それは悲劇だよ。
危ういとさえ言っていい。
だからどうか因果律よ。
あの少年を守りたまえ。
その前途に、人の身に耐えられないほどの影を落としたもうな。
モルディーン枢機卿会議議長
唯人の祈りより
「でやぁぁぁあああああ!!!!」
気合を全身に込め、言葉を引き金とばかりに一閃。
俺は自分の両手にしっかりと握りしめた、自分より背の高いハルバートを横薙ぎにぶん回す。
自然と最適な形で動く体を常に意識下に置いて、寸止めなんて甘い考えを起こさない様に力が向くままに全力で振り抜いた。
しかし、ハルバート、お気に入りの魔杖槍斧<砕きしものベヒモス>は振り抜かれることなく獲物、森にあった大樹の皮二枚ほど抉った段階で力を失って止まってしまった。
「まだ、ダメか、鹿角、三河、今のはどう?」
顔だけ振り返った俺は、稽古の様子を見ていた鹿角と三河に尋ねた。
「初日とくらべずっと良くなりましたよ主様」
「予想筋力値から計算すると三十%は出ていると予測されます。もう一息です」
「Tes,それじゃあ、もう一度振るうね、これを切り倒し終えたらまた弓での練習をするよ」
「「Jud,」」
顔を戻した俺は力をかけてベヒモスを木から引き抜くと腰だめに構えて再度振り抜いた。
「おりゃーー!!!」
次の結果も似たようなものだった。
手が痛い。柔らかな赤子の様な手に豆が出来ては潰れた。
しかし、俺は振るうのを辞めなかった。
そんな時だ鹿角が近づいてきたのは…。
「お手に力が入りすぎています。それに…おや、手の様子が」
「うん、豆が潰れた見たい」
「それは…いけませんね…」
鹿角はそういって俺の手を取った。
ーーーーーーーー
多頭竜、ヒュドラの襲撃から一週間が過ぎようとしていた。
今は力を抜かないで斧を振るう訓練の真最中。
壁の外、屋敷のすぐそばの森で大樹を相手にハルバートを振り抜く練習をしている。
鹿角達曰く、俺の体の動きの鋭さと、今の筋力、ベヒモスの刃の摩擦係数から導き出される切れ味から予想するに、ちゃんと振り抜けば直径一メートルほどの木ならば一撃で切り倒せるそうなのだ。
それが出来ないということは、俺は何処かで力を抜いている証拠、それを何とか解消しようとするのが今の目標だった。
そして木の伐り倒しが失敗した場合、弓の魔杖剣、魔杖長弓での全力射撃と、型通りとはいえ動きながら咒式を紡ぐ練習を行っている。
一応言っておくと、無為に自然破壊をしているわけではない、切り倒した木は半壊した屋敷の修繕に使われている。
木を咒式で高速乾燥し建材として使用、トンテンカンテンとハンマーを打つ音が聞こえる。
残りの侍女達が特殊装備という名の安全第一と入った黄色いヘルメットと汗をかかないはずなのにタオルを首に巻いて建築作業中だ。
それは兎も角、今も数えるのが億劫になるほどの失敗を重ねてから樵の真似事を行い、魔杖長弓に持ち替えた。
この弓もまた武器庫から持ってきた品だ、名前を<奏でし聖(ひじり)>という。
和弓に似た魔杖長弓でピピンとくるものこそなかったが、名前は気に入っている品で、折り畳み式に改造後、これも数キログラムあるが槍斧と一緒に常に背中に背負っている。
ベヒモスと合わせてかなり重たいが、これも訓練と割り切って装備した。
将来身長がちゃんと伸びるか不安だが、色々と侍女たちと議論があってこの装備となっている。
ちなみにだが弓と咒式の訓練は順調だった。
静止目標に対して咒式の支援なしに五百メートル圏内ならば九割の命中率を誇る。
これが素での状態、この体の持つ基礎能力でこれである。
前世の俺では比べられない基礎能力の高さを伺える。
そして移動目標に対しても等速運動の物体に対してならば咒式の補助、重力力場系第二階位、重偏覚(グラミ)によって 僅かな重力偏差から質量の移動を感知し、さらに同第二階位、重偏硝(グラレ)の重力レンズの効果を用いた視覚補助効果によって目標を立体的に捕えたうえで目標機動に対する演算補助を魔杖長弓の宝珠が行えば、こちらも九割近い命中率を誇ってしまった。
