されど転生者は自動人形と踊る   作:星野荒野

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サービス回?


第七話

「この体になってからすっかり涙もろくなっちゃった……」

 

俺は、顔をグシグシと袖で拭いながら涙顔を見られた恥ずかしさに、頬を赤くしながら呟いた。

 

「いけません、お顔が」

 

そんな無作法に顔を拭う様子に、鹿角さんが窘めながら綺麗に四つ折りにされたハンカチをポケットから取り出すと顔を拭っていく。

 

「いっそお風呂入っちゃおうか……そこそこいい時間だし」

 

優しく頬を拭われながら、横目で時計を見るとお昼も過ぎており、夕ご飯前にひとっ風呂浴びるにはちょうど良い時間になっていた。

 

「いや、ちょっと早い?……でも体もなんか汗かいたしお風呂お願い」

 

さっきまで冷たい汗を何度もかきながら、そして抱きしめられるたびに体を暖められたので服が生乾きのようになっていて少し不快だった。

しかし、俺がお風呂をお願いすると、ピタリと鹿角さんの手が止まった。

ついでに、三河さん達をはじめ自動人形の皆が虚空を見つめて停止していた。

まるで虚空にある何かと戦っているそんな視線だった。

俺はみんなの急な変化にわずかに戸惑った。

 

「え、どうしたの?お風呂駄目?」

「いいえ、何も、ありません。なにも問題ありませんよ。主様。お世話をするのは私とその他二名でよろしいですね」

「えっと、その他って言い方はどうかな。とりあえず、鹿角さんがいいけどあとは任すよ?」

「Jud,では多摩川と奥多摩が勝利したようなので二人に任せましょう」

「君たちは一体何と戦ったの!?」

 

俺の突っ込みはハンカチを優雅に仕舞った鹿角さんの微笑みで流されてしまった。

そんな鹿角さんは立ち上がったところで、言葉を発した。

 

「そうでした、主様、お風呂の前に一つだけ忠言させていただきたいことがあります」

 

若干改まった言葉に僕は身構えてしまう。

 

「えっと何かな鹿角さん?」

「その鹿角さんという呼び方を改めていただきたいのです。どうか鹿角と呼び捨てに願います。他の侍女たちも同様に」

 

鹿角さんの言葉に若干、狼狽えてしまう。

俺は呼び捨てが苦手なのだ。

とっさに助けを求めて他のメイド達を見るが皆が小さく頷いている。

 

「えっと、僕は、その呼び捨てにするのもされるのも苦手……なんだ。格下とか、そんな風に思ってしまし、思われるのも嫌だし……なにより、自分のモノみたいな……なんというか」

 

とくに同年代から仕事上の上司でもない限り呼び捨てにされるのは、苦手というか、腹が立つほどだった。

それを、自分が嫌なことを鹿角さん達にするのはどうかと思う。

しかし鹿角さんは小さく首を振ってこたえた。

 

「それで構わないのです。我らは自動人形、主様の『物』です、むしろ呼び捨てにされる方が我等一同喜びを感じます」

「うーん、そういうなら……あまり気が進まないけど、皆が喜ぶんだよね?だったら鹿角……よろしく、多摩川と奥多摩も他のみんなもよろしく……」

「Jud,」

皆が微笑を浮かべて頷いた。

これでいいらしい、とっても、さらに付け足してかなり慣れないし、弱冠自分でも不快感があるが、みんなが喜んでくれるならそれでいいかと思う……ことにする。

そう、侍女のみんなはいつもよくしてもらってるしね。

うん。となんとか自分を納得させる。

 

「それじゃ、鹿角さ・・・鹿角お風呂をお願い」

 

俺は鹿角に手を伸ばしてお願いした。

 

「Jud,」

 

鹿角さんは了承した後、そんな俺の様子に慣れた手つきで微笑みを浮かべながら、俺を抱き上た。

 

 

 

 

ここの前主、ザードウィはどこか日本好き……こちらの言い方だと、東方好きとなるの

か、風呂は大浴場が整備されていた。

幸いにして中央にある浴場は、半壊から免れているため無事だったのは本当に良かったと思う。

脱衣所についた俺は鹿角達の手によって服を脱がされていく、丁寧にそれで出際よく、慣れた俺も彼女たちの動きに合わせて操り人形のように体を動かしてく。

 

