「Jud,*********、ユウ様」
翌日の朝。
鹿角さんの優しい声が鼓膜を震わす。
頭が覚醒して目が覚めた。
「・・・(おはよう)」
女性の声で目覚めるという慣れない出来事に戸惑ったがすぐに意識が覚醒、今の状況を思い出す。
この少年に憑依したんだった。
前日の出来事を振り返りながら鹿角さんに朝の準備をされていく。
「*********」
両手をバンザーイと子供か!と突っ込みたくなる動作をこなしたり、ベッドから足を出して靴下をはかされるなど、顔が赤くなって仕方がない。
二十歳を超えた精神年齢でこれらはかなりのダメージだ・・・しかし、この体のポンコツ具合は想像以上でボタン一つまともにつけることができなかったのだ。
しかし、どこかしらに愉悦感も感じてしまう、こんな美女にここまでやってもらえるのは。
本当に金持ちになった気分、いやこの部屋の様子から金持ちなのであろうが・・・。
病院服のような白い寝間着を着替え、どこの坊ちゃんだと言わんばかりの紺のブレザーに着替えが終わり鹿角さんが一礼して立つように促されるが、足に力が入ることは無かった。
「**********」
鹿角さんの戸惑った声が聞こえるが、腰がベッドから浮かないのだ。
プルプルと小鹿のごとく足が震えるだけでこの小さな体を支えることができなかった。
情けない。
涙目になる。
するとそんな様子を見ていた鹿角さんが一つ頷くと膝の裏に右手を背中に左手をまわした。
そして体がふわりと浮く。
「ひゃぁ!」
少女の悲鳴のような声が上がった。持ち上げられたのだ。しかもこれは。
「********、************」
御姫様抱っこ・・・。
もはや声もでず、ゆであがったタコのごとく顔が火照るのがわかった。
柔らかい鹿角さんの胸が体右半分に当たりそこに全身の感触が集中するとともに、シミ一つ見えない綺麗な鹿角さんの顔がアップで視界全体を埋めた。
あまりの美しさと肌のきめやかさ、軽々しく持ち上げられる二重の羞恥プレイに全身が火照る。
恥ずかしくて彼女の腕の中で、小さくなるしかなく、ほとんど周りを見る余裕は無かったが、運ばれるその様子から、それでもこの屋敷はあばら屋などでは当然のごとくありはせず。
かなりの豪邸とわかった。
磨き上げられた窓から差し込む朝日が美しいコントラストを作る廊下。
床には絨毯が敷かれ、おかげで足音を一つすることなく運ばる。
そんな長い廊下を運ばれてやってきたのは大きな木目の観音開きの扉だった。
どうやったのか自然と勝手に開いた扉の中は広い部屋だった。
そこには長大なテーブルに真っ白なクロス、古風な燭台が並んでいるのがぼんやりとした視界でもわかった。食堂だろうか。
さらに、初めて他のメイドさんを二人確認できた。
二人とも鹿角さんとは違い、洋風のロングスカートのメイド服を身にまとっている。
一人は肩にかかる程度の短い髪をしているのがわかり、もう一人はポニーテールだろうか、髪を結い上げていて垂れ下がった髪は長く腰まであるのがうっすらとした視界でも把握できた。
二人のメイドに僅かに観察されるのを感じながら、椅子に丁寧に降ろされる。
俺を運び終わった鹿角さんが二人を呼ぶ。
近づいてきた二人とも鹿角さんに負けず劣らずの美人だった。
この世界には美人しかいないのだろうか?
それはともかく、「ミカワ、ムサシ」と鹿角さんが二人を指さしながら紹介する。
短い髪のメイドさんが、ミカワ、おそらく三河さん。は、少し可愛らしいという雰囲気があり、もう一人のメイドさんが武蔵さん、女の人に付ける名前ではないと思うが、彼女はどことなく無表情が強く固い印象を受けるが、キリリとしたすこし畏まった印象は年長者という印象を受けた。
そして二人ともだが腰にどう考えてもメイドさんに必要のない得物が装備されていた。
それは剣だった。
二人とも帯刀しているのだ。
えっと、意外とこの屋敷って物騒なのか?
