ラブライブ!~奇跡と軌跡の物語~   作:たーぼ

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10000文字オーバーです。


19.赤き旋律のツンデレ娘

 

 

 

 

 

 

 

 ひと通りのやり取りは終わった。

 

 

 

 

 

 

 聞きたい事も聞けたし、悩みで重かった体も少年のおかげで少し楽になった。やはりそういう『才』があるのかと、花陽は思う。『才』というよりかは、『性質』と表した方が正しいのかもしれないが。

 とりあえず、この場でのやり取りは終わった。

 

 

「それじゃ、今度こそ私達は行こっか」

 

「そうだな。それじゃまたな、小泉、星空」

 

 その言葉を皮切りに、再び去ろうとする穂乃果と拓哉。

 でも、このままただ「はい」と言って2人を見送るだけは、絶対にしたくなかった。

 

 

「あ、あの……!!」

 

 今出来るだけの精一杯の声を絞り出す。去ろうとする拓哉達は振り返り、凛は何事かと花陽を凝視している。無理もない。いつも声の小さい花陽が、普通からすればそんなに大きくないにしても、いつも花陽の声を聞いてる凛からすれば十分に大きい声を発したのだから。

 

 拓哉も穂乃果もキョトンとした顔でこちらを見ている。

 

 言わなければならない。

 いくら自分が弱くても、嫌な考えをしていても、醜くても、こんな自分を変えられなくても、どれだけこの高坂穂乃果という少女を羨み嫉妬しているとしても。

 スクールアイドルが大好きで、この活動をしている彼女達を本気で応援したいと思っているこの気持ちは決して嘘ではないから。

 

 

「が、頑張ってください。アイドル……」

 

 言葉を音として口に出す。はっきり伝わるように。

 それは、単なる応援でしかないのかもしれない。口から発せられただけの、たまたま会ったからとりあえず言っておこうというただのお世辞なのかもしれない。

 

 けれど、それだけで十分だった。

 

 

「っ……うん、頑張る!!」

 

 高坂穂乃果は満面の笑みで元気に応える。

 

 例えただの軽い応援だとしても、とりあえずのお世辞だとしても、今の彼女にとって応援は激励と同じ。言葉として受けとる事で、やる気に満ち溢れてくる。それに、この眼鏡の少女の顔を見れば分かる。こんな顔をしている少女がお世辞で言っている様には全く見えない。本気で言ってくれているのがちゃんと分かる。だから、頑張ろうと思える。

 

 小泉花陽は知らない。

 こんな簡単な事でいいのだ。彼女は思っていた。応援などされても、それはただの言葉で、励ましにはなっても当人の行動力には影響されないと。

 

 だが高坂穂乃果は違った。

 ただ応援される、声援を送られる。それが決して悪い気持ちにはならない事を知っている。時に人は応援されても、それが逆に辛い時もあるのだと言う。それでも、その言葉が支えになる事は確かなのだ。

 応援されても辛くなる人も少なからずいるのは否めない。しかし、応援されて頑張ろうと思う人がいるのも事実。

 

 もう一度言おう。

 小泉花陽は知らない。

 

 応援、声援というのは、時にこれでもかと思うほどに力が込められ、当人を支え、“背中を押してくれる”ものなのだと。そしてそれを強く受け取った人は、高坂穂乃果は、強い。

 

 

 

 

 その強さを小泉花陽が知るのは、まだ先の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、またね!」

 

 言って、穂乃果は今度の今度こそ去る。

 

 

「俺からも礼を言うよ。応援ありがとな、小泉。あいつ、凄く嬉しそうだった。……じゃあ、またな」

 

 拓哉も、穂乃果に着いて行く様に去って行った。

 その場に残された花陽と凛に訪れるは静寂。

 

 

 

 

 

 

「あはは、何か、凄かったにゃ」

 

 静寂を切ったのは凛だった。その言葉は、何か言い表しにくい事を言っている、ような感じだった。

 

 

「そ、そうだね……。でも、会えて嬉しかった……でしょ? 凛ちゃん」

 

「まあ、嬉しかったけど……って何言ってるにゃかよちん!」

 

