されど転生者は自動人形と踊る   作:星野荒野

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第十話後編

抱きしめられて、涙で三河のエプロンを濡らしていたその時、地面から振動が襲った。

すぐに抱きしめられていた三河から離れては、しかし不安になり彼女のエプロンの裾を掴み、涙で赤くなった目をこする。

そして眼鏡を治そうとして自分がすでに眼鏡が不要になったこと思いだしながら周囲に視線を彷徨わせた。

 

「地震?」

「いえ、これは…違います」

「確かに違うね…」

 

三河が否定する。

俺もそれにすぐに同意する。

確かに地震とは違うものを感じた。

そうこれは、工事現場で大型車が近づいてくるそんな振動。

つまり、巨大な何がが接近してきているのだ。

 

「…何かくる?」

「主様お下がり下さい」

 

三河の言葉に従い、地面に置きっぱなしの<ベヒモス>を拾い上げて両手で握り締めながら屋敷の方に一歩さがる。

それに合わせて三河が俺を守るように前に出た。

何かが近づく振動は徐々に大きくなりそして、森の奥側、レンガ壁の辺りでピタリと止まった。

 

「……来ない?」

「いえ、……来ます!」

 

三河の声と共に爆砕音が響き渡る、ドガンと巨大な音とレンガを吹き飛ばしながらレンガ壁が爆散した。

場所は森の方角、ボロボロになった屋敷側、二メートルはあるレンガの壁が茶色と白の煙と共に弾けとんだ。

屋敷近くの荒地で練習していたが、ここまで粉塵とレンガ片が飛んでくるほどの巨大な爆発。

 

「うわ!」

「主様!」

 

三河が俺にかぶさってレンガ片から体を守ってくれる。

おかげで僕は煙たいだけで、怪我はなかった。

僕は斧を抱きしめながら三河に丸め込まれ、爆破の時の対応を思い出そうとする。

たしかこういう時は口を半開きにしてそして耳を塞いであとなんだけっけ!?

急な出来事に頭が動かない。

が結果的に良かった。

 

『GYAAAAAAAAAA』『GyYyYAAAaaaaaa』

『GYOAAAAAAAAA』『GYUUUUUUUUUU』

『DYUUUUUUUUUU』『JYAJAYAYAYYYA』

『GYAAAAAAAAAA』

 

咆哮!

轟々と七重層の咆哮が手のひら越しに鼓膜を打撃する。

もし耳を塞いでいなければあまりの音量に鼓膜が破れていたかもしれない。

 

「なんだよこれ!!!」

 

何かの巨大な叫びの中を俺は怒鳴り返して答える。

瞬間、体が浮く。

地面から足が離れる。

何事!?っと思った瞬間には地面に再度着地する。

三河が俺を抱きすくめたまま飛んだようだ。

胃が巻き上がるような一瞬の浮遊感に体と頭がくらくらする。

 

「申し訳ありません、主様、緊急事態です」

「説明!?」

 

なぜか片言に大きな声で答えてしまう。

 

「多頭竜の襲撃です」

 

冷静な三河の声。

それが頭には聞こえるが、理解ができない。

 

「た…と…なに!?」

「ヒュドラが襲ってきたのです」

「ヒュ、ヒュドラぁぁあ!?」

 

予想外の言葉に頭が真っ白になった。

 

ヒュドラ、脳内検索を開始。

巨大な蛇のような胴体をもつギリシャ神話の怪物。

頭は幾つもあり、一つを切り落とせばそこから二つの首が生えてくる強大な化け物。

英雄ヘラクレスに討伐された。

それが検索結果であるのだが…。

 

三河から少し体を離して、でも決して手をスカートから無意識にでも離すことなくそれを見る。

まるで怪獣映画の登場シーンだった。

粉塵吹き上がる壁からずるずると大きな振動をさせて現れたのは、幾重の赤い鱗に守られた蛇のように長い首、氷点下の鋭い眼光、尖り上がった角、鋭い幾重も連なった牙、その姿はまさに

 

「ドラゴン!?」

 

そのものだった。

 

「違います…分類的には近いですが、多頭竜科は害獣扱いの野生動物であり、本当の竜、又は長命竜はこのようなものではなく…」

 

三河が淡々と説明してくれるが…耳にすら入らない。

 

『『『『『『『GYAAAAAAAAAA』』』』』』』

 

そんなとき七重の咆哮が再度襲う。

ビリビリと体全体が震える。

俺はそんなヒュドラに。

僅かに離れたとはいえその音破と言うべき凶器に。

こちらを指向するヒュドラの七対の凍てつく凍土のような金色の眼光に。

ヒュドラの三階建ての建物はあるかというほどのあまりの巨大さに。

その堂々たる異様というべき威容に。

あまりにも非現実的な姿であれど圧倒的な現実味を持って現れたそれに…

僕は全く耐えきることができずに…

 

「はッぁ……」

 

股間を濡らしてしまった。

 

