―――最終章・急―――
『卒業編』
始動
「ああ、それで頼む」
ある一室で電話をしている少年が1人。
「悪いな。やっぱこれを頼めるのはお前らしかいないからさ」
相手から陽気に二つ返事を貰って安堵する。
電話を切り、ふと夕方の空を見上げる。
「……これで仕込みはできた」
誰かに言うでもなく、ただそんな独り言を呟く。
3年生の生徒にとって大事な日を迎える一週間前。生徒会長の幼馴染からようやく完成したと連絡が来てから、何故か自分も生徒会を手伝っているという疑問はありながらも仕方なく協力することにした。
「あいつらしいな」
残り2人の幼馴染も自分の仕事で手一杯で余裕がなかったから自分に手伝いを申し込んできたのももう分かっている。
だから咎めはしなかった。自分も、少しでも力になりたいと思ったから。
今年は桜が咲くのも早いとニュースでやっていたので、タイミング的にも丁度良いかもしれない。
せっかくの日なんだから華やかに見送ってやりたいと思うのは当然だと少年も思っている。
迎えるは3月。
別れの季節がやってきた。
―――――――――――――――――――――
「すっかり温かくなってきたな」
時間が流れるのはあっという間で、時はすぐにきた。
いつもより早起きして身支度を整えたあと、穂乃果を迎えに来ている少年岡崎拓哉。
太陽の日差しがポカポカと季節の始まりを感じている最中である。
そこへようやくパタパタと穂乃果が走ってやってきた。
「おっはようたくちゃん!」
「おう。やけにテンション高いな今日は」
「当たり前だよ! だって今日は絵里ちゃん達の卒業式だよ! 明るく見送ってあげなきゃ!」
「……そうだな」
そう、今日は国立音ノ木坂学院3年生の卒業式。
つまりは、9人いるμ'sのうち、3人がいなくなることを証明している。
ラブライブのことで忙しかったあの時は卒業式なんてまだまだと実感すらしていなかったが、何だかんだ当日になると嫌でも実感する。
それほど、ラブライブに必死だったあの時は目の前のことに夢中だったんだと思う。
「海未達ももう先に向かってるし、俺達も行くか」
「うん!」
感傷に浸るのはまだ早い。
卒業式はまだ始まっていない。せめてそこまではいつも通り普通にいこうと結論付ける。
「おーい!」
「穂乃果ちゃん拓哉くんおはよっ」
「おはよー!」
「おっす」
校門付近に1年組がいた。
周りを見ると、すっかり桜も満開しきっている。卒業式にはピッタリかもしれない。
「みんなは?」
「私達も今来たところよ」
「あっちにはにこちゃんも」
花陽の視線を追うと、そこには見知った子供が3人と1人の女性が立っていた。
「あ、穂乃果さん! お兄さま!」
「久しぶりー!」
「みゅ~ず~」
「みんな久しぶり~」
「お兄さまっての、いい加減やめてくださいませんかねこころさん……」
「お兄さまはお兄さまなので!」
元気よく速攻拒否された。
ちなみにこの少年、矢澤家にはこころ達の希望もあってか何度か遊びに行ったりしているから仲も他のメンバーよりかは良かったりする。
けれどさすがに公共の場でお兄さま呼びは心臓に悪いからやめてもらいたいのだが、子供は基本ド直球ストレートしか言わないので無慈悲なのであった。
「にこちゃんおはよ!」
「あら」
そこでふと、にこの声にしては少々大人びていることに気付く。
というか、音ノ木坂学院の制服を着ていないのににこと言ったのがそもそもの間違いであったのかもしれない。
いいや、まず服装の違いに気付いた瞬間からこころの口を閉ざしておくべきだったのを、岡崎拓哉はずっと後悔することになる。
「にこ、ちゃん……じゃないにゃ!」
「初めまして!」
「なん……だと……!?」
こころ達に合わせていた視線を上に上げると、案の定矢澤にことは似ていないわけではないが明らかに違う人物がにっこにこしていた。
「わ、私達のこと知ってるんですか?」
「もちろん。にっこにっこにー!! の母ですから」
自ら娘のキャッチコピーを披露しながらも羞恥心の欠片も見せないそのメンタルの強さ。
まさに矢澤にこの母親が目の前に存在していたのだ。
「えー!?」
「こころォ! 何で母親がいる場所でお兄さま呼ばわりなんてしてくれてんだあ! これってあれじゃね。俺の社会的地位がとうとう危ぶまれるんじゃね。俺終わったんじゃね。事案扱いされんじゃね!?」
「大丈夫ですっ。ママにはお兄さまのこともちゃんと言っていますから!」
「それ大丈夫じゃないやつだから! 普通に危ないやつだから!」
子供を侮っていたと今更思い知る男子高校生。
しかしそんな話をしていると当然その輪に入ってくるのは本人なのである。
「あなたが岡崎拓哉君ね?」
「……い、いや、人違いだと思いま―――、」
「岡崎拓哉君ね?」
「……はい」
あ、終わったと確信する。
この反応、もしかしなくても説教か絶縁宣告されてもおかしくないレベルである。