 会えて嬉しかった。でしょの間の空白の意味が何だったのか、それは今テンパっている凛には気付く事が出来なかった。いや、普通の状態でも気付かなさそうではあるが。

 

 

「さ、私達も帰ろ。凛ちゃんっ」

 

「むぅ~、何だか久し振りにかよちんにペースを持ってかれた気がするにゃ……」

 

 後ろからジト目で見てくる幼馴染を笑みを零しつつスルーし、帰宅するために廊下を歩く。

 結局、花陽のセリフの空白の意味を、誰も分かる事なく、花陽自身も分からずに、時間は進んでゆく。

 

 時は止まらない。ずっと変わらず進み続けるものだ。無情にも進む時間の中で、しかし、時間が進む空間の中を生きる者は、時間と関係なく何かが変わっていく。花陽の顔には変化があった。先程のような暗い深刻さというものは、考えは、“今は”もう既にそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 ここであの少年と会ったのは、決して不幸ではなかった。

 むしろ幸運だったと、そう確信しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔、ニヤけてんぞ」

 

 小泉達と別れてから穂乃果の隣にまで追いついて顔を見てみると、誰がどう見ても分かるようなニヤケ面の顔がそこにあった。

 

 

「うへへぇ、だって応援してくれたんだよ? そりゃ嬉しくもなるよ!」

 

「……そうかい」

 

 無理もない。ヒフミ達にも応援されるにはされた。しかし、それは既に友達だったからという前提の条件があったからだ。でもさっきの小泉達は穂乃果とは初対面。そんな子に応援されたら、嬉しくなる気持ちも分かる。

 

 

「たくちゃん」

 

 不意に、にへらとしていた声音が真剣なものに変わった。見ると、穂乃果は歩いている道の真正面を見据えながら、しかし、真正面の道以外のものを見ているような、そんな表情だった。

 

 

「私、頑張るよ。今までもそう思い続けてきた。でもやっぱり、面識のない人にも応援されたら、もっともっともっと頑張ろうって思ったんだ。まだライブもやってなくて、ちゃんとした曲もない今の状態でも、私達をちゃんと見てくれている人がいるって分かったから」

 

 それは、新たな結論だった。

 何だかんだ文句言いつつも、今までも頑張ってきたこいつの、高坂穂乃果の新たな結論だった。

 

 この活動をしていく上で、これまで何度も様々な目標を掲げ、結論を出し、それに向かって穂乃果達が頑張ってきたのを俺は知っている。だから、思わず口が緩みそうになる。穂乃果が今までに出してきた結論は、目標は、1つ1つ増える度に良い結果に繋げようとする意思が段々と強くなっていた。

 

 それでいいんだ。頑張ろうとする気が強い方が穂乃果は強くなる。前の結論は、気持ちは新たに上書きすればいい。それを俺は支えてやれたらいい。

 

 

「なら、まずはその西木野って子を説得しなくちゃな」

 

「っ……うんっ。私も諦めない。やっぱり西木野さんに作曲してもらいたいもん!」

 

 何となく頭を撫でてやると、犬みたいに喜ぶ穂乃果。尻尾あったらめちゃくちゃ振ってそうだなこいつ。何それ可愛い通報待ったなしですわ。

 

 

「じゃあ、行くぞ。穂乃果」

 

「うん! あ、ほら、聴こえてきたよたくちゃん! 西木野さんがピアノ弾いてる音だよきっと!」

 

 歩きながら耳を澄ますと確かに聴こえる。ピアノの音だ。近くになるにつれそれと同時に声も聴こえてくる。これは西木野って子の歌声だろう。……綺麗な歌声だ。

 

 

「うし、んじゃさっそく行」

 

「ちょっと待ってたくちゃん」

 

「フゴォッ!?」

 

 引き戸に手を掛けようとしたら襟首を掴まれたでござる。ねえ、最近襟首引っ張るの流行ってんの? この前海未にもやられたんだけど。

 

 

「ごほっ……何すんだよ……」

 

「今入ったら邪魔になっちゃうでしょ? それにせっかくだし最後まで聴こうよ」

 

「……まあ、そうだな」

 

