「たるんでる証拠です」
海未のそんな一言から今日は始まった。
「書類もこんなに溜め込んで、全てに対してだらしないからそんなことになるんです」
海未に呼び出され拒否したものの、ことりからのお願いコールでまんまと生徒会室に来たら何だか穂乃果がランニングマシンでランニングウーマンしていた。どこから持ってきたそのランニングマシン。
「でもさ、あんなに体動かして汗もかいてるでしょ? まさかあそこまで体重増えてるとは~」
「なんだお前、体重増えたのか?」
「げえっ! 何でここにたくちゃんが!?」
「私が呼ん……ことりに呼んでもらいました」
げえって何だお前、目の前にいただろうが。また自覚なしのミスディレクション使ってたのか俺は。海未は海未でジト目で見ないでほしい。違うんですよ。海未とことりとじゃコールされた時の気分が段違いでして……これもはや言い訳ですらないな。
「で、結局俺は何で呼ばれたんだ?」
「この溜め込まれた書類を見れば分かるでしょう?」
「おう、そうだな。んじゃ部室に戻るわ」
「刺します」
「ペン先をこっちに向けるな刺すな直球すぎるわ!!」
あれは明らかに俺を殺す視線だったぞ。ペンの持ち方が完全にクナイを持ってるみたいだった。園田家は剣道に弓道に忍道まで精通していたのか……。
「拓哉君は生徒会の手伝いでもあるんですから頼りにしているのですよ?」
「勝手に決めたのはお前らだけどな」
知らないあいだに俺が進んで生徒会の手伝いまで請け負ってるみたいになってた。これが世間に言う女子特有の都合の良い解釈なのか。非常に恐ろしい。
「生徒会の手伝いもそうなのですが、それとは別に助力してほしいことが……」
「んぁ?」
海未の視線を追いかけると、その先にいる穂乃果が俺達を放置してことりとの会話に花を咲かせていた。
「あっ、それってオニオンコンソメ味!?」
「うん、新しく出たやつだよ!」
あれ、こいつ一応体重減らすために走ってたんじゃないのか?
「食べたかったんだよねえ! 一口ちょうだ―――、ってうわあ!」
「雪穂の言葉を忘れたのですか!? そんなアイドル見たことないと!」
「大丈夫だよ! 朝ごはん減らしてきたし、今もほら、走ってたし!」
うん、こいつ何も分かってないな。あれだけ走ってもお菓子なんてものを食べればすぐ無意味になるというのに。カロリーというのは摂取するには簡単だが、消費するには苦労するのが世の常だ。
「……どうやら現実を知った方が良さそうですね」
「現実……?」
そう言って海未が取り出して来たのは、穂乃果達が初めてファーストライブをした時に着た衣装だった。
いやそれどこから出してきたよ。
「ファーストライブの衣装……なんで?」
「いいから。黙って着てみてごらんなさい」
「ええ~」
黙って生徒会室を一旦出ていく海未にもちろん俺も着いて行く。この園田という少女、中々に惨い事をしやがるぜ……。
「私の目が間違ってなければ、これで明らかになるはずです。穂乃果の身に何が起きたのか」
「穂乃果ちゃんの……身に……!」
「いや、深刻そうな雰囲気になってるけどちょっと体重増えただけだよね? 少しお肉付いちゃった~的な感じのノリだよね? 何でシリアス風になってんの?」
直後に、生徒会室の中から穂乃果の悲鳴が聞こえた。
これはおそらくあれだろう。前に着れていたはずの衣装が、今では着れなくなっているという事実に打ちひしがれているに違いない。穂乃果、哀れなり。
「おお……これは大ダメージというか何というか……もはや瀕死状態では?」
「う、うぅ……っ……」
再び生徒会室に入ると、穂乃果がイスに座りながら項垂れている。見事に撃沈していた。
それと机に置いている畳まれた衣装はさっさと回収してほしい。たった今の今まで女の子が着ていた(正確には途中で着れなかった)服が無防備な形で放置されているというのは、健全な男子高校生にとって刺激が強いのです。
“女の子の脱ぎたての服”というワードが放つ圧倒的オーラと危機感を女の子はもっと覚えるべきだ。ちなみに“男子の脱ぎたての服”というワードが放つ圧倒的むさい感も凄い。絶対臭い。
「穂乃果ちゃん、大丈夫っ?」
「ごめん……今日は1人にさせて……」
「き、気にしないで! 体重は増えたかもしれないけど、見た目はそんなに変わってな―――、」
「ほんと!?」
食い付きすぎだろ。どんだけ希望持ちたいんだ。さっきの衣装着れなかった時点で大体お察しなの分からないのか。
いや、実際ことり言う通り、見た目自体は何も変わっていないように見える。体重が増えたと言われても全然違和感ないレベルだ。
「え!? えっとぉ……」
「気休めは本人のためにはなりませんよ! さっき鏡で見たでしょう! 見たんでしょう!?」
「う、うわあああああああ!! やーめーてー!!」
「さすが海未だ。容赦という言葉を知らない」
「何か言いましたか」
「イエナニモ」
いらない飛び火は喰らいたくない。ただでさえ生徒会の手伝いというとんでもない飛び火を喰らっているのに、これ以上海未からお仕置き喰らうのは勘弁だ。穂乃果には犠牲になってもらおう。
「ともかく、体重の増加は見た目はもちろん動きのキレをなくし、パフォーマンスに影響を及ぼします! ましてや穂乃果はリーダー。ラブライブに向けて、ダイエットをしてもらいます!!」
「ええ~!?」
ダイエットねえ。まあ正当な判断だろう。せっかく最終予選まで進んだμ'sのリーダーが、挙句の果てに体重が増えたせいで衣装着れなくなりましたじゃ格好がつかなすぎる。
「仕方ねえだろ? 自分でもやばいと思ったんならどうにかしないと。それともそのままでいいやとかなんて思ってないよな?」
「うぅ……それは、分かってるけど……」
あからさまにしょぼんとしているが、ここは心を鬼にしなくてはならない。
ところでどれくらい体重増えたのだろうか。見た目自体は何も変わってないように見えるから、精々1か2くらいか?
