ですが……
海未にも早く穂乃果達を追いかけろよと、言いそうになった瞬間、タタタタッ!とこちらに近づいてくる足音がした。
穂乃果とことりだろう。海未が遅いと感じたのか様子を見に戻って来たのかもしれない。
「そういえばたくちゃん!ヒデコ達のお手伝いしてたはずだけど、どうして私達のとこにきたの?」
あ、そっちね。そういやヒデコに何か言ってきてやれと言われたが何も考えてなかった。俺が心配している事も、おそらく穂乃果が代わりに解決してくれるだろう。だから俺の言う事なんて特に何もなかった。
というか衣装の似合う似合わないで今の今まですっかり忘れていた。こいつらの準備確認を見に来たというとこがベストな解答だろう。
「お前らがライブ前の準備や心の整理が出来ているかを確認しにだな」
「えぇ~!てっきり何か一言言ってくれると思ったのにぃ~!」
何おーう?やはり少し離れていた時期があったとはいえ生まれた時からの幼馴染のせいか、大体の察しが付くのだろうか。つうか俺が何も言わなくても大丈夫だろお前ら。
だがしかし、ヒデコには一言言ってこいと言われたのだから、何か言った方がいいのだろう。俺のやるべき事であるはずの事を代わりにやってくれているのだ。ならその分、任された事を放置しておく訳にはいかない。だから考える。
端的に言えば、労いの言葉で1番王道であろう頑張れ、が妥当と言えば妥当なのだろう。しかし、穂乃果達は今まで十分頑張ってきた。だから頑張ってるやつに頑張れなんてのは失礼にあたるのではないか?
そして俺の出した結論は、
「……しっかりやれよ。俺はギリギリまでやる事があるからもう行くわ」
それだけを言い残し、部屋を後にする。後ろからおー!って聞こえたし、間違ってはいなかったのだろう。
さて、ライブが始まるまでまだ15分はあるな。そう、俺のやるべき事はまだある。おそらくミカはまだチラシ配りの途中のはずだ。俺達3人分のチラシを受け取ったのだから、まだ当然全部配り終えていないだろう。
だったら、俺もギリギリまで客引きをするしかない。1人でも多くの人に見てもらわなければ意味がないのだ。今の状態では客が少ないのは明白。どうせなら少人数より多人数の方が断然良いに決まってる。
ライブが始まる時間のギリギリまで、人気の多い所で宣伝をする。そしてもし興味が出ても用事か何かでライブに来られない人がいるという事も考えて、名前だけでも覚えて行ってもらえるようにする。……よし、目標は決まった。
そうと決まれば、ミカのいる所まで走り出す。
―――――――――――――――――
誰にも見られていないかを確認してから、自分用のロッカーから1枚の紙を取り出す。
改めてその紙を見ても、自然と笑ってしまう自分がいる。
小泉花陽はそれを、それだけは隠そうとはしなかった。自分の大好きな趣味であり憧れなのだ。誰だって好きなものを目にすれば自然と笑ってしまうように。小泉花陽もまた、それなのだ。
紙を見れば、書かれているのは今日のライブの事。μ’sのファーストライブのお知らせの紙だ。高坂穂乃果率いるμ’sがファーストライブをやると知ってから、花陽はこの日をずっと待ち続けていた。自分で選んだこの学校で、自分の大好きなスクールアイドルが生まれて、しかもレア中のレアであるファーストライブを見れるのだ。
スクールアイドル大好き人間である花陽がこれを見逃すはずも、見逃せるはずもない。絶対にこのライブだけは見に行かねばならない。そう、彼女達にも約束したのだから。
その約束を果たすため、講堂に行こうとロッカーを閉めた瞬間、
「しゃーっ!」
「ひいぃっ……!?」
猫のマネをした凛が花陽の間近で登場してきた。当然、基本的に小心者である花陽にはそれだけの事でも悲鳴を上げるには十分だった。
「やったー!いったずっらせいこーう!」
「やーめーてーよー!」
「えっへへぇ~!」
このような事は花陽と凛の間では日常茶飯事と言える。岡崎拓哉や高坂穂乃果達と同じように、小さい頃からの幼馴染である彼女達はこれくらいの事で喧嘩になったりなどはしない。むしろ喧嘩など1度もやった事ないくらいである。