濡れていくのがわかった。

 

僕は今、子供のように失禁している。

だけどどうしようもなかった、足は震え、股間がぬれて、腹は竦み、心臓は激しく、手はガチガチで、顔は青ざめていることだろう。

本能的な恐怖で体が縛られていくのがわかった。

 

でも…俺は…悪くない…下着を汚しちゃったけど…俺は悪くない。

あんな化け物がいきなり出るのが悪い。

そうだ、俺は悪くない…むしろ最悪の事態、脱糞は避けている。

まだ、最悪ではない…。

 

「三河、多摩川、主様の守護を、武蔵達は半円形陣。殲滅しなさい」

「「「「「「「「Jud,!」」」」」」」」

 

皆の、侍女一同のそろった声で現実逃避を辞める。

いつの間にか俺を守る壁のようにメイド達が勢揃いし魔杖剣を抜刀し戦闘態勢を取っていた。

そして僕の傍にはその中でも一際美しく存在感を放つ鹿角が凛とした姿を晒して立っていた。

 

「か、鹿角ぉ…」

「主様、お怪我はございませんね?」

 

鹿角の姿を見て安心した僕は三河のスカートを握り締めたままその場にへたり込んだ。

地面が自分の汚物で汚れているのも気が付かないほどに恐怖が全身を襲っていたのだ。

 

「主様はその場でご覧ください。我等侍女一同の活躍を」

 

俺は情けなくもコクコクと首振り人形のように頷くしかなかった。

 

「多摩川、三河、頼みましたよ。では参ります」

 

俺の情けない様子を特に気にするそぶりもなく、鹿角や武蔵を筆頭に侍女一同が突撃していく。

あの巨大な威容に向って。

 

それを見送る俺達三人。

三河が俺を抱き起こしながら発言をする。

 

「主様、御気になさらず竜属の咆哮には咒力が込められております。初遭遇で気絶しなかっただけでも上等です」

 

俺の粗相の事を言っているのだろう、しかしこれなら気絶した方がずっとましだった。

 

「鹿角様達にかかればヒュドラ程度すぐに殲滅できます、主様は皆の活躍をその目に焼き付けてくださればよいのです」

 

三河に次いで多摩川が言葉を引き継ぐ。

 

「Jud,その通りです。それこそ私達一同の喜びなのですから。」

 

心が恐怖に震えるまま、ぼんやりと彼女たちの言葉が耳を通過する。

侍女達の戦う姿を見る。

見届ける。

それが彼女たちの喜び。

それならそれでいいのか…怖いから…あんな化け物に立ち向かう勇気なんて無いから…見届けるだけでいいなら…。

僕は情けなくも頷くことしかできなかった。

しかし、本当にそれでいいのか?

俺は僕に問いかけた。

答えは返ってこなかった。

 

―――――――――

 

「--剣を視運に!」

 

鹿角達はただの人の身ではありえない跳躍を行いながら前進、ヒュドラを半包囲する陣形をとった。

そして鹿角は己が両手を突出し呪力を喚起させ咒式を紡ぐ。

重力力場系第四階位<重圧連魔刀(プレデビード)>により地面が隆起し重力力場による高圧力によって地面の土が機械以上の力で圧縮、巨大な二本の黒い双剣となって現れる。

その密度は如何なるものか、ヒュドラが鹿角に向かい一本の首を伸ばし嚙み付こうと咢を開くが。

 

「遅いです」

 

斬!

 

超圧縮された巨大な刃、斬馬刀を超え、巨人が持つと言われる大剣すら凌駕するその剣が振り下ろされ、一刀でヒュドラの頭部を左右に切断する。

竜属の鱗は生半可な合金の強度を凌ぐほどであるが、鹿角の<重圧連魔刀(プレデビード)>はあっさりとその強度を超えて頑丈な頭部を等分した。

しかし、ヒュドラはただ一つの頭を失った程度では止まらない。

むしろその割れた二つの頭部が蠢動、咒力を放出し竜が持つ恒常再生咒式によって再生される。

そのまま割れた頭部の肉が盛り上がり新たな二つの頭部となって修復された。

 

「面倒ですね」

 

鹿角はヒュドラがそういうものだとは知識として知っていた。

知っていながらの試し切りだったが実際に見ると手間がかかる存在であり鹿角は愚痴を呟いた。

自動人形達も会話する。

同様に考えているようだ。

しかし、主様にカッコいい所を見せたい彼女達にとって手間取っているという認識を、たかが多頭竜ごときに思われるのは癪だった。

それ故に鹿角は全てを予測し戦術を立てる。

 

「……三手で決めます」

 

鹿角は自身の能力と全員の戦闘能力を計算して告げた。

一人一人が到達者、または高位咒式士であり、鹿角に至っては無理やり階梯に直せば一五階梯の超越者級、負ける要素はどこにもなかった。実際。

 

「ッ。総員防御態勢、--盾を視線に!……追加発注!!」

 

轟!!!!!!!!

