されど転生者は自動人形と踊る   作:星野荒野

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第九話

魔杖剣選びに思いのほか時間がかかったのでまずは昼食を頂くことになった。

 

雲一つない晴天の日だったので折角だからと外でランチと洒落込む。

サンドイッチをランチバスケットに詰めてもらっての昼食。

白い椅子と丸い此方も白いテーブル、日除けのパラソルが拡げられて僕は座る。

まるでどこかの貴族のように優雅な昼食。

後はランチを持ってきてくれた村山と多摩からサンドイッチを差し出されてはアーンと口を開いてモグモグと動かすだけ。

時折珈琲、砂糖とミルク二杯入りの甘めな奴を同じく準備にやってきた青梅さんに注いでもらい、喉を潤す。

視界に映るのが破壊されたまま斑に残った残念状態の花壇の花々というのが少し寂しいが、緩やかに流れる風を聞きながら、メイドさん手製のランチを頂けるというのは、主冥利に尽きると思う。

ホントに幸せだ。

 

「本日のランチは如何でしたでしょうか?」

 

村山さ…の質問にニコリと笑って答える。

 

「とってもおいしかったよ。味も抜群!本当にありがとう」

「Jud,こちらもお作りした甲斐があるというものです」

「今日は村山が作ったの?」

「Jud,私と多摩が作成致しましたお気に召していただけましたか?」

「うん、さらに食べさして貰っておいしさ倍増!お腹も胸もいっぱいだね」

「それはようございました、これからも私達におまかせいただけたら幸いだと判断できます」

「えっと…そうだ…」

「お待ち下さい」

 

俺が答えようとした瞬間に割り込んだのは背後で待機していた鹿角だった。

 

「主様少々お待ちください…村山こちらに」

「ああ、主様…」

 

なぜか襟首を掴まれ花壇の影に連れていかれた村山。

そこで二人はわずかな間見つめあう、たぶん自動人形である彼女たちなりのやり取りが視線で行われていると思うのだが、どうみても、上司たる鹿角が村山を叱っている図にしか見えなかった。

 

「……(昼食を毎日作らさせていただく主様の言質はとれませんでしたか…しかし村山ナイスファイトです)」

 

青梅が何か呟いていたが、……ここは主らしく聞こえないフリをしておこう。

しかし、言質をとられるか……ちょっと注意が必要だな…。

それにしてもみんな仲良くやってほしいものだ。

ある意味こういうじゃれあいが出来るほど仲がいいともいえるけど。

そんなことを考えつつ珈琲を一口飲んだ。

 

ともかく、そんなやり取りのあった昼食を終えたのち予定通り咒式を学ぶこととなった。

 

場所は一番破壊がひどい花壇跡地、そこにシートを敷いて鹿角が座りその前、鹿角の胸の中に包まれるように僕が座り、後ろから抱きしめられるような形になった。

そのうえで長大な槍斧を多摩川から受け取り柄を握り締め正眼に構える。

 

「それにしてもどうしてこの体勢?」

「此方の方が説明もしやすく、さらに互いの咒力が感じやすく集中できるのです……お嫌ですか」

「……いや、これがいい」

 

俺はすまし顔で答えるが、若干、背中に当たる鹿角の大きな胸の感触に集中力が持っていかれている…若さゆえしかたないのだ。

しかし、鹿角さんの温かみを僕が感じられて落ち着くのも事実なのだ。

複雑な感情を少し持て余したまま、勉強を始めることとなる。

 

「それでは、始めます」

 

そう言って僕のお腹に回されていた彼女の両手が俺の柄を握り締めた両手にそっと添えられる。

彼女の暖かな熱が自分へと伝わってくる。

 

「まずは簡単な座学です、世界を、自然界を構成する四つの力とは、重力、電磁気力、弱い力、強い力です。重力は私たちにとって最もなじみの深い力であり、すべての素粒子に…」

「電磁気力とは、次に馴染み深い力であり、電気力と磁気力の二つの力として私たちの身近にあり、一見違った二つの力は…」

「弱い力とはとても短距離のみで働く力であ全てのクォーク、レプトンに働き…」

「最期の強い力は全てのカラー荷を持つ素粒子に働き…また」

 

彼女の素敵な声が僕の耳の傍で発せられてゾクリと快感が体を駆けまわる。

しかし…ぶっちゃけ言ってることはなんじゃそりゃ?と思ってしまった俺は悪くないと思う。

昔読んだ本にそんな言葉が、なんだったか神様の力?そんな本だろうかそんなのに乗っていたこともあるような何ような気がしなくもないが…正直意味不明だった。

 