さすがに目標が不規則機動する場合、俺が機動予測出来ないため唯の咒矢だと命中率はガクッと下がるが、この頭、基礎能力が高いので重偏覚(グラミ)と重偏硝(グラレ)を同時発動した上でさらに三つ目の咒式を発動させることが出来る。
その三つ目を重力力場系第五階位、轟重冥黒孔濤(ベヘ・モー)にした場合、効果範囲を数メートルの球型に出来るため目標を巻き込むことが出来るのだ。
その場合の命中率は七割を超える。
つまり何が言いたいかと言えば、近接の魔杖槍斧より魔杖弓の方がずっと適性が高く、後衛咒式士か狙撃士になれば一流を狙えるのだ。
……それがわかった時俺は膝をついた。
そしてかなり、それはもうかなり悩んだ。
鹿角達にも弓を勧められる始末だし……。
結局、俺のわがままで斧と弓両方の練習をするというどっちつかずな結論、器用貧乏になりそうな決定を下して今に至っている。
ま、どっちの練習も楽しいんだけどね。
そんなわけで今日も朝から夕方まで練習している。
それが肉体関係の出来事。
そして精神面の訓練と竜の咆哮、咒式対策、それについては一つ考えがあった。
夕方、日の光が黄色く差し込む黄昏時、夕食を食べ終えた俺は一週間前に侍女たちに頼んだ件を確認していた。
「主様、レメディウス博士は『曙光の戦線』に誘拐されてから三ヶ月が経過しているようです、しかし『曙光の戦線』の活動の活発化は確認できませんでした」
「そう、じゃあまだ時間はあるな。高尾、そのまま情報取集をお願い」
「Jud,」
「主様、レメディウス博士のことを調べてどうなさるのですか?」
武蔵が食後の珈琲を注ぎながら質問してきた。
俺は軽くそれに口をつけてから返答する。
「単純だよ、レメディウス博士を救出する。それで恩を売って、新しい魔杖剣を作って貰う、もしくは今持ってる槍斧を改造してもらう、彼が作る剣はすごいんだよ?竜並の…何とか結界というのが張れるんだ、それも常時。それがあれば多頭竜程度は怖くなくなる、少なくとも多頭竜程度の咆哮でもら……無様ことにはならない」
「反咒禍界絶陣(アーシ・モダイ)ですね、低位咒式に干渉し無効化する咒式。それは…理解しましたが、そう簡単に恩を売ることができるのでしょうか?」
その質問を待ってましたとばかりに俺はクツクツと喉を鳴らした
「そこは原作知識、今のままだと未来情報になるのかな?レメディウス博士自身が『曙光の戦線』に参加したことを知っているから簡単さ。ちょっと彼に会って商売というか取引して、武器作って貰って、あとは…少しこの地下の武器を提供してレメディウス博士の革命(笑)を手助けする!」
「革命、かっこわらいかっことじですか、わざわざ発言するほどのそれが上手くいくはずないと分かっていながら手助けをする。そちらは理解できません…それに主様は外界に恐怖を抱いていたとおもいますが?」
それは正しい指摘だった。俺はこの世界が怖い。だが…。
「気が付いちゃったんだ…というか、知ってしまったというべきか。この世界に安全なところなんてないって…この屋敷にも多頭竜、あんな化け物が襲撃してくるんだよ?君達がどれほどすごくてもああいった咆哮とか範囲攻撃は防げないって知っちゃったし、よくよく考えればその前だって違法咒式士の集団が襲ってきたんだよ?みんなが守ってくれるのはわかってるけど…最低限の備えはしないと、もしもの時のための自爆用とかね」
俺はポンポンとお腹を叩いた。
「Jud,主様をお守りできなくて申し訳ありません」
武蔵が器用にポッドを持ったまま深々と謝罪の礼をした。
それに俺は軽く手を振って答えた上で慰めた。