 穂乃果の言い分も一理ある。今歌っている彼女は気持ち良さそうだ。目を瞑っているせいかこちらには気付いていない。目瞑ったままピアノ弾けるとかやっぱすげえな。俺ならペンボンバウンとか変な音出るまである。バウンって何だよ流石にピアノでそんな音出ねえよ。

 

 まあ、確かにあんなに気持ち良さそうに歌っている所にいきなり入るのは気が引ける。それに、素人の俺でも分かるほど、ピアノから綺麗な音が出ている。そのピアノに負けないくらい、彼女の歌声も綺麗なものだった。

 

 

「ね? 歌もピアノも上手いでしょ?」

 

 何がね? なのかは分からないがその意見には同意である。今彼女が歌っているのは聞いた事のない曲だ。恐らく彼女のオリジナル、だと思う。もしそうだとしたら、これは凄いと本気で思う。音楽の素人の俺が、彼女のオリジナルである曲に魅入って、聴き入っている。

 

 初見の俺でも、音楽の事が全く分からない俺でも、こんなにも感動出来るくらい、彼女の腕は凄いのだと身を持って感じさせられる。なるほど、穂乃果が執着する意味も分かる。これなら何としてでも協力してもらいたい。海未のあの歌詞と、彼女の作曲が合わされば、それは初めての曲としては凄いものになると自負出来る。そんな予感がよぎる。

 

 

 

 

 

 いつの間にか、演奏は終わっていた。

 

 

 

 

 

「……こりゃ欲しくもなるわな」

 

 俺がボソッと呟いた言葉は、穂乃果の拍手の音で掻き消された。演奏が終わり、静かになったこの空間で、穂乃果の拍手をはっきりと聞こえた彼女はすぐにこちらに気付いた。おい、お前が凄い顔になってるせいであの子驚いてるからやめなさい。

 

 一連の拍手が終わると同時に穂乃果が音楽室に入っていく。俺もその後ろに着いて行く。さながら穂乃果を守るSPみたいにね!←ここ重要。

 来たのが穂乃果だってのが分かると、西木野はあからさまに嫌そうな顔になり足を組む。ついでに言うと俺の事をめちゃくちゃ睨んでくる。ふえぇ~怖いよぉ。

 

 

「……何の用ですか? それとそこの男の人は何? 怪しいんだけど。不審者?」

 

 明らかに不機嫌な態度なのが全身に表れている。穂乃果が何故来たのか大体の見当はついてるのだろう。というか、えへっ☆SPじゃなくて不審者に見えちゃったみたい! これじゃ電車に乗るとすぐ痴漢とか冤罪になりそうだね! 何それ女の子怖い。

 

 

「やっぱり、もう1回お願いしようと思って。それと、たくちゃんは一応不審者じゃないよ」

 

 あの、お2人さん? 『それと』とか何か俺の事ついでにみたいな感じで言うのやめてくれません? 疎外感が半端ないんですけど。まあ元々男1人の学校だから疎外感以前の問題なんですけどね! やだ、目から塩水が……!

 

 

「岡崎拓哉だ。よろしく」

 

「あっそ」

 

 この子想像以上に冷たいよ! 冷たすぎて見られた者はその場で凍り付くレベルだよ! 警戒心マックスだから話しかけづらいってもんじゃない。これは穂乃果に任せるのが吉かもしれない。

 

 

「しつこいですね」

 

 その返答は穂乃果に対してだった。ああ、俺との話はこれで終わりという事ですね。ドライもドライ超ドライ。何なの、ドライアイスになりたいの? 火傷するよ、主にそういう態度とられてる俺が。

 

 

「そうなんだよねえ、海未ちゃんにいつも怒られるんだー」

 

 うん、夏場の夕方とかにいきなり大量に頭上に現れるユスリカの蚊柱並にしつこいもんな。ホント何あれ? 刺しては来ないけど頭上に纏わり着いてくるのが気持ち悪いったらありゃしない。小学生の頃、カバンを真上に放り投げて奴らを霧散させようとしてよく失敗したのは今となっては良い思い出、にはならん。駆除だ駆除。

 

 

