(おかしい)
ふと、岡崎拓哉は街中で一人思った。
(今日のあいつらは何かがおかしい……気がする……。嫌な予感はしないから大丈夫だとは思うけど、それにしたってやけに俺に突っかかってきてないか?)
アプローチを突っかかるという見事に的外れな結論に至った。
しかし、拓哉がそう不審に思うほどμ'sのメンバーが絡んでくることは間違いないのだ。
穂乃果が写真を口実に突然抱き付いてきたり(拓哉的にはいざという時の弱みを握られたと勘違い)、海未が強く希望するからと一緒に撮った写真では、花陽の投じた言葉によって海未が暴発寸前のロボットみたいになり、にこに限っては無理矢理大量の生クリームを口へ押し込まれた。
俯瞰で考えてみると普段とあまり変わらないように思えるが、拓哉にとっては充分違和感の塊なのである。
(昨夜は部屋で9人集まって賑やかだったみたいだし、ゲームでもして罰ゲーム対象が俺になってたり? いや、さすがにそれはないか。でもだとしたら何だ……。穂乃果に抱き付かれて、海未と異常に近い距離で写真撮って、にこは強制的だけどあーんという男子高校生にとっては美味しすぎるイベントが発生している)
考え事ついでに辺りを見ると、真姫が店員からジュースを買っているのが目に入る。きっと流暢な英語で会話できるのだろう。
そして思考は再び周りのことへシフトする。
(いいや待て岡崎拓哉。俺だぞ。自覚したくないけど何かとトラブルが起きるような、自他共に認めるトラブル体質な俺がこんなラッキーイベントだけで終わるはずがない! きっとドギマギさせられて結局は何もなかったとかやっぱり罰ゲームでした~とか男のプライドをズタズタに引き裂かれるに違いないんだ!! だってそうじゃないと今のところ俺しか得してないもん!)
何気ない自分の幸せは何故かどうしても素直に受け入れられないのがトラブル体質特有の悩みだったりする。
(そもそも穂乃果もいくら幼馴染だからって安々と抱き付いてくるのがおかしいんだ。ツッコミのおかげでバレてないけど、結構恥ずかしかったんだからなあれ。……バレてないよな? あれ、そういやあいつ俺見ながら何かニヤケてたような……)
「何してるの拓哉、考え事?」
「わっひゃい」
冷静に驚いた声が出た。
絵里がこちらの顔を上目遣いするような感覚で覗き込んできたのだ。急に美少女の顔が目の前に現れたら誰だって驚くと思う。
「何腑抜けた声出してるのよ。ほら、着いたわよ。ここがメインストリート」
「あ、ああ、いつの間にか着いてたのか」
考え事しながら歩いていたせいか気付けば目的地に着いていた。とりあえず一旦深く考えるのを止めることにした。
この国の名所を軽く調べていたらサイトや口コミで見たことのある風景が広がっている。
「ほえ~、テファニーとかいうお店で朝食とか食べちゃうんでしょ?」
「どんな素敵なレストランなんだろ! にこちゃん知ってる?」
「うぇっ!? あ、当たり前でしょ!」
「ん?」
調べていたから疑問に思った。
テファニーならぬティファニーはまず飲食店だったかという当たり前の疑問が拓哉の脳内に浮かんだ。
記憶が正しければブランド店だったような気がするが、流し見しかしていなかった拓哉も曖昧だったりする。
「ほんと!? 何食べさせてくれるの?」
「……ステーキ」
「凄いにゃー!」
「全部間違ってる! ブランド店よ!」
「おお、やっぱ合ってた。あ、ちょうど良いや。LOVEのオブジェあるし、それを利用してほのりんにこまきでLIVEの文字を体使ってポーズしてくれ。その写真が撮りたい」
「変に名前合体させるんじゃないわよ!」
そう言いながらもしっかり『E』の文字を表現してくれる真姫。生粋のツンデレもいいとこだろう。
3バカは何も言うことなく他の文字を体で表していた。
「おっし、ばっちし撮れたぞー」
卒業式前に始めたばかりのデジカメも、今となっては結構写真データが増えたと思う。
その大抵がμ's関連ばかりだが、これも手伝いの役目が大半を占めているので問題はないだろう。趣味と仕事が見事に一致していると言っても過言ではない。
「ねえ、たっくん」
「ん、どうしたことり」
袖を優しくクイッと引っ張られながら声の主へと向く。
ことりは何だか可愛らしくもじもじしながら中々口に出さないでいた。とすればこの男は当然無粋な推理を確信めいたように言いやがる。
「何をそんなにもじもじしてるんだ? あ、分かった。もしかしてトイ―――、」
「それ以上はないよ?」
