「……おかしい」
「おかしい?」
「絵里ちゃんが?」
「ねえ、何で俺連れて来られてんの」
いきなり真姫に手を引かれて強制連行された俺は、ただいま絶賛放課後カフェを興じている。というか興じさせられている。
何で店の中じゃなくわざわざ外なんだろうか。季節はもう冬だぞ。夕方でも十分に寒いって分からないのか。あ、このアイスコーヒーおいしっ。
いや待て岡崎拓哉。落ち着け岡崎拓哉。まず状況を整理しろ。
別れ際に真姫が花陽と凛を呼んでたからこの2人がいるのはまあ分かる。真姫も俺に何か用があるからこうして強制的に連れてきたのだろう。
だがしかし、たった1つだけ不可解なことがある。必要と言われればどうなのか知らないが、少なくとも俺は必要ないと即答するだろう。合理的な理由はない。ただの私情バリバリな理由だ。
だって。
だって。
「ふむふむ、このコーヒー美味しいな。なので先輩、ぜひあたしのコーヒーを飲んでみてください! 何なら先輩のコーヒーも飲ませてください」
「何で桜井がここにいるんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!」
「おお、ようやくたくや君が現実に戻ってきたにゃ」
「ずっとボケってしてたもんね」
何も聞かされず連れてこられたんだから脳内処理が追いつかないのは当然だろ。
しかもよりによってこのあざとい選手権日本代表オリンピック選手がここにいるのが1番の脳内ショートの原因なのだから。
「あー! 先輩のコーヒーあたしと一緒のやつじゃないですかー! これじゃお互いのを交換して飲みあいっこできませんよ!」
「しねえししたかねーわ! 何が悲しくてお前と関節キス紛いのことをしなきゃならんのだ! というか何でいる!? 帰れ! くれぐれも夜道に気を付けながら安全に帰りやがれ!!」
「女の子によくそんなヒドイこと言えますねこの人は!? だけど最後のさりげない優しさがあたしの心の中に染み渡ってくる……! さすが先輩、飴とムチですね。まんまと引っかかりました」
ムチとムチのはずなんだが、こいつには通用しないのか。俺の罵倒もこいつの前では都合よく解釈されてしまうからタチが悪い。何だこいつ、超絶ポジティブシンキングかよ。
「それにあたしが何でここにいるのかと言いましたね先輩。だけどそれにだってちゃんとした理由があるのです! さあ言ってやって花陽ちゃん!!」
「あの~、今日は元々夏美ちゃんと会う約束をしてたんです……」
「……まじでか」
「ふふーんっ!!」
くそっ、ただたまに来ただけなら追い返してやろうかと思ったのに、まさか花陽達と会う約束してたなんて。これじゃ中々追い返せそうにないじゃないか。何がふふーんだ腹立つ顔しやがって……!
「先輩は知ってるか分からないですけど、あたしってば結構頻繁にこっち来てるんですよ。真姫ちゃん達と遊ぶためとか、希さん達に会って情報収集するためにとか」
「……そろそろ地元でも友達増やせよお前」
「んなっ……!? う、うるさいです! 来年には絶対音ノ木坂に転校してやるんですから今の学校で友達を無駄に増やす必要なんてないんですー!」
「何でちょっと涙目なんだよ。友達ってワードが出ると慌てるって悲しいヤツかお前は。あとこっちに転入してくんな」
ほんと地元の誰かこいつと友達になってやってください。頻繁にこっち来てるとか聞いてるこっちが悲しくなってくる。放課後以外の休憩時間とかまさかこいつ1人で携帯触ってるだけじゃないだろうな。何それ声かけてあげたくなっちゃう。
「いいですよーん。先輩がどう言っても花陽ちゃん達に構ってもらいますもーんだ!」
「おうおう構ってもらえ。そしてずっと構ってもらってろ。ついでに俺には関わってくるなよ」
「先輩には不意打ちで背後からの飛び蹴りをお見舞いしてやります」
「どうでもいいから話を戻すわよ!!」
すると突然、真姫からの怒号が俺と桜井の鼓膜を突き破るが如く響いてきた。
そういや真姫に連れて来られたんだった。桜井のせいでちょっと忘れてたぞ。
「相変わらず2人が会うと話が逸れちゃうね……」
「「それはこいつが悪い」」
「テメェ先輩にこいつとはどういう了見だゴルァ!!」