しかしそこで、花陽にとってはどうしても受け入れられない言葉が告げられた。
「ねえねえ、一緒に陸上部見に行こっ!」
「えぇっ!?陸上部!?あ、や、その―――、」
「かよちん少し運動してみたいって言ってたじゃん!早く行っくにゃー!」
「あぁっ!凛ちゃぁーん!」
花陽の声は空しくも凛の耳には入らなかった。昔から凛は小心で引っ込み思案な花陽のためを思ってか、花陽を少し強引に引っ張っていったりしていた。
それは幼馴染である花陽を思ってのため、そこに悪意などは一切ないのだ。
全ては花陽のための善意。
それを分かっているからこそ、花陽は凛のそれを断れない。
でもそれは、見方を変えると凛が花陽の意見を聞かないようにしているとも取れる。あくまで見方を変えればの話、自分の意見を通すがために、強引に花陽を振り回している。
悪意がないが故の悪循環。これは、花陽のためにはならないし、余計花陽が意見を出せなくなっている。今は大丈夫であっても、ずっとこのままでは将来に関わる事となっていくだろう。だが、そんな事は2人して露知らず、凛は花陽のために、花陽はただ困惑し、花陽の当初の目的からどんどんと遠くなっていく。
凛に引っ張られてる間、花陽は先日の事を思いだしていた。
『ほんとぉ!?』
『来てくれるのぉ!?』
『ライブ、楽しみにしててくれ』
そう言ってくれたのは実際に歌って踊る高坂穂乃果と南ことり。そしてその手伝いをしている岡崎拓哉。花陽は頑張って、勇気を振り絞ってわざわざ本人達にライブに行くと伝えたのだ。
嘘偽りのない気持ちで、心からの本心で頑張ってくださいと伝えたのだ。それをキラキラとした笑顔で返してくれた彼女達の表情を今でも覚えている。こんな自分の情けない応援でも、彼女達は本気で嬉しがって感謝してくれた。
自分達のファーストライブなのだ。誰が来るか分からない。何人来るか分からない。もしかしたら誰も来ないのかもしれない。そんな不安を刈り取ってくれたのがこの小泉花陽なのだ。
ただ純粋にスクールアイドルが大好きで、頑張っているスクールアイドルが大好きで、だから、μ’sを本気で応援していて、第一のファンである以上、あの笑顔を絶やさせたくない。あの素敵な笑顔はネットを通じてみんなに笑顔をあげてくれるものだ。
そんな笑顔を繋ぐために必要なのは、自分だと。何ともおこがましいかもと思うが自覚はしている。さっきから1年のクラスの大半は運動部や文芸部などに行こうなどと話し合っているのを見た。
新入生はこの1クラスのみ。それがみんな部活に行こうとしている。その意味を、花陽は理解していた。だから自分はライブに行かなくてはならない。約束を守らなければならない。
だから。
なのに。
「だ、だ、だ……誰か、誰かたぁすぅけぇてぇ~!!」
花陽の叫びは誰にも届く事はなく、為すがままに引っ張られていくのであった。
―――――――――――――――――――
ある一室から窓の外を見ていた。
生徒会室だった。
その張本人、生徒会長である絢瀬絵里。
何を思って窓の外を見ているのだろうと思うなら、それは絵里でしか分からないだろう。
気になる事があるから。気に食わないが、どうしてもそれが頭から離れないから。こうやって物思いに耽る。
自分は否定した。でも彼女達はやろうとした。そして今日という日がやってきた。
彼女達がどうなるのか、どういう展開になるのかは、大体予想がついていた。でも止められなかった。いや、止めなかったと言った方が正しいのかもしれない。彼女達には見せる必要があるのだ。この現実の厳しさを。
どうあがいたってどうにもならない非情な現実というものを。何をしても覆せない真実を。残酷さを。
「気になる?」
「希……」
他の生徒会員が既に去っている中、副会長である希だけがずっとここにいたままだった。
希の質問の意味を考える。考えなくとも、意味は分かっていた。どちらかと言えば、希の質問の意図を考えるという言い方の方が分かりやすいかもしれない。
