されど転生者は自動人形と踊る   作:星野荒野

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その者は、怒りと苛立ちに全身を支配されていた。

本来であれば普段通り、食料を求め徘徊するか、惰眠を貪るためにその体を池に沈めるか、これが発情期であれば相方を求めて彷徨っていたことだろう。
しかし、今は事情が異なった。
きっかけはその者からしたらほんの少し前、膨大な咒力波動を感じたことだ。
めったに起こらないそれ、しかし、感じることもたびたびあるそれだったが、普段とは別方向からそれを感じた。
ほんの一瞬だから勘違い、その可能性もその者はありえるかと普段動かさない頭で考えた、肌がささくれ立つほどのそれを勘違いですますのはどうかと思うが、それにとっ
てその程度の問題であり、すくなくとも異常とは思わなかった。
しかし、二度目のそれは違った。
前回よりは遥かに長い間、しかしそのものにとってほんの短い間であったが確かに感じたそれによって、緊張した体は、せっかく手に入れた得物を逃してしまう結果になった。
さらにである、そんな苛立ちの時に、自身の上位者からそれの調査を命令されれば否とは言えない。
結局その者は従うしかない。
だが、空腹と餌を逃した苛立ちは消せない…。
結果はただその発生方向に向って突撃する馬鹿が、言葉通りのそれが出来上がっただけであった。
だが上位者にとってはそれでよかった。
所詮調査が目的、結果はなんであれ、ほとんど予想がついており、結果も、別の意味で結果もわかっていながらそのものがどうなろうとさして興味がなかった。
判別さえつけば、どうでもよかったのである。
すべては些事、微睡の中の退屈しのぎ程度であった。



第十話前編

走る、

走る、

走る。

 

俺は全力で走っていた。

 

汗が額から霧雨に当たったように流れても、体が熱で火照ろうとも気にしなかった。

していられなかった。

走らなければ、それに追いつかれてしまう。

その恐怖だけが体を前に進めていた。

ここはどこだかわからない。知っている街の風景のようでも、本で見た風景でも、映像でみた風景でもあるようでない。

しかし、体は走り、体は粘ついたかのように動かない。

動いているのだがカタツムリの方が早いのではないかと思うほどに遅い、遅く感じてしまう。

追いかけてくる者が速いから、ずっとずっと速いからそう感じてしまう。

早く逃げないと、追いつかれてしまう。

嫌だ、怖い。

嫌だ。死にたくない。

僕はそう思っているのに。

なぜか私の体は動こうとしない。

それは背後まで、相手から見えない距離であるはずなのに迫ってきているのを圧力で感じる。

しかし、僕の体力は限界に近づいていた。

あんなに走ったのに距離は稼げていないのに息は、食道にゴミでも詰まったかのように、息苦しくて仕方ない。僕は仕方なく隙間に、なぜかあった体一つがぎりぎり入る隙

 

間に身を隠した。

しかし、私は両手を大きく開けて体をさらけ出してそれをまった。

やり過ごすために、そのものが通り過ぎてくれることを願いながら。

そのものがここに来るのを楽しみに待ちわびながら。

心臓の音が打楽器の演奏のようにうるさい。

自分の呼吸が激しくなる。

それがせまってくる、さっきまであんなに足音をさせていたのが嘘のように慎重に、こちらの位置を探るように、知っているかのようにやってくる。

そしてそれの足音がヒタリ、ヒタリと接近し、自分が身を隠した隙間の前でピタリと止まる。

 

瞬間。

 

光が差し込み化け物が姿を現す。

それは鹿角であった。

それは三河であった。

それは武蔵であった。

それは、それは僕が大好きなはずのメイド達であった。

それは、僕の知らない醜く壊れ果てた人形達であった。

それは、刃を持って襲い掛かってきた。

 

大きな刃を、剣を、斧を、槍を、魔杖剣を、人を殺すには十分な刃物を一斉に振り上げて自分に向って振り降ろされようとしている。

 

「主様お許しください、主様が悪いのですから」

 

全員が一斉に声を上げる。

矛盾した言葉が精神を揺さぶる。

そして彼女達が何本もの刃を心臓に向って振り下ろす…。

 

「どうして…!?」

 

僕は、

私は、

口を歪めるしかなかった。

苦痛に醜く。

 

……

 

「どうして…」

 

自身の呟きが耳を打つ。

そして、

 

「大丈夫ですか主様」

 

彼女の声が届いた。

そんな今日の目覚めは最悪だった。

 