「それなら先輩らしく後輩を優しく扱ってくださいよ!」
「はんっ! 後輩は後輩でも可愛い後輩とウザい後輩ってのがいるんだよ。ちなみにお前はウザい後輩だ」
「むきーッ!! もう怒りました。先輩のあんなことやこんなことをみんなに話しちゃいますからね!」
「ほーん言ってみろよ。今更こいつらに知られて困るような黒歴史なんてねえんだよ。自分で言っててちょっと悲しいけどな! 何も怖くな―――、」
「これ以上無駄話をするなら2人共磨り潰すわ」
「「どうもすみませんでした」」
2人揃って綺麗な土下座である。今までにないくらい冷たい声だったよ。冬なんて生温いほどの絶対零度ボイスだったよ。何も怖くないとかあれ嘘、目の前に怖いのいたわ。桜井でさえ俺と同レベルの綺麗な土下座をしている。不夜城のキャスターもびっくりな完璧土下座だ。
「約束してた夏美には悪いけど、今日はちょっと話し合いたい事ができたから何かあれば助言がほしいの」
「まっかせて! あたしにできる事があるなら何でもするよ!」
「ん? 今何でもす―――、」
「拓哉真面目に」
「さあ話を聞かせてもらおうじゃないか」
反射的に口が反応してしまった危ない危ない。
イスに座り直し、ようやく話の本題へと入る。……あれ、俺のコーヒー何か減ってね? 無意識に飲んでたっけ。まあいいや。とりあえずストローで一口コーヒーを飲む。うん、うまし。
「ぁ、それ……」
「んぁ? 何だ桜井。さすがにもうおふざけはしないぞ。俺も命が惜しい」
「い、いえ……何でも、ないです……」
そう言って桜井は自分のコーヒーをちびちびと飲み始める。真姫の恐ろしさに当てられたか、いい気味だ。
「で、絵里のことなんだけど」
「ああ」
痺れを切らした真姫が勝手に話を進める。
気持ちが落ち着いた俺も真姫へ意識を集中させることにした。
「変じゃない? 絵里があそこまで率先してラブソングに拘るなんて」
「ラブソング? どういうこと?」
「そっか。夏美ちゃんは知らないもんね。私が説明するよ」
まあこのまま話を進めても桜井はさっぱりだろう。花陽が懇切丁寧に話の経緯を桜井に説明している。ほんとこの子は慣れたヤツに対してだけは普通に話せるな。
「おお、なるほど。そゆことね。ということは絵里さんはただそれだけラブライブに出たいって事なんじゃないかな?」
「私もそう思ったんだけど」
「だったら逆に止めるべきよ! どう考えたって今までの曲をやった方が完成度は高いんだし」
真姫はどうしても今までの曲をやった方がいいという意見を変えるつもりはないらしい。新曲を作るにしても一筋縄ではいかない。リスクを選ぶよりもまだ安全策を取る方がいいって言うのは、作曲を担当している真姫だから言えることなのだろう。
「希ちゃんの言葉を信じてるとか?」
「あんなに拘るところ、今まで見たことある?」
「ないな」
俺も今日の絵里はいつもと違う感じがした。みんなの意見を尊重しつつ、それを踏まえて吟味した結果を研鑽していくのが絵里だった。だけど今回の絵里は何かに執着しているようにも見える。
「じゃあ何で……」
「それは、分からないけど……」
「……ハッ! もしかして! 『わーるかったわねえ。今まで騙して』とか!」
「おう、まずイスの上に立つな」
「凛ちゃんって結構声真似上手いよね~」
「あの3人に絵里ちゃんが加わったら絶対勝てないにゃー!」
冗談でもやめとけ。絵里がA-RISEに味方ついたらあれだぞ。フリーザ軍に破壊神ビルス様が味方ついた並の絶望さだぞ。いよいよ本格的に勝てなくなる。
「何想像してるのよ。あり得ないでしょ」
「まあそれはないだろうな。破壊神敵に回したらそれこそ終わりだ」
「破壊神……?」
おっと口に出てしまっていた。
「じゃあ何があるんだろ……」
「分からないけど、何か理由があるような気がする」
「なるほどねえ」
真姫達が頭を悩ませる中、1人だけ何故か納得したような雰囲気で呟いているヤツがいた。
「何だ、何か分かったのか桜井」
「いやー、よくは分かってないんですけど~。多分、乙女の美学ってやつじゃないですか?」
「……ん?」
どうしよう。こいつのあざとさもとうとうオリンピック優勝までしちゃったか。凄くメルヘンチックなことを言い出したぞ。