「それでは靴下をお脱がせします」

 

わざわざ跪いて俺の脚を自身の黒いタイツが眩しい太ももに乗せてバランスを保つと、靴下という下着に分類されるそれをひとかけらも嫌がることなく丁寧に脱がせていく。

右足が終わったら次は左足。

こちらも反対の太ももに乗せて脱がしてくれる。

 

「下着、失礼します」

 

鹿角は取り出したタオルを僕の腰に抱き付くように巻いて、僕の物が露わにならないようにしながら、器用に手を差し込んで下着を脱がす。

俺はその様子を見ながらクツクツと喉をならす。

 

「いかがされました?」

 

下着を畳みながら鹿角さんが尋ねてきた。

 

「いや、最初の時、暴れちゃったの思い出して笑っちゃった」

「その節はご配慮が足りず申し訳ありませんでした」

 

彼女は下着を籠に仕舞いながら、僅かに顔をほころばせながら答えた。

タオルを巻かれることなく、妙齢の美女に一物を晒すというのはさすがに耐えがたく、必死に動かない手を全力稼働させて下着を押さえたのはある種笑える思い出だ。

 

「別に、いいよ、今ではこうしてくれるしね」

 

タオルを指しながら答える。

 

「しかし、洗うときには外しますが・・・」

 

僅かに鹿角の顔には理解できないと語っていた。

 

「男の子の純情だよ、理解して」

「Jud、」

 

多摩川たちも準備ができたのか、何時ものメイド服ではなく、浴場用の白いメイド服に着替えて現れた。

俺は今度、多摩川に抱き上げられて運ばれて広い浴場に入っていく。

高い天井に幾つかの浴槽。数十人が同時に洗えるようなシャワーと鏡が幾つも備え付けられた大浴場。

洋館に不釣り合いなそれはどことなく銭湯を思わせた。

その一つにゆったりと下ろされた俺は、今度は二人がかりで洗われていく。

まずは頭、眼を瞑るように言われて静かに目を閉じる。

そして優しく、撫でるように頭皮を、浚って透かすように長い黒髪を二人の手によって丁寧に泡立てられていく。

 

「二人とも上手だね、気持ちいいよ」

「Jud,」

「喜んでいただいて嬉しいです」

 

髪が傷まない様に二人の手は優しくそれでいてしっかりと髪を流していく。

時間にしてかなりかかって、シャワーで泡を流された。

次は、

 

「お背中をお流しします」

「私は表を」

 

こちらも肌が傷つかない様に、あわあわのスポンジでしっかりと背中と胸、腕に腰、さらには恥部まで洗われていく。

若干…いや、かなり恥ずかしいが、子供だからね……と自分に言い訳をして納得させつつ全身丸洗いに耐えていく。

 

「そこ、こしょばい!」

「失礼致しました、これでどうでしょうか?」

「あ、うぅ……いいよ、気持ち・・・ぃい」

「ようございます」

「こちらはどうでしょうか?」

「だぁだめ…そこぉだめぇ…わ、わざとやってるでしょ!!」

「はて、なんのことでしょうか?」

「不衛生は病気のもとと判断します」

「さぁ、お逃げにならずにおみ足をお出しください」

「足の裏はこしょばいんだってば・・・あぅ・・・ぁあ」

 

自分の声なのに少女のような高い声が浴室に響きながら、全身万遍なく洗われていく。

気持ちがいいのか、遊ばれているのか若干後者が強いような気がしないでもないが…。

ともかく体を洗われたあとはゆったりと風呂につかる。

そんな時に鹿角さ…鹿角も現れた。

 

「遅参いたしました」

「いいよ、一緒に入ろう」

 

鹿角はその豊満な乳房を白い浴衣状の着物に隠しながら現れた。

これも最初は何もなく、素肌を晒して現れたものだから風呂場で常に目を瞑っていた……こともないこともあったかも知れなくもない。

薄らと開いていたのならそれは多分男の性ということだ。

ともかく四人で仲良く湯船につかる。

 