ヒュドラが首を持ち上げ口の中に青白い咒式組成式の光が漏れる。

そして振り下ろされた首から八条もの化学錬成系第三階位に相当する緋竜七咆(ハボリユム)のナパーム炎が吐き出される……が。

しかし、鹿角が予想して発動していた、重力力場系第三階位<畳替重盾(タタ・プレビュ)>によって捲り上がって圧縮強化された地面の黒い壁によってあっさり防がれる。

それもただ一人の咒力で作り出された壁で全員を守る壁を連続生成。

十重二十重にに捲り上がった地面により熱すら通さない。

この圧倒的状態をもってしてもこの時点で勝敗は見えすぎていたのかもしれない。

ヒュドラの大きさからいってその体に見合う膨大な咒力のナパーム炎だったがそれでも限界が来る。

その瞬間を狙って鹿角の号令がかかった。

 

「化学練成系第三階位<爆炸吼(アイニ)>発動、併せて封咒榴弾投てき、煙幕を張りなさい」

「Jud,」

 

主にお魅せするためだけに音声命令と派手な咒式を使う。

化学練成系の<爆炸吼(アイニ)>が使える自動人形はわざわざ二重または三重に、さらにおまけとばかりに無駄な高速発動で咒式を紡ぐ。

使えないメイドはスカート裏にぶら下げていた封咒榴弾を引き抜き、それを指に持てるだけ持って放り投げる。

そして、主たる夕がまったく気が付かない無駄な侍女達の妙技が発動する!

 

バゴン!

 

幾重にも発動されたはずの爆発音はただの一つとなって聞こえる。

自動人形達の話、共通記憶領域内で調整されたそれによって、コンマ数秒単位で調整された爆発時間は封咒榴弾と合わさりただの爆炸吼(アイニ)では無しえない巨大な爆発と閃光伴って発動させる。

しかも頭部、特に竜属にとって弱点となりうる眼球に精密爆撃、さらに一発以上づつ、さらにさらに胴体の付け根、蛇の胴体部には残りの数十発が着弾。

巨大なはずのヒュドラは全身にTNT(トリニトロトルエン)爆薬の洗礼を浴びる。

それは竜属がもつ咒式干渉結界を容易く粉砕、打ち抜き、痛打を与える。

爆煙が晴れることのない今だが、鹿角達の各種咒式観測測定装置が内臓された眼球からならば綺麗だった赤鱗は見る影もなく焼けただれ、砕かれ、抉れ、中の筋肉組織を破壊していたのが観測できた。

 

「最後は頂きます」

 

そんな爆煙の中を鹿角が舞う。

美しいほどに着物の袖を、エプロンのリボンをひらめかせながら、地面を駆け抜ける。

そしてクルリと前転跳躍。

息も絶え絶えで、僅かにうごめきながら、恒常咒式を発動して回復をはかるヒュドラの上に、重力質量系第五階位<剛重質力膂場(クレイオ・ス)>の咒式を全身に発動して己が質量を百倍にまで高めて飛び乗る。

そして僅か一点、下駄先のそれに集中した(乙女の秘密体重×百)=数トーン近い重量が直撃したヒュドラが苦痛の絶叫を上げる。

そして。最後の一手。

<重圧連魔刀(プレデビード)>の咒式剣が鹿角の手と視線ごと回転。

八つあったヒュドラの首を一振り、二枚の刃が半回転で切断していく。

結果一気に八つの首を跳ね飛ばした。

跳ね飛んだそれが八方向に、そのうちの一つが轟音を挙げて主の前に落下した。

 

呆然と夕がそれを見つめつづけそして、鹿角を見上げる。

それがわかった鹿角は、ヒュドラの死体の上で優雅で瀟洒に一礼をして見せた。

頭部を失ったヒュドラは鹿角の一礼と共に力を失って倒れ伏した。

 

――――――――――

 

その日の夜。

体を綺麗に清められた俺は寝台に潜り込んでいた。

…寝台にこもった俺は言葉を吐く、吐きだす。

 

「情けない…俺は…もっとカッコいいと思ってた。武器を持てば、ドラゴンだって退治できる英雄になれるんだって…でも実際は…。なさけないよ…」

 

小さな嗚咽と共に僕の体を涙が伝う。

その涙は如何なる意味の涙か…。

僕にはわからなかった。




何かを成したい。そのためにも、鹿角…俺を鍛えて。
そのうえで何かを成したいんだ。
何かを成したと思いたいんだ。
その方法はある。
誰かに覚えて貰う。
無関心ほどつらいことはないから。
だから。
次回、第二章 ナリシア(仮)


プロット:第一章ボス、多頭竜に決定。主人公覚醒、最強咒式で倒す。
現実:主人公失禁、キャー鹿角さーん。

どうしてこうなった?
A:書ける作品を書いたらこうなった。

活動報告にて。
感想は常に熱望しています。

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