暖かかった。
ぼんやりと微睡むように浮かぶ意識はそれを感じた。
まるで体全体をぬるま湯に浮かべたかのように暖かく気持ちが良かった。
初めてのそれは無重力というものがあればまるでそれであるかのようにプクプクと浮かぶ。
不思議と不安は無かった、安心感が満たされていると言えばいいのか、例えるならこれは女性の腹の中、子宮の中というのであれば納得のいくようなものであった。
僕はその中を漂った。
うっすらと意識の中、鹿角さんを見たような気がした。
・・・
・・・
「おはようございます。主様。お目覚めはいかがでしょうか?」
「・・・おはよう、鹿角・・・」
ぼんやりとした意識が鹿角の声で覚醒していく。
ほとんど無意識だった目覚めの挨拶に脳みそが意識していく。
「なんだか今までで、とっても調子がいいよ・・・」
「Jud,それはようございました。御着替えを手伝います」
「うん・・・うん・・・鹿角?」
「Jud,」
「今更だけど言葉がわかるし・・・なにより体が・・・」
寝転がったままの自分の手足がいつも以上に軽いというより意識することがないほど自然だった。
手を伸ばして喉仏のない子供の喉に触れる。
「声も出せる・・・ってえ?」
俺は布団を蹴飛ばして!?跳ねるように起き上がる。
起き上がることが自然とできた。
「声も出せるし・・・、腕も重くない、むしろ体が軽い・・・」
自分の体をペタペタとあちこちを触る。
腕は軽く指も思った通りに動く、足もバタバタとバタ足が華麗に出来るほど動いた。
そのまま、ピョンと寝台から飛び降りると、軽く立って自分の体を支えることができた。
「鹿角さん!体が軽いよ!話せるよ!!」
ピョンピョンと跳ねながら俺は鹿角さんに質問した。
微笑を浮かべた彼女は一つ頷く。
「大変喜ばしいことと判断します」
彼女が見本の如き一礼する。
「すごい・・・言葉も意味もわかる!」
「Jud、私も判断できます」
俺が笑顔で跳ねまわると鹿角さんは俺に正面を向けるように動き回った。
なんだかおもしろくなって鹿角さんの手を取ってくるくると回りだす。
鹿角さんも微笑みながら、くるりと回る。
まるでダンスを踊っているかのような回転が俺の笑いと共に部屋をくるくると回るが・・・。
「って、なんで、というか・・・えっとそう、昨日のあれっていうか、ここはどこで
俺はだれでお父さんとお母さんは?というか三河さんは!?三河さんはどうなったの
!?」
そうだった楽しげに踊っている場合ではなかった。
聞かなければならないこと、知らなければならないこと、それがたくさんありすぎる。
特に三河さんだ。
あんな状態の三河さん、千切れた体の三河さんの様態を聞かなければ!
そんな混乱した様子の俺に対して、鹿角さんは無表情になって答えた。
一瞬で浮かれた気持ちが消え、雰囲気が固くなる。
「Jud,ご説明致します。ですがその前に朝食をお食べくださいその席でお話しします」
「いや、悠長に朝食なんて、三河さんはどうなったの!?」
「無事です。そのことと合わせてお話しします」
若干有無を言わせぬ物言いに僕は小さく頷くしかなかった。
しかし頭の中は色々と思考を紡いでいた。
何かある、そうだ、昨日の出来事、あれは・・・。
色々と考えながらいつもの通りに彼女に着替えさせてもらい、この一月と同じよう通り、手を伸ばして彼女に抱き上げてもらう。
当たり前のように御姫様抱っこされながら食堂に向った。
そして食堂の観音開きの扉を開くと、
「・・・三河さっ!?・・・んが多い!?」
食堂で待っていたのは三河さんだけではなかった。
何事もなかったかのように佇む三河さんに・・・三河さんがもう一人?さらに別のメイドが一人二人三人・・・双子の三河さんを含め新たに揃いのメイド服を着た九人のメイドさん達がズラリと整列していた。
俺は三河さんを見つけた時点で鹿角さんの腕から飛び出そうとしたが・・・。