「私、ああいう曲一切聴かないから、聴くのはクラシックとか、ジャズとか」

 

 俺が思い悩んでいると、西木野が穂乃果の冗談をスルーして発言する。ああいう曲とは恐らくアイドルものの曲の事だろう。クラシックとかジャズとかは俺にはさっぱりです。

 

 

「……へえー、どうして?」

 

「軽いからよ! 何か薄っぺらくて、ただ遊んでるみたいで」

 

 それには俺も同感だった。今まであまりアイドルの曲などを聴いてきた事はなかったが、どことなく、軽いイメージがあった。それはテレビで見る彼女達が楽しそうに踊って歌って、バラエティなどではヘラヘラとしているから、そういう印象になっていたのも事実。

 

 でも、

 

 

「そうだよねえ~」

 

「え?」

 

「私もそう思ってたんだ。何かこう、お祭りみたいにパァーっと盛り上がって、楽しく歌っていればいいのかなって。……でもね、結構大変なの」

 

 それは大体の人がそうなのではないか? 大体の人がアイドルというものを軽視しているのではないか? ただ楽しそうに歌って踊っておけばいいなどと、興味もない者はそう甘く見ているだけではないか?

 

 でもそれは違う。

 今の俺ならそう断言出来る。

 

 “ただ楽しそうに歌って踊る”。

 それがどれだけ難しいものなのかを、知っている。歌うのにも、踊るのにも体力はいる。本気で歌って踊るのは、相当の体力が必要なのだ。しかもそれを終始笑顔で実行しなければならない。そうなると余計体力を使う。いつも苦しそうに練習している穂乃果達もだが、それ以上に頑張っているのはテレビに出ているアイドル達ではないか。

 

 何曲も何曲も歌いながら踊る。そのための練習を彼女達は、視聴者が見えていない部分で必死に頑張って練習している。必死に練習した結果を舞台で発揮している。苦しい過程を見せないで、結果だけを見てもらい満足してもらう。それは、凄い事なのだ。

 

 凄い事なのに。過程を見ずに、考えずに、碌にちゃんと見もしないで批判する輩が大半の世の中の今。ようやく俺も、穂乃果達も、その事実に気付く事が出来た。

 見方が変わる。

 今じゃテレビに出るアイドルの歌や踊りをちゃんと見て、評価出来るようにしている。歌詞の意味が意味不明だとしても、歌って踊っているのには変わりはない。ガン見しすぎて唯に「お兄ちゃん、こんな感じの女の子が好きなの?」と冷めたような目で言われたのは今も心に傷が残っている。

 

 とにかくだ。今の西木野はその事実に気付いていない“だけ”。なら気付かせてやればいい。

 穂乃果にアイコンタクトとして軽くウインクを送る。それに気付いた穂乃果は何故か喜んだ表情になってから一旦掌を口に付け、その手を俺に向けてからアヒル口みたいな事をしている。

 あー、これは俺の意図に気付いてませんねーこの子。西木野も俺の方を睨んでるし。このままじゃ通報されちゃう!

 

 

「あー……西木野、お前って腕立て伏せ出来るか?」

 

「は?」

 

 それだけ言うと西木野が余計警戒心をむき出しにし、俺に睨みをきかせてくる。だからこんな事言いたくなかったんだよ……。男が女の子に腕立て出来る?とか普通言わないだろ怪しまれるだろの前にもう最初から怪しまれてたよ。

 

 

「はっ! そうだ! 西木野さん腕立て出来る!?」

 

「はあ!?」

 

 ようやく俺の意図が分かったのか、穂乃果も西木野を捲し立てるように問いだす。本当に分かってなかったよこの子。じゃあさっきの変なアヒル口は何だったんだ。あれはもう流行ってないだろうに。

 

 

「出来ないんだあ~」

 

「うぇっ!? で、出来ますよそのくらい!」

 

 穂乃果の如何にも挑発とも取れる言葉に反抗するように返す西木野。うん、俺もイラッとした。俺なら片腕で腕立てやって驚かせてやろうと実行するけど片腕じゃ無理だったから嘲笑われるまである。何それダメじゃん。

 

 

「1、2、3……これでいいんでしょう……!?」

 

 ブレザーを脱ぎ、ワイシャツを捲くって腕立てをしている西木野は結構余裕そうにしていた。何だろう、何か女の子のこういう運動してるとこって何で艶やかに見えるんだろう。……いいねっ!!

