さて、手っ取り早く一人目の両親に挨拶という名の自爆特攻を仕掛けようとする足ガクブル少年。
部屋を出て数歩進めばもうレジのとこには穂乃果の母である高坂桐穂がいて、厨房には父の高坂大輔がいる。
「……、」
はっきり言って生きた心地がしないのは気のせいではないだろう。
床を踏む一歩一歩があまりにも重い。一歩進むたびに精神的な体力がごっそりと削られていくのを感じる。
たった2歩3歩の忍び足なのに何故か頬へ汗が垂れてきた。
まるで自分の罪をこれから告白しに行くかのような緊張感が拓哉を襲う。
「な、なあ、やっぱ後日とかじゃダメ、ですかね……?」
「ほら、早く」
「……、」
もはやまともに答えてすらしてくれない穂乃果。
ただ穂乃果も含め背後から見ているμ'sの面々もさっさとしろという圧のみを送ってきている。どうやら自分の気持ちを分かってくれる者はいないらしい。
心の中で大号泣したい気持ちを抑え(おそらくこのあと大号泣するのは目に見えているから)、今はもう男としてこの茨の道を突っ切るしか選択肢はない。
もうなるようになれである。店は今客もいなくて店番をしている桐穂も暇そうにあくびをしている最中だ。桐穂はこういう時たまに穂むまんをつまみ食いなどしてマイペースな部分もあるから今は話しかけても大丈夫だろう。
意を決す時が来た。
約一週間後には高校3年生になるとしても、まだまだ早すぎるであろうステップを半ば強制的に踏まなくてはならない。
一世一代の告白の第二幕が切って落とされる。
~高坂家の場合~
「……あ、あの、き、桐穂さん……!」
「ふわぁ~……ん、あら、どうしたの拓哉君? 穂むまん足りなくなった?」
この店員、まさかの膝の上に穂むまんを常備していたのか、そのまま穂むまんを拓哉へ差し出してきた。
「い、いや、そういうことじゃなくて、ですね……」
さっそく出鼻を挫かれて脳内の台詞がすっ飛ぶ拓哉。
そう、忘れてはいけない。今目の前にいるのはあのマイペースな穂乃果の母親なのだ。
ならば高坂桐穂という女性は穂乃果と同じか、それ以上のマイペース気質を持っているということにもなる。
拓哉のペースでどうにかなる相手ではない。冒険しに村から出たらいきなりスライムではなくラスボスが出てきた気分である。
「そうなの。じゃあようやく穂乃果と付き合うことになったとか?」
「いやいや、そういうわけでもな……………………え?」
「ん? どしたの?」
後ろの部屋の方でドンドダダン!という音がした。
本当なら拓哉もそんな反応をしたいところだったのだが、あまりに唐突に言い当てられたことにより硬直に近い状態となった。
「あら、もしかして図星だった……?」
「……あ、や、えっと、その~」
人間、唐突な出来事が起こると普通にパニックになるものだ。
心の準備をしていたつもりなのにすっかり虚空になってしまった。
高坂穂乃果の母。
それつまり、マイペースな部分ももちろんだが、同時に穂乃果と同等の天然な鋭さの持ち主なのである。
穂乃果でさえ拓哉の想像を軽く超える事をするのに、母の桐穂が超えないはずがないのを忘れていた。
だからこそ、逆に言ってしまえばである。
そんな穂乃果とずっと近くで関係を築いてきたからこそ、そんな予想外な出来事にも一瞬持ってかれそうな意識を培ってきた経験で戻すことができる。
「あー、と……もしかして、元から分かってました?」
「いや? 当てずっぽうで言っただけだけど」
「ああ、さいですか……」
拓哉が断った穂むまんをそのまま自分の口に放り込み堪能している桐穂。
まさにこの子にしてこの親ありであった。
拓哉と穂乃果は幼馴染であり、子供の頃からの付き合いで家も近いということもあり家族ぐるみで交流がある。
マイペースな性格はラスボス級ではあるが、小さい頃から知っている桐穂に対してはまだ緊張もそんなにはないはず、と拓哉自身は思う。
自由気ままな者が相手だとこちらの緊張も多少は和らぐらしい。
どうやら最初のように口は重くなくなったようだ。だが本題はここからだ。緊張は和らいでも気楽にいくなんて判断はしてはならない。
まずは深呼吸から。
「すぅ……はぁ……。桐穂さんの言う通り、この度俺は穂乃果と付き合うことになりました」
