「にこっちに妹がいたなんて……」
「しかも礼儀正しい」
「まるで正反対にゃー」
衝撃のにこシスターを偶然発見した俺達は何故かその妹に連れられ近くの駐車場裏まで移動させられていた。
下手すると事案になりかねない。冤罪もあり得る。やだ怖い。
「あの、こころちゃん? 私達、何でこんなところに隠れなきゃ―――、」
「静かに! 誰もいませんね……!」
小学生の女の子に押し黙らせられる高校生の幼馴染穂乃果、哀れなり。
「そっちはどうです……?」
「人はいないようですけど」
「よく見て下さい。相手はプロですよ! どこに隠れているか分かりませんから!」
「プロ?」
何のプロだよ。誘拐のプロかな? それなら今の俺達が1番それっぽいんだけど違うのか。というかまずこの子は一体何をしているのだろうか。子供によくある突発的何ちゃらごっこ的な何かか。
「大丈夫みたいですね……。合図したらみなさん一斉にダッシュです!」
「何で?」
「決まってるじゃないですか! 行きますよ……!」
言うとすぐにこころとかいうにこシスターは走り出した。……なるほど、子供特有の説明不足というやつだなこれは。まったく何がしたいのか分からん。
「ちょ、ちょっとー!」
「とにかく着いて行ってみるしかないようだな。……これがもしあの子の巧妙な罠で冤罪かけられたら俺すぐ逃げるからよろしく」
「逃げるんだ!? そっちの方が余計怪しまれると思うんだけど」
ふむ、それも一理ある。その前に証言者がこれだけいるんだから逃げる必要もないか。ましてやにこの妹だもんな。万が一にも危険と思ってしまうのは失礼だよな。
やってきたのはとあるマンションの入り口だった。
駐車場から結構すぐだった。これなら隠れる必要なかったんじゃないか?
「どうやら大丈夫だったみたいですね……」
「一体何なんですか?」
「もしかしてにこちゃん、殺し屋に狙われてるとか?」
「ぶっ飛んでる。発想がぶっ飛んでるぞ花陽」
たまに花陽の思考が読めない時がある。天使な花陽が殺し屋とか言っちゃいけません! 心が穢れちゃいます! 花陽の将来が少し心配になった。
「何言ってるんですか? マスコミに決まってるじゃないですか」
「え?」
「……あー」
「パパラッチですよ! 特にバックダンサーの皆さんは顔がバレているので危険なんです! 来られる時は先に連絡をください」
今ので何となく察したぞ。にこがにこならその妹も妹だな。思考が似ているらしい。姉がスクールアイドルやってるからそれで写真撮られるんじゃないかって思ってるんだな。可愛いもんじゃな―――ん?
「バック……」
「ダンサー?」
「誰がよ……」
「バックダンサーってあれだよな。メインで歌って踊る人の後ろで踊ってるような人達の事だよな? ジョニーズ的なやつだよな」
「スーパーアイドル矢澤にこのバックダンサー、μ's! いつも聴いてます! 今、お姉さまから指導を受けてアイドルを目指しておられるんですよね!」
……うん、オーケーオーケー。今ので本当に察したわ。全部にこの入れ知恵だなこれ。というか自分以外のメンバーをバックダンサーって言ってんのか妹に。
「そしてあなたは岡崎拓哉さんですよね!」
「……え? ああ、そうだけど、それがどうかしたか?」
「ええ、ええ、知ってます! 存じております! お姉さまの専属マネージャーですものね!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」
この子は今何と言った?
