静寂がその場を支配していた。
たった1分前にはあれだけ騒いでいたスクールアイドルの誰もが言葉を発さない。いいや、逆に発せないでいた。
突然の宣言。μ'sの活動は明日のライブをもって終了すると、直接μ'sのリーダーから告げられたのだ。
これが何を意味するのか。それを知る者はおそらくこの場にはいない。
スクールアイドル界において頂点にも等しい存在の消失は、きっとテレビでも取り上げられるものだろう。ラブライブが世間で流行っている今、穂乃果の言った言葉は即座に広まり日本中へ拡散されていく。
しかし、それでよかったんだと思えるために、高坂穂乃果は再び言の葉を紡ぐ。
「私達はスクールアイドルが好き。学校のために歌い、みんなのために歌い、お互いが競い合い、そして手を取り合っていく……。そんな、限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが大好き!」
スクールアイドルを始める目的は人それぞれだ。
穂乃果達が最初にスクールアイドルを始めるきっかけとなったのも学校を廃校させないため。最初からアイドルやスクールアイドルを好きだったわけではない。
明確な目的を持って始める者もいれば、目的もなくただ何となくで始める者もいる。
誰かのために、もしくは自分以外の何かのために始める者もいれば、もてはやされたいなど私利私欲のためだけに始める者もいる。
最初のきっかけは何だっていい。
ただその過程で、その先にある目的の達成のために努力を惜しまなければ結果は付いてくるものだ。
続けようと思えば長く続けられる『アイドル』ではなく、たった3年ちょっとしかないような限られた時間の中の『スクールアイドル』。
長いようでいて短い期間。だからこそ、その短期間で自分達の輝きを見つけ出そうとする姿が美しいのだ。
「μ'sは、その気持ちを大切にしたい。みんなと話して、そう決めました」
μ'sはもう充分に輝いた。
学校のために必死にもがいた結果、いつしかラブライブを優勝して他のスクールアイドルからは憧れの存在となっていた。
だから、というわけではない。
次々と起こる目の前の問題を今のメンバーと共に乗り越えてきたからこそだ。
3年生の卒業は当然来るものである。
9人だったμ'sは6人になってしまう。その時点で、それはもうμ'sとは呼べない。代わりを務められる者など絵里達本人以外この世界にはいないのだから。
μ'sは終わる。
しかし、終わらないものもある。
「でも、ラブライブは大きく広がっていきます。みんなの、スクールアイドルの素晴らしさを、これからも続いていく輝きを多くの人に届けたい! 私達の力を合わせれば、きっとこれからもラブライブは大きく広がっていくから!」
「そんなっ……」
「うぅ……っ!」
ようやくスクールアイドル達の開かれた口からは嗚咽が聞こえた。
実質のチャンピオン引退。μ'sを目標にしているスクールアイドルだって少なくはない。
いつかはμ'sを超えたい。μ'sと同じ舞台で競いたい。同じステージで踊りたい。
そんな思いを抱えているスクールアイドルがほとんどなのだ。ここにいる複数のスクールアイドルだってそうだ。
故にショックが大きいのも仕方ない。
こうなることは拓哉にも分かっていた。おそらく穂乃果も、他のメンバーだって分かっているはずだ。それを分かって穂乃果は言った。
ならば、と。
拓哉は自分の拳を優しく穂乃果の背中へ当てる。海未とことりも同じように穂乃果の肩を軽く押すように手を出した。
(穂乃果)
これはスクールアイドル『μ's』のリーダー、高坂穂乃果が言うからこそ意味がある。
手伝いだけの少年には何も言う資格はなく、またここは出しゃばる場面ではないことを重々承知している。
だから背中を押す。
手を通して言葉や真意を伝えられるなんて綺麗事は通じないことくらい分かっているが、だからこそ信じたい。
『背中を押す』という言葉の意味を。
拓哉、海未、ことりから背中を押された少女は、虚勢でも猜疑でもなくその意味を心で感じ取った。
そして、少女は言った。
「……だから、明日は終わりの歌は歌いません。私達と一緒に、スクールアイドルと、スクールアイドルを応援してくれるみんなのために歌いましょう! 想いを共にした、みんなと一緒に!!」
「拓哉君」
「ん? 何だツバサ」
練習も終わりそれぞれが帰宅し始めた頃、ツバサから声をかけられた。
その手にはある物が握られていた。
「はいこれ、ありがとね」
「ああ、これか。結局何だったんだ? いきなり衣装データを借りたいって」
「ふふっ、ちょっとね。色々確認とかしたかったのよ」
「何だそれ」
「お楽しみは明日ってことで。じゃあまた明日ね」
「あ、おいっ」
軽いウインクをしてツバサはUTX学院まで戻って行った。
結局何がしたかったのかは分からない。だがあのA-RISEのリーダーのことだ。何か考えているのかもしれない。