「四つの力と種類と大きさは、宇宙誕生初期に確立的に決定されました……自然は、それがいかに複雑に見えたところで結局のところそれらの力によって……」

 

あいにく高校時代の成績で科学も化学も物理学も赤点すれすれ、よく卒業できたなと思う程度でしかない俺にとって彼女の説明は丁寧だが難しい内容であった……だけど……なんだろうか、これは…これもだ。

 

「これらの力は全て力の粒子を交換することによって働くこと……」

 

当然のように…耳に入り鼓膜が聞き届け、脳神経へと伝達するたびに……理解する。

理解していく…のか…違うこれは…。

 

「結局のところ咒式とは、世界の法則に従いつつ、こっそりと改変を行うことでしかなく…」

 

知っている…。

わかっている…。

当然の事…。

これらはとてもとても簡単なこと…。

 

「主様、ここまではよろしいですね?それでは次は咒力を練っていきましょう、組成式は私が組みますので…主様?」

「いや、いいよ、たぶん必要がない」

 

目を瞑る。

意識が研ぎ澄まされる。

意識の底、広大な意識の海、その深海へと意識が沈んでいく。

そこにあるのだ、知っているから。

咒力は、確かにそこに…。

 

瞬間二人の周りに嵐が巻き起こる。

 

「!?!?」

 

強力な咒力が吹き荒れる。

それは嵐の如く、台風の様に吹き荒れる風の如く舞い上がる。

 

「主様!!」

 

鹿角が何か叫ぶが聞こえない。

聞く必要がない。

答える余裕がない。

 

「こなくそ!?」

 

これは自分の力なのに。

知っている力なのに。

これは制御できるはずなのに!

 

「落ち着いて下さい!作用量子定数hを感じ下さい!」

 

なんのことだ!?

そうそれを思い出せば…。

方向性の無い力の流れが二方向に収束、暴走を続ける。

 

「畜生!?いける!?」

 

荒れ狂う咒力。

それが竜巻のように流れ始める。

それは二重螺旋。

伸び上がるそれは、秩序と混沌の相克のように吹き上がる。

そこに鹿角がさらに声をかけてくる。

 

「万有引力定数と、作用量子定数、さらに基本単位の……」

 

鹿角さんの声が呪文のようにもしくは当然のことを話すかのように聞こえる。

それは精神を落ち着かせるような。

今更の言葉を聞かされて苛立たされるような。

でも!

 

「全ての咒式の根本原理…超空間を、世界を改変する限定空間を!捻じ曲げる、作り出す。もう少し!」

 

俺はそれに従って咒式を理解していく。

結果力の法則が収束していく、鋭く、鈍く。

一方方向に超圧縮されていく。

それは全ての力の根本と根源!

 

「主様、魔杖剣を信じ下さい、ご自身が選んだ『物』の力を」

 

そうだ。こいつは俺が選んだ。だから!

 

「宝珠、量子演算機、頑張ってよ!そんでもって最後は咒式組成式を使って、波動関数の崩壊を制御する!!」

「そうです。それでいいのです」

 

制御された咒力という力が膨大に溢れだしていた力が収束固定されていく。

もうこれは、僕の力だ。

世界よ変われ!

 

蒼い組成式が爆発的に広がる。

それは空を覆い尽くすように、庭園を屋敷を壁を飲み込んで広がっては急激に収束する。

刀身が反応し、力が膨れ上がり収束する。

固まった力が暴走していた力が一点に収束する。

組成式が収束する。

そして、その力を開放する。

後は引き金を引くだけ!

咒弾が弾ける!

巨大な力が一点で結実!

 

「これでどうだ!」

 

叫びと共に、眼の前に魔法の力が!

初めての咒式が!

その結果として六角環が形成されていく。

それは空中に浮かんで青い光を放つ。

不思議な幻影。

俺は呆然と見るしかなかった。

 

「…出来た」

「はい、できましたよ主様」

 

意味不明の力だったものが、僕の力によって完成した。

 

「これが咒式。魔法の力」

「Jud,主様が成した魔法です」

 

その光はキラキラと青空の下で光り続けた。

そして、淡く幻のように消えていく。

世界が騙されなくなったのだ。

 

「ふぅ…焦ったでも出来た」

「Jud、お見事でした主様。私の力は必要なかったですね」

「いや、鹿角の声が無かったら本当に暴走するだけだったと思う、ありがとう」

「お助けできたのでしたら幸いです」

「それにしても不思議、もう次は失敗…というか暴走させないで出来そう」

「もう一度試してみますか?」

「うん」

 