俺の耳が正しければ、何か専属マネージャーとかって聞こえたんだが。
「普段はおちゃらけた態度なのに、お姉さまを更なる高みへと連れて行くための努力は決して惜しまない、バックダンサーの皆さんのためにも日々奮闘している殿方だと聞いてます! お姉さまの専属マネージャーなのにそこまでしている寛大さは素晴らしいです!!」
「……そうか、それはありがたいな。こころちゃんだっけか?」
「お姉さまの専属マネージャーなんですから親しみを込めてこころとお呼びください!」
「ああ、うん。ちょっと待っててくれるかな。はい全員集合」
こころから少し離れたところで呼びかけをすると即座に全員が集まった。
「はい思った事言ってって」
「状況が読めてきました」
「忘れてたわ。相手はにこちゃんだものね」
「何でたくちゃんだけ優遇されてるのかな」
「知らねえよ俺が聞きたいくらいだわ」
「頑張ってくださいね! ダメはダメなりに8人集まれば何とかデビューくらいはできるんじゃないかって、お姉さまも言ってましたから!」
待っててくれって言ったのに普通に話聞いてたよこの子。火に油注いでくれちゃったよやばいよ只でさえ機嫌悪いヤツらがいるのに。
「何がダメはダメなりよ!」
「そんな顔しないでください! スーパーアイドルのお姉さまを見習って、いつもにっこにっこにー! ですよ!」
凄いぞこの子。にこ並にメンタル強いというかめげない動じない精神パネエ。にっこにっこにーってのはもう矢澤家伝統のものなのか。
「ねえ、こころちゃん?」
「はい?」
「ちょっと、電話させてくれる?」
「はい!」
うーん、この可愛らしい純粋な笑顔を見るとこの子に罪はない。元凶はすべてにこにあるらしい。そのおかげか絵里の顔が笑っているのに軽く恐怖を感じてしまうのは気のせいではないと思う。
「……、」
スピーカーありで電話をかける絵里。どうやら留守電だったらしくメッセージを残せとの事。ちなみにこころはさっきから1人でずっとにっこにっこにーを連呼している。とても可愛い。
「もしもし、わたくし、あなたのバックダンサーを務めさせていただいてる絢瀬絵里と申します。もし聞いていたら……すぐ出なさい!!」
「出なさいよにこちゃん!!」
「バックダンサーってどういう事ですか!?」
「説明するにゃー!!」
機嫌悪そうにしているのは大体予想通りのメンバーだった。こりゃにこも大変だな、まあ自業自得だけど。少なからず俺も思うとこはあるけど、こころに免じて黙っておいてやろうかね。
「ではお家にご招待しますね! お兄さまもどうぞ!」
「ほっほーう親しみあるのはいいけどいきなりそれは心臓に悪いから落ち着こうかこころちゃん。多分俺の命を握ってるのは君だから」
「?」
くぅ~、この純粋に疑問に感じている顔のせいで憎めないぞ~。前言撤回、これはやっぱにこを問い詰めるしかない。いきなり幼女からお兄さま呼ばわりは犯罪的な香りがしてしまう。
「いつの間にこころちゃんと仲良くなっているんですか、拓哉君……?」
なるほど、にこより先に俺がこの世を去るらしい。1番聞こえてはいけない魔王に聞こえてしまっていた。だが最後に幼女からお兄さまと呼ばれて満更でもないからそんなに悔いはない。……普通にヤバイ奴だな俺。
「ほらほら、行きましょう皆さん!」
「うおっとと、あ~れ~連れてかれてるからこれは逃げてるわけじゃないので俺は悪くな~い~」
「あ、ちょっと拓哉君!」
こころに手を引かれてるのだから仕方ない。変に逆らうよりここは流されていた方がいいだろう。むしろ海未から逃げるためにはこころナイスまである。
「で、ここがにこの家か」
いざ来てみれば普通の家である。当たり障りのない、強いて言うなら少し良い感じのマンションの部屋といったところだろう。見た感じ部屋も多そうだ。
「弟の虎太郎です」
テーブルでモグラ叩きみたいなおもちゃで遊んでいるのはどうやら1番下の弟らしい。鼻水垂れてんぞ。どこぞのボーちゃんかこいつ。
「ばっくだんさ~」
「こ、こんにちは……」
まさかこんな子にまでバックダンサーと思われてるとは、にこも徹底してるな。
「せんぞくまね~じゃ~」
「おーう、その歳でそんな言葉覚えるなんて偉いな鼻たれ小僧~」
「褒めてるのか嫌味なのかどっちなんや」
もちろん褒めてるさ。ただ俺を見る虎太郎の表情が何故かニヤッとしているのがいけ好かない。本能的に俺を下に見てるなこいつ?