 

 

「おおー凄い……! 私より出来る!」

 

「……っ。当たり前よ、私はこう見えても――、」

 

「ねえ、それで笑ってみて?」

 

「え、何で?」

 

「いいから!」

 

 言葉を遮られ、しかも急に訳の分からない事を言われた西木野の表情は、不服だと感じさせた。でもそれでいいんだ。これでようやく、西木野も意味が分かるはず。

 

 

「……ぅ、うぅ……うぅううっ……、はぅ……」

 

 仕方なく言われたままの通りに、笑顔のまま腕立てを始める西木野。だがその表情は確実に硬かった。それが全てを表していた。

 

 

「ね? アイドルって大変でしょ?」

 

「ま、そういうこった」

 

「何の事よ!!」

 

 あらま、まだ分かってないのか。というかこの子、時々敬語外れるけど、そういうの苦手な子なのか?

 

 

「ふぅ……全く!」

 

「はい、歌詞。一度、読んでみてよ」

 

 穂乃果の手から出されたのは、言葉の通り、歌詞だった。

 

 

「だから私は……!」

 

「読むだけならいいでしょ? 今度聞きに来るから。その時、ダメって言われたら、すっぱり諦める」

 

「なっ、おい穂乃果――、」

 

 俺が穂乃果の発言に物申そうとしたのを、穂乃果自身によって止められる。はぁ~、こいつ……賭けに出やがったな……。

 

 

「答えが変わる事はないと思いますけど……」

 

 そう言いながらも、確かに西木野は歌詞を受け取ってくれた。これはさっきまで頑なに拒否していた時とは確かに違った。

 

 

「だったらそれでもいい。そしたら、また歌を聴かせてよ」

 

「え?」

 

 これが穂乃果の覚悟だった。これだけの事をして、それでも断られたのなら、諦める。自分でしつこいとか言っておいてそれは矛盾しているかもしれない。それでも、穂乃果はそんな賭けをするほど、覚悟をしていた。

 

 

「私、西木野さんの歌声大好きなんだ! あの歌とピアノを聴いて感動したから、作曲、お願いしたいなーって思ったんだ!」

 

 ……なるほど、これはズルいな。こんな事言われると、もし俺が西木野の立場なら必ず作曲してしまうだろう。でも穂乃果はこれを計算せずに、天然で言っているからこそ、相手にちゃんと気持ちが伝わる。真っ直ぐに言うからこそ、相手の心を動かす事が出来る。やっぱり、お前は凄い奴だよ。

 

 

「じゃあ、考えてみてね。それじゃ!」

 

 それを言い終えると、今度は穂乃果が俺にウインクでアイコンタクトを送ってきた。なるほど、そういう事ね……。

 

 確かに穂乃果の言葉には人を動かす何かがある。それはとても凄い事で、才能があって、評価されるべき事だ。でもそれは穂乃果が計算せずに天然で自然にやっているからこそ出来る事。

 

 つまり、穂乃果は自信の凄さに気付いていない。だから自分の言葉で相手が心動かされてるのに気付いていない。……それが正解なのだ。気付いてしまったら意味がない。

 

 だから、これは、西木野が作曲をしてくれるなどという確証はこれっぽっちもない。もう俺が何かを言わなくても西木野は作曲してくれるだろう。でも、それは穂乃果の凄さを知ってる俺だから分かる事で、穂乃果自身は分かってはいない。だから、穂乃果の中では西木野が手伝ってくれる可能性は少ないと、そう思っているんだろう。

 

 そのための、アイコンタクトだった。私にはここまでしか出来ないから、という意味でのアイコンタクトだった。だから、後はたくちゃんに任せたよ、という意味でのアイコンタクトだった。

 自分の魅力というものは自分では分からない。それは少し悲しい事なのだと思う。それは自分の凄さを無意識的に否定しているから。でも、他者から見ればその人の魅力が分かる。分かってやれる。