デリカシーという概念が皆無となっている少年へことりの暗黒微笑は効果抜群だった。それ以上を言おうものなら殺される覚悟が必要だろう。
そもそもそれならまず拓哉には言わないことぐらい分かるはずである。
つまるところ、ことりの目的は違うところにある。
「あのね……ちょっと、服屋さんに行ってみたいなって」
「……ああ、そういうことか」
ことりから服というワードを聞いてすぐに納得した。
観光も兼ねているが、本来はライブをする場所候補を探すために街へ繰り出しているわけであって、関係のなさすぎる目的は無視されるのが当然なのだ。
けれど、それでも拓哉から否定や拒否という言葉は一切出てこない。
そんな酷すぎる選択肢なんて最初から用意されているはずがない。
「なあ、ことりが服見てみたいって言ってるんだけど、いいよな?」
当然、誰も嫌がるはずもなく首を縦に振るだけだった。
分かってはいたがつい笑みが零れてしまう。
一時期。
μ's解散の危機に陥ったとき、ことりが服飾の勉強をしたいと言って留学するか迷っていたことがあった。
あのときはもう留学することを決めて空港まで行っていたのだが、寸前のところで穂乃果のわがままが炸裂したこともあってことりは自分の意思で留学をやめた。
穂乃果達と一緒にいたいことも本心だっただろうが、それでも服飾への興味がなくなったわけではない。
そんな状態のまま衣装担当を続けてきて、もっと興味を持っているのが当然なのだ。
そして今、留学するつもりだったアメリカに来ている。
もっと掻い摘んで言えば。
アメリカに来たんだからこの国の服を見たいという、少女のささやかな願い。
理由は何であれことりをあそこで引き留めた一因は当然拓哉にもあるわけで、すなわちことりのこの願いだけは叶えてやりたいのが本心だ。
であれば、その真意をすぐに理解したμ'sメンバーは当たり前のように受け入れるだけである。
「よし、ことり。好きな店に行くといいよ。何なら穂乃果と海未に好きなコーディネートしてやってもいいぞ」
「ほんと!?」
「何か勝手に巻き込まれてる!?」
「な、何故私まで!?」
「ことりを引き留めたのは紛れもない俺達幼馴染なんだから大人しく受け入れなさい。そして可愛くコーディネートされてしまえ」
「あーズルい! だったらたくちゃんも一緒にコーディネートされるべきだよ!!」
「ことりは女の子だから女の子をコーディネートするのが楽しみなんだよきっと。だから俺はお呼ばれじゃないんですぅー!」
「ごめんね穂乃果ちゃん。たっくんをコーディネートしたいのは山々だし好き勝手したいんだけど、私が行きたいお店は女の子の服しか置いてないとこだから……」
何だか本音が色々と隠しきれていないようにも思えるがここはスルーしておく。
とりあえずこれで穂乃果と海未がエサになるのは確定となったので店へ移動する。
「ここだよ!」
「一応聞くけど俺って入って大丈夫なのか? もし何なら外で待っとくけど」
「なーに言ってるにゃ! 女の子の服を褒めるのは男の子の仕事なんだからたくや君も早く入るよー!」
「そんな仕事初耳なんですけど」
カップルとかならいざ知らず、付き合ってる女の子も皆無な拓哉にはそんな仕事は無縁も無縁であった。
そんなことはお構いなしに凛に腕を引っ張られ店へ無理矢理連れ込まれる。密着度が高い割に胸の感触が一切なかったのは死んでも口に出さないほうがいいだろう。
「……もっと女の子っぽい感じの内装になってると思ってたけど、そこら辺の店とあまり変わらないんだな。全体的にオシャレ度が高い気がすると拓哉さんレーダーが反応してる」
「どんなレーダーよそれ。ことりはもう入った瞬間から穂乃果と海未連れて店内見てるから、ちゃんと拓哉も感想言ってあげなさいよ」
「凛も言ってたけどさ、俺が褒めたところで女の子のセンスは分からないし、結局は女友達から意見貰ったほうが良いんじゃねえの?」
「はあ……」
何だか真姫にとてつもないため息を吐かれた。
まるでダメだこの男はと言わんばかりの視線を送られる。とは言っても分からないのは本気でそう思っているので仕方ない。
「あー、あれよ。拓哉は穂乃果達と幼馴染なんだからどんな服が合っているかくらいは何となくでも分かるでしょ? それを直接見て言ってあげなさいって言ってるの。分かる?」
「んー、と言ってもなあ」
「?」
ここまで分かりやすく言っているのにどこに悩む要素があるのか分からない。
いいや、真姫だって拓哉と決して短くない時間を過ごしてきたし、この少年がどういう性格をしているかも分かっている。
