________sideドロテア
訳が分からない、ドロテアは目の前の皇帝陛下へと視線を向けて沈黙することしかできなかった。
正義の味方を倒すほどの兵器を作れと言われたのだから当たり前だろう。
「カッパーマンが倒さねばならないほど、ですか・・・えぇ、その・・・それは何故です?」
「分からぬか?カッパーマンは正義の味方だろう?ならば正義の味方が倒さねばならない”悪”が必要ではないか」
当たり前のように、皇帝陛下はドロテアに優しく教えるように語り掛ける。
「だが、世の中はカッパーマンを称える声と、小さな悪だけだ。正義の味方が完成しないだろう。正義の味方というのは、絶対的な悪を倒して英雄にならねばならない。だってそれが、”正義”なんだから」
「・・・」
とても落ち着いた可愛らしい少年の声で語られている言葉に、うすら寒さをドロテアは感じた。
目の前にいる少年が、大臣に傀儡とされている存在には到底思えなかった。
「オネストがカッパーマンが倒すべき悪には足りぬ、エスデスも、あのオールベルグの暗殺者も、まったく足りない」
「!」
・・・オールベルグのことは、皇帝陛下には伝えてなかったはずだ。
だが、目の前の少年はそれすらも知っている。
「だから余が、正義の味方を完成させるために絶対悪になるべきだ。うむ、それしかないし、それができるのは余だけだ」
当たり前のように、皇帝はドロテアにそんな言葉を言い放った。
「ドロテアよ、余も色々草案を持ってきたのだ。だから・・・このシコウテイザーを、カッパーマンが倒すべき、殺すべき兵器にしてくれないか?」
______________sideカッパーマン
「お礼ぐらいさせろっての!」
「いやしかし・・・私の助けを求める人間が・・・」
「自分のために少しは労われって」
「私にはその必要性が・・・」
「いいから!」
レオーネに押し切られ、カッパーマンはナイトレイド本拠地の温泉に入ることになった。
・・・もちろん、スーツ姿のまま、頭の被り物もつけたままである。
「ふぅ・・・」
夜の闇に浮かぶ月を眺めて、カッパーマンは温泉に浸かっていた。
「(世界は移り変わるが、空はずっと変わらないな。昔は・・・家族と、観ていた気がする)」
千年も前、この世界に来る前のことはほとんど彼は覚えていない。いること自体は覚えているし、多少の記憶はあるが、顔も名前も、忘れてしまった。
まるであの時の火事で、大事なものが焼かれてしまったような気がするのだ。
「(・・・人は、長生きし過ぎるものでもないな。昔のことを擦り切れて忘れるほど、生き過ぎてしまった)」
人は人の枠を超えることはしてはならなかった。
悪魔と契約してしまった彼は、今更になってそれを痛感している。
「(・・・だが、正義の味方がそう簡単にやめていいはずもない)」
たとえ自分が何者かを忘れてしまうほど生きたとしても、それでも誰かを救うことができるなら・・・それで、もういいんじゃないか。
いつしか死ぬことが怖いことも、あの時の火事のことも、自分がなんで正義の味方に憧れたのかと、そんなことも全て記憶に埋もれて消えてしまっても、と。
そんなことを彼が思っていると、脱衣場の扉が開いて誰かが入ってきた。
「よっ!」
・・・レオーネである。
「レオーネ君、どうしたんだい?」
「もっと照れろよ!ほら!女が入ってきたんだぞ!裸で!」
主張するレオーネに対して、カッパーマンは首を傾げる。
「確かにそうだが、ここは温泉だ。何より裸を見るだけで照れていては仕事に支障が出る・・・君の裸は性的な魅力はあるだろうが、あまり異性にそういったものを見せないほうが」
「真面目かよ!!」
「それに救命活動をしていて、・・・・・・地獄のような光景を見てきたからね」
何かを説明しようとして、カッパーマンは言葉を濁した。
それはきっと、スラムで生まれ育ったレオーネも聞くに堪えないことなのだろう。彼はそう判断して濁して説明をしたのだ。
「・・・アンタ、ほんとに真面目だよなー」
レオーネは軽くため息を吐いて、カッパーマンの隣に座って温泉に浸かった。
「正義の味方をやめたいって思わないの?」
「・・・今のところは、ないね」
「じゃあさ、もしもアタシが死ぬときは正義の味方として助けようとするのはやめろよな」
「・・・・・・何故だい?君は国を変えるためにここにいるんだろう?」
カッパーマンの言葉にレオーネは「そりゃそうだけどさ」と返答し、更に続けた。
「アタシは別に上等な人間じゃないんだよ。ナイトレイドに入ったのだって、イケすかない奴等を殴れるからだし。だから、まともな死に方はしないだろうし、しちゃいけないんだ」
レオーネは沈黙を続けるカッパーマンに語り掛ける。
「みんなが幸せに暮らす、誰もが幸せになってほしい、随分と上等な理想論だ。・・・でも、世の中ってのはどっかでしわ寄せはあるんだよ。今は帝国の腐った奴等のせいで、弱い奴等にしわ寄せがきてるわけだし」
「だが、それでも君のような、誰かのために拳をあげる人間が、死んでいいはずないだろう」
「・・・人間はいつかは死ぬんだぜ、正義の味方さんよ」
カッパーマンの被り物の顔に、レオーネは人差し指をコツン、と当てる
「あぁでも、私を死なせたくないっていう理由ならいいぜ」
「・・・?それは、さっきのとはどう違うんだい?」
「・・・正義の味方じゃなくて、アンタ自身が助けたいと思うなら、だ」
「・・・え?」
「正義の味方カッパーマンとしてじゃなくて、アンタ自身が救いたいと思ったら、かな」