どっちの三河さんが三河さんとわからずに戸惑ってしまった。
「えっと・・・どういうこと?三河さんは無事でよかったけど・・・」
俺の声が聞こえたのか、片方の三河さんが頭を下げた。
「Jud,ご心配をお掛けしました」
どうやら入口手前側の三河さんが三河さんであるらしい。
俺は飛びかかるように彼女に抱きついた。
「良かった無事で・・・本当に・・・」
声に湿り気が帯びて涙声になる。
ギュッと抱きしめると彼女も優しく抱きしめてくれた。
彼女の柔らかな暖かさが心地よい。
更にギュッと抱きしめる。
しばらく抱き合ったのに顔を見上げると、俺の頭を撫でながら微笑を浮かべた三河さんが居た。
周りを見回すと全てのメイドさんが微笑ましそうに眺めていた。
当然その中心の俺は恥ずかしくなってプイっと逃げてしまった。
「主様それほどで、まずは朝食と参りましょう」
「・・・うん」
顔が熱くなった俺は隠れるように顔を伏せて鹿角さんの声に従い椅子に座った。
そしていつものように、洋食のご飯が並べられ、いつものようにメイドさん達、今回はふわふわに前髪を梳かした黒髪のメイドさんと、若干薄い紫色の髪を結い上げてホ
ワイトプリムで止めたメイドさんに両側から食べさせてもらった。
食べ終わってから別に腕が動くのだから食べさえてもらう必要もそもそも最初から運んでもらう必要性もないことに気が付いたが黙っておくことにした。
その方が俺にとって都合がいいからだ。
ケポっと軽くげっぷをしてコーヒーを頂く。
今度は自分でカップを持って一服する。
その上でテーブルの先、横でコーヒーを入れてくれた三河さんを除いて並んだメイドさん達を眺めながら改めて話を聞くことにする。
「それで色々と聞きたいんだけど・・・」
並んだメイドさん達に若干声を厳しく・・・この幼い声だとあまりそうならないがそれでも顔を厳しくして話しかけた。
「色々教えてくれるかな、まずは・・・僕自身のこと」
「Jud、何をお知りになりたいのでしょうか?」
代表して答えたのは鹿角さんだった。実際鹿角さんだけメイド服ではなく、和装姿の侍女さんなので何かしら代表的立場なのは一目瞭然だったが。
「僕は誰?」
「Jud,お答えします。我らが創造主たる咒式学者ザードウィ様・・・であったはずですが違う方と判断しています」
ジュシキ学者・・・十式・・・呪式・・・咒式・・・学者。
予想はついていたが嫌な言葉が出てきた・・・。
しかし一先ずはおいておく、まずはザードウィ様ね。
「確かに僕は違う、僕の名前は星野夕(ホシノユウ)っていう人間で、ザードウィなんて人じゃない、原因・・・理由はわかる?」
「Jud,ザードウィ様は自身を殺害、転生することを望まれました。そしてその通り実行しましたが、咒式は失敗したものと判断されます。結果、別の魂、つまりユウ様がその肉体に入ったものと推測されます」
「なるほど・・・・・・色々突っ込みどころがあるけど今はわかったことにする・・・それにしても転生しようとして失敗って・・・」
僅かにクククと喉がなる、自殺して失敗って馬鹿者じゃないか。
「となると、この体に両親兄弟は?」
「ザードウィ様に親族はいらっしゃいませんでした、よってその体にもいらっしゃいません」
予想通りだったが、それはありがたいことかもしれない。
余計な横槍を入れる人物がいないということだから。
いたらいたで助かる場面もあるかもしれないが今はおいておこう。
「次に君たちは何?」
「メイドに御座います」
脳内で僅かにコケた。
そのままの返答すぎる。
「そうじゃなくて・・・。えーっとメイドさんなのはわかってるけど」
「Jud,ご主人様をお守りする存在。自動人形にございます」
「自動…人形?」
疑問が上がった、人形ってどういうことだ?
咒式関連の事を言ってくれると思ったのに、人形?