「おお、いつかは~って思ってたけどとうとうその時が来たのねっ。今夜は赤飯かしら! 私からすれば遅いくらいだったんだけどね~。何はともあれおめでと!」
「あ、あの、その言葉は素直に嬉しいんですけど、まだ報告があるというか何というか……」
「あらら、これ以上にまだ何かあるの?」
「っ」
桐穂が純粋に喜んでくれているからこそ、次の言葉が中々出てくれない。
当人達が納得できても、その両親がどう思うかはちゃんと考えていなかったツケが今ここに来てしまった。
幼馴染の母親が喜んでくれているのに、数十秒後にはどんな表情を浮かべるか想像もできないしなるべくしたくないのが拓哉の本音だ。
いざとなれば穂乃果本人を連れて一緒に死ぬほど泣いて説得するという最終手段も用意しておくしかない。真のハッピーエンドを迎えるためならそのくらいの道連れは許されるだろう。
「どうしたの? そんな緊張すること?」
簡単に言えればどれだけ楽だろうか。
穂乃果と同じ純粋な瞳で見られるほど罪悪感のようなものが拓哉を蝕む。
いっそ生殺しですらあるこの状態。
この地獄からさっさと脱出しなければずっとこれが続いてしまう。長引くほど拓哉の精神は壊れるだろう。
しかし投げやりな気持ちで言っていい告白でもないので、我らが認める男の中の男、岡崎拓哉。
覚悟を決めた。
「……桐穂さん。俺、実は付き合ってるのは穂乃果だけじゃなくて、他のμ'sのメンバーとも交際してるんです!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
長い沈黙の果てに素っ頓狂な声を放つ桐穂。
無理もない、と拓哉も後ろで盗み聞きしている穂乃果達も思う。
はっきり言ってしまえば堂々と9股していると親に公言しているのだ。こんな馬鹿げた話をいきなりされてすぐ理解できるほうが難しいだろう。
桐穂も次の穂むまんへ伸ばしていた手が止まっている。さすがに放心状態と言ったところか。
「で、ですけどっ、もちろん俺は勢いとかノリとか軽い気持ちで付き合ってるわけじゃなくて、真剣に9人と向き合って真摯に交際してるつもりなんです!」
頭がパンクしているであろう桐穂に畳み掛ける9股少年。
もう後戻りはできない。ならばもう止まることなく自分の気持ちをぶつけ続けるのみだ。
「桐穂さんからすればふざけた話かもしれないですけど、俺は本気であいつらが好きだから……正直に言うことにしました」
突然穂乃果達から強制的に挨拶させられる羽目になったとは思えないほど、即興だが岡崎拓哉の本気の言葉。
こういう時の少年は必ず決めてくれるという少女達の信頼あってのものか、改めて9人と付き合うことの難しさを知っての表明か。
「認めてくださいなんて勝手なことは言いません。俺も穂乃果達も、お互いの将来を懸けて決めたので、早すぎるかもしれないですけどちゃんと言っておこうと思った結果です」
勝手で都合の良い話をしているのは重々承知だ。
その上で岡崎拓哉は言っている。
元々決めていたことではないか。誰に何と言われようが構わないと。
例えそれが相手の両親だとしても、当人の気持ちが何より一番なのだ。
高校二年生。大人から見てみればまだまだ未熟であり子供だろう。
そんな子供の、未熟ながらの真剣な言葉だった。手段は横暴にして無謀だったとしても、どれだけ本気なのかは少年の目を見れば簡単に分かる。
拓哉を小さい頃から知っている高坂桐穂は、こういう時の少年が嘘を言う人間ではないと知っている。
だから、子を思う親は言った。
「……はあ。そんな重い雰囲気で何を言うかと思えばそんなことなのね」
「……え?」
呆気に取られた顔をする拓哉に対し、桐穂はいっそ笑みを浮かべる。
「まあ薄々そんな予感はしてたというか、まあ、拓哉君だからねえってのが正直な感想かな」
「俺だからっていったいどういう……というか、え? 怒ったりとか何か、しないんですか?」
「何で怒る必要があるの? みんなが拓哉君を好きで、拓哉君もみんなが好き、だからみんなと付き合った。
拓哉の言葉を聞いてそれだけ、で納得できる者は果たしてこの世界にどれだけいるだろうか。