僅かに不安が頭をよぎる。が二人が頭を下げた。
所作はスカートを持ち上げた貴婦人のような礼の仕方で、物騒な雰囲気は微塵も感じなかった。
ただのアンティークかなにかだろう。
もしくはそういうのをつけておかないといけない風習があるとか・・・そう思い込むことにした。
ともかくこちらも頭を下げた。
ざわりと雰囲気が動くのが感じられた。
「ユウ様**************」
どうにも鹿角さんに窘められたようだ。
軽々しくメイドに頭を下げては駄目なようだ。
しかし、俺にとってやめられることではない。
ちょっと頬を丸く膨らませて、不服なのをアピールしてから頭を振り、もう一度頭を下げる。
「(よろしく)」
今度は「よろしく」と言葉も付け足す。
見上げることになった2人はわずかに目を見開いていたが、鹿角さんも含めて三人の表情は柔らかい。
「**************」
もう一度鹿角さんに窘められたようだが、雰囲気的に仕方ないなといった感じだった。
全員に悪い印象は持たれていないようで、穏やかな雰囲気の中での顔合わせとなった。
状況が分からない中でメイドさん達に嫌われたくない。
全力で愛想を振りまいていくつもりだった。
そんな顔合わせが終わった後、朝食となった。
フカフカな焼きたてのパンがメインの洋風の朝食がテーブルに並べられ、俺一人だけがぽつりとその前に座らされている。
今回は三河さんと武蔵さんに両側から代わる代わる料理を食べさせてもらうことになり、かなり恥ずかしかったが料理もおいしく、とっても幸せに満ち溢れていた。
メイドさんにここまでしてもらえるなんて男冥利につきすぎだろう。
しかし、気になったのはメイドさん達はともかく、他に誰かが座る様子も来る様子もなかったのだ、特に両親兄弟が現れることはなかったことだ。
ゴウンゴウンと鐘の音が鳴る古風で大きなノッポの時計を見ても大きく短い針は七時
付近をしめしていたことを見ても遅い朝食とはいえないと思う。
時間が前世と同じならばであるが・・・。
つまり予測するに親族は現在いないということになるのだろう。
結論を出すには早すぎるが・・・、しかし、静かすぎるこの屋敷の様子からあながち間違いに思えなかった。
朝食を食べている間ですら、時計の針の音と食器が奏でる音がやけに響いていたのだ。
外の音すら聞こえはしなかった。
それだけ防音設備にすぐれているのか本当に誰もいないのか・・・そんな疑問な中で朝食を終えていく。
満腹になった後は、屋敷の外へと案内された。
今度は三河さんに抱き上げられての移動だった。
この子も鹿角さんほどではないが豊かな双丘をお持ちで若干そちらに意識が向かってしまったのはご愛嬌だろう。
気づかれなければどうということは無い。
食堂を出た後は、映画のワンシーンでしか見たことのない、左右対称の湾曲した階段があり、壁面には彫刻や風景画が飾られていた。
どれもこれもが一等品であることは間違いないだろう。
ぼんやりとした視界ながら、何か感じさせるものがあったのだ。
そうやってゆっくりと眺めながら下りた玄関ホールは数十人がダンスでも踊れるような大きなホールの玄関であり天井には、シャンデリアだろう、キラキラと輝く巨大な宝石のような塊が浮かんでいた。
「ふぁ・・・」
三河さんに運ばれながらぼうっと口を開けてしまう。
一体どれほどの価値があるのか考えてしまうのは日本人だからだろうか。
芸術的にもすごいだろうそれに圧倒されてしまう。
そんな玄関というには広すぎるホールを抜けてとうとう初めて外に出た。
濃厚な装飾のほどこそされた扉が開かれた瞬間ブワリと自然の匂いが圧倒的に吹き付けてくる。
視界全体に広がってきたのは明るい日差しに色を煌めかせた花が咲き乱れる庭園だった。
「**************、*******、***」
「(すごい・・・)」
