【ザンク視点】
大監獄の処刑人ともなれば、それなりに給料は良い。実家にいる家族たちの生活を支えるにはちょうど良いと思って頑張ってきたつもりだ。他の同僚たちも自分の生活や家族や、故郷への仕送りのために働いて、俺もそれを見て頑張ろうとしてきた。
相手は罪人、法律で裁かれた悪人、だから処刑しても俺は悪くない。
そう思えば人を殺すことも慣れると信じていた。
しかし月日が経過するごとに処刑する人数は日に日に増していった。
最初は週に一度だったのが、二度三度、そして毎日首を落とすようになっていった。
毎日首を落として、落として、落として、落として落として落として落として落として落として落としておとしておとしておとして
そのうち俺が処刑してきた罪人が夢に出てくるようになり、眠ることすら苦痛になった。最低限眠って、罪人たちに責められて、起きては嘔吐した。
そのうち起きていても罪人が俺を責め立て、地獄へと引きずり込むような声が聞こえてくるようになった。
気のせいだと最初は思っていたのに、絶え間なく聞こえるようになった。
道連れにしようとする亡霊の声を誤魔化すためにそのころから俺は饒舌になった。自分が喋っている間ならば、聞こえにくいからだ。
それでも仕事をしなければ、仕事、仕事、罪人の首を斬って落として、殺さないと生きていけない。
でも首を落とし続ける度に声が酷く鼓膜に響くようになった。怨嗟の声は俺しか聞こえない。だから誰にも理解してもらえない。
どうして聞こえないんだ。こんなにも俺を怨み恨んでいる叫びがなぜ聞こえないんだ。
そうか、自分が善人だからいけないのだ
殺すことが楽しい人間になればいいのだ。
あぁ、そうだ。きっと首を斬って楽しむようになればもっともっと楽になれるはずだ。首を斬って落として殺して、それが楽しめる人間になればこの怨嗟の声もいつか快感に変わるはずだ。
辛いとは思わなくなって、逃げたいと思わなくなって、罪悪感で自分を殺したくなるような気持ちなんて抱かなくなる。
悩んでいたことから解放された俺は、その考えを思いついてからはいかに楽しく人の首を斬り落とせるように努力した。
そのうち、努力することなく首を斬り落とすことがどんどん楽しくなってきた。毎日斬り放題だったが、まだ足りない、もっともっと首を斬り落としたくなってくる。
首を斬り落としている間は、楽しくて声なんて聞こえない
愉快で愉快で、たまらない
そうして俺は、監獄長の帝具であるスペクテッドを奪って監獄から逃げ出した。
帝都へやってくると、ナイトレイドという暗殺集団がいることを知った。あぁ、そんな奴らはきっと殺し続けているんだから、俺みたいに声が聞こえるはずだ。
殺した奴らの怨嗟の声を聴いているんだから、俺のことも理解してくれる。
とても、首を斬り落としたくなる。
帝都警備隊や夜中に出歩く帝都民の首を斬って楽しんで、帝具でナイトレイドを探す日々が続いた。
数週間するとナイトレイドが帝都に現れた。
スペクテッドを使って透視を試みる。どいつもこいつも斬りたくなるが・・・一番斬りやすいのはナイトレイドに入ったばかりの少年だ。
一番隙があって・・・殺すのが愉快そうな、純朴な表情をしている。
スペクテッドの能力の一つに、相手に幻影を見せる効果がある。
俺がこの少年の一番大事な人間に見えるように能力を発動させると、少年はすぐに俺のことを追いかけてきた。
「おいサヨ!なんでこんなとこにいるんだよ!」
あぁ、そうだそうだ、近寄ればいい。
「はぐれたなら今から俺とアカメと一緒に・・・」
今なら首を斬り落とせる
「そこまでだ」
頭上から声が聞こえ、すぐに声が聞こえたほうへと視線を向ける。
能力もつい解除したせいで目の前の少年が何か言っているが、そんなのはどうでもいい。
「君が、首斬りザンク君か?」
「お前は・・・」
「な、なにが・・・か、カッパーマン!?」
その姿は初めて見たが、河童の被りものにスーツ、そして空中に浮かんでいるということは・・・これがあの噂の正義の味方か。
少年とも距離をとり、正義の味方とやらと距離をとった。
「タツミ君、大丈夫かい?」
「お、俺は大丈夫だけど・・・こいつが首斬りザンク・・・あっ、助けてくれてありがとうございます!」
「気にしなくてかまわない。それよりも彼に殺された被害者を取りこぼしてしまっている私を許してくれ」
「ううん、そんなことないって!・・・って、あ、ザンクはその、俺たちも狙ってて・・・」
そのままカッパーマンが地上へと降りてくる。どうやらあの少年とは知己のようだ。
奴らが話し込んでいる間にスペクテッドで透視を発動させた。武器らしきものがないか、すぐに攻撃をしかけてくるか・・・
首を斬れるなら、斬れればいい。
だが、スーツの下が、透視できない
思考も読むことができない
「・・・ザンク君、スペクテッドの透視は効かないからやめたまえ」
「ッ!!」
「私のスーツの中身も、私の考えも、読むことはできない。カッパースーツは一つの呪物だからね」
カッパーマンがこちらへと向き直る。
なんだこいつは、なんだこいつは、いったいなんなんだ!!