 

 ならば、誰かがその人の魅力を、凄さを肯定してやればいい。“俺”が“穂乃果”の魅力を肯定、助力してやればいい。俺には、それくらいしか出来ないのだから。

 音楽室から穂乃果が退室するのを見送る。去っていくのを最後まで見届け、再度、西木野の方へ体を向ける。

 

 

「……あなたは、出て行かないんですか?」

 

 少しの警戒心を出しながら俺に問いかけてくる西木野。まあ無理もない。変な噂が絶えない俺を警戒するのは何もおかしくはない。むしろ正常だ。

 

 

「まあな、ちょっとした頼まれ事を承っちまったし、このままヘラヘラ帰るわけにもいかなくなっただけだ」

 

「何それ、意味分かんない」

 

「西木野」

 

「な、何よ……?」

 

 おいおい、だから敬語外れてますよ? まあ生徒会長にタメ口使ってる俺も言えないけど。

 

 

「もう本当は俺からは何も言える事はないんだけどな。それでもほんの少しの力にはなってやりたいから言うぞ」

 

 そう、俺からはもう何も言う事はない。全て穂乃果が言ったから。何も言わなくても西木野は協力してくれるだろう。

 

 

「さ、さっきも言いましたけど、答えは変わらないと思いますけど……」

 

 けれど、彼女は見た所本心を見せないタイプの人間だろう。素直になれないツンデレと言った所か。

 

 

「放課後、毎日穂乃果達は朝と夕方に神田明神の階段でトレーニングをしているんだ。だから、まあ、何だ。良かったら見に来てやってくれ。あいつらの、ちゃんと本気でやっている所を見れば、お前ももっと何か感じれるものがあるかもしれないからな」

 

 一つの事を言う。それはある種の助言だ。恐らくだが、西木野が穂乃果達の練習風景を見れば100%作曲してくれるだろう。見に来なくてもやってくれるとは思うが念には念をだ。というより、何か俺が西木野を誘ってるみたいで恥ずかしいんだが。

 

 

「えと、まあ、何? そんなわけだ。言いたい事はこれだけ。……じゃなっ!!」

 

「あ、ちょっ!?」

 

 西木野が反応する前に帰る。決して変に照れてるわけじゃないんだからね!

 もう、何なのよー! と後ろで西木野が叫んでるのを無視して階段の踊り場まで走る。

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、穂乃果がいた。

 

 

 

 

 

「――うぉっと、穂乃果?」

 

「ありがとね、たくちゃん」

 

 壁に寄りかかってる穂乃果は、微笑みながらも神妙そうな顔でそう言った。何でこんなしおらしくなってんのこいつ?

 

 

「いや、お礼言われても何の事かさっぱりなんですが……」

 

「全部だよ、全部。もー、何で自分で気付かないかなーたくちゃんは」

 

 いや、全部と言われましても全くこれっぽっちも理解出来ないんですが……。しかもこいつにこんな事言われるとか腹立つんですけど? 何、やるか? お?

 

 

「だから、さっきの事だよ。私じゃあそこまでしか出来なかったから……。頑張るって言っておきながら情けないよねっ」

 

 そう言う穂乃果の顔は、無理に笑っている。そんな感じだった。見ているこっちが嫌になりそうな、悲しい笑顔だった。

 

 違うだろ。お前が落ち込む必要なんてないだろ。そんな顔しなくていいんだよお前は。明るい笑顔の方が似合ってるだろお前は。自分の凄さに気付いてないだけで、お前は十分凄い事をしたんだ。

 

 だから、

 だから、

 だから。

 

 

「そんな顔すんな穂乃果。お前はお前でちゃんとやりきってたよ。ちゃんと頑張って、ちゃんと結論を出して、ちゃんと結果を出したんだよお前は」

 

 言葉にしないと分からない事もある。なら言ってやる。少なくとも、それでこいつのこんな顔を見れずに済むなら。

 

 

「え……? でも、私、結局西木野さんの事――、」

 

「大丈夫だ」

 

「た……く、ちゃん……?」

 