自分の悪夢からのうめき声で目を覚まし、その悪夢の相手の顔を、それが普段どんなに好きであっても真正面から見て目覚めるなんて、心臓に悪いことこの上ない。

例えるなら、バンジージャンプの下でワニが待ち受けていた。だ。

やったことないけど。

 

「大変うなされていたように判断します。悪い夢でも見ましたか?」

「…鹿角に…」

「私に?」

 

彼女は首をかしげたまま俺の言葉を待っている。

そのまま話の話題に言ってしまおうかとも思ったが…なぜか口が動かなかった。

なんでもない、悪い夢、時々見る何かに追いかけられる夢。

そのあとなぜか隠れてやり過ごそうと思っていたら化け物に見つかり目を覚ます。

だけどなぜだろう…あれは…

 

「いや、鹿角が夢に出てきたんだ。まーるくぷっくりした鹿角風船が追いかけてくる夢」

 

俺が冗談めかして手で風船を表現すると、彼女は眼をそれこそ丸くさせてから、袖で口を隠しつぼみのように小さく笑って答えた。

 

「主様の夢に出てこれたのは幸福ですが、驚かしてしまいましたのは申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ。でもちょっとこっち来て」

 

寝台に寝たままだった僕は体を起こして鹿角を呼ぶ。

鹿角は浅く寝台に腰かけて僕のそばに来た。

そんな鹿角に僕は飛びつくように抱きついてその顔を彼女の胸に沈めた。

僅かに鹿角が驚いたのか、体を少し揺らしたが、そのまま何事もなく抱きしめ返してくれた。

 

「今日は朝から甘えん坊ですね」

「ごめん、鹿角があんまり丸かったから」

怖かったから…。

「抱きしめて確かめたくなった」

抱きしめて安心したくなった。

 

あの時、夢の中の鹿角は…見たことのない表情だった。

それは、Jud,の意味を聞いたときですらみたことのない表情だった。

それに、初めて俺は悪魔を、夢魔を待ちうけていた。

逃げるだけの自分が待ち受ける?ありえない!手を広げて待ち受けるなんてあれではまるで殺されるのをまっているようなものじゃないか。

俺はそこまで死にたがりじゃない。

そんなことを考えている僕を鹿角はしょうがないと言わんばかりに頭を撫で始める。

僕の鼻孔は優しい花の匂い。たぶん梅の花の匂い。

自動人形の鹿角が香水でもつけているのかそんな甘いにおいに包まれていた。

そんな苦くも優しい目覚めの朝だった。

 

―――――――――――――――

 

「今日は私が練習相手となります」

「よろしくね三河」

 

咒式練習の日から一週間がすぎ、今日は三河が槍斧術訓練をしてくれる日となった。

空は薄曇り、俺の気分を表すかのようなそんな空の下、以前と同じ場所で三河と向かい合う。

あれから時間がかかってしまったが、やっぱりそのままでは重たく持つこともままならない<ベヒモス>を改造していたためこの日となったのだ。

俺が背負って持ち運びできるように分割折り畳み式に改造され、さらに強度を落とさないままに一部空洞化と肉抜きを施されたそれは僅かな軽さと数段の扱いやすさを獲得した。

 

「それじゃまずは展開!」

 

背中に両手を伸ばし魔杖槍斧を展開させる。

三連結式の軸部分が伸びていき、さらに蝶の羽が開くように斧部が展開して合体していく。

が、しかし。

 

「おっとっと!?」

 

背中から両手で掴んで前をぐるりと回すように連結展開してくそれの自重に振り回され自分の体も流されていく。

何とか片足で踏ん張って耐えたうえで体を垂直に戻すが…、若干かっこ悪い。

最後に自然とポーズらしきものまでとってしまうから余計に恥ずかしい。

 

「見た?」

 

三河に尋ねる。

 

「視ました。保存完了。プロテクトを三重にかけて深層領域第七層に保存させていただきます」

「っちょ!保存って!?しかもなんでそこまで厳重?」

「主様の始めては大事にすべきかと」

「そんなのいらない!すぐに消去して、あとみんなに見せたら怒るからね!」

「もうしわけありません、録画時点より全員が共通記憶領域内で閲覧中です」

「なにそれ怖い!」

「主様、命令は素早くです。それが上に立つもののの役割です」

「なに都合のいいこと言って終わらせようとしてるのかな?」

「ああ、主様、そのように斧を振り回しては危のう御座います」

 

