私が!」
「凛が連れてくの!」
「何なのよぉもう!」
こんな言い合いをしていて2人は気付かない。
花陽が凄く引きずられている事に!!
「……だ、だ、誰か助けて~!!」
またしても、か弱い少女のその声は、儚くも空へと消えていった。
――――――――――――――――――――
屋上に行くまで少しいざこざがあった。
軽い言い合いが屋上まで続いたというだけだったのだが、言い合いで立ち止まったりしている内に、気付けば夕空へと変化していた。
「つまり、メンバーになるっていう事?」
南ことりが呟いた。
屋上に着いたらμ'sの面々+1人の少年がシートに座っていた。もう練習は終わったという事なのだろう。
丁度タイミングが良いという事で、真姫と凛はごちゃごちゃになりながらも説明をし、花陽がメンバーに入りたいという事を伝えた。
もちろんそれまでの間は花陽は2人に腕を組まれ、まるで捕まった宇宙人のように項垂れていた。
諸々の説明が終わり、そして今のことりの呟きに戻る。
「はい!かよちんはずっとずっと前からアイドルやってみたいと思ってたんです!」
「そんな事はどうでも良くて!この子は結構歌唱力あるんです!それとそこの人ちゃんと聞いてください!」
「ちょっと?一応俺あなたに名前名乗ったよね?そこの人とかいかにも俺が話聞いてないみたいな言いがかりやめてくんない?」
「なら寝転んでないでちゃんと座ってください」
「ゴメンナサイ」
海未が誰もが凍り付きそうな目で拓哉を一瞥し、拓哉が一瞬で綺麗な正座まで繰り出している中、真姫と凛は例にもよって言い争っていた。
「ちょっと!どうでもいいってどういう事ぉ!それと岡崎先輩に対してその言葉遣いは失礼だよ!」
「言葉通りの意味よ!それと別に岡崎さんはああいう扱いに慣れてるからいいのよ!」
思いっきり失礼な事を言っていた。
「ヘイガール。誤解を招く言い方はよすんだ。俺は別にMじゃない。ただいつも少し理不尽な目にあっているだけだ」
こちらもこちらで少し方向がねじ曲がっていた。
空気が変な方向に綻んでしまう前に、花陽がようやっと口を開いた。
「わ、私は、まだ、何て言うか……」
「もう!いつまで迷ってるの!!絶対やった方がいいの!!」
「それには賛成。やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいいわ!」
気付けば、2人の息は合っていた。
それに気付いたのは、誰も見てないとこで薄くニヤァッと笑みを浮かべている拓哉くらいだった。
「で、でも……」
「さっきも言ったでしょ。声出すなんて簡単!あなただったらできるわ!」
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたいって思ってた事」
「……凛ちゃん、西木野さん……」
2人は理解している。
花陽がどこまでもアイドルに憧れていて、アイドルになりたいと思っている事を。自分の代わりに、この少女に自分達の憧れを預けよう、そして応援しよう、と。
「頑張って。凛がずっと付いててあげるから!」
「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ」
そんな光景を、拓哉も含めた穂乃果達も、温かい目で見ていた。
そして、そんな2人にそこまで言われた少女は、とうとう決意する。
「えと、私……小泉……」
そこまで言った時だった。
不意に背中に2つの感触があって押された。
振り向けば、すぐに理解できた。
背中を押された。
ずっとずっとそこで立ち止まっていた。
憧れを憧れのままで終わらせようとしていた。
自分には無理だと無理矢理言い聞かせてきた。
そんな自分を、マイナス思考の深い海へ沈んでいた自分を引きずり上げてくれた2人がいた。
引きずり上げてくれて、そこから背中も押してくれた。
急に目頭が熱くなるのを感じる。
それは、とても温かくて、とても優しくて、決して嫌ではない涙だった。
そこまでされたら、もう…………。
表情が変わる。
勢い良く振り向く。
「私、小泉花陽と言います。1年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないです……。でも、でも……!!アイドルへの思いは、誰にも負けないつもりです!!」
後ろにいる2人からの視線が伝わる。大丈夫、と。
だから、もう迷う事はなかった。迷わずに、自分の言葉を紡げる。
「だから……!μ'sのメンバーにしてください!!」
言った。
もう戻れない。
もう引き返せない。
けれど自分の気持ちを素直に吐きだせた。
あとは返答を待つだけ。
かくしてそれは、すぐに返ってきた。
「こちらこそ!」
顔を上げれば、そこには温かい笑顔で手を差し伸べてくれる穂乃果と、それを見守る海未、ことり、そして拓哉の顔があった。
「よろしく!」
「……っ…………はいっ」
もうそこには、臆病で何も決められなかったか弱い少女はいなかった。
そこには、スクールアイドルのメンバーであるμ'sの1人、小泉花陽の姿があった。
それを、拓哉は見ていた。
(さて、小泉は背中を押してもらいながらも、自分で決めた。……あとは)
「かよちん……偉いよぉ……」
「何泣いてるのよ……」
「だってぇ……って、西木野さんも泣いてる?」
「だ、誰が、泣いてなんかないわよ!!」
ことりにアイコンタクトを送る。それだけで、ことりはそれを理解してくれた。
何やらほっこりしている2人に声をかける。
「それで、2人は?2人はどうするの?」
「「え?どうするって?えぇ!?」」
不意の質問に、一瞬思考が止まる。
「まだまだメンバーは募集中ですよ!!」
ことりに乗っかるように、海未もことりと共に2人に手を差し伸べる。
「やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいい。さっき西木野が言ってた言葉だな」
「え?」
今まであまり喋らなかった拓哉が、ようやく本題を切り出した。
「だったらさ、それはお前達2人にも言える事なんじゃないか?」
それを言われて、2人は沈黙する。
星空凛は、自分には似合わないと無理矢理言い聞かせて歯止めしていた。
西木野真姫は、既に将来が決まっている自分には、もうやりたいと思っていても出来ない、やらないのだと言い聞かせていた。
しかし、スクールアイドルなら、やってみてもいいんじゃないのか?
3年間くらいなら、自分の素直な気持ちに正直になってみてもいいんじゃないのか?
そう思えば、不思議と気持ちは楽になっていた。
自分の顔が笑みに変わるのが分かってくる。
そして。
そして。
そして。
μ'sのメンバーが、6人になった。
――――――――――――――――――――
岡崎拓哉は言っていた。
この話にヒーローなんてものは必要なかったのだと。
とにもかくにも、その認識は間違ってはいなかった。
誰かに背中を押されても、結局決めるのは最終的に自分なのだ。
誰かに触発されても、最終的に決めるのは自分なのだ。
そう、結局は、人生というのは『自分』が主人公なのだ。
自分の人生を自分で決める。それが普通であり、当たり前なのだ。
あの少女達も、断る事が出来た。しかし、最終的には自分で決めた。
だから、この物語に、最初からヒーローは必要なかったのだ。
今回は決して『拓哉がいないと解決出来ない物語』ではないという事を書きたかった所存であります。
拓哉がいなくても、誰もが主人公、問題解決が出来るという話を書きたくて書きました。
だから今までよりもアニメ準拠になってしまいましたが、どうでしょうか?
まあ、たまにはこんな話もいいですよねw
これにて1期4話「まきりんぱな」終了!!
次回は4話の最後らへんを軽く書いてから1期5話「にこ襲来」に入ります。
いつもご感想ありがとうございます!