「お前が西木野に言った言葉は本心だった。本心だったからこそ、西木野の心はきっと動いたはずだ。それはもう俺が何も言わなくてもいいくらいに。だから穂乃果、お前がそんなに落ち込む必要はないんだ。するべき事をやったお前を、俺は褒めてやりたいんだよ。だからいつもの明るい笑顔に戻れ。俺がお前を肯定してやる」

 

 本当の思いを口に出す。これはとても難しい事だ。でもそれを簡単に出来るのが高坂穂乃果なのだ。いつだって本心で、素直で、明るくて、周りの皆もそれに影響される。それが高坂穂乃果なのだ。

 

 

「たくちゃん……、うん、そうだよね。ありがとたくちゃん! 私にこんな暗い顔似合わないよね! いつだってうるさいのが私なんだ!」

 

 それでいい。うるさいのは別にいらないけど、せめて明るいって言えよ。ったく、言って気付いたけど、俺結構恥ずかしい事言ってるかもしれない。やべ、そう思うと急に照れ臭くなってきたぞオイ。

 

 

「たくちゃんたくちゃん」

 

「ん、何だよ?」

 

 服の袖を引っ張るんじゃありません。変に意識しちゃうでしょうが。狙ってやってない分余計タチが悪い。これじゃあざといとも言えない。こいつどこのいろはすの上位交換だよ。誰かヒッキー呼んで来い。

 

 

「私を褒めてくれるんだよね?」

 

 何これ、嫌な予感しかしないんですけど、何か奢れとか言われる未来しか見えないんだけど。というか立ち直り早くね? いいんだけどさ。

 

 

「頭撫でて!!」

 

 んんwwwこれは予想外ですぞwww

 まあ、金が掛からなくてこっちとしてもありがたいが。

 

 

「ん、おーよしよし、頑張ったなー穂乃果ー(棒)」

 

 あからさまに棒読みでセリフを言う。(棒)を付ける事によってより棒感を出す事により照れ隠しになるという大変便利な方法だ(棒)。

 言う通りに頭を撫でてやる。唯にもやってたけど、穂乃果達にも小さい頃からやってたのを思い出す。あの頃はこいつらが泣く度に撫でてたなー。大変だった。

 

 

「うへへぇ~」

 

 これ、女の子がそんな気味の悪い声を出すんじゃありません。ニヤケすぎだろ。ホント犬っぽいなこいつ。マジで尻尾あったらそれはもうブゥオォンッ!! とか風圧出しながら振りそう。人吹っ飛ぶレベルじゃないですかやだー。

 

 

「さて、もういいだろ。海未達連れて練習行くぞ」

 

 頃合いだと思い階段を上る俺に対し、穂乃果は、

 

 

「もう終わり~……? あ、ちょっと待ってよたくちゃーん!」

 

 名残惜しそうな感じではあるが知らん。俺が恥ずかしいあんなの。学校でやるものじゃないなこれ。誰にも見られてない事を祈ろう。

 

 

「まあまた今度やってもらお! そうだ、たくちゃん! 頑張ったって言うなら何か洋菓子とか奢ってよ!」

 

 なん……だと……!?

 あれで終わりじゃなかったのか……。女子の強欲さは異常。しかし、褒めると言った以上、俺もちゃんと責任を取らなければならない。

 

 

「……まあ、クッキーとかケーキくらいならな」

 

「ケーキ!!」

 

 即答かよ……。何なら高速と言わず光速まである。いつも和菓子ばかりのせいか洋菓子には目がないのは和菓子屋の娘だからだろうか。それしかないな、うん。

 

 

「分かったよ……。とりあえず今日は練習行くぞ」

 

「うん! ケーキ、ケーキ♪ ランランラン♪」

 

 ま、こいつのこんな嬉しそうな顔を見れたと思えば、価値はあるかな。

 

 

「あ、海未ちゃんとことりちゃんに1年の子と知らない間に知り合ってた事も報告しないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 なん……だと……!?(2回目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





気付けば劇場版まで1か月を切りましたね。
いやー楽しみです。DVDが出れば、劇場版のストーリーも書きたいなぁ。
この展開の遅さで何年掛かるか分かりませんが……。


ご感想ドシドシ待ってます。

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