十中八九、μ’sの彼女達の事だろう。彼女達がどうなるかは予想はできている。ただそれを、その結末を絵里が見に行くか、そうでないかという事を希は聞いているのだろう。
「ウチは帰ろうかな」
そう言って希は生徒会室をあとにする。
最近の希は思考が読めなくなっている、というのが絵里の正直な感想だった。元々分かりにくい所も多々あったのだが、最近ではそれがどんどん大きくなっていく。正確に言ってしまえば、この音ノ木坂学院が廃校になると知らせを受けた日から。
その日から、希は時々絵里では理解できないような事を言ったりしていた。何か意味深な事を言ったと思ったら、すぐにケロッといつも通りに戻る。希がいる場所では敢えて考えさせないようにしているかのように。
そして、希がそんな事を言い始めた時期に、彼女達が動き始めた。まるで彼女達がどう動くのか、それすら希は分かっているかのようにも見えた。しかし、不本意ではあるが彼女達の事はまぁいい。希も何かしらで関与しているのは何となく察しが付いている。
絵里の考えている1番の問題。それは、高坂穂乃果率いるμ’sでも、ましてや意味深な事を言う親友の希でもない。
岡崎拓哉。
この学校で唯一の男子生徒であり、希と関わりもあり、μ’sの活動を手伝っているという、まさに全面においてフルで関わっている問題の塊のような少年の事だ。
初対面の時から口説いてきたりと、絵里にとってあまり良い思い出ではないが、それを積み重ねていくかの如く、少年は絵里に食って掛かっていた。先日の生徒会室でも、彼は1人だけ生徒会室に残り、絵里と真正面にぶつかってきた。
自分の気持ちに正直すぎるくらいに真っ直ぐで、相手が誰だろうと物怖じしない性格。まさに正義のヒーローを感じさせるかのように、彼は絵里と口論をしてきた。自分では思い付けなかった事を彼は言ってみせた。
『何かやらないと何も変わりすらしないだろ』
『何もやらずに何も変えられないより、何かをやって、ほんの少しの可能性に賭けて、何かを変える事に意味があるんじゃないのか』
『やってみないと分からない事もあるんだよ』
そのどれもが、絵里の頭から離れない。そのどれもに、絵里は反論できなかったからだ。正論を叩きつけられた。でも、その上で、それでも、絵里は彼を、彼女達のやり方を認める訳にはいかなかった。
故に、
「……最後のライブになるかもしれないしね」
絵里は講堂へと足を動かしだす。あんな事を言ったって、現実を叩きつけてやればどうせ黙るに決まってる。挫折を味わい、自分達には何も出来なかったのだと思い知らせるために。
それに、彼女達にどれだけ自分達が未熟で浅はかなのかを分からせるためにも。
絢瀬絵里は、静かに足を進ませる。
―――――――――――――――――
「μ’sの初ライブ、もうまもなく始まるんで、お願いしまーす!」
ミカから半ば強引にチラシを少し取ってから、俺は人通りの多そうな場所でチラシ配りを続行していた。
しかし、やはり新入生歓迎会が終わってから時間が経ったせいか、既にそこらを歩いている生徒は少なくなっていた。ちらほらと歩いている生徒を見つけては声をかけチラシを渡そうとするがスルーされ、ご丁寧に断られたりと散々である。
ちょっとみんなたった1人の男だからといって俺を警戒しすぎじゃない?別に学校で見るのは珍しいけど家じゃ兄か弟、ましてや父親くらいいるだろうに。何をそんなに俺を警戒するのか。……変な噂が絶えないからですね。何それ俺超役立たず。
でもそんな事で落ち込んでいる場合ではない。こちらとしても穂乃果達のファーストライブを成功させてやりたいのだ。そのためなら、どんなに俺が罵倒されようが、陰口叩かれようが、汚名を被っても構わない。
今はとにかくμ’sを覚えてもらう。それが最優先事項となる。だから声を掛けまくる。
「μ’sファーストライブ、4時からスタートします!講堂でやるんで是非足を運んでみてくださーい!」
またもスルー。
それでももう構わない。