卒業式当日なのにこんな事になるなんて思っていたはずもなく、自らの不幸をこれでもかと言うほど心の中で嘆く。
そして、にこの母親は口を開いた。
「いつも娘達がお世話になっています」
「…………はい?」
想定していた言葉とはまさに180度違った言葉に思わず声が漏れ出てしまった。
「え、いや、あの……もしや怒っていらっしゃらないお感じでなされまするのでしょうか……?」
「全然。そんなはずありません」
謎な口調にも関わらず笑顔で返してくれる反応から見るに、本当に説教する気はなさそうである。
というよりむしろニマニマしていた。
「このようないたいけな娘さん達と家で遊んだりしていることに関しては……」
「忙しくて遊び相手にもなってあげられてないからとても助かっています」
「たま~に晩ご飯をご馳走になっていることに関しては……」
「落とすならまず相手の胃袋を掴むのは基本ですもの。あの子もよく分かっていますねえ」
「じゃあこころからお兄さまと呼ばれていることに関しては……」
「将来のことを考えると今からその呼び方に慣れているほうがいいですものねえ」
「穂乃果ァ!!」
「了解たくちゃん!!」
「あえぶぁッ!?」
何だか途中から違う意味で危険な香りがした。
そんなわけで記憶リセットパンチを自ら喰らっておくことにする。一瞬走馬灯が見えたのは多分気のせいじゃない。
「最近の男女の間ではこんなことが流行ってるのかしら?」
「あの人がバカなだけなので」
「もしくはアホだにゃー」
「ボケ~」
「うえぶぅ……」
真姫と凛からナチュラルに心を抉られ、虎太郎からは木の枝で突かれている。
記憶もリセットされないし心はフルボッコだしで、何かもう卒業式なのにズタボロだった。
と、ここで新たな刺客がやってきた。
「ママぁー!」
「あら」
噂をすれば何とやら、ある意味全ての元凶矢澤にこのご登場。
「何してるのよー! 早く来てよー! 見せたいものがあるんだからー! ねえママ~早く~!!」
何というか、別人と思えるくらいの甘え方を披露していた。
これには瀕死だった拓哉も冷静さを取り戻しにこを凝視している。
「に、にこちゃん……」
「……!?」
こちらには気付いていなかったらしい。
顔が赤面していて完全に予想外のことが起きたような表情になっている。
にこの母親がニコニコしていることから、おそらく母親がいる時はあのにこでも甘えたキャラになっているのかもしれない。
家でいつも仕事でいない母の代わりに家事をして頑張っているからこそ、甘えたときは甘えたい気持ちが溢れてくるのだろう。
「……おはよう」
「随分と面白い一面を見せてくれっぶねえ!?」
言い終わる前ににこの飛び膝蹴りを間一髪で躱す。
あれを喰らっていたらいよいよ走馬灯すら見えなくなっていた。
「チッ」
「あからさまに殺しにかかってきたなおい!! こころ達もいるんだからやめろ!」
その割に顔は茹でだこ状態のにこ。
どうやら少年だけには見られたくなかった一面だっただろう。
「そうよ。ほら、それよりアレを見せてくれるんじゃなかったの?」
「……うん。着いてきて」
どうやらあのにこも親には逆らえないらしい。
渋々追い打ちをやめて引き下がってくれた。
「咄嗟の動きだし、かっこよかったですお兄さま!」
「君達はあんな乱暴な女の子に育つんじゃないぞ……」
「はい! 強く逞しく、可憐で清楚なお姉さまのようになります!」
分かってるんだか分かってないんだかよく分からない返事を聞き流す。
こころはどちらかと言うと口調からしてお嬢様っぽいキャラになるんだろうなと思う。にこに似るのは多分ここあかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながら穂乃果達に着いて行く。
にこの母親が言っていたということは、多分アレを見せるつもりなのだろう。
せっかくだし自分達も着いて行こうとこころの手を繋ぐ。
ギリギリ兄妹に見えなくもないが、遊んでいるうちにこれがデフォになってしまったのだから仕方ない。
長いようで短い卒業式は、まだ終わらない。
さて、いかがでしたでしょうか?
いよいよアニメ本編最終話の話に入りました。
3年の卒業。μ'sの解散。アニメ2期実質の終わりが見えてきました。
少年少女達の物語はどう迎えるのか。どうか見守りくださいませ。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった
★りおん★さん
クーヤ‼さん
石切さん
計3名の方からいただきました。
物語終盤にも関わらず3名もの方から高評価をいただけるのはとても励みになります。本当にありがとうございました!!
これからもご感想高評価ドシドシお待ちしております!!
そして、来週の更新ですが、23日から数日東京の方へ行くので更新できるかは微妙になりそうです。
更新できそうならしますし、無理そうならTwitterの方で報告させていただきます。
去年もクリスマスを東京で過ごしました。