「程度としてあれくらいなら全然いいよ、俺がちょっと恥ずかしかっただけで…。だから気にしないで。それで、レメディウス博士の革命だけど、あれはまさしくとあるアニメ作品の言葉そのままだよ、笑っちゃうくらい。夢みたいな目標を掲げて革命なんか起こすから、過激なことしかやらない。さらに大衆心理と官僚主義に飲み込まれて身を引いて世捨て人になろうとする」
「レメディウス博士がそうだと」
「武力革命やってる時点でそうさ。じゃあまともな手段は?って聞かれたら答えられないけど、そこまで考えてないし」
「そうですか」
「さらに悪いのはレメディウス博士は民を救うばかりで導くことをしなかった。これも受け売りだね。本当にあの国を救うなら彼自身が王になる覚悟が必要だったんだ。それこそ今の独裁者ドーチェッタみたいに。彼は少なくともその覚悟があった。中世で停滞していたウルムンをそれなりな形にするためにね。うん、って、違うな、まだ発生してない出来事だから彼が、レメディウス博士が王になるべきだと断言すべきかな?」
武蔵はこくりと小さく頷いた。
喉が乾いたのでもう一口珈琲を流し込んで、珈琲カップに浮かんだ波紋を見つめながら続ける。
「悪戯に騒乱を起こして、頭を挿げ替えるだけ、それじゃダメなはずだ…そのことをレメディウス博士に教える。じゃないと第二第三の独裁者が生まれるだけ…それを知っているから…えーっと、つまりは、何が言いたいかというと。虐げられることしか知らない民を、彼が導くべきなのだ。そうすれば少なくとも、彼が生きている内は平和な国になるはず…たとえそれが十数年の時だとしても、ウルムンの人は幸せになれる」
「そううまくいくのでしょうか?」
「わからない、この世界の悪意は恐ろしいからね。でもレメディウス博士の頭の良さがあれば少しはまともな未来につながると思うんだ」
「そうですか…」
武蔵は何か考えるように顔を下げた。
「気になることでも?」
「いえ、はい、主様はどのようにウルムン人民共和国に入るつもりかと思いまして、お気づきでないかと思いますが、我ら一同を含めまして身分証明できるものは何一つありませんが」
「本気と書いてマジで?最悪偽造パスとか…」
俺はすがるように武蔵を見た。
若干うろたえたような武蔵は頷いて答えた。
「……なんとか致します」
「一瞬の間が気になるけど…しまらないなぁ」
ちょっと笑いながら俺は息を吐いた。
そして気持ちを切り替えて南の空を、遠いウルムンを想いながら言葉を呟く。
「レメディウス博士、勝手ながら君には幸せになって貰うよ。俺は第二巻は結構好きだけど…ナリシアの悲劇だけは許せないから、少なくとも人食い竜になんかさせるものか…」
これは小さな決意かもしれないが…初めて原作介入を誓った言葉になるのかもしれない。
「そのためにも、少しは咒式とか使えるようにならないと、明日もよろしくね武蔵」
「Jud、それではお風呂にどうぞ。主様」
「Tes,武蔵。…そういえば鹿角は?」
「廊下に立っております」
「なにしたの!?」
「約束は守られなければなりません」
「なんのこと!?」
武蔵は笑ったまま答えなかった。
お風呂でも問いただしたし、他の侍女にも聞いたが結局全員が笑顔のまま答えることは無かった。
鹿角は一体何したんだか…。
自動人形たちは疑似激怒回路を使用した。
なぜか?それは至極簡単だった。
両手にバケツを持った一人廊下に立たされた鹿角は呟いた。
「ちょっと、主様のお手の怪我を舐めて治療しただけではありませんか…個人フォルダにその時のデータを完全隔離していますが」
「ギルティ」
「私は見ました、ギルティ」
「鹿角さま、皆で決めた主様ペロペロ条約に違反しておりますよってギルティ」
「映像Up希望」
「遺伝子情報提供希望」
「それを断固拒否します」
「相談の結果有罪、廊下に一晩立つの刑です。以上」
「ああ、主様の寝顔フォルダに穴が…」
自動人形たちも疑似激怒する。
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