俺自体が無視されるとしても、声を張り上げればμ’sという名前は頭の片隅に残るかもしれない。俺を無視してもそのまま講堂に行かない事は決して100%ではないのだ。
男子だから関わらないでおこう。
でも彼は講堂でμ’sというスクールアイドルがライブをすると言っていた。
今巷で大人気のスクールアイドルならば、少し興味が出てきた。
ちょっと講堂に行ってみよう。
そんな簡単な事でいい。そんなちっぽけな理由でも、μ’sのライブを見てくれるなら、俺という存在は無にでも悪にでも善にでもなろう。1人でも多くの人にμ’sという名前を刻ませる。それが目標なのだ。
時計を見ると、ライブが始まるまであと5分のところまできていた。少しは生徒が入っただろうか。ここからでは講堂は見えない。だから憶測でしかないが、自分の声で講堂に入ってくれた生徒がいてくれたら、それはとっても嬉しいなって。
さて、もう5分しかないと、まだ5分あるでは思考が変わってくる。俺は後者をとる。ギリギリまで声を出し、人が見つかればチラシを配る。そんな簡単な作業のようで難しい作業を再開する。
と、遠目の渡り廊下から人が出てきたのを確認すると同時に、声をかけようとする。
「すいません、良かったらもうまもなく講堂で始まるμ’sのファ―――――、何だ先生か」
「おう、私と分かった瞬間にあからさまに嫌な顔するのやめてもらおうか」
いやだってさすがに先生に見てもらってもねぇ……。
「チェンジで」
「何とだよ」
「女生徒と」
「変態か」
「違うわ!!」
先生だけど、め、めんどくせぇ……。何だこの人。どんどん俺の扱い雑になってない?先生としてそれはどうかと思いますっ!もっと生徒に対して平等であるべきだ!
「で、岡崎、お前は今何をしてるんだ?」
「見りゃ分かるでしょ。チラシを配ってるんですよ」
「ほう、確か高坂達がやってるスクールアイドルの手伝いをしてるんだっけか」
「ええ、まあ」
そう答えると、先生はジッとチラシを見ていた。何だ?何回も確認したから誤字はないはずだが……。
「……午後4時から、か?」
「そうですけど」
「もう始まるじゃないか」
「ええ、でも俺はギリギリまでこうやって宣伝に興じようとしてるんですよ。少しでも来てくれる生徒が1人でも多くなるために」
先生の問に答える。何かと思えばそんな事か。ほんの1分くらいなら遅れてもあいつらは怒らないと思うが。
「そういや先生は何でこんな所に?サボりですか?」
「ナチュラルに私をディスってくるなお前は……。違う、教室に忘れ物を取りに行く最中だ」
「へえ、何をですか?」
ふむ、なるほど。この先生なら平気で忘れ物とかしそうだな。殴られそうだから絶対に口に出して言わないけど。俺だって殴られるのは好きじゃない。海未にはやられたけど……。
「そういやお前にはまだ言ってなかったか。私は陸上部の顧問もしているんだ。取りに行ってるのは記録書だ」
「いやそれは忘れちゃダメでしょ」
何で陸上部で大事な記録書を忘れてんだよこの人。カレー作るのに材料は買ったのに肝心のルーを買い忘れたくらいの酷さだぞ。そしてそのまま仕方ないから少し材料変えて肉じゃがに変更するまである。
「うるさい、だからこうして取りに戻ってるんだろうが」
「だから忘れるっていうのが前提としておかしいでしょホントに顧問かアンタ」
「それにあれだ。体験入部の数が意外に多か――――なぁ、岡崎」
言いかけて、急に先生の顔つきが変わった。まるで何かを察して事の深刻さに気付いたかのように。
「……何ですか?」
急な先生の態度の変わりように、俺も無意識に真面目なトーンで返してしまう。
「私の陸上部には体験入部が8人来た。他にもサッカー部やバスケ部にも結構な数の1年がいた」
それは、ただの人数を言っているようにも聞こえた。でも、それはきっと違うのだろう。それを今俺に言うからには、絶対に何かの意味があるのだろう。表情からして、決して良い情報ではないかもしれないが。
「ここに歩いてくる途中にも、吹奏楽部にも1年が、多かった」
何故、一々言葉を区切るんだ……?何故、さっきから人数を強調して言ってくるんだ……?