「仕方ありません。切り札を使うとしましょう」
「切り札? そんなのあるのか」
「何々!? すぐに痩せれる方法!?」
途端に目をキラキラ輝かせている穂乃果だが、そんな方法があったら世界の誰もがすぐに痩せてるだろ。軽い現実逃避してんな。
「ところで拓哉君。ここは男性としてのあなたに聞きたいことがあります」
「なんだいきなり」
海未の切り札なるものが俺も気になってたから早く聞きたいのに、話を振られてしまった。果たして何か関係があるのだろうか。
「拓哉君的には、“太っている女性”と“そうでない女性”。どちらがお好きですか?」
あまりに唐突な質問で一瞬戸惑ってしまった。
何故今このような質問をしてきたのか。
「え、何でそ―――、」
「どうなんですか?」
近い、近いよ。あと怖い。
気付けばことりも真剣な眼差しでこちらを見ているし、穂乃果に至っては俯いて表情は見えないが完全に耳を澄ましてるように大人しくなっている。
「ん、んー。個人的に好きになってしまえばどっちでもいいけど、やっぱ健康面で言うと太ってない方がいいよなあ。単純に俺の好みでもあるけど」
「よしダイエットしよう」
「私絶対このままを維持するよたっくん」
「私に限って太るなどという事は一切ありません」
決断早いな穂乃果。そしてことりの宣言と海未の発言は何なんでしょうか。穂乃果がメインの話だよね。いきなり2人の私情入ってきてません?
いやまずこれが切り札だったのか海未よ。
「穂乃果も決心したようですし、一旦部室に行きましょう。みんなに現状を報告しなくてはなりません」
「なあ、さっきのが切り札だったのか?」
「そうです。ここは元が女子校だった故に、男子の事をさほど気にしていない側面も少なからずありました。ですので一般男性からのこういう意見や見方は女子校の価値観に縛られている側からすれば大変良い刺激になると思ったのです。決して穂乃果を利用して拓哉君の好みを少しでも聞こうとしたのではありません」
「お、おう……?」
何かそれっぽい事言ってるけど最後のは何なのだろうか。言う必要あった?
俺の好み聞いたところで君ら基本へえとしか言わないじゃん。
何だか腑に落ちないまま、俺達は部室へ向かう事となった。
―――――――――――――――――
「収穫の秋! 秋といえば、何と言っても新米の季節です!」
部室に入ったらいきなり目の前に巨大なおにぎりが現れた。
何を言ってるか分からねーと思うが、俺も何を見たのか正直目を疑った。とにかくでかいおにぎりを持っている花陽がいた。
「今日はいつにも増して大きいにゃー!」
「まさかそれ1人で食べるつもり?」
「だって新米だよ!? ホカホカでツヤツヤの、これくらい味わわないと! あー、ん?」
巨大おにぎりを見て羨ましそうに見ているのは当然穂乃果であった。
「美味しそう……」
「食べる?」
「いいの!?」
「いけません!」
さっきの決意はどこいった。ブレるの早いなオイ。
せめてもう少し逡巡しろよ。
「これだけの炭水化物を摂取したら、燃焼にどれだけかかるか分かってますか!?」
「うぅ……」
「どうしたの?」
「まさかダイエット?」
「ちょっとね……最終予選までに減らさなきゃって……」
確かにこんだけでかいおにぎり食ったらとんでもないだろうな。穂乃果は辛いが頑張ってもらわないといけない。……その前に我慢を覚えさせないとか。
「それは辛い! せっかく新米の季節なのに、ダイエットなんてかわいそう~。あむっ……」
穂乃果の目の前で美味そうにおにぎり頬張るとか何気に鬼かこいつは。米好きにもほどがあるだろ。
「さあ、ダイエットに戻りますよ」
「酷いよ海未ちゃん!」
「仕方ないでしょう! かわいそうですが、リーダーたるもの、自分の体調を管理する義務があります。それにメンバーの協力もあった方がダイエットの効果も上がるでしょうから」
「はむっ……ん、確かにそうだけど、これから練習時間も増えるしいっぱい食べなきゃ元気出ないよ~!」
花陽は食べ過ぎだと思うのは気のせいだろうか。俺でもあれを食べるのは一苦労しそうなのに、今も幸せそうに頬張っている。何というかハムスターみたいに見えてしまう。ちくしょう可愛いな!!
「それはご心配なく! 食事に関しては私がメニューを作って管理します。無理なダイエットにはなりません」
「何だったら家も近いし俺が穂乃果の家に行って海未のメニュー料理を作ってもいいしな」
「でも食べたい時に食べられないのは~あむっ」
「……、」
ひたすらモグモグ食べている花陽を凛と真姫は不審そうに見ている。
……いやいや、そんなまさかな。
「かよちん……」
「気のせいかと思ってたんだけど、あなた最近……」
「?」
数分後。
花陽の悲鳴が部室内に響いた。
ついでに言うと、ダイエットするメンバーが1人増えた。
さて、いかがでしたでしょうか?
前回と同じギャグ回でありながら真面目もある回ですね。
ダイエット編では穂乃果と花陽がランニングしてる時の息遣いだけで意思疎通している部分が好きです。穂乃果の吐息にかかりたい。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
何だかんだ2期も折り返し地点まで来ている事に気付いた人はどれだけいるだろうか。