「……帰るか」
―――――――――――――――――
「お兄ちゃんは知ってたんだね。μ'sが終わるって」
「まあな」
準備も終わり、練習が終わって家に帰り夕食も食べ終えた拓哉は自室でそう答えた。
「というか普通に俺の部屋にいるけどいつ入ってきた我が妹よ」
「なら余計明日のライブは成功させないとね」
「すげえ。俺の声がまったく届いてない」
PCを前に椅子を回して唯の方へ視線をやると、ものすごく自然にベッドに座っていた。
いつ入ってきたのかすら気付かなかった自分に問題があるのか、忍者の如き無音で侵入してきた妹に問題があるのかはこの際仕方なく置いておく。
「穂乃果ちゃん、言うの辛くなかったのかな……」
その一言は、小さい頃から穂乃果と仲が良い唯だから思ったことなのか。
優しい妹に恵まれて感動するのもいいが、その前に言っておかなければいけない。
「辛くない、って言ったら嘘になるかもしれないな」
「そうだよね……」
「でもな、辛いという気持ちよりも、穂乃果は未来に希望を感じて託したんだ」
「え?」
手伝い風情の言葉にどれだけ力が宿るかは分からない。
それでも、μ'sの側にずっといて、彼女達を支える一人の男として言えることは必ずある。
「μ'sや今のA-RISEがいなくなっても、この先にはまだまだ色んなスクールアイドルが誕生する。それだってμ's以上の輝きを持ったスクールアイドルが出てくる可能性だって充分あるだろ? 可能性はいつだって0じゃないんだ。0を1にする努力さえすれば、それだけで可能性は無限大に広がっていく」
「μ's以上の輝きかあ」
「ああ。例えばお前や雪穂、亜里沙が結成したスクールアイドルがそうなることだってあり得るんだ。俺達も最初は廃校をどうにかするために始めたけど、そこから色んなことがあって優勝まで上り詰めることができた。誰にだって可能性はあるんだよ」
未来に何があるのか、何が起こるのかなんて誰にも分からない。
だからこそ不安もあるだろうし期待もあるのだろう。予想や想像では計り知れないのが未来。
「穂乃果は未来のスクールアイドルに希望を託した。絶対的な存在なんていなくても、必ずこの先もラブライブはできるんだと思わせてくれるような存在が出てきてくれるって。今いるスクールアイドルだけでも、ドーム大会は実現できるって信じてるんだよあいつは」
スクールアイドルの魅力はμ'sやA-RISEだけにあるものじゃない。
他のスクールアイドルにだってそれぞれの魅力や個性があるのだ。ラブライブを勝ち上がったグループだけに輝きがあるわけではない。
そのための明日のイベントだった。
μ's以外のスクールアイドルも全てのグループが同じ光を灯す。
これで世間に知られるのはラブライブだけではなく、スクールアイドル自体が認知されていくだろう。
それが今後のドーム大会にも繋がっていくと信じて。
「あいつの気持ちはもう先へと向いてるんだよ。自分達のいないスクールアイドル界隈、ラブライブがどうなっていくのか。そんなの誰にも分からないけど、あいつは信じて言った。自分の気持ちをスクールアイドルの前でちゃんと言ったんだ。あいつの言う『きっと』ってのはさ、根拠も何もないけど、何でか大丈夫って思っちゃうんだよな」
「ふふ、何それ」
「まあそう思うのも無理はないけどな。それでもそうやってあいつはいつも乗り越えてきたから、あいつにはそういう力があるんだと思う。言うべきことをちゃんと言った穂乃果はやっぱリーダーだなって思ってるんだ」
「言うべきこと、かあ。確かにあの場面であれを言った穂乃果ちゃんは凄いよね」
「……、」
唯の言葉を聞いて拓哉は黙る。
言うべきこと。それは拓哉にもあるはずだ。大事な妹の唯に言わなければならないこと。
μ'sの9人と付き合っていることを伝えなければならない。
(いつまでも黙っているわけにはいかないよな。タイミング的にも今言うのが多分ベストだ。穂乃果はみんなの前で言うべきことを言った。なら、俺も……)
「お兄ちゃん?」
「唯、俺もお前に言わないといけないことがある」
ある意味、岡崎拓哉にとっての大一番が始まろうとしていた。
さて、いかがでしたでしょうか?
みんなへμ'sが終わるということを伝えた穂乃果。
言うべきことを言った穂乃果に感化された岡崎はついに唯へ……?
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった
近眼さん
気まぐれ野郎のアキシオンさん
計2名の方からいただきました。
ラ!作品の中でも特にこの作品を気に入ってくださって感激です!最後まで頑張ります!本当にありがとうございました!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
来週は色々多忙になりそうなので投稿できたらするという方向になります。