「ふぃ~~~」

「湯加減は如何でしょうか?」

 

鹿角の問いかけに溶けながら答える。

 

「ちょうどいいよ…まさしく程よいを体現した温度だね…」

「それはようございます。裏方も喜んでいることでしょう」

「皆に礼を、その前に洗ってくれた二人にも…遊ばれなければ礼を言ったところだね」

「そんな」

「誠心誠意全力でお体をお洗いしましたのに」

「伝わらないなんて……」

「ひどいですわ」

 

どことなく、そろった物言いが余計に不信感を際立たせる。

鹿角も感じ取ったのか無慈悲な判決が下される。

 

「二人は後に廊下に立たせます」

「それは良い罰だ」

『そんな……』

 

ぐったりと風呂に浮かびながらクツクツ笑みを漏らす。

一人でぼんやりと色々考えながら入る風呂もいいけど、こんな賑やかなお風呂もいいものだ。

それは前世では知らなかったもの…こちらに来てから知った楽しい思い出の一つ。

これは…いつまで続くのか…。

 

風呂に手で泡を作りながら考える。

 

エリダナにさえ行かなければ、この屋敷に引きこもれば…ずっと幸せでいられるのだろうか…それが正解なんだろうか。

 

「いきはよいよい帰りは怖い、怖いながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ…」

 

童謡の一節が浮かぶ。

怖いという思いは確実にある。でも……。

 

「ちらりと見るだけならば…」

「体をご覧になりたいのですか?かまいませんが?」

「鹿角……ちがう…ちがうよ真面目な話」

 

俺はブクブクと泡を出しながら少し深く湯船に沈む。

視線の先には波打つお湯、湯気が立ち上がり、一種の幻想を作り上げる。

それはスクリーンのようになり自身の考えを映し出す。

ちょっとだけ、少しだけ、見てみたい。会ってみたい。

ガユス、ギギナ、他の登場人物たち。

 

近くにいるのだ…。

 

「黒い王子様達…貴方は、貴方たちはここにいる」

 

体育座りのように手を膝に巻いて湯船に少し浮かぶ。

ホンの少しでいいのだ。映画俳優が近くにいるから、携帯カメラで撮って自慢する程

度それでいい。そしてそれと同じくらい、ホンの少しが……怖い。

 

「臆病すぎなのかな…」

「いいえ、そんなことはありません、当然の思いです。ですが、主様のなさりたい様にすればよいのです我らがお手伝いしますゆえ」

 

鹿角の言葉に彼女を見上げる。

僅かに頬を湯で温めた彼女の顔を。

奇麗な…その顔を。

 

「如何されました?」

「いや、……鹿角は……奇麗……じゃなかった、守ってくれるって言ったよね」

「Judgement、必ず、すべての災厄からお守りします」

「そうか……そうだよね、そしてやりたいことをやればいいと言ってくれた」

「Jud,主様の望が我らの望ですから」

「うん、うん!」

 

鹿角が言ってくれた。だから俺は決めた。

バシャリと湯船から立ち上がる。

うだうだするのはもう終わり、考えはまとまった。

 

「だったら、まずは魔法使いになろうかな」

「はい?」

「どういう意味でしょうか?」

 

俺は振り返って三人の顔を見る。

 

「咒式、俺も使えるんだよね?使ってみたい!まずはそれがやりたいこと」

 

決意表明のように三人の顔を見ながらしっかりと宣言する。

 

「Jud,それは……良いことです」

「お手伝いいたします」

「訓練はお任せを」

「うん、お願いね」

 

みんなが、頷いてくれた。確かに頷いてくれた。

やりたいことをやれって言ってくれたんだしいいよねきっと。

 

「じゃさっそく!……明日からお願い、今日はまったりだ」

「そうですか、まったりですか」

「それもよいですね、ほら肩までつかってください。お冷えになりますよ」

「うん」

 

お風呂は俺にとって、洗濯ではなく選択の場だ。

考えをまとめる場、ゆったりと・・・芯まで考えて答えを出して決めた。

 




誰得

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