「お姉さまは普段は事務所が用意したウォーターフロントのマンションを使っているんですが、夜だけここに帰って来ます」
「ウォーターフロントってどこよ……」
どんだけ遠いとこ住んでる設定だよあいつ。せめてウォータープールだろ。無駄に設定凝ってるな。
「もちろん秘密です。マスコミに嗅ぎ付けられたら大変ですから」
「そのマスコミもさすがに家の中にはいないと思うけどな。ほれ、貸してみ」
「あっ」
小さいながらも礼儀は正しいようで、俺達にお茶でも用意してくれるそうだが、お茶っぱの缶が開けられないようなので強引に拝借させてもらう。
「あいよ」
「……ありがとうございます。お兄さま」
「その呼び方はやめような?」
また聞かれていないかチラッと見ると、どうやらみんな他の方に視線を向けていた。俺がこころの相手をしているあいだに話が進んだっぽいな。ほっとしながら俺もそちらを見ると、
「何か怪しい」
「合成!?」
「……まあ、小学生を騙すならこのくらいでも十分そうだな」
μ'sの集合写真などがあるが、本来センターであるはずの穂乃果の顔の上ににこの顔写真が貼られていた。雑コラにも程があるな。これで違和感覚えないこころ達はやはり純粋と言うべきなのか。思いっきりにこの後ろから穂乃果の髪がはみ出てるんだが。
「たくちゃん! こっち来て!」
穂乃果に呼ばれて向かうと、そこの部屋はまさにピンク一色の景色が広がっていた。
「リカちゃん人形の部屋みたいだな」
「これ、私の顔と入れ替えてある……」
「こっちもにゃー!」
ポスターや写真もにこが良いと思ったものは全部雑コラ化されているらしい。
「わざわざこんな事まで……」
「涙ぐましいというか……」
「ここまで美化しなくてもいいと思うんだけどな」
にこはにこで十分魅力があるのに、自分じゃない者を自分にしてまでしなければいけない事なのだろうか。
そんな疑問を持っていると玄関の方から誰かが入ってくる音が聞こえた。
「あ、アンタ達……!」
噂の元凶犯のお帰りである。
「お姉さま! お帰りなさい! バックダンサーの方々がお姉さまにお話があると」
「そ、そう……」
「申し訳ありません。すぐに済みますので、少しよろしいでしょうか……?」
「ヒェッ……」
思わず本能的に声を上げてしまった。これはまずい。今俺の前にいるのはあれだ。笑っているけど笑っていない悪魔だ。よく言えば笑って相手を恐怖に陥れる悪魔、悪く言えば容赦なく相手にトラウマを植え付ける悪魔だ。どっちも悪魔じゃねえか。
「え、えっと……」
いつも怒られてる穂乃果も海未も表情を見て顔が引き攣っている。同士よ、お前にも分かるか。あの奥に潜んでいる恐怖の正体を。
気が付けば、海未の目は相手を射殺すような視線へと変わっていてにこをずっと睨んでいる。怖い。
「こころ、悪いけど、私今日は仕事で向こうのマンションに行かなきゃいけないから……じゃっ!!」
「あ、逃げた!!」
「なるほど、ああやって自然を装いながら喋って時間稼ぎしたあと瞬時に逃げる手があったか。今度俺も使ってみよう」
「何言ってるの拓哉! 早く追いかけて!!」
何で俺がいつも追いかけなきゃならんのだ。と言いつつ言いなりになってる俺も俺だけど。将来はもし結婚したら尻に敷かれそうだなあ。まずできるかが問題だけど。うっは泣けるぅ~。
「なーんで何度も逃げなきゃならないのよー!!」
「悪く思うなよにこー。だけど専属マネージャーってとこだけは追及させてもらう!!」
「アンタは1番来てほしくないんだけどー!!」
ふへへ、μ'sの犬と言われた俺を甘く見ない方がいい。パシリなどもやらされるんだからなちくしょう。にこもμ'sだが今はこちらの方が人数は多いからこっちを優先させてもらう。……そういやμ'sの犬って言われた事なかったわ。
「うえぇ! ここあ!?」
曲がり角を曲がったところでにこの声が響いた。
急いで駆け付けると、そこにはまた新しい幼女がいた。
「どうしたの? そんなに急いで」
「ちょ、ちょっとね……」
「もう1人妹がいたんだにゃー!」
これまた違う妹の登場にびっくりする俺達だった。
多いな姉妹。
さて、いかがでしたでしょうか?
これでとりあえず矢澤シスターズ+虎太郎登場しました。
こころ可愛すぎるんじゃ……。
次回で矢澤家編は終了になります、多分。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
感想が少ない、これは死活問題だ!!