最初に行っておくと、アタシは殺し自体を好んでいるわけではない。
同僚の中には「殺すことが救い」とか「強敵との戦いに滾る」とか、「責められるのが好き」という奇人変人ばかりではあるが、アタシ自身の感性は一般人寄りなのだ。
・・・あくまでも、普通の一般人寄りっていうだけの話だけれども。
アタシが仕事先で知り合った人に自己申告すると、大概の人間は驚くか「そんなの嘘だろう」って笑ったりする。
本当に心外極まりない。少なくとも、自分の同僚である羅刹四鬼のメンバーに比べたら、アタシはものすごーく普通なんだ。
…ちょっと殺しができるだけって話
そりゃあ・・・殺しを楽しもうと思えば楽しめるけれど、殺しそのものに好き嫌いは無い。アタシの場合は、きっかけ・・・父親が皇拳寺の羅刹四鬼であったから、こういう職業に就いたわけだし。
殺しを楽しむっていうのも、あくまでも戦闘経験者同士との闘いの中でって話だ。つまりは武道を修めている身の上だからこその域であって、一般人を殺して楽しむような趣味は無い。
・・・だから、まぁ、偶に思うこともある。
例えばもしも、自分の父親がカッパーマンみたいな正義の味方だったら、アタシも正義の味方とやらを生業にしていたのだろうかって。
「あーあ、仕事とはいえ殺すのは面倒だよなぁ」
「面倒?この世に救いを与えているのだ。そういうものではないだろう」
「いや、シュテンはそうだろうけどさ。アタシは仕事だからやってるしさ。・・・っと、そろそろ見回りだな」
「そういえばスズカと見回りだったな。革命軍のスパイもいるかもしれん・・・イェーガーズとやらが来たのは助かっているが、キョロクはそこそこ広いからな。隠れている奴らもいるはずだ」
シュテンの言葉を聞きながら道着に着替えて、部屋から出た。
今日も今日とて晴天、まさに仕事日和だ。見回りついでに買い食いでもやろう、スズカ先輩ならそういうのはノリノリでやってくれる。
スズカ先輩と落ち合おうと通路を歩いていると、イェーガーズが軍議室にしている部屋から声が聞こえた。どうやら何か揉めているのか、真剣に何かを話している女性の声が聞こえてきた。
「(どうするかなー・・・いやでも、なーんか気になるから聞いちゃえ!)」
屋敷の天井に忍んで、こっそりと軍議室にしている部屋の天井へと移動した。
「(エスデス将軍にはバレてそうだけどなー。ま、あの人は盗み聞きぐらいどうってことないでしょ。味方と敵の気配ぐらい区別つくだろうし。そもそもアタシらがこうやってこっそりボリックを護衛してるのも知ってるからなー)」
部屋にはエスデス将軍にウェイブ、ボルス、クロメ、Dr.スタイリッシュ、そして帝具ヘカトンケイルを引き連れたセリューがいた。どうやらセリューが何かを訴えているらしい。
「エスデス隊長・・・っ、ボリックのことを調べました」
「・・・」
「信者に違法薬物を接種させていました・・・!隊長が護衛するのも汚らわしい俗物です!風俗的に淫らなのは、まだ、隊長に言われたので我慢できましたが、これは看過できません!」
あっちゃー・・・どうやらボリックがやっていることを知って正義感に駆られてしまったらしい。
エスデス将軍はオネスト大臣と手を組むぐらいには悪事に対しての寛容性はあるが、部下はそうでもないらしい。
さて、仲間たちもエスデス将軍もどういう対応するのかだけ、こっそり確認してから見回りに行こう。
「・・・そうか。それで?」
エスデス将軍が否定しなかった。
これは意外だったなぁ・・・適当に誤魔化すのかな、みたいには思ったんだけど。
「我々の仕事は、なんだ?」
「・・・・・・」
「どうして我々はキョロクにやってきた。奴の不正や悪事を暴けと言われたからか?」
「・・・違い、ます」
「大臣から直々に、ボリックを守れと言われている。大臣の命令に逆らうつもりか?」
「・・・」
・・・なるほどなぁ。自分たちの目的を思い出させるってところで攻めるわけか。
存外、正攻法で抑えていくものだ。オネスト大臣みたいにあの手この手を使って黙らせていくって感じをしないなんて。
これはこれで、アタシとしては好感が持てるやり方だ。
「・・・おかしい、です。だって、悪人を守るなんてそんな」
「セリュー・・・それは、俺もそう思うけど・・・」
「セリューちゃん、辛いのはわかるよ。憤るのもわかるけど、これは仕事で来ているんだ。私情を挟んじゃいけない」
元々軍属だという男達はセリューを宥めている。ただ、ウェイブのほうは表情的にセリュー寄りの考えっぽいけど。
青いなぁ、多少の悪事を見逃さないと帝国では長生きできないっていうのに。
「けれど!!じゃあ、見過ごせっていうんですか!!」
「セリュー、今は任務でここにいるんだよ。任務が終わってから、進言したらいい・・・逮捕ができるかはわかんないけど・・・政治とか、裁判とか、難しいことは偉い人のお仕事だから」
「・・・・・・クロメ」
「悪いことを許せないのは分かるよ。でも、今は護衛任務で来てる。しかもナイトレイドに狙われているんだよ?」
暗殺部隊出身のクロメはそう言ってセリューを説得している。が、セリューはまだまだ不服そうにしている。
「・・・悪人を助けるなんて、カッパーマンみたいなこと、私にはできません」
・・・アタシが次の展開はどうなるか聞き入っていると、誰かに服の袖を引っ張られた。
「ちょっとメズ、遅いじゃない」
「あ、先輩。どうしたんです?」
「遅いから探してたの。気配ですぐわかったけど」
「そっかー・・・そろそろ見回り行かなきゃ、ですね」
どうやらスズカがわざわざアタシを探しに来てくれたらしい。
うーん、まだまだ聞きたかったが仕方ない。仕事を優先しよう・・・
大人しくスズカ先輩について行って、キョロクの街へと繰り出すことになった。それからは怪しい人間がいないかを遠目で探す地道な作業となる。
その間にアタシはさきほどのイェーガーズでの会話をスズカ先輩に話してみた。
「カッパーマンが悪人を助けるっていう表現、間違いじゃないわよねぇ」
「あー、分かります分かります。まだアタシは実物を確認したことないですけど。噂とか実体験だけ聞いても、似たような感想を浮かべちゃってます」
正義の味方カッパーマン
アタシの父親が育てた暗殺部隊の子供たちを助けたり、アタシの父親も助けたことがあるっていう正義の味方である。
「・・・センパーイ」
「どうしたの?」
「アタシですね、自分の父親が皇拳寺いたからアタシも行ったんですけどね。もしもカッパーマンが父親だったら、たぶん正義の味方してたんだろうなーって思うんですよ」
「・・・ぷっ、あはははは!アンタがそれは似合わないわー」
スズカ先輩にそう言われてしまったが、そんなに似合わないだろうか?
「そうですかねー」
「そうそう。っていうよりも、カッパーマンは娘に同じ道を行かせないって」
「え?」
「・・・正義の味方なんて、人間の生き方じゃないもの」
そう答えるスズカ先輩の声は、なぜかいつもよりもすごく真面目で真剣そうに思えた。