「Jud,見ていただいた方が早いと判断します。
武蔵」
「Jud,」
彼女は俺の疑問を理解したのか一つ頷くと呼び出した武蔵さんに向かい合った、すると。
「コード03規定事項補足四項作動」
「Jud,」
鹿角さんが武蔵さんの顔を両手で挟むと、軽く彼女の頭を捻って引っこ抜いた。
「え」
比喩用言でもなんでもなく武蔵さんの頭が持ち上がったのだ。
「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
引き抜かれた武蔵さんの首から色とりどりのコードや白い骨らしき物が覗き、その周りを筋肉であろう、赤黒い何かが見えた。
さらに血管に相当する赤黒いチューブが垂れ下がりドクリドクリと液体を送っている様子が見て取れた。
「コード03解除」
「Jud,」
すぐに、鹿角さんの手によって首が戻されたが衝撃的な光景だった。
「お目汚し失礼しました」
「い、言ってよ、びっくりしたじゃすまないよ・・・」
武蔵さんが一礼する。
俺はバクバクと鳴る心臓を押さえながら訴えた。
驚いた所じゃない、心臓が飛び出るかと思った。
しかし、彼女の首元を見ても取れたようにはとても見えず、とれるような構造も見えなかった、今の一瞬だけ夢のような光景だった。
もちろん悪い意味でだ。
「私たちは自動人形、ザードウィ様に作られた存在です」
メイド全員が一礼した。
何か圧倒されるものを感じた。
「そう・・・なんだ・・・えっとロボットって認識でいいのかな、それもみんな」
「Jud,そういう認識で構わないかと」
首を引き抜く光景を見てもとてもそうは見えなかった。
だが、美しいメイド達は、どこか、そう、それこそ全員が人形めいた美しさがあった。
比喩表現のそれが現実だとはとても思えなかったが、言われてみれば皆が整い過ぎているほどに美しかった。
「これもとりあえず納得したふりをするよ。えっと次は・・・名前、聞かないと。君たちの名前は」
僅かに鹿角さんの目が動く、何か間違ったことを聞いただろうか。
「Jud、三河、武蔵はよろしいですね、三河と同型が、多摩川、そして右から・・・」
順々に名前が呼ばれていく、武蔵野、多摩、奥多摩、村山、浅草、青梅、品川、高尾。
なぜか全員和名なうえ、どこかの地名めいた名前だった。
一人一人が名前を呼ばれるたびに一礼していく、その誰もが美人でメイド服であることを除いて個性ある姿だった。
「みんなよろしく」
こちらも頭をさげる。
「Jud、ですが主様、以前にも言いましたが軽々しくメイドに頭を下げる必要はございません」
なるほど前はそういっていたわけだ。
こちらも同じように返す。
「メイドでも人形でもこれが僕のやり方だから納得する様に」
そうやってももう一度頭を下げる。
顔を上げた俺の顔を皆が優しげに眺めていたのが印象深い。
「えっと、そう、今更だけど僕が主でいいの?」
「どういう意味でしょう?」
「ざってさっき言ってたザードウィ様じゃないんだよ」
「Jud,そういうことですか、問題ありません。我々にとって夕様が主であることには変わりありませんから」
「それは誰でもよかったということ?」
俺はすこし不満だった。
もし頷かれたら・・・この一ヶ月が無かったことのように思えたからだ。
しかし、鹿角は頭を振った。
「いいえ、そうではありません。この一ヶ月我らは主様の様子を拝見しました。その上で申し上げているのです」
「どういうこと?」
「ご存じなかったことではありますが、三河の為に涙を流してくださったこと、我等一同感謝しております」
「それは…当たり前というか・・・」
俺は恥ずかしくて頬をかく、しかし鹿角さん達の真摯な言葉は続いた。
「我等一同どれだけそのことに救われたかわかりません。また、他にも多くの中で主様は主様たるに値する行動をとってらっしゃったのです。そのすべてが新鮮で感動すらしたのです。どうかこの思いを受け取っていただけないでしょうか?そのうえで新たな主となっていただきたいのです」
メイド達全員が頭を下げる。
僕はそのことばにただただ圧倒された。
普通に、できる限り普通に、体がいうこと聞かないことを加味しても、迷惑かけっぱなしだったのに。
「こんな僕でいいの?」
『Judgement』
全員が声を揃えて判決を告げた。
僕は頷いて答えた。
「よろしくお願いします」
もう一度頭を下げてお願いをした。
メイドさん全員が再度頭を下げた。
まるでお見合いのようで笑ってしまうが・・・とても気分が良いものだった。
鹿角さん達は嘘をつきません。
質問には答えます。
次回も質問回
感想熱望してお待ちしています。