頭はいっぱいだった。
常に式を導き続け紡ぎ続けなければいけなかった。
しかし心は平穏のまま。
身体は覚えたままに動き始めた。
すり足。
すり足で前へと進む。
背中にかかる重量は無視する。むしろ程よい程度。浮つく体を抑える重石の様。
意識して感じるのは右手と左手の重みだけ。
すり足で進んだ先、自身で決めた目標で停止、足先を開いて踵を揃える。
目標を軽くぼんやりと見据える。
そして体勢を整える。
左足を開き、右足を扇のような軌道をとり大きく開く。
次、両脚の上に上体を安静に置き構える。
左手を上げていく、手に持ったそれを静かに上げて腰辺りで止める。
右手を上げていく、手に持ったそれを静かに上げて腰前辺りで併せる。
右手をいったん腰へと戻す。
もう一度前へ、目標一点を見据える。それ以外は視野の外へ。
再度の確認は終了。
右手を腰前へ、手を構え指を番える。
もう一度目標へ、もうそこから眼を逸らすことはない。
視野を狭める。一点を見続ける。
両手を上げていく、ゆっくりゆっくりと。
構えたそれを落とさない様に構えた指が外れないように。
持ち上げた左手を前に開く。
そのまま肩を挙げない様に胸を開くように、背中で引いていく。
会(かい)
ピタリと止まる。しかし弦を引く力はそのまま。
無限に引き続ける心持。
心を静めて。一点集中。
離れ…。
手より弦が離され矢が放たれる。
一瞬の風切音。
矢が放たれる前より目標に命中した想像が頭を駆け、その通りに矢が駆ける。
残心。
心が落ち着くまま、紡がれた咒式が反応する。
多頭竜の胴体に着弾した矢から咒力が放出。咒式が発生する。
重力力場系第五階位<轟重冥黒孔濤(ベヘ・モー)>が着弾地点より発動。
中性子星なみの高重力が発生、巨大な体を包み込み圧縮。
とてつもない巨大だったそれが地面を巻き込みながら一瞬で巨人の手に握りつぶされたかのように潰れていく。
後に残ったのは、赤黒い小さな塊と半球形に刈り取られた地面だけだった。
残身を解く。
足を戻し体を正体。
一礼する。
正座で待機していた鹿角が一礼
背後で整列していた武蔵をはじめとした侍女一同も同時に礼をする。
俺はふぅと息を吐き体の緊張を、止まっていた息を吐きす。
「矢は放てる。ただの獲物となれば殺れるんだ。体だって動くんだ。だからさ、鹿角、みんな」
「Jud,主様」
「俺を鍛えて。みんなもどうかお願い。俺は何もしないなんて、皆に任せたままなんて許せないから、あんな無様ままなんて許せないから」
『Judgement!』
それが、多頭竜襲撃から二日目の朝。まる一日考え抜いてだした答えの一つだった。
「もう、無様に泣いたりなんてしない…子供じゃないんだから」
そうやって皆にきこえないように小さく呟いた。