三河さんが何かを言ったが聞こえないくらいすごいとしか言いようのない美しい庭園が広がっていた。
視界がぼやけていようが混ざり合うことなく左右対称に切り開かれた花壇の列は彩に満ち溢れ、ところどころに建てられた白い円柱だろう柱は古代遺跡を思わせる趣をにおわせていた。
「(すごい!)」
三河さんの上ではしゃいでしまう。
そんな俺の様子に三河さんは嫌がるそぶりをまったくみせずむしろ嬉しそうだった。
後ろからついてきていた鹿角さんが三河さんを指さしてそれから手を広げる。
「*********、**************」
何を言ってるかわからないが、想像はついた。
「(三河さん?これやったの?)」
俺も三河さんを指さして手を前にそのうえでコテンと首を傾げる。
すると若干頬を朱に染めた三河さんが頷いた。
やっぱりこれは三河さんが世話したらしい。
「(すごい!すごおぉい!!)」
なんどもすごいとしか言えなかった。俺は三河さんに抱き付きすごいすごいと連呼してしまった。
暖かな三河さんの頬と俺の頬がくっつく。
ギュッと抱きしめることでしかこの喜びと凄さ、きっと三河さんがしたであろう苦労を労ってあげることができなかったからだ。
しかし一瞬嫌がられたらどうしようと疑問がよぎってしまう。
しかしすぐにそれは解消した。
なぜなら三河さんもギュッとお姫様抱っこしたままの俺を抱きしめてくれたからだ。
そんな返答に俺は嬉しくなってさらに力の入らない手で抱きしめて、すごいと言葉にする。
そんな様子をほほえましそうに眺めるメイド達を見ることなかったが・・・。
ともかく感動が治まってから俺はメイドさんを引き連れながら庭園を歩き始めた。
ぽかぽか陽気に暖かな光。
花々は元気よく咲き乱れている。
後方、三河さんの肩越しには巨大な屋敷。
さっきまでいたシンメトリーの三階建ての瀟洒な屋敷があった。
煉瓦と木材で建てられたであろう茶色い建物は濃厚な気配を漂わせていた。
その周り、花壇のある前庭は広く、学校の運動場ほどの広さがあった。
その先は、壁、こちらも茶色であることがわかることから、煉瓦で建てられたであろう外壁がぐるりと覆っていた。
そこから先は見ることができなかったが、壁より上に緑色がぼんやりと見えることから木が生い茂る森なのではないだろうかと推測がたった。
森の中にある古い洋館。そんな屋敷に住まうはメイドたちと少年一人。
自分はどういった由来の人物なのか気になるが・・・。
そんな庭園を進みながら外を指さしてみるがメイド達に首を振られてしまった。
外に連れて行ってはもらえないらしい。
なにかあるのか、いつかは連れて行ってもらえるのか疑問は尽きないがともかく庭園散策はゆったりとした幸福な時間を俺に提供してくれた。
途中にある円形のベンチ、噴水がある場所で一休みする。
といっても現在は水を流していないただの水溜りだがうっすらと咲く水草の花も雰囲気を醸し出していて美しい。
そんなベンチに下ろされ俺は風と森の音を聞く。
ザァー・・・ザァー・・・。
耳を澄ますまでもなく風が流れるたびに美しい音色が奏でられる。
いつ以来だろうこんな穏やかな時間は。
仕事に追われていた前世と違いなんと優雅なことか。
思わず歌が零れる。
「あぁーーーーー、あああぁぁーーーーー、あぁぁーーーーー、あああっぁぁあーー」
子供特有の済んだ歌声、前世では歌えなかった女性歌手の歌が音律だけの存在になって庭園を震わす。
風のざわめきが楽器のように、歌が乗っていく。
自分でも驚くほど音が響く。
あまりにも奇麗な声で自分でも驚いてしまう・・・ちょっとナルシスト的かと思ったが歌は止まらない、自分で止めたくなかった。
歌いたいときに歌うそれが歌だと思うから。
一曲歌い終わる。
三つの拍手が流れる。
鹿角さん達が微笑を浮かべながら拍手をくれた。
俺は苦労してなんとか立ち上がり一礼を行う。
穏やかな朝はこうして過ぎていった。