そんな馬鹿なやりとりをして僅かに時間を無駄にしつつ練習に入る。

といっても。

 

「せい!でや!おうりゃ!!」

 

振り回す分には体が知っているのか自然と動く。

空中を斧が縦横無尽に駆け抜け地面に火花を散らしながら乱舞というに相応しい動きを体現する。

それは初めて槍斧を使った人間とは思えないほど綺麗で洗練された動きだった。

しかし。

 

「それでは素振りをして見せて下さい」

「うん、せい…!?ふぬぬ!せい…!」

 

しかし、なんというか、基礎動作を繰り返そうとすると駄目のようだ。

連続の動き、重量移動を主にした連続攻撃は可能なようだが、振り下ろして振り上げる、振り下ろして振り上げる。

この連続はできないらしい。

純粋に力が必要な場面はどうもダメなようだ。

 

「素振り練習は今の主様ですと、体を痛めるだけの結果になりますね…。致し方ありません。模擬戦闘訓練を行いましょう」

「はぁはぁ…その方がいい」

 

そんなわけで向かい合って戦闘の準備をする。

三河も自身の魔杖剣を引き抜き構える。

 

「どうぞ、打ち込んできてください」

「うん、いくよ!せい!」

 

体全身を使い、遠心力を付けて、『剣』に向って横なぎの一撃を放つ。

それを三河は大きくバックステップで回避、そこに追撃で全身で回転して振り回してきた斧の斜め振り下しを放つが三河は軽く横に半身をさらし回避される。

俺は体が知っているままに、遠心力を加えた、連続攻撃を放ち続けるが、三河の『剣』に当たるどころか、軽い足さばきだけでそのすべてを回避されてしまう。

 

「この!」

 

僅かに苛立ちを込めて責め立てる。

でや!っとばかりにつま先を踏ん張り両手での槍突きを放つが、これはもう半歩下がるだけで回避されてしまった。

こなくそ。

腹が立った俺はさらに横なぎの一撃を放つが、見切られたかのように剣を下げるだけで避けられてしまった。

 

「はぁはぁはぁ…くそ…」

 

僅かの時間で俺の体力が切れた。

全身を使って振り回すので体力が持たないようなのだ。

しかし、三河はすごい。

 

「三河、強い…一発も当たらないなんて」

 

俺は息を上げながら賞賛の言葉を送る。

自分では怒涛という言葉を付けれるくらいの連続攻撃だったのだ。

しかし、当の相手、三河は困惑した表情だった。

 

「どうしたの?」

 

三河は小首をかしげたまま答えた。

 

「主様…?どうして攻撃を当てようと為さらないのです?」

「どういうこと?」

 

三河はさらに首をかしげたままだった。

 

「なぜ、剣を狙って攻撃なさるのです?」

 

意味が分からなかった。

 

「え、だって…あれ、俺、三河に攻撃してたよね?」

「いいえ、最初は勘違いかと思われたのですが…判断するにすべて私の『剣』に向けて行われていました、体を狙ったものがないのです」

「そんなこと…ないはずだけど」

 

自分の動きを思い出してもなかなか鋭い攻撃だったと思う。

 

「では、すべてもう一歩踏み込んだ攻撃をお願いします」

「うん、いや、Tes,」

 

頷いてから、上がった息を整え、一歩踏み出し、今度は『三河』に向けて斧をぶん回して遠心力を貯めて回転しながら向う。

今度は彼女の魔杖剣に当たったのだがカキンと軽い金属音と一緒に軽くはじかれてしまった。

その勢いを利用して体を全力で回転し反対側から斧を振るうが。

今度は手で軽く掴まれてしまった。

 

「ええぇ!?」

 

俺は驚きの声を上げる。

全力の遠心力を込めたはずの攻撃を防がれる。

この小さな体から放ったとはいえそれも素手で掴まれるというのはかなりショックだった。

 

「主様?遊んでいるわけではないのですよね」

「さらに侮辱!?ちょっと怒るよ」

 

実は結構、頭に来ていた。

しかし三河の言葉はさらにその上を行く力をこもっていた。

 

「もしかしてですが主様…刃物をいえ、攻撃を振りぬくことができないのではありませんか?」

 

…どういうことだろう。

 

「そんなことないよ。今だってた、斧を三河さんに当てたじゃないか」

「お当てになっただけです、『振りぬいて』ください」

「えっと…」

「では私を切り飛ばして下さい、問題ありません体が切られたところで問題ありませんので」

 

彼女はそういうと手を広げて僕に迫ってきた。

 

