されど転生者は自動人形と踊る   作:星野荒野

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第六話

僕は臆病者だ。

 

恐怖に足が竦み、悲しみに身を縛られる、そんな人間だ。

勇気という言葉は僕の辞書の中にはなく、蛮勇すら持ち合わせていない。

はっきり言って僕は戦う人間では無い。

怒りに身を宿すことでしか人を傷つけることができない。

それでも理性が囁き続ける、本当に怪我をさせていいのか、その拳を振り下ろしていいのかと。

常に理性が働き自重が加えられる。

自分が傷つくのが何より怖い。

殴った手の痛みに泣き、傷つけた相手の痛みを想像して悲しくなる。

修復不可能な人間関係に陥るのではないかと常に怯えている。

 

何が言いたいかと言えば・・・。

 

この世界は『されど罪人は竜と踊る』の世界は僕にとって相容れないのだ。

 

「怖い・・・」

 

頭を抱えた僕は呟く。

 

「怖いよ・・・」

 

頭を抱えた体が震え始める。

 

「三河さん・・・」

 

僕は囁くように彼女に声をかけた。

心配そうな彼女の瞳を見て僕はほんの少し安心する。

ああ、この世界にあってこの子達は大丈夫だと。

 

俺は震える手を差し出して彼女の手を取った。

柔らかく暖かな彼女の手を自分の額に、祈るように押し当てる。

 

「主様・・・?」

 

ピタリとくっついた三河さんが心配に疑問を宿しながら、優しく俺の頭を撫でてくれる。

さらりさらりと奇麗な髪が撫でられているのがわかった。

一撫でされるごとに恐怖に、見えない圧力のごとく押し寄せていた恐怖がほんのすこしづつ落ち着いていく。

 

「御加減が悪いのでしたらお話はここまでにしてお部屋で休まれますか?」

 

俺の様子がおかしいのがわかったのか机の反対側から鹿角さんの声が降ってくる。

俺は三河さんの手を離さないまま小さく首を振った。

 

「話さないといけないことは・・・嫌なことは今日中に終わらしたい。だから聞いてほしい、『されど罪人は竜と踊る』の話を僕の『世界』の話を」

 

僕は覚悟を決めて『され竜』の話を日本という国の話しを始めた。

馬鹿みたいに平和の国とそれで語られる暗黒ライトノベルの話を。

 

・・・。

 

・・・。

 

・・・。

 

時計が時間が進むのを教える。

語り終わった室内でそれだけが音を教える。

既に昼を周るほどの時間が過ぎた。

僕の体は冷え切るほどに震えていた。

しんと静まり返る室内。

 

その中で僕は結論を述べていく。

 

「僕は竜が怖い・・・禍つ式が怖い・・・古き巨人が怖い・・・亜人が怖い・・・使徒が怖い・・・それに・・・咒式士が怖い・・・そして何よりこの世界の人が怖い・・・理解できない」

 

「どうして、どうして簡単に人を殺せるのか、どうして簡単に人を傷つけれるのかどうして、簡単に刃を、咒式を放てるのか・・・僕には理解できない、そしてそれらを規制しようとする動きのないこの世界が怖い」

 

「怖い・・・怖い・・・怖い、この世界は怖すぎる」

「ユウ様」

 

鹿角が速足にこちらへ近づいてきたのがわかった。

そして、ふわりと僕を抱きしめる。

全身を使って椅子に座る僕を親鳥が卵を守るかのように抱きしめてくれた。

優しい匂いが全身を包み、温めてくれる。

強張っていた体から力が抜けていく。

 

「申し訳ありません。申し訳ありません。ユウ様」

「鹿角が謝ることじゃないよ・・・。」

「いえ、違うのです。違うのです。ユウ様。本当に申し訳ありません」

「・・・きっとこの世界は何かが間違っている。そんな気がするんだ」

 