後ずさって、すぐに脱出経路をスペクテッドで探りながら剣を構えた。
こいつの噂の一つに・・・悪人を河童にするというものがある。もしもそれが本当ならば逃走に専念すべきだ。
もしも首を斬れなければ、怨嗟の声が永遠に聞こえる。
嫌だ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだ、いやだ!!!
「河童が不老不死な理由を知っているか?」
目の前の化け物が、そう聞いてきた。
俺が逃走経路を探っている間、剣を構えていた少年が代わりに返答した。
隙を見ようと動こうとすると、逃げようとした先に化け物が皿を手裏剣代わりにして飛ばす。
・・・全部、読まれてやがる
「え、あ・・・わかんない。悪人を懲らしめるため、とか?」
「それは違うんだ、タツミ君。・・・罪を洗い流すためだ」
「・・・洗い、流す・・・」
「武力も何もない小さな河童になることは苦難の道だ。死ぬことすらできずに永遠をさまようこともあるだろう。しかし誰かを愛し愛されれば、呪いはその時点で解ける・・・どんなに時間が掛かっても、罪と向き合い贖罪できるように・・・」
なんて、綺麗ごとをぬかしているんだろう
「ふざけんじゃねぇええええ!俺は首斬りザンク様だッ!首を斬るのが愉快でたまらねぇんだよ!そんな俺がそんなことできるわけねぇだろう!」
「・・・あぁ、そうだな。君がそういうならば、きっとそうなのだろう」
「大体なんだ贖罪だのなんだの、そんなのはただの自己満足だ!!ハハハハッ!!俺にはな、首を斬ってきた奴らの怨嗟の声が聞こえるんだよ、早くこっちにこいってな!許されるはずねぇだろ!?」
俺の叫びに少しばかり化け物野郎は沈黙している。あの少年もこの事態を見守っているようだ。
「君は、優しい人間のようだ」
思いがけない言葉に、言葉すら失った。
「殺した側の声が聞こえるほど自分を責めていたのか」
「ッ、な、に、言って」
「本当に殺すのが楽しい人間は、そんなものは聞こえない。殺すことに罪悪感が無い人間は、そんなことすら考えない」
「ッ、ハ・・・俺は、俺は首を斬るのが」
「殺すことが楽しい人間が、”許されるはずがない”という言葉は使わない。」
化け物が一歩ずつ近づく。逃げようとしても足がすくんで動けない。
あいつが頭の皿を一枚とった。
逃げなきゃいけない、逃げなければ。そう思うのに体が言うことを聞かない。
「私の力不足で殺す側になってしまった君を助けれなくて、すまない」
「や、めっ・・・」
「こんな助け方でしか救えない。許さなくてもいい、恨んでもいい。・・・私のことを憎んでもかまわないから、自分を責めないでくれ」
河童の皿を、頭にのせられた。
【タツミ視点】
カッパーマンさんの言葉に集中して、ザンクを殺すことを失敗してしまった。
いや、それはいい。
あの人はあの首切りザンクに対して・・・なんであんな言葉を掛けたんだろう。
「あ、あの・・・」
「すまないね。君も任務があったんだろう・・・代わりに帝具は渡そう。私には不要なものだ」
「ありがとうございます・・・じゃなくて!」
「なんだい?」
カッパーマンさんがちゃんと俺の視線に合わせて話を聞いてくれようとしている。
「・・・なんで、その、首斬りザンクにあんな言葉を・・・」
「あんな言葉、とは?」
「そのっ、優しいとかそういう・・・」
人を楽しんで殺す奴が、優しいはずないのに。なんであんなことを思ったんだろう。うまく言葉にできない。
俺は、俺ならあんな奴は許せない。
「相手が悪人ならば殺してもいいとは私は思えない。それはただの私刑であって正義の味方がすることではない」
「・・・で、でもっ、正義の味方だからって・・・いや、あの、すごいけど・・・」
「命を救うことも大事だ。しかし、相手の心を救うことももっと大事だと私は思う」
俺が黙っている間に、カッパーマンさんは言葉を続ける。
「私の救う方法は、とても残酷で醜悪だ。それでも私はこのやり方しかできない。命を救うことはできても・・・心を救えるのは、人間だけだ。」
「・・・」
「今まで河童にした悪人たちも、長い間生きて、いつかどこかの誰かと縁を結んで救われるならば・・・それに越したことはない。私だけでは、救えない。押し付けてしまっているのも分かっている」
「・・・」
「それじゃあ私はそろそろ行こう。君も君が思う正義が何か考えるといい。」
俺が何も返せないまま、彼はまた空を飛んでどこかに行ってしまった。
俺にとっての正義は、なんだろうか。
ロッドバルト「今回は長くなりましたね。次回はまた未定ですがよろしくお願いします。それでは」