「そんなことできないよ、危ない」

「ですが、練習になりません、どうぞ」

 

もう一歩、三河さんが前にくる。

僕は下がってしまう。

いや怯えていた。

人を切る、そんなこと『できるわけなかった』

 

「わかりました。斧できるのはやめましょう」

 

彼女の反意の言葉に俺はほっとする。

しかし、彼女の次の言葉に驚く。

 

「私を殴り飛ばしてください」

「はぁ!?」

「顔は殴りづらいでしょうからお腹で構いません、殴って下さい。」

「な、何をいってるの三河さん」

「名前がもどっております、三河です」

「…いや、わかってるけど…」

 

無意識だったが、俺はそういっておく。

 

「私達は痛みは感じません。また、主様に殴られた程度では何も問題ありません。どうぞ」

 

三河さんにじっと見られる。本気だ。

嘘などを言わない彼女達。

冗談ではないのだろう。

かなり長い時間僕と三河は見つめ続けた。

彼女が言葉を翻す様子が無いとわかると僕は仕方なく、覚悟を決めて、<ベヒモス>を手放し三河さんの前に立った。

そして。

 

「えい!」

 

殴った。

しかし。

その手は確かに三河さんのお腹、エプロンに当たっていただが。

 

「駄目です。主様から予想される力の三パーセントも感じられません。もっと強く、振りぬいてください」

「でも…」

「練習です!おやり下さい!」

 

珍しく三河の鋭い声に僕はビクリと震える。

しかし、三河さんの練習の言葉に何とか気持ちを振るわせて、握り拳を作り再度手を振り上げそして…。

 

「でぇい!」

 

今度こそ全力で腰を回し肩を突出し、肘を伸ばして腕を振るうが。

ポスリと彼女のお腹に当たる瞬間引き戻された。

 

「!?」

「主様…」

「…ごめん。できないみたい」

「主様…」

「ごめん…本当にごめん」

 

涙が頬を伝った。

そしてあふれ出してくる。

こんな泣く様なそれではないのに止まらない。

分かっている。

多分僕は三河さんを殴るなんてできない。

人を殴るなんて出来ない。

生き物を殴るなんてできない…。

 

それは自分が弱いから、そしてこんなにも自分は弱かったなんて…。

 

「主様…申し訳ありません…ですが…主様はお優しすぎます」

 

三河さんが抱きしめてくれる。

俺は彼女にすがって涙を流すしかなかった。

 

 




自動人形は会話する。
しかし、その会話は弾まない。
そのすべての言葉が言葉にならなかったからだ。
そう、全員が知った、主の弱さ、優しさを知ったがために。
全員で観察していた初めての戦闘訓練。
主様のかっこいい所を見てみたいと思った全員で観測していたそれは予想外の結果に終わった。
それは自動人形達にとって本来良いことであるはずなのに…。
望んでいたことのはずなのに…。
もう、自分たちの姉妹が壊されることが無いとはっきりしているというのに…。
それ故に、自動人形達は覚悟した。
主をお守りする。
全身全霊でお守りする。
それは心を、優しい心を。
傷つけられない主を傷つけないために。
自動人形達が全ての外敵を排除する。
自動人形達は会話する。
そして。
自動人形達は覚悟する。

ーーーーーーーーーーーーー
あまりにも主人公が優しすぎるという人、壁に向ってで構いません殴りぬいてみて下さい。
無意識に力のセーブがかかります。
実際作者も空手を齧った兄に言われてサンドバックを殴らせてもらいましたが、最初は殴り抜くことができませんでした。
無意識にセーブしたその拳はポスリと当たる程度です。
何度か言われてやっとサンドバックを揺する程度にドズっと音がする程度になりましたが、手の痛さに負けてすぐに戻ってしまいました。
これが追い詰められた先に、怒った先であるならば刃物も振り下ろせるのでしょうが…(実際はわかりませんよ)。
作者はメイドさんを殴ることは難しいですし、ましてや斧をぶん回して当てようなどとは…無理だと思います。
言い訳臭いですが、主人公はそれに輪をかけた臆病者…もしくは優しい人とさせてください。
主人公の欠点…美徳。ですね。
ただし拳銃なら撃てます。引き金引くだけですから。
もしくは弓、人を傷つける恐怖はあっても放てます。
後でやってしまった後悔で泣くんですがね。
作者も主人公も…。
欄外で語るのはすきではありませんが作者の力量不足のため補足説明させてください。
すいません。不評なら活動報告に移します。


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