当たり前のように咒式が飛びかい禍つ式が現れ人が死ぬ世界。

拳銃が当たり前のアメリカですらここまでの恐怖は・・・いや実際は怖い。

海外に仕事で一度行ったことがある。

でも俺は理解できない周りが怖くて結局仕事以外でほとんど外に出なかった。

観光地のすぐ近くであったのにかかわらず、周りが理解できないとホテルの部屋で引きこもっていた。

この世界はそれ以上に怖い。

もっとも怖いのはそれを許容しうるこの世界の一般人の精神だ。

理解できない、異質な存在。

姿形は一緒でも中身、精神が別物、そんな気がする。

さらに自分は・・・

 

「僕は臆病ものだ。ただの映画にすら、竜が飛び出す3D映画を見ただけで恐怖を覚えるようなそんな人間だ、だから・・・」

 

 

 

「お守りします」

 

 

 

僕の耳の傍、鹿角さんのその声はさっきまでの謝罪の言葉と何か違って聞こえた。

 

「我ら一同、侍女一同が主様をお守りします」

 

それは力強い言葉だった。

決意を意志を言葉に込めたそんな力が宿った声だった。

 

「でも、君たちは、先日だって」

 

弱いとはっきり言えなかった。

しかし俺は三河さんを見上げることで伝えた。

 

「いいえ、我らは侍女、汎用自動人形です。決して弱くはありません。そのことは今後の働きで証明して見せます。主様をお守りするためでしたら我ら一同わが身すら惜しみません」

 

全員が、侍女達全員がビシリと一個の軍隊かのように整列し一礼する。

その言葉の力強さに俺は僅かな不安はあれど高い安心感を覚えずにはいられなかった。

 

「守ってくれる?僕を?本当に」

『Judgement』

 

全員が声を揃えて判決を告げる。

まるで契約がなされたかのようだった。

 

「ありがとう・・・」

 

僕は涙で視界が濡れそうになりながら皆に礼を言った。

 

「礼は不要です。貴方様の侍女ですので」

 

視界が涙で歪んでいく。

そんな中鹿角さんが奇麗な微笑を浮かべながら告げたのが印象的だった。

 

 

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自動人形たちは歓喜していた。

これほどまでに幸福な時間は今までにあっただろうかと。

いや、なかった。

決して今までの時間は自動人形たちにとって幸福というには程遠かった。

汎用型自動人形として生まれて今まで、自動人形達はその役目を全うできなかった。

いや、ある意味役目を行使させられていた。

前主の時、それはただの破壊されるための的、主が放つ咒式の的となるため、破壊されるために生みだされていた。

主に破壊される・・・それはある意味幸せであったかもしれない、でも・・・それは自動人形たちが求めていた幸せではなかった。

百体を数えた姉妹たちがただの気まぐれ、無為に破壊される。

残ったのは鹿角を含めたった十二体。

侍女型、メイド型として作成されながらその能力を生かせないままに。

ゆえに、新たな主との契約。

そう契約は侍女達にとって喜び以外の何物でもなかったのだ。

主超最高。

主様かわいすぎる。

主様ぺロペだから言わせません。

主様を鹿角様だけ抱きしめてずるい!

そんな言葉が溢れるのに時間はかからなかった。

しかし、告げられた、主の苦しみ、苦しみが打ち明けてもらえたことは幸福であったが内容が問題であった。

ガユス・レヴィナ・ソレル

ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ

赤毛眼鏡と戦闘狂ドラッケン族の二人を主人公とした物語。

未だそれは発生していないことは確認できた。

アシュレイ・ブフ&ソレル事務所は稼働して間がない。

レメディウス博士も誘拐間もない。

使徒たちの殺人事件はいつものこと。

ニュースサイトから検索し拾い上げたそれらの事件と考え、すべてが主の妄想ではないことは確認がとれた。

主がそれらのことを知るよしがないことも。

故に、自動人形たちは奮起する。

それらの事件から、すべての事件から主様を守ると。

汎用侍女型自動人形としての本懐を今果たすと。

ああ、疑似保護欲回路が、疑似母性回路が、すべての回路がギュンギュンと唸り声を上げるのがわかる。

涙流す主の様子がかわいすぎ、鹿角様も自重すべき。

震えない様にするために、皆が幸福でいられるように。

自動人形たちは興奮を抑えていた。

 

自動人形は会話できなかった。




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