「続けてほしい……?」
「ええ。スクールアイドルとして圧倒的人気を誇るA-RISEとμ's。ドームでの大会を実現させるには、どうしてもあなた達の力が必要とみんなが思っているの」
「みんなが……」
理事長室に呼ばれた拓哉と穂乃果達。
そこで聞かされたのは、つい先ほど決めたこととは全くもって逆を意味する言葉だった。
「でも、そう考えるのも分かります……」
「ここまで人気が出ちゃうと……」
「人気だからこその継続か。……まあ、普通ならそっちのが正しいのかもしれないな」
「3年生が卒業し、スクールアイドルを続けるのが難しいのであれば、別の形でも構わない。とにかく、今の熱を冷まさないためにも、みんなμ'sには続けてほしいと思っているの」
圧倒的人気を誇るが故のファンの思想。
さっきもライブでのコメント欄を見たときも同じことを思ってはいたが、どこまでも自分達と真逆の考えをしていることを思い知らされる。
ましてや理事長直々に続けてほしいと言われる始末なのだ。
学校にまでそういう期待が押し寄せられているのかもしれない。
「そんな……」
「ですが……」
ことりも海未も戸惑っている。
それも仕方ない。さっき改めて決めたことと真逆のことを言われているのだから。
穂乃果もずっと黙っていて何も言葉を発そうとはしなかった。
この問題に関しては、すぐに答えの出る問題ではない。とりあえず時間が必要だと拓哉は考える。
「すいません理事長。まずはこのことをちゃんと他のメンバーと話し合わせてください。さすがにこれは、すぐに出せるような問題じゃないので……考える時間が欲しいです」
「……そう。そうよね……。分かったわ。いきなり無理を言ってごめんなさいね。できるだけ時間をあげるから、みんなと話し合ってちょうだい」
「ありがとうございます。それじゃ失礼します。行くぞ、穂乃果」
「う、うん……」
黙ったままの穂乃果に声をかけると、元気のない返事と共にようやく穂乃果が顔を上げた。
――――――――――――――――――――
「困ったことになっちゃったね。最後のライブの話をしてたところなのに」
中庭で理事長から言われたことを全てメンバーに話すと、やはり良い顔をする者は誰一人いなかった。
「私は反対よ。ラブライブのおかげでここまで来れたのは確かだけど、μ'sがそこまでする必要があるの?」
「そうだよね……」
「でも、大会を成功に導くことができれば、スクールアイドルはもっと大きく羽ばたける」
「一応、海外での歌もそのためだったしな」
「待ってよ。ちゃんと終わりにしようって、μ'sは3年生の卒業と同時に終わりにしようって決めたんじゃないの!」
真姫の言うことは間違っていない。
あの日決めた覚悟を、さっき決めた決意を、ここで無駄にしてしまえば何もかもが意味をなくしてしまう。それこそ、その日のために優勝まで頑張ってきた自分達への否定に繋がってしまうのだ。
「真姫の言う通りよ。ちゃんと終わらせるって決めたんなら、終わらせないと。違う?」
「にこっち……。いいの? 続ければ、ドームのステージに―――、」
「もちろん出たいわよ! でも、私達は決めたんじゃない。9人みんなで話し合って、拓哉に背中を見てもらって……あの時の決心を簡単には変えられないっ。拓哉、アンタも分かってるんでしょ。そうしてしまえば、あの日の私達の決心は無駄になるってことぐらい」
「……ああ、そうだな。あの決心があったからお前達は最後まで頑張って楽しんでこられた。それは俺も分かってるよ」
そんなこと、側で見てきた少年が一番よく分かっていた。
真姫やにこがこれに反対するのだってすぐに予想できた。だからメンバーで話し合う時間をくれと理事長に提案したのだ。
ただ、絵里や希の言うことも理解できる。