俺は今度も己が意識の海に沈んでいく。

今度はほんの少しだけ、最低限の咒力を引き出す。

そして僕が知っている組成式を紡いでいき、魔杖槍斧の引き金を引き、咒弾内部の重元素粒子が覚醒し咒式が発動する。

 

「重力力場系第一階位重爪(フイツグ)」

 

発動されたそれは魔杖槍斧の刃に収束し纏う。

そのまま正眼に構えていた斧を振り下ろと瞬間、斧の大きさではありえない巨大な裂傷が地面に数メートルほど刻まれた。

 

「わーお」

「Jud,主様わーおでございます」

 

自分でやっておきながらビックリ。

軽く振り下ろしただけでこれである。

 

「怖…あっさりとこれだけの力が使えるなんて…」

 

僅かに体が震える。

それを鹿角さんが予想していたように抱きしめてくれた。

 

「主様が力を使うことはありません。我らにすべてお任せ下さい」

「……」

 

それには素直にうなずけなかった。怖い力であるが…任せてしまうのはどうなのだろうか?

 

「主様?」

「うん?いや、もう少し考えさせて……ともかく俺の得意な系統は判明したかな」

「Jud,主様は収束と放出が得意と判断。我々と同じ重力系咒式士ですね」

「鹿角達もそうなんだ」

「Jud,我ら自動人形全員が重力系咒式士です、また全員が別系統を使えますが」

「二重系統ってすごいんじゃなかったっけ?」

 

俺は原作の知識を思い出しながら答えた。

 

「いいえ、それほどでもありません。他の系統を使わなければ使用できない咒式も多数ございます。確かに完全に他の系統を使うのは難しくはありますが、必要なことです」

「そっか、僕は他に何系統が使えるのか楽しみだな」

「まだまだ学ぶ必要があることはたくさんございます、さぁ続きを致しましょう」

「うん、そうだ、俺もJud,って言った方がいいのかな?」

 

その時鹿角さんの顔が凍り付いた。

それは普段から微笑を浮かべる程度の彼女からしたら驚くほどの変化だった。

体も、さっきまで熱を持っていたのが、自動人形らしからぬほどに冷たくなっていくのがわかるほどだった。

 

「鹿角?」

「あるじさまそれはいけません、ぜったいにいってはならないのです」

 

声もおかしい。

本当に淡々としたロボットのような声だった。

 

「鹿角!?大丈夫!?御免、なんか駄目だったら言わないから」

 

とりあえず、謝ることしかできなかった。

それを聞いた鹿角は目を、顔を伏せて俺に顔を見えなくして答えた。

 

「主様、主様がどうしてもとおっしゃるならば…致し方ありませんが…」

「いや、いいよ。なんか駄目なんだよね、君たちにとって悪いことなんだよね、無理はしないから」

「そうですか…主様でしたらTes.またはTestamentとお答えください」

 

鹿角は顔を上げることなく答えた。

 

「無理してない?」

「いいえ、Tes,ならば問題ありません。ですが、Jud,だけは」

「うん、わかった、これからはTes,っていうよ、まぁなれないから普段はうん、って答えそうだけど」

「なにも問題ないのです。我らはいつも通りですので」

「それにしてもTes、ってどういう意味?」

「大事な契約を意味します」

「フーン。カッコいいね。Tes,!ってね」

 

俺がそう言ったところで鹿角さんは顔を上げてくれた。

そこにはいつもの顔が浮かんでいた。

 

「はい、良くお似合いです」

 

ほっとした俺は練習再開を告げる。

 

「そっか、それじゃあ続きをお願い、いろいろ咒式の練習しないと」

「Jud、主様」

「Tes、鹿角よろしくね」

 

そうやって復帰した僕たちは夕方、浅草が呼びに来るまで、楽しく咒式の練習を続けた。

 

でも、最後まで聞けなかった。聞いちゃいけないと察した。

Jud、の意味。

そのままならば判決を意味する言葉。

彼女は、彼女達はなんの判決を待っているのか…とうとう僕はその時聞くことは出来なかった。

 

 




あるじさまはわたしたちとちがいつみぶかいそんざいであってはならないのです

自動人形たちは恐怖した。
もしもあの時、これからもその質問が来たとき、誤魔化せない自動人形たちにとってそれは…。
恐怖、感情をあまり有さない自動人形たちにとってそれは明確な恐怖だった。

自動人形は凍りつく

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