「ええ!? 承認された!?」
ヒデコに呼ばれ急いで生徒会室まで行くことになった拓哉達。
そこでヒデコに聞かされたのは、拓哉自身はあまりピンと来ていないが本来ならばあってはならない事だった。
「うん……美術部の人喜んでたよ……」
「予算会議前なのに予算が通ったって」
生徒会室で待っていたらしいフミコも困ったようすで答える。
ここでようやく拓哉も理解した。予算会議があって予算を決める流れが普通のはずなのに、知らぬ間に希望予算が承認されているのだ。おかしいのは明白だった。
「そんなことあり得ません! 会議前なのに承認なんて……」
「ぁ……ぁあ……」
そこで拓哉達はことりの異変に気付く。
何か紙を持っているらしく、それを確認するためにことりのもとへ駆け寄る。
「ことりちゃん?」
「……こ、これは……どうして承認されてるんです!?」
ことりが持っているのは美術部の予算希望の紙だが、それには判が押されていた。
「多分……私……あの時……」
拓哉の記憶が正しければ、あの時ことりは海未にその予算申請書を渡されたはずだ。ともすれば、ことりが何らかのミスで承認用の方へ申請書を入れてしまったかもしれない。
「ごめんなさい……」
「落ち込むのはあとだ。とにかく今は美術部のとこに行くぞ」
「え、たくちゃんも来るの?」
「面倒事は嫌いなんだけどな。目の前でこういう問題が起きてしまった以上、ほっとける訳ないだろ」
岡崎拓哉には生徒会というシステムがどう動いているかよくは分かっていない。間違って承認されてしまったことで、それはあってはならない事だけど、そこまで重要視されるものなのかと思ってしまうほどに。
でも。
だけど。
だからと言って何もしないほど、自分は関係ないので帰りますなんて言うほど、岡崎拓哉は腐っていない。
「えー! 今更言われても困るよ! そっちが承認してくれたんでしょ!?」
「いや、ですから……あれは間違いで……」
「どこかで手違いがあったみたいなんだよ。だからこれは正式じゃなくてだな」
そんなわけですぐさま美術部のいるとこへやってきたが、当然も当然。美術部の部長は不満を隠す気配すらなかった。
「だったらその時言ってくれればよかったじゃない!」
「……、」
美術部部長の気持ちも分かる。
こちらの不手際でぬか喜びさせたうえに、それがダメだったと部員に言わなくちゃいけないから。部長という立場にいる以上、彼女は彼女自身の守るべき尊厳もある。
ただ。
「私もうみんなに言っちゃったし、今からダメだったなんて言えないよ!」
「…………あん?」
「すみません、この件については予算会議の時に話します。今日はこれで。穂乃果、ことり、拓哉君を連れて行ってください」
言い方があまりよくなかったのかもしれない。
ミスしたのはこちら側だから基本的には何を言われても仕方ないのだが、こちらの話を聞こうともせず強く言ってしまったせいか、唯一の男子生徒のこめかみには一筋の血管が浮いているように見える。
それをいち早く察知した海未がすかさず穂乃果とことりに撤退命令を下す。
部長の少女が怯えてしまう前にこの思春期やら反抗期が入り混じった少年を回収しなければならない。
―――――――――――――――――
ダイエットや部活も大事だが、何より学校直属の生徒会の仕事はもっと大事であることを忘れてはならない。
ましてや生徒会が問題を起こしたりしたら尚更。
よって夕陽が生徒会室を照らすころ。
元生徒会長と元副会長も生徒会室に来ていた。というか呼んだ。
「面倒なことになったね」
「すみません……」
「注意しているつもりだったのですが……」
「海未ちゃんが悪いんじゃないよ。私が……」
「ううん、私が悪いんだよ。仕事溜めて海未ちゃん達に任せっぱなしだったし……」
不穏な空気が生徒会室を蝕む。
だが明らかに部外者である拓哉がそれを許さない。
「いつまでもうだうだ言ってんじゃねえよ。ミスしたもんはもう仕方ねえんだから、これからどうするかを考えろよ」
「そうは言っても……」
「誰のせいだとか、自分が悪いとか、そんなくだらない事でまた罪悪感を抱え込むなよ。
一度それでみんなを振り回してしまった以上、もう二度とあんなことが起きるのは食い止めないといけない。
何より、まだ取り返しのつかない状況ではないはずだ。
「かといって俺は生徒会の仕事やシステムに詳しいわけじゃない。だから自分達で何も思い付けないのなら、この2人に頼るしかない」