「何言ってんだこいつみたいな顔しないでくださいよ! あたしでもちゃんと分かってるわけでもないんですから」
「分かってないのに言ったのかよ」
「はい。あの絵里さんが理由もなしに執着するとは思えません。だから多分ですが、乙女の美学ですっ!」
「いや、その乙女の美学ってやつが分からないんだが」
「そりゃ先輩は男の子ですので分からないでしょうね~うぷぷぷ」
こいつぶっ飛ばしてやろうか。俺を苛立たせる表情させるならこいつ以外に適任はいないだろうとまで思う。モノクマみたいな笑い方しやがって、論破すんぞ。
「それでも絵里さんはきっと貫こうとするでしょうね。何かのために乙女の美学ってやつを」
「もし夏美の言うことが本当だとしても、それじゃ勝てないわ」
真姫は真姫で未だに訝しんでいる。
こいつはこいつでμ'sのことを考えているわけだから、どっちも間違ってないんだろう。
絵里だってラブソングで今までになかった戦法でやろうとしている。真姫は既存の曲でやろうとしている。例えるなら未知の味という問題だろう。食べたことのない
それは単純でいて、難しい問題。
「仕方ない。これじゃいつまでたっても分からないままだし、日曜日集まるんだろ? ならそこで結論が出なかったら聞き出せばいいさ」
「そう、ね」
日も沈み始めて空はもう青暗くなっている。
冬は特に暗くなるのが早いから、いくら時間的にはまだ余裕でもこいつらは早く帰させた方がいいだろう。
「桜井も今日は帰れ。それとも駅まで一緒に行くか?」
「サラッと優しい言葉かけないでください惚れ直します。というか惚れてます」
「社交辞令どうも。で、どうなんだ」
「お気遣いは嬉しいですしとても甘えたいとこですが、今日は遠慮しときます! 先輩がいない日も普通に1人で帰ってますし。今はμ'sの事に専念してください」
おお、こいつが自分より他のことに専念しろって言う日がくるなんて。友達できて少しは成長してるじゃないかこいつも。
まあ確かにいつもは1人で帰ってるらしいし、心配はいらないか。
「じゃあ明日は土曜で練習はないし、次は日曜日だな」
「ではではあたしはここで。じゃあまた今度ねみんなー!」
言うや否や桜井は元気に走って去っていく。
あいつは悩みとかなさそうでいいよなあ。というかあいつ手にコーヒー持ってるってことはまだ全部飲んでなかったのか。
「そういえば拓哉くん。今日いつもより遅くなるって唯ちゃんに連絡してましたっけ?」
「……え」
「あー、真姫ちゃんに引っ張られてる時も話してる時も携帯出してなかったからしてないんじゃないかにゃー」
「……、」
「冬は暗くなるの早いからって、冬場はいつもと違って早めに遅くなるって唯に連絡しなきゃならないってこの前言ってたわね」
時刻は19時。当然空は暗い。
ちょうど、ポケットに入っている携帯がブーブーと震えたのを感じた。
恐る恐る携帯を取り出し、送られてきた主の名前を見る。
「……唯だ」
「「「お陀仏」」」
後輩3人に同じことを言われた。
もはや苦笑いしか出てこない。以前にもこういう事があったからか、唯には厳しく言われたいたのにすっかり忘れていた。
メールには、こう書かれていた。
『お兄ちゃん。帰ってきたらお話があります』
「…………た、助けて?」
「「「お陀仏ッ!!」」」
3人の後輩達は、まるで息を合わせていたかのように。
俺の目の前からダッシュで退散していった。
ああ、無常。
さて、いかがでしたでしょうか?
久々に夏美が出てもらいました。
岡崎の知らないとこで彼女は結構μ'sと会ってたりします。情報収集とは、まあ、お分かりですよね?(笑)
コーヒーに関してはあれです。間違って岡崎が無自覚に夏美のコーヒーを飲む→夏美がそれに気付いて珍しく照れる、が見たかっただけです。何でこいつら冬にアイスコーヒー頼んでんだ。
さあ次回は穂乃果の家で映画鑑賞!だが、当然恋心抱く少女達と主人公がその場にいて普通で終わるはずがなく……?
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
『悲劇と喜劇』の方は次いつ更新しようかと思っていたり(まだ1文字も書いてない)