とどのつまり。
「あいつらは普段でも可愛いんだし、基本何着ても似合ってるからむしろ具体的にどう褒めればいいのかが分からないんだよ」
「……はあ~~~~」
いつものやつだった。
先ほどよりも長いため息が出て、それを見た拓哉はまた脳内に疑問符が溢れる。それを直接言ってあげればおそらく彼に恋心を抱いている少女はみんな茹でだこ不可避だろう。
「ところで真姫は服見ないのか?」
「何で?」
「ことりがわざわざこの店に行きたいってことは、ここはきっと種類とかも豊富で良い服も見付けられそうだからさ。お前も可愛い服とか見ねえのかなって」
「ぶっ……! わ、私は家にたくさんあるからいいのよ! それに来ようと思えばアメリカくらいいつでも来れるんだから!」
「サラッとお嬢様発言してんな……。そっかー、真姫が自分で服選ぶとことかイメージないから見てみたかったけど、仕方ないか」
「……まったく、そういうところが悪いのよあなたは……」
「何か悪いこと言ったか俺?」
「そういうラノベなら本来聞こえなくていいところを普通に聞こえてるところよ!」
意味不明な理由で怒られその場を離れる真姫を見やる鈍感だか鋭いのかよく分からない少年。
まず真姫がラノベを知っていることも驚きなのを忘れてはいけない。
気付けば他のμ'sメンバーも各自で服を見ているせいで、レディース専門店で男一人がぼっちでいるという謎の不審者感が凄いことになっている。
どうしたものかとあたふたしていると、ちょうどことりの声が奥の方から聞こえた。
「できたよ~」
足早にことりの方へ行くと、メンバーも数人既に集合して和気あいあいしていた。
「おーう、どんな感じだ~」
「二人とも可愛いよ!」
「へえ、と言っても何着てもあいつら可愛……」
穂乃果と海未の姿を見て言葉が詰まった。
何を着ても似合ってる。そんな当たり前のことは知っているのに、それでも視線を二人から逸らす事ができない。
穂乃果は普段と違ってボーイッシュなデニムを履いて、上を黒のシャツを羽織っている。一見ボーイッシュにも感じるが、穂乃果のスタイルの良さがデニムから表れていて思わず息を呑む。
海未は白のフリルが付いたワンピースを着ていて、普段の防御力全開の服装とは真逆の清楚な大和撫子を見事に体現していた。シンプルな服装ほど似合っていればそれは破壊力のある見た目になるのだ。
結論。
拓哉の想像をことりは軽く超えてしまった。
「変わった服だね~」
「こ、こんな恥ずかしい服……」
「さすがμ'sの衣装担当なだけあるわね。二人とも似合ってるわよ」
「そう? 海未ちゃんも可愛い!」
「そ、そうですか……?」
「ほら、拓哉も何か言ってあげたら?」
ここで真姫がわざとらしく振ってくる。
それを合図に穂乃果と海未も拓哉へ顔を向けてくるが、個人的にどう感想を言えばいいのか分からない。
ただ可愛いと言うだけでは何かが違う気がした。
けれどオシャレに疎い拓哉ではそれ以上の言葉が出てこない。
何か言わないと不審に思われてしまいそうで、咄嗟に出た言葉はこれだった。
「……あ、あー、えっと……その……二人とも、何か……あれだ……すっげえ、えと……似合ってるというか、いや、あ~……か、可愛い、ぞ……?」
ヘタレここに極まれりだった。
言葉がめちゃくちゃになりながら出した言葉の最後はやはりいつもと変わらずシンプルな言葉でしかない。
ただ、いつもと違うとすれば、あからさまに拓哉の態度がおかしかったことだろう。
顔が赤く、上手く穂乃果と海未のほうを見もせずに言った。
だからだろうか。
幼馴染の穂乃果と海未はその変化にいち早く気付いてお互いの顔を見やる。
ことりも気付いたようで、拓哉を微笑みながら見ている。
照れながらも満足気に笑う穂乃果と海未に気付かず、少年は頭を掻きながらこんなことを密かに思っていた。
(おかしい)
奇しくも同じ疑問から浮かんできた言葉は自分への疑問。
(何で、こんなにドキドキしてるんだ、俺は……)
さて、いかがでしたでしょうか?
他のメンバーのアプローチは少々お待ちください!
ここに来て、あの少年の気持ちにいよいよ変化が……?みたいな回になりました。
気持ちに変化がある場合、きっかけは必ず幼馴染の穂乃果達を鍵にするというのはずっと決めてました。
どんどん面白くなってきましたよー!!
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!
リアルが忙しく火曜更新がままならなくなってきている……。