いつだって自分のやれることに限度はある。なら自分じゃ補えない部分を補える誰かに力を借りる。それが例えみっともなくても、格好付かなくても、それで解決できるならそれが一番良いに決まっている。
「絵里、何かあるか?」
「……そうね。3年生に美術部OGの知り合いがいるから、私からちょっと話してみるわ」
「そうやね。元生徒会長の言うことやったら協力してくれるかもしれないしね」
「悪いな、助かる」
「すみません……」
これで一応は何とかなると思えた。これでも生徒会長として人望があった絵里ならば何とかしてくれるかもしれない。
ただ少し腑に落ちないのは、さっきから穂乃果がずっと黙っているのだ。何かを考えているような、真剣な表情。
そして、誰かに任せきりで終われない少女がそっと口を開いた。
「でも」
「「?」」
「……、」
生徒会室を出ようとしていた絵里と希が止まり、海未やことりも疑問に思いながら穂乃果を見つめ、拓哉は黙って眺めている。
まるで試しているかのように。
「私達で何とかしなきゃダメなんじゃないかな」
「穂乃果ちゃん……」
「自分達のミスだもん。私達で何とかするよ! 今の生徒会は、私達がやってるんだから」
「でも―――、」
絵里が何かを言おうとして希に止められる。拓哉もようやっと腑に落ちたのか笑みが零れた。
そう、あの時のような事にはもうならない。そんな確信さえある。
だから。
「
「言葉が汚いですよ拓哉君」
「細かいことは良いんだよ。それで穂乃果、何か策はあんのか?」
「ない!」
高坂穂乃果はいつだって何を言いだすか、何をしでかすか分からない。悪い意味で言えばいつ踏んで爆発するか分からない地雷原。しかし、逆に言ってしまえば、それは誰も思いつかない解決策さえも出してしまうことだってある。
「だから作るんだよ! 自分達で解決策を! 今私達ができることを全力でやってみせるの!」
何も思い付けないなら、他に頼るという策だってある。現に拓哉はそうした。それも決して間違っていることではない。結果的に問題なく終われるのならそれに越したことはないのだから。
だけど、それでミスを犯した穂乃果達が納得できるかと言われれば、後味はお世辞にも良いとは言えないだろう。自分達の犯したミスなのに、結局誰かに頼ってしまって解決されるのは、何か違うような気がした。
だから作る。
他の誰でもない自分達で解決策自体を作ってみせる。
「……やっぱお前はそうでなくちゃな」
岡崎拓哉と高坂穂乃果は似ていないようで似ている。しかし似ているようで似ていない。本質でさえこの2人は似ていると言ってもいいだろう。
いざとなれば絶対に諦めず何かを導き出し、誰かが困っていたら迷わず手を差し伸べ、迷っている者がいれば道を教え率いる。
言うなれば、生粋の主人公気質。
そんな2人がたった1つ、異なっている部分を上げるとするならば。
2人の前で同じ問題が起きた場合、拓哉と穂乃果は違う解決策を出すことがあるという事。
同じ答えを出す時もあるが時折異なった答えを出し、どちらが最善かを自問自答し、最善の方へ協力する。
どちらも救いがあって誰も文句は言わない。
けれど解決したあとの事や問題に関係している者の気持ちを考えると、結末は断然後味の良い方がいいに決まっている。
結果。
今回は穂乃果の案に乗ることにした。
誰かに頼ることも悪くはないが、自分達でどうにかできるならそうした方が気持ち的にも楽になれる。
穂乃果の案に乗るならば、拓哉も全力でそれに乗っかっていくだけである。
「悪かったな絵里、希。こっちは俺達で何とかするから、部室で待たせちまってるみんなと一緒に帰ってくれていいぞ」
「え、たくちゃんも残るの? それだと何か―――、」
「申し訳ないとか思ってんのか? バカ言うな。いつも手伝え手伝えって言ってくるくせに、こういう時だけ何もするなとか勝手な都合押し付けようとしたって無駄だぞ」
余計なお節介も結構。
それが自分だと言わんばかりに拓哉は笑う。そんな拓哉を、最初にゲームの説明書を見るかのような基本的な事は分かりきっている穂乃果達は今更何を言っても無駄だと察する。
「さてと、んじゃ始めますか」
空気は先ほどと違ってガラリと変わる。
もうここに負の感情を抱いている者はいない。
「やるぞー!」
ここから始まるのは、逆転劇だ。