浮気や不倫に対してとても厳しい昨今、大半の人が罵倒と非難の嵐をぶつけるのが当たり前の世の中で、たった一人の母親はそれを一蹴した。
「本当ならふざけるな~だの別れろ~だの言うべきなんだけど、娘が自分で納得して決めたことなら私は何も言うことないかなって。それに私は穂乃果だけじゃなくて海未ちゃんもことりちゃんも昔から拓哉君が好きって知ってたから、仲の良い誰かが悲しい思いをしなくて済んだならそれでいいの」
幼馴染の親だから分かることだった。
拓哉、穂乃果、海未、ことりの4人が小さい頃から遊んでいるのを見守っていた大人としての観察眼。
拓哉の性格や性質上、当たり前のように人助けをするという行為を見ていてこうなることはある意味必然だったと桐穂は思う。
素性も知らない相手に手を差し伸べる優しさを持つこの少年は、将来必ずこういうことが起きるだろうと。
「拓哉君の性格ならきっとみんなが少なからず好意を持つかもって思ってたし、それが本当になっただけだから私自身はむしろおめでたいわね~って感じよ? だって自分のために見返りもなく手を差し伸べてくれるなんて、好きにならない方が珍しいもの」
桐穂の言葉を聞いた途端、後ろのほうでガガンッ! という何かが崩れる音がした。
恐らく図星を突かれた者が数人いたのだろう。
「だから、私はあなた達を祝福するわ。みんなが幸せになれるなら、そっちのほうが良いに決まってるしねっ」
「……ありがとうございます」
全てを知った上で、桐穂は認めてくれた。
いいや、むしろ喜んでくれた。
てっきり何を言われるか気が気でなかった拓哉は正直ホッとしていいのか迷う。
桐穂はこう言ってくれた。しかし、まだ一人目だ。
他のメンバーの両親にも言わなければならない。
毎回メンタルが削られそうなことをこの後もしなくてはならないと考えると、まだまだ気を引き締めるべきだろう。
(とりあえず桐穂さんは認めてくれた。次は大輔さんだ。ある意味一番言いにくい人だな……)
拓哉も子供の頃から交流のある穂乃果の父、高坂大輔。
いいや、交流はあると言っても、まともな会話をしたことは一度もないと言ったほうが良さそうか。
一言も喋らない穂乃果の父親にどう言えばいいものか、それは拓哉ですら未だに掴み切れていない。
というか本当に喋るのだろうかあの人はという疑問しか深まらない。
と、悩んでいる拓哉を見て色々察したであろう桐穂が先に口を開いた。
「お父さんにも同じこと言おうとしてるみたいね」
「え? あ、まあ、はい。大輔さんにもちゃんと言っておきたいので」
「ならもう特に言わなくて大丈夫よ」
「……はい? それはどういう……」
「ほら、厨房見たら分かるわよ」
言われるがまま厨房のほうを覗き込む。
いつも通り仕込みやらで品を作っている大輔の背中が目に映る。
そして、まるで拓哉が見ているのを分かっているかのように、高坂大輔は分かりやすく親指を突き立てた。
「……、」
「私達の会話聞こえてるみたいだし、最初からあの人は拓哉君や穂乃果を認めてるから心配いらないってわけ。どう、これで私達はクリアしたんじゃない?」
「……どうやらそのようですね」
拍子抜けもいいとこ、と言っていいのかすら分からないが、これで穂乃果の両親には認めてもらえたようだ。
「やったねたくちゃん! このまま次もいっちゃおう!」
「少しは休憩させろよ! 俺のメンタル回復させてくれませんかね!?」
「ほら穂乃果、拓哉君困ってるから離れてあげなさい。アンタだけ店番させるわよ」
「娘にだけ厳しくない!?」
さて、このまま拓哉の精神は持つのか。
さて、いかがでしたでしょうか。
約5ヵ月振りの更新です。
お待たせしましてすいません。
そしてまさかの中編という形になりました。
書いてたら以外に長くなってしまいそうになり中編にしました。
シリアスにしすぎるのも何なので、次回後編の挨拶はダイジェストでコンパクトに書こうと思います。
出来れば早めに更新したいですね。
では、新たに高評価を入れて下さった
蒼柳Blueさん
Ryonganさん
デジー,さん
計3名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!
虹のあなたちゃん可愛い。