μ'sが続ければドーム大会へほぼ確実と言っていいほど助力ができるはずだと。
そして。
「もしμ'sを終わりにしちゃったら、ドームはなくなっちゃうかもしれないんだよね……」
「凛達が続けなかったせいで、そうなるのは……」
「それは、そうだけど……」
μ'sが続かなければドーム大会は実現しないかもしれないということも。
その責任はきっと穂乃果達が責められるようなものではないかもしれない。
けれど、μ'sの功績が大きいという事実は海外でのライブで知れ渡っているのだ。それは遠からず穂乃果達本人も思っている。
だからこそ実現しなければ、少なからず穂乃果達自身も責任を感じてしまうかもしれない。
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果は、どう思うの……?」
「……、」
リーダーは何も答えない。
いいや、今の現状では何も答えられない。
μ'sを続けると決めれば、あの日の決心を否定することになってしまう。
μ'sを続けないと決めれば、ドーム大会が実現できなくなってしまうかもしれない。
その二つの意味はとても大きい。
少女一人が抱えるにしては重すぎる選択。
(だけど、本当にそんなものなのか……? 何もμ'sやA-RISEだけが特別なスクールアイドルってわけじゃない。優勝して、海外でライブしたから人気があるってだけで、同じ努力はどこのスクールアイドルだってしてきたんだ。それなのに、μ'sがいないってだけで
――――――――――――――――――――
トントン、と自室のドアへノックの音がした。
「んあーどうぞー」
「ただいまお兄ちゃ……ってどうしたの。何かぐで~ってしてるけど」
「お兄ちゃんだってたまにはセンチメンタルな気持ちになるんですよ~」
唯が部屋に来ても珍しくベッドにうつ伏せで寝転んだままのぐで兄貴。
そのことについて何となく察した唯は声をかける。
「何か悩んでるの? もしかして穂乃果ちゃん達のこと?」
「……、」
「沈黙は肯定だよお兄ちゃん」
枕に顔を埋めたまま黙る拓哉をよそに、ベッドに腰かけるように座る唯。
そのまま勝手に話を進めたのは妹のほうだった。
「さっき雪穂と亜里沙と一緒に穂乃果ちゃんに会いに行ったんだけどね、穂乃果ちゃんも何だか思い詰めたような顔してたから、何かあったのかなーって思っただけだよ」
「……穂乃果、何か言ってたか」
「そうだな~。私達の質問には答えてくれたけど、悩んでることに関しては特には何も言ってなかったかも」
「そうか」
やはり穂乃果も一人悩んでいるらしい。
確かにμ'sを続ける続けないに関しては誰かに相談するわけにはいかないだろう。相談してしまえばその分、その相手にも多少の責任を押し付けてしまうからだ。
「ただ、私達は穂乃果ちゃんがあんまり楽しくなさそうな顔してたからある事を言ったよ」
「ある事?」
「そうそう、ある事~」
「何だよ。勿体ぶらずに言いなさいよ。いつからそんな意味深キャラになった妹よ。中二病発症したか?」
「もう高校生になるのに中二病になってたまるか。まあ、私達がいつもμ'sに感じてたことを言っただけ。私達はμ'sより楽しいスクールアイドルを目指すから、μ'sにはいつも楽しくいてほしいって」
「……楽しく、か」
そうだった。
拓哉がいつも見てきたμ'sの姿は、いつだって楽しそうに歌っていた。踊っていた。それを肌で感じて、目で見て、確信をもってそう思えてから、誰もが楽しそうにμ'sを応援してくれたのだ。
であれば。
今のμ'sはどうだろうか。
このまま過去の自分達の覚悟を無下にしてμ'sを続けても、素直に楽しんだままでいられるだろうか?
そんな穂乃果達を見て岡崎拓哉は応援できるだろうか?