「おそらく、他の文芸部とかにも、生徒が行っているかもしれない」
何を……。
「もう帰っている生徒も見てきた」
何を……。
「お前も知っているとは思うが、今年の1年は……1クラスしかない」
言っているんだ……?
「お前も、そんな顔してるって事は、心のどこかで薄々と感じていたんじゃないのか?」
「な、にを……」
待て、俺は今、一体どんな顔をしている……?
笑っているのか?
真顔なのか?
悲しんでいるのか?
驚いているのか?
泣いているのか?
怒っているのか?
……分からない。自分が今どんな顔をしているのかさえ、分からない……。
それほどまで、俺は焦っていたのだろうか。
それほどまで、俺はそれを認めたくなかったのか。
それほどまで、俺は混乱していたのか。
それほどまで、俺はその考えを無理矢理頭の片隅に置いていたのか。
それほどまで、俺はその事だけは考えたくなかったのだろうか。
「私の杞憂に終わってくれればそれで問題はない。でも、私が今まで見た1年の数だけでも半数以上はいた。つまり……」
「ははっ……いや、そんな、まさ、か……」
無理矢理にでも自分の感情を操作し、笑う。
不完全な笑顔で。
そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだったから。
「……分かってたんだろう?もしかしたらこういう未来があるのかもしれない、と。……いや、むしろ分かっていながらそれから目を逸らしていた、とかの方が合っているのかもしれないな」
「……………………」
くそっ……。
「だったらお前は今何をしている。時間ギリギリまでチラシを配ってどうする。私の考えている事やお前が危惧している事が今まさに講堂の中で起きていたらどうする」
くそっ……。
「今お前のやっている事は無意味に終わる。それであいつらが折れてしまったら、何の意味も無くなってしまうんだ。……もう一度言うぞ岡崎。お前は今、ここで、チラシ配りなどという現実逃避をして……何をやっている!!」
「ッッッ!!!」
先生が俺の持っていたチラシを強引に奪い取った瞬間、そのまま俺は講堂へと全力で駆け出す。
昨日から薄々嫌な予感はしていた。
不確かだが、確かに前兆のようなものは感じていた。
自分の嫌な予感はよく当たる。
だからこそ、それを回避するために行動してきたつもりだった。
1番最悪の予想を無理矢理脳内から追い出して。
しかし、俺のその考えを、生徒の数を見てきた先生によっていとも簡単に看破された。
でも。
だけど。
それでも最後まで、その考えを、その予想だけは否定したかった。今こうやって全力で走っている最中も考えてしまう。
これはあくまで先生や俺の杞憂でしかないのかもしれない。実際に行ってみると何だかんだ1年に混じって2年や3年の生徒も入っているのかもしれない。無駄な心配になっただけかもしれない、と。
そうだ、これは俺の杞憂にすぎない。必ずしもそうとは限らないんだ。先生も1年全員を見た訳ではない。なら、少なくても5、6人はいるはず。穂乃果達も他の部活に行ってしまう生徒を多数見ていたから多少の覚悟はしているはずだ。5、6人でもいれば十分な宣伝にもなるし上出来だ。
だから大丈夫。きっと、大丈夫。
講堂が見える。
そこで、ふと違和感に襲われる。
……何で、何も聞こえないんだ?
4時はもう過ぎてるから始まっていてもおかしくはないはず。防音設備があるにしても、ライブならではの振動が多少はあるはず。上から見える窓から明かりという明かりが見えない。
自然と、全力で走っているはずの足が余計速くなる。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかッ!!!
着いたと同時にドアを勢いよく開け放つ。ライブが始まっていたら迷惑極まりないが、今は俺にそんな余裕はどこにもなかった。
中を見る。
視界に入ったのは。
ステージ上でポツンと立ったまま動かない穂乃果達。
誰も騒ぎもしない、曲も聞こえない無音の講堂内。
キラキラと輝いているはずの光が一切ない仄暗い空間。
そして。
そして。
そして。
いるはずの、いないといけないはずの。
もぬけの殻という言葉がこれでもかと思うほど似合っている―――――、
無人の観客席だった。
必ずしも自分の理想が現実となって返ってくるものではありません。
むしろ嘲笑うかのように非情な現実となって返ってくるものでもあります。
ならば、その非情な現実をどう乗り越えるのか……。
それはまた次回で。