―――――――――――――――――
「これで良し!」
「結構量あったな」
「終わったの? すごーい!」
解決策を作るにしても、まずは目の前の溜まった書類を整理しなければ作業も満足に進めることができない状況だった。
ということで分担作業をして拓哉と穂乃果は海未に任された書類整理をこれでもかというほどのスピードで終わらせたのだ。
「おいおいことり。それはサーバルちゃんのセリフであってかばんちゃんのセリフじゃないだろ? 俺と穂乃果にかかればこんなの余裕さ」
「? どゆこと?」
「気にしたら負けですことり。どうせアニメのキャラクターでしょう」
「よく気付いたな海未。そういうお前にはキタキツネの称号を与えよう」
「意味が分かりません」
拓哉の言うことを軽く流しながら海未はペンを動かす。
整理という単純且つ簡単な作業をしていた拓哉達とは違って頭を使う作業をやっている海未はあまり集中をかき乱されたくないのかもしれない。
「予算の方も手伝うよ。何すればいい?」
「俺も暇になったし、やれる事あるなら手伝うぞ」
「まったく、集中すればできるのにどうして毎日少しずつやれないのですか? それと拓哉君にはさすがにこの作業を手伝ってもらうのはダメなので、何か飲み物でも買ってきてくれると助かります」
「まあ生徒会の仕事を本来部外者な俺がやると責任問題的にもあれか。仕方ない、素直にパシられますよ~」
言いながら拓哉は出ていく。
手伝うとは言ったが、それも拓哉のできる範囲でだ。生徒会がやらなければならない仕事を一般生徒がやってもし何かあれば、それこそ問題になってしまう。
そんな事になってはいけないと分かっているから、拓哉は少女達が少しでも楽できるようにサポートしつつ、少女達の好きな飲み物を買いに出る。
――――――――――――――――――
(ん? まだ生徒会室の灯りが点いてる……?)
陸上部の部活も終わり、生徒も全員帰ったと思って校舎内を巡回していた山田博子はまだ明るい部屋を見付けた。
ちなみに基本陸上部をメインに見ているが、一応彼女はアイドル研究部の顧問でもあり、部費では買えないであろう機材をアイ研のために自腹で買ってまでしている陰の支え役でもあるのだ。
(生徒会室ってことは、残ってるのは高坂達か)
おそらく生徒会の仕事をしているのだろうが、さすがに時間も時間だ。
教師としては生徒を早めに帰さなければならない。完全下校時刻を過ぎているにも関わらず残っているとなると、その生徒の両親から何かクレームがくる可能性だって否めない。
「おーい、早くかえ―――、」
開きかけだったドアの隙間から室内が見えた。
自然と、言葉が途切れる。
「海未ちゃん、そっちどう?」
「今計算が合いました」
「こっちももうすぐ終わりそうだよ!」
声をかけなければならないのに、何故か声が出ない。
あれだけ集中している3人を見てしまったら、邪魔をしてはならない気さえしてしまった。
「大丈夫ですよ。遅くなったら俺があいつらを家まで送ってくんで」
そこへ、博子もよく知っている少年が4本ほどの缶ジュースを持ちながらヘラヘラとした口調でやってきた。
「何だ、お前もいたのか岡崎」
「ええ。最初は不本意だったはずなんですけど、気付いたら自分から首突っ込んじまってたんで多少のサポートですよ」
3人に気付かれないよう、少し声を抑えて話す。もっとも、普通のトーンで話したところで集中している3人は聞こえないだろうが。
「お前が送ってくのなら心配はいらなそうだな」
「まあ、あいつらも頑張ってるんで」
「襲うなよ?」
「何てこと言いやがるこの教師」
先生と話しているからか拓哉も隙間から少し覗くようなかたちで室内を見る。
話しながらも書類から目を離さない3人の少女が映る。
真ん中の少女。普段はおちゃらけた不真面目な生徒会長でさえ、今では普段のμ'sのリーダーとも違う、生徒会長としての顔をしていた。
ただ、それだけなのに。
「……、」
あの穂乃果の表情を見ていると、何故か目が離せないようになっていた。
普段は感じないはずなのに、何故かそれは、拓哉にとって、とても魅力に見えた。
「もう一度言うが、襲うなよ?」
「ッ……!?」
耳元で言われ、何とか声を押し殺してババッと缶ジュースを抱えながら自分の教師から離れる純情少年岡崎拓哉。
「んなことするか!」
「へえほおふーん? 何だ何だ。生徒の色恋沙汰には興味津々な先生だぞオイ。青春してるか岡崎ぃ」
「うるせえ! 色恋沙汰や青春なんぞ平凡少年岡崎拓哉にはもっとも遠い位置にあるイベントだぞ! 言ってて悲しいッ!!」
「……へえ~」
「……何すか」
つい今しがたの拓哉の表情とたった今の拓哉の表情を見た博子は意味深に口角を上げるだけ。
それに不信感を抱きつつも、疑問が拭えない拓哉が問いただしてみるが、その女性教師はただ笑って静かにこう告げた。
「青春してんね~」
「……、」
「まあ、今のお前にはまだ早いかもしれんな。んじゃあたしは行くよ。あいつらをちゃんと送ってやれよー」
背を向けながら手を振って去っていく担任教師。
結果、拓哉が抱いた感想は、意味分からんの一言だった。
何故穂乃果から目を離せなかったのか、いきなり先生があんなことを言ってきたのか。
幼馴染で、普段とは違う頑張りを見せる穂乃果に親心的な何かを感じたのか。ぐらいの事しか思いつかない。
ただ言えることは。
抱いた感情に、これっぽっちも嫌気や嫌悪がなかったことだ。
先生と割とうるさめな会話をしたからだろうか。
少し肌寒くなってきた季節なのに対して体温が高くなっている気がした。
風邪にならないうちに今日はもう帰るように言ってまた明日続きをしようと提案するために開きかけのドアを開ける。
そういえば、先ほど拓哉が穂乃果から目を離せないでいたということに、1つの可能性を見出すとするならば。
それは。
見惚れていたという事も十分にあり得るのだと。
―――――――――――――――――
それから数日があっという間に過ぎ、予算会議が行われた。
結果的に言うと、問題なく終わることができたらしい。
「それで予算通ったの!?」
「ほんと危なかった~……」
「でも上手くいって良かったね!」
問題の解決策だが、勝手ながらすべての部活においての予算希望は果たせなかったが、それでも全部活動で予算希望額の8割は獲得する事ができた。
生徒数が少ない現状だからこその解決策だったが、それも上手くいって終わり良ければすべて良しだろう。
「私のおかげなんだから、もっと感謝し―――、」
「ありがとーにこちゃーん!!」
ちなみに予算会議だが、拓哉はもちろん参加していない。
本来部外者の拓哉が部長でもないし生徒会役員でもないのに、参加する方がおかしい話なのだ。
でも、それで確信した。
いざとなれば自分がいない場所でも彼女達は自力でどうにかできるのだと。
「そんなのいいからアイドル研究部の予算を―――、」
「その前にダイエットです」
「あー、そんなのもあったな確か」
「それがさ、さっき計ったら元に戻ってたの!」
「ほんと!?」
「うん! 4人で一生懸命頑張ってたら、食べるの忘れちゃって」
単純で分かりやすい、改めてそう思う。
でも、だから穂乃果は強い。何か1つのことに集中すれば予想外の力を発揮するだけの資質を持っている。
「拓哉の言ったとおりね」
「何がだ?」
真姫が歩み寄ってきた。
「4人共、信頼し合ってるんだなって」
「ああ、そんなことか」
言われて思い出す。
数日前に海未は穂乃果が嫌いなのかと。
だから笑って答える。
「お互い良いとこも悪いとこも言い合って、少しずつでも成長してるんだよ。もちろん、お前らも一緒にな」
真姫とお互い微笑みながら穂乃果達を見る。
痩せた事でまだパンを食べている穂乃果を追いかけ回してる海未だが、それさえも日常なのだ。
そんなこんなで、今回の問題は解決された。
「今日もパフェ、食べにいく?」
不意に、絵里が問いかけた。
今日もと言ったところ、昨日も同じ会話が行われたのだと思う。
そして。
「……そうやね」
東條希は、儚げにそう言った。
さて、いかがでしたでしょうか?
これでダイエット&生徒会編終了です。
次回からは希ファン大歓喜の話ですよ!
最後のフラグは、陰から支えてきた月の少女。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆10)を入れてくださった
カットさん
カブテリモンさん
dolcepさん
計3名の方からいただきました。最近高評価(☆10)を毎回いただけてモチベ爆上げしてます。ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
ここにきて、色恋の話が出てき始めた。