「お兄ちゃんはお兄ちゃんの選択をして」
「唯……?」
まるで心の中を読まれたかのように妹は言った。
「大丈夫。お兄ちゃんが自分で選んだ道なら、穂乃果ちゃん達もきっと同じ道を選んでるはずだから」
「何でそう言い切れるんだ?」
「見てて思うもん。穂乃果ちゃん達さ、お兄ちゃんといつも一緒にいるからか、どんどんお兄ちゃんに似てきてる気がするんだ」
「何だそりゃ」
当然だがそんなことを言われたのは初めてだった。
ずっと穂乃果達を見てきたが、自分と似てると思うことなんて一度も感じたことはなかったはず。
兄をずっと慕って見てきた唯だから客観的に見て分かる。
おそらく穂乃果達も気付いていないが、無自覚に影響されているはずだろう。
だから、きっと同じ選択をすると思っている。
それがどんな選択なのかは唯には分からないが、正しい選択を彼らはすると確信している。
「だーかーらー、お兄ちゃんはいつも通りでいてくれたらいいんだよ。ただそれだけ!」
「何だか強引に押し切ったなお前……。あいつらが俺に似たらやばいぞ。休日とか家でゲームしかしないからな」
「そういうことじゃないんだけどね」
あっさり休日の自分を否定されたダメ兄貴へ、良い機会だとその妹は突然爆弾を投下した。
「ダメだよお兄ちゃん。将来あの9人の誰かがお兄ちゃんのお嫁さんになるんだから、今のうちに正しい生活リズムにしないと」
「ぶふうっ!? だ、誰があの中の誰かと結婚するだって!? 俺は誰とも付き合ってないぞ! 冗談でもそんなこと言うんじゃありません!」
(…………あれ?)
ここで自他共に認める岡崎拓哉の理解者の妹に疑問がよぎった。
(今までならこういうこと言っても冷静なツッコミするだけだったのに、今回は何か焦ってる……?)
もしかして海外に行った際に何かあったのだろうか。
冗談を言ったつもりだったが、これはとんだ大物がエサにかかったらしい。
何だかニヤケが止まらない岡崎唯なのだった。
「珍しく反応が初心だねお兄ちゃん。μ'sの誰かを好きになったの? もしくは全員とか?」
「ば、ばばばばばばばっばばっばバッカお前、そんなことあるわけなきゃろうが……。全員とかお前……リトさんレベルににゃらないと不可能でしょうぎゃ」
「めっちゃ噛んでるよ」
この反応を見るにどうやら確実に何かあったらしい。
詳細は分からないが、拓哉は穂乃果達を異性として見ている可能性が大きくなってきた。
妹の唯でもこの兄は鈍感クソ野郎だと思うときがあるのに、その兄に異変をもたらしたμ's、もしくはその中の誰かは本当に女神かもしれない。
思わぬネタを収穫できてすっかり先ほどの話題を忘れ満足気分になった唯はそっとベッドから立ち上がる。
「ふふ~ん、そっかそっか~。お兄ちゃんもとうとう春が来てるのか~♪」
「来てねえッ!! 何なら来てほしいぐらいだわ!!」
「そんな願わなくても大丈夫だよきっと。もしその時がきたらちゃんと男見せないとだねっ。それじゃ私は晩ご飯作るの手伝ってきま~す」
「だぁからそんなんじゃね―――、」
拓哉の言葉は最後まで続かずにドアは閉められた。
さっきまで悩んでたのがバカらしくなるくらいに話の展開がぶっ飛んだせいで、若干顔に熱がこもるのを感じる。
「くそっ、唯め……いつから兄をからかうようになったんだ……」
妹の嫌な成長に少し困りながら風呂でも入るかと立ち上がったところで、机に置いてある携帯のバイブが震えだした。
「ったく、誰だこんなときに」
悲しくも連絡先や会話アプリでのフレンド登録者数が少ない非リアな少年は携帯へと手を伸ばす。
唯との会話があった手前、μ'sの誰かなら何だかむず痒い気持ちになってしまうためスルーしようかと思ったが、画面に映し出されていた名前は予想外の人物だった。
「ツバサ?」
さて、いかがでしたでしょうか?
サブタイの『揺らぐ心』ですが、前半のμ'sの存続、後半の穂乃果達への心、二重の意味で掛けています。
唯、ナイスプレイだぜ。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!
来週はお盆休みの最中なので、更新できないかもです。
追記、スクフェス穂乃果限定ガチャは80連ほどして限定URはおろか、URすら